ねこの音楽遍歴♪

大した歴史でもありませぬが・・・
ねこがこれまでの人生で、どんな具合に
「音楽」をかじってきたのか、を語ってみます。

 
 

〜ピアノとの出会い、そして別れ(?)〜

それは幼稚園の頃だったと思います。
その頃住んでいた家の斜向かいにお住まいの歯医者さん。
ご自宅にグランドピアノをお持ちで、毎日その美しい音色が聴こえてきたものです。
気がつけば、母親に「ピアノが欲しい!」とねだっていました。
親にしてみれば大変な出費だと思いますが、「将来モノになってくれれば・・・」と思ったか(笑)
程なくして、我が家にやって来たのが、ヤマハのアップライトピアノ。
思いかげず自分のものになった、そのピアノの鍵盤を初めて叩いた時はとにかくうれしくて。
そこからピアノ教室にも通い始め、中学くらいまで習っていました。

何故やめてしまったのか・・・一番の原因は、私の「練習嫌い」にありました(^^;)
とにかく、毎日の反復練習が必要なピアノ。
でも私としたら、とにかく「いろんな曲が弾きたい!」のです。
1曲覚えたら、どんどん次へ進みたいのです。
(・・・要するに「飽きっぽい」んだと(笑))
でも、1曲ずつ練習を積んで、先生からの「OK」が出なければそれはダメ。

それからもう一つ、問題があって・・・私、手が小っちゃかったんです。
大人になった今もそうですが、指を思い切り開いて、1オクターブギリギリ届くくらい。
難易度の高い曲になると、物理的に「弾けない」ものも出てきます。
よく「ピアニストは指の股を切る」なんて噂も聞きましたが・・・これはウソ???(^^;)
でもそんな話も、何も知らない子供の耳にはコワい話です。

その内中学になり、最初に通っていた教室が先生の事情でやめてしまわれ、ごく近所の教室に変わったのですが、そこは厳しい先生として有名で。
練習を十分にして来ない私に対して、先生の罰は「教本を前に戻す」事でした。
ソナチネ(中級)→黄バイエル(初級)にまで戻されてしまい、私はすっかりやる気をなくして。
いつしか教室から足は遠のき、そのままFade Out・・・。

大人になった今思えば、非常に恵まれた状況だったのにもったいない話だと思います。
実家では、今もそのピアノが、「ただの飾り台」になっています(笑)
でも、その頃覚えた好きな練習曲は、今でもソラで弾けたりもします。
改めて自分で教本買って、練習始めてみようかなと思ったり・・・(ホントにぃ〜?)

 
 

 

 
 

〜きっかけは、実に「不純」でした(笑)〜

音楽の時間やピアノ教室で習う曲と、テレビから流れるヒット曲以外、自ら楽曲に関心を持つ事はほとんどなかった・・・と思う小学生時代。
当時、埼玉在住だったいとこが遊びに来て、ディスコ(!)で人気の曲を聴かせてくれました。
初めて聴いて衝撃を受け、今でも印象に残っているのが、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」、そしてYMOの「テクノポリス」。
特にテクノポリスは、冒頭の「TOKIO・・・」から始まっての畳み掛けるようなテクノサウンド。
「こんな音楽があるのか!」と子供ながらに(笑)感動を覚えたものです。

実は、初恋もその頃でした・・・(〃 ̄ー ̄〃)
幼稚園〜高校まで同じで、小学校から密かに恋心を抱いていた、Tくんという子がいまして。
何と、彼が好きだったのが「石野真子」(笑)と「YMO」!!
イカしてる〜♪と思い、彼に少しでも近づきたい一心から・・・(笑)

動機は全くもって「不純」、でも、純粋に初めてハマった音楽が「YMO」だった訳です。

いや〜、とにかく、カッコ良かったですよねぇ。
電子音楽だけど、決して無機質で抑揚のないものではなく、クールでポップで抒情的で、合間にユーモアまで感じさせるそのセンス。
それこそ、自身が「イエロー・マジック」と称し、「アジア発」に拘った、彼らの音楽のエッセンスが訴えかけてくるものではないでしょうか。
まさに「嗚呼〜、日本は、いい国だなぁ〜」(by "The End of Asia")と思えるような!?(笑)

日本のみならず世界の音楽シーンに多大なる影響を与え続けた彼らですが、中国地方のとある片田舎で、その余波をちょっぴり浴びちゃったヤツがここにいたという次第。

そうそう、「シンセサイザーの打ち込みによる自動演奏」というスタイルにも感化され、近い将来、ねこは初めてのシンセサイザーを手にすることになるのですが・・・その話はまた後ほど。

 
 

 

 
 

〜興味本位、そして再びの・・・挫折〜

小学校4年の時、学校のブラスバンドクラブに誘われました。
希望楽器を聞かれるんですが、吹奏楽の楽器なんて全てが未経験でして。
咄嗟の思い付きで言ってみたのが「トランペット」!
女の子のトランペッターなんて、カッコイイと思いません?(笑)
・・・でもトランペットは人気が高く、人数が足りてしまっていました。
そしてあてがわれたパートが「フルート」。
いや、フルートがカッコ悪い、とは思いませんよ?でも・・・何か地味じゃないですか(笑)
で、実際に吹いてみれば、きれいな音を出すのが地味に大変だったりして(^^;)
不満ながらも、このブラバンとフルートは6年生まで続けました。

そして中学になって勧誘された吹奏楽部。
ここでの希望は「アルトサックス」でした。
・・・何故フルートにしない!?いや、単に違う楽器が吹きたかったから。
小学校のブラバンでは見たことのなかった、新しい楽器に目移りした訳です。
それに、女の子のサックスプレイヤーなんて、カッコイイじゃないですか(笑)
・・・ガキんちょの考えることですねぇ〜、何とも浅はかで。

しかし、中学・高校の吹奏楽部って、「文化系」のくせしてモロ「体育会系」なのです。
楽器を持つより前に、まずは基礎体力作りから。
毎日放課後のサーキットトレーニングの、とにかくしんどかったこと!!!
もちろん、ペーペーの新入生がすぐに楽器なんて持たせてもらえるはずもなく。
マウスピースだけで音を出す練習を延々と繰り返すだけ・・・。

一学期で音を上げて、退部届けを出しました(;;)
ああ、情けない。
結局、ピアノにしろその他の楽器にしろ、基礎的な技術はほとんど何も培われずに終わってしまった訳ですから。
自分の事ながら、もっと本気になっていればと・・・激しく惜しまれますね。
・・・子供に習い事をさせても身にならない親御さんの「無念」が、今ならわかる・・・orz

 
 

 

 
 

〜ラジオ漬けの日々でした〜

小学校の頃、親が買ってきたラジカセ。
それをきっかけに、ラジオ番組を録音する事に夢中になりました。
よく聴いていたのは、RCCラジオの「柏村武昭のサテライトNo.1」(笑)
他には、谷村新司の「青春キャンパス」とか。
ド田舎だったもので、地元の放送局は夜の1時になると終了するような時代(^^;)
そこから別の局を探し、雑音に耐えながら「オールナイトニッポン」を聴いておりました。
中島みゆきの「家族の肖像〜!」・・・歌のキャラとは全く違う素っ頓狂っぷりが好きでした。

高校辺りからはFMリスナーに転じ、NHK-FMをよく聴くように。
「朝のポップス」「クロスオーバーイレブン」には大変お世話になりました。
確か、週刊FMだったか?番組表が載っていた雑誌を毎号買い、オンエアされる予定の曲をチェック。
合間に入るナレーションとのタイミングを見計らって録音・・・が毎日の日課。
多分、CDレンタルなんかもとっくに始まっていたはずなんですが、とにかく録音。
だってタダだし(笑)
この頃には洋楽一辺倒でしたね。
TOTO、QUEEN、ホール&オーツなんかが大好きでした。
あの録り溜めた膨大な量のカセットテープ・・・今はどこへいったやら(´-ω-`)

あっ、あと「サウンドストリート」なんて番組もありました!
月曜の佐野元春、火曜の坂本龍一、木曜の山下達郎は欠かさず聴いてたと思う・・・。
ミュージシャン自身が語る、音楽やそうじゃない四方山話、裏話・・・面白かったですねぇ〜。

当時は放送部に所属し、DJに憧れていた事もありましたっけ。
何だかんだでラジオ漬け、そして、結果として音楽漬けだった高校時代でした。

 
 

 

 
 

〜初めてのバンド体験〜

高校最後の文化祭で、初めてのバンド体験をしました。
どういう経緯だったかは忘れてしまいましたが、同じクラスの男子生徒に誘われ、男子4人のバンドにキーボードとして参加。
彼らは以前からバンドをやってる子達で、既にオリジナルなんかも作ってる強者。
曲目も、他のバンドが、その頃流行りのTHE MODSとかBOOWYなんかを演る中、ゲイリー・ムーアとかイングヴェイ・マルムスティーンとか・・・えらく玄人好みで(^^;)
「Far Beyond The Sun」という曲の耳コピをやらされましたがとても拾えませんでした・・・。
あとは当時流行っていたボンジョヴィの「Runaway」を。

ピアノ教室でも、実は発表会などにはほとんど参加した記憶がなく、「人前で演奏する」というのがほぼ初体験に近かったんじゃないかと。
ものすごい緊張と、そしてワクワクするような高揚感を覚えました。
一緒にやった男子達も、いつもと違ってすごくカッコよく見えたんですよ。
で、メンバーでドラマーのHくんとはその後大学が一緒になり、2年近く付き合ったりして・・・。
・・・あ、そういう青い春な話はもういいですか(笑)

何といいますか、バンドのあの「みんなで作り上げる」雰囲気がいいんですよねぇ。
最初はバラバラなんだけど、息が合ってだんだんとまとまってくる、あの感じ。
ピアノ一人の演奏では、決して味わえない充実感です。
彼らとの演奏はその一度きりでしたけど、すごくイイ事教えてもらった!って気がします。

とは言え、自分からメンバーを探すような積極性は持ち合わせておらず(^^;)
バンド経験は最初で最後のこれっきり・・・になるはずだったのですが。
思わぬ形で、ねこの音楽遍歴はまだまだ続くのでありました。

 
 

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