ねこの音楽遍歴♪

大した歴史でもありませぬが・・・
ねこの音楽的DNAがどんな風に
刻まれてきたのか、を語る、そのパート2だったり。

 
 

〜「岡大うたう会みみんこ」との遭遇(笑)〜

さて、無事大学受験に合格し、岡山へとやって参りましたねこ。
初めての一人暮らしも始まり、さぁ、これから自由を謳歌するぞ!!と意気込む間もなく・・・
入学早々、新入生勧誘行事で出会った・・・というか、いきなり引っ張り込まれたのがこの謎のサークル。
「みみんこ」って何の事?っていう説明は、あえてしません(笑)
もし興味のある方はこちらへ。謎は解けないと思いますが・・・

音楽サークルではあるんだけれど、軽音楽部とも合唱部ともちょいと違う。
当時、昼休みには中庭に集い、みんなで輪になって歌を歌う(!)のが名物だった、異色のサークル(笑)
さらに「民舞」を踊るのも活動の一貫で、毎年秋田まで研修を受けに行ったりとか。
・・・話だけ聞いても、いったい何のサークル!?という感じでしょうが・・・
いわゆるかつての「うたごえ運動」の流れを汲む音楽活動で、学内で定期的に「うたごえ喫茶」と称するミニコンサートも催しておりました。
とは言えその頃、うたごえについてはそういう歴史や背景があるんだなという程度の理解度で、実際突き詰めればついていけないところも、なくはなかったですが、音楽を楽しむ場としては、個性的なメンバーがいて、そして多くの友人・仲間ができ、私にとって、何とも居心地の良い場所になりました。

そして、活動のもう1つ大きな目玉であったのが「曲の創作」。
そう、ここで音楽とはただ奏でるだけでなく、「創るもの」でもある事を知ったわけで。
初めての作詞作曲・・・詞が歌になり、それを自分で、そしてみんなが歌う。
自分にそんなことができるとは思ってもいなかったけど、出来はともかく、作ってるとだんだんノッてきちゃいまして。
いや〜、若いって事は「怖さ」を知らない事だわ(笑)
サークルを卒業するまでに、結構曲数は作った気がしますねぇ。

今やほとんど弾けませんけど、初めてギターに触ったのもこのサークル時代です。
基本のコードは一応今でも覚えてます。
普段はギターに合わせてみんなで歌うんで、ギター弾きに憧れて、まともに音も出せないのに、サークルに置いてあった他人のギターを借りて結構弾いてましたね。
もっとまじめに教わって練習してれば、今頃はギターとキーボードの両刀使い!になれたかもしれませんが・・・(^^;)

ところで、今でも学内にサークルはちゃんと存在してまして、当然時代の流れもあり、活動内容とか背景とかは、昔と随分と変わっていますが、実は私がいた頃には全学年合わせてやっと20人くらいだったのが、現在は何故か、その4倍くらいの人数に膨れ上がっております!
何か(多分「みんなで歌う」という事かな?)が、イマドキの若者たちをも惹きつけているんでしょうかねぇ・・・。
でもって、今でも私の作った曲が何曲か残っていて、歌い継がれているそうで。
かなり面はゆく、しかしうれしい話ではございます。

 
 

 

 
 

〜そして「メシアとポン四郎バンド」へと継承・・・〜

そんな大学生活も終わりが近づき、いよいよ音楽とは縁遠い生活になるかと思われた頃。
サークルの先輩である「メシア」さん(←サークルではニックネームをつけて呼び合います。私の「ねこ」もサークルでついた名前(笑))から「一緒にバンドをやらないか」と誘われました。
メシアさんが卒業後、神戸に戻ってから、高校時代の同級生「ポン四郎」さんと、かねてからの約束を果たすべくギターデュオを組み、さらにそれをバンドでやりたいという話で、私と同期・後輩のサークル仲間に声がかかりまして。
そんなきっかけで誕生した「メシアとポン四郎バンド」。
そのまんまじゃん!というツッコミは置いときます(笑)

曲はメシアとポン四郎の完全オリジナル。
だもんだから、バンドアレンジも全くのイチから。
ここでは演奏もさることながら、「アレンジャー」としての楽しさを知ることになりました。
元はギターだけの曲を、自分のパートであるキーボードだけでなく、ベース、ドラムパートに至るまで好き勝手にアレンジしちゃたりなんかして。
音が積み重なって厚くなって、違う雰囲気に生まれ変わったりするのが面白くて仕方なかったです。
ちなみに、大抵その楽器を演奏できない人間がアレンジすると、とんでもなく弾きにくいことになったりはするんですが(^^;)
それでも、メンバーからはそこそこ頼りにされてた・・・と思います(笑)多分。
フルバンド曲の一部はねこアレンジです♪

思えば、小学時代のブラスバンドや高校のバンドでアンサンブルの楽しさを覚え、そこへ大学時代に創作の楽しみが加わり、そしてメシポンバンドでついに結実・・・?(笑)
ねこの音楽人生は、ここで一つのピークを迎えたと言っても過言ではないでしょう(大げさ)

結成から既に20年を過ぎ(!)、現在はメンバーもほとんどが家庭を持ち、それぞれに仕事も忙しく、残念ながら活動休止を余儀なくされている状態ですが。
かつては神戸の文化ホールを観客で埋め尽くした(!)という伝説も持っております。
これまたほぼ休止状態のHPに、活動経過や若干の音源などもありますので、よろしければご覧あれ。
そのうち落ち着いたら・・・また復活したいですねぇ。
他のメンバーのみんなも、多分同じ気持ちだと思ってます。

 
 

 

 
 

〜それでもまだ終わらない、音楽生活〜

メシポンの活動がだんだんとままならぬ状況になってくると、それはそれで仕方がない事と思いながら、どっかでこのまんま終わりたくないなぁという気持ちがあったんでしょうね。
今までは誘われるまま、どっちかと言えば受け身な音楽活動だったけど、それなりにも、自分の中に培われたものが芽生えたんだと思います。
そんな中、とある知り合いからのご縁で、新しい活動の場ができました。
それが、岡山の湯所の一つ、湯郷温泉郷の一角で開催されている「湯郷アコースティックライブ」です。

まさに、これこそは求めていた場ですよ!と飛びついたわけです。
音楽を演れる場というのは、ホントは探せば周りにいくらでもあるはずなんだけれど、例えばライブハウスなどは、どうも経験値の低い素人には敷居が高い感じで。
それがここは、演奏者も裏方も、携わっている人がみ〜んなほぼ素人、ホントに手作りなライブ空間。
それも、いい歳をしたオトナたち(失礼!)が、この歳になってから、子供のように嬉々として、自分たちの好きな様に好きな音楽に取り組んでいるわけですよ。
しかも、参加したい人は来る者拒まず!で。

で、飛びついたはいいけど、重大なことに気が付きました。
私、バンドでコーラスとかはしたことあるけど、メインボーカルはやった事なかったんですね(爆)
しかも演奏しながら歌う・・・なんて事はほぼ未経験で。
それに、今まで接してきたのがほぼオリジナル曲ばっかで、みんなの知ってる市場の曲をコピーする、なんて経験もほとんどなかったわけで。
参加するはいいけど、じゃあ一体何するの!?って事ですよね。
慌てましたけど、最初はキーボードのサポート参加辺りから徐々に顔なじみになって、他の人にもサポートしてもらえるようになって。
改めて「弾き語り」というものを、それなりに特訓?して。
ようやく最近は、自分でも人前で歌っていいんだという、少しの自信と勇気(笑)が出てきました。

現在はこれまた縁あって、サークル時代の後輩と、沖縄三線とキーボード(また異色な!(笑))のコラボを中心にやっています。
ついでに作詞作曲なんかも、思い出したように再開してみたり。
何だかんだで、音楽とは縁が切れそうで切れない・・・それどころか、私の生活の結構中心に近いところにあるんだなと、今は実感しております。

・・・というところで、私めの語りは一旦終わり。
でも、物語はこれからも続く?(笑)

 
 

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