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2000年3月30日(木) 骨折5ヶ月目!
あっという間だったような、とっても長かったような・・・気がつけば桜の花もちらほら咲いてきている。私のこの秋〜冬がぽっかりと抜けて、いきなり春が来たような気がする。あと、一ヶ月でコルセットともお別れ!!うれし〜い\(^。^)/

2000年3月28日(火)
体調不良。会社でもおとなしくしていた。朝の電車がすごく混んでいて、座っているくせに初めて身の危険を感じました。メガネもとびそうになってしまったし。

2000年3月26日(日) 美容院に復活!
1月に会社に復帰する前に地元の新しい美容院でひどいカットをされて以来、髪をずっと切っていなかったので(というか、とても短くされてしまったので伸びるのを待っていた状態)、ついに9月を最後に行っていなかった馴染みの美容院、アーティサロンブルーへ行ってきました。久し振りの原宿は春の陽射しもあって、とても混んでいました。お店は事情を予約の時に話していたので、空いている午前中に入れてもらい、カットのみ。お店の人達がみんな気を遣ってくれて、背中にクッション持ってきてくれたり、シャンプー台の椅子もゆっくり倒してくれたり、ありがたかったです。担当のN本さんも私が乗馬をしていることは知っていたものの、スキーで足かなにかかと思った、と言って背骨の骨折を驚いていました。
髪はその1月のカットがあまりにもすごかったので、大幅な修正は不可、ってことでちょっとだけ切ってもらいました。あとは上の方が伸びるのを待たないとね・・・。しかし、メガネをはずしてしまうと、鏡に向って座って切ってもらっていても何も自分では見えない!時々「ちょっとメガネかけて確かめてくれる?」と言われながら進めていたのですが、前髪は思いの外短かった〜見えてなかった。「メガネに似合う髪形にしてね」と言っておいたので、メガネラインになっていた。まぁ、春ってことで、思いきりイメージチェンジかな??

2000年3月25日(土) 角膜潰瘍 その後
1週間後に来なさいとドクターから言われていたので、T田眼科に。眼の診察をすると「やはり白濁が角膜に残りましたね」とのこと。ある程度は仕方がないようなので、3ヶ月後にまた行くことになりました。そしてそこの眼科はとってもポリシーがあって、コンタクトレンズを希望する人の状態を見極めて、私のような症状(ましてや自覚症状が全くなく突然痛みがあったような)の人には絶対にコンタクトレンズを処方しないらしい。今時ちょっと変わっている位頑固なドクター。私が「あとどれくらいでコンタクトレンズ入れられますか?」と聞けば「あなたは一生コンタクトは入れてはいけない眼なんです」私が困っているとコンタクトレンズについていろいろとお話してくれました。ここではワンデーアキュビューとフォーカス、あと1種類の使い捨てしか取り扱わないことに今週から決めたらしいんです。逆にいうと、このレンズが使える人しかこの眼科ではコンタクトの処方がもらえないんです。私が今後、「自己責任」においてコンタクトレンズを入れたとして、それでまたこのような病気になったとしても、当院では一応治療はするけど、それ以上のことは何も言えない、と。なるほど。だから、あなたは一生涯メガネで過ごしなさいと言われてしまいました。これは今まで20年位コンタクトレンズを使用していた者としては結構つらい選択です。ドクターの言うことも一理あるけど実際のところどうかな・・・今日はこのままお話していても、水掛け論になってしまうのでやめましょうということになり、帰って来ました。悩むところです。

2000年3月24日(金) 健康診断
今日は会社の健康診断。本来2月に実施されていたのだけど、私はひとりわがままを言ってなるべく後のほうに受けさせてもらうことにしたのです。少しでも治っていれば動きも楽でしょう。
病院に行き、検査着のようなものに着替えました。コルセットは悩んだけど、着けていることにしました。さて、検査開始です。
まずは検尿。トイレも洋式で楽勝。次に聴覚と心電図。心電図はベッドに上ってコルセットをはずしたものの置く場所がなくて困りました。検査の人にも驚かれました。つぎは胸部レントゲン。これもコルセットははずさないとだめ。ばりばりとはずす音がレントゲン室に響いてちょっと目立ってしまった。ここまでなんとなくめんどくさいながらもクリア。その次は身長・体重測定。コルセットつけているのでその分引いてくださいとお願いする。1キロあるんです。といったら1キロ引いてくれました。(あとで会社のみんなに聞いたらみんな検査着分1キロ引いてくれていたそう。じゃあ、私2キロ引いて欲しかった・・・。)身長は圧迫骨折で5ミリ縮んだよ、とドクターに入院中言われていましたが、0.1ミリ増えてました。(細かい!)視力はこのおニューメガネで左0.3右0.7。そんなもんか。血圧119の82、入院中は常に上が90以下だったのでこれは人並みといえましょう。
そこまで終わったら、乳ガン検診です。これは先生が胸を触るのですが、いきなり座らされて触られて「あらっ!!?」と驚いていた。そりゃ、固いもんね。(^。^)コルセットをばりばりとそこでもはずしました。先生は淡谷のり子そっくりの女医さん。濃い〜。
そして胃のレントゲン。これはバリウムを飲んで、台の上でごろごろしなくてはならないし、いろんな態勢を取るので実は一番危険かも・・・と思っていた項目。レントゲン技師さん2人といろいろ相談の結果、本日はパスすることになりました。
そして苦手な採血。「今まで採血で倒れたことありますか〜?」「何度もありま〜す」「・・・じゃあ横になりますか」とベッドに寝かせてもらってたっぷり3本採られました。むこうからこんな質問する割りには、ベッドとかなくて、不思議でした。
最後にドクターの診察があって終わり。聴診器はコルセットの上からあてました。無事終了しました。良かった!

昼過ぎに会社に行くと、メガネはみんなに不評でした(^_^;) まぁ、すぐに見慣れるでしょう!

2000年3月23日(木) メガネをゲット!ちょっとパワーアップ
帰りにちょこっと銀座へ行ってメガネをゲットしました。試しにかけてみると、うん、確かに良く見える!そのままかけて帰ろうとするとお店の人に止められた。「できれば2〜3時間、家の中で慣れてから外にでてください。危険ですから」
いや、0.2で杖をついて歩いている方が、よっぽど危険なのです。そのまま帰ってきました。

2000年3月21日(火)
やはりこの0.2メガネでは、パソコン仕事は疲れるのだ。かといって、姿勢を悪くして画面に近づくこともできないので、タワーの液晶画面をズズズッと近づけてしまった。不気味。

2000年3月20日(月) 春分の日
今日は仕方なくメガネを作りに行った。地元には似合うフレームがなくて、銀座に行ってみた。もうあちこちを見て回り、100個くらいかけてみてやっとひとつ、これかな?と思うフレームを見つけた。今までのメガネはかけていても0.2しか見えていなかったので、乱視を入れてもらうことに。というわけで54000円なり。レンズが高いのね・・・。木曜日にできてきます。

2000年3月19日(日) 家に刑事登場!
やっとパソコンにも向えるように
なった。良く見えない眼で家で過ごす。しかたなく料理でもしようと、恐る恐る外出。材料を買いに行った。すごい風!眼にしみる。さっさと帰ってきて料理をしていたら誰か来た。勧誘かな〜と思ったら刑事だった。刑事?なんと、隣の事務所に昨夜空き巣が入ったそうだ。昨夜何をしていたか、物音とか異変に気がつかなかったかとか、いろいろと質問されたけど、早寝してて全く気が付いていない私。役に立ちませんでした。なんでも、近頃中国人2〜3人での強盗が流行っているらしい。私の家の玄関の鍵なんて、ちょいちょいと開けられるそうだ。やめて欲しい。入ったら根こそぎ持って帰るらしい。現金・貴金属・カメラ・パソコン、全て持って行かれるらしい。ほんとやめて欲しい。空き巣だけじゃなくて強盗もあり、だそうだ。鍵の種類を帰ることを勧められた。パソコン持っていかれたら結構痛手だけど、隠すわけにいかないし・・・
そして、氏名・年齢・職業・居住年数・電話番号まで聞かれたのだ!そこまで聞くか〜。とにかく気をつけよう。

オマケ:角膜潰瘍には玉ねぎがとってもしみました。(T_T)

2000年3月18日(土) なぜか角膜潰瘍
朝、起きたらとても左目が痛かった。昨夜寝る直前に痛いなぁ〜と思っていたけど、ゴミでも入ったのだろうと思っていた。ところがとても痛くて目が開けられれない。開けても涙がぼろぼろ出てきて開けていられない。え〜っどうして?起きてすぐ、近所の眼医者に行った。初めて行った眼医者さんなので、一通りの検査などが行われた。まずは機械で焦点を合わせるような検査。そして次に眼圧の検査。眼を開けているだけで涙が出てくるが、「大きく開いていてください」と言われて、眼圧のチェックのための空気がシュボッと当たった。痛い!
「痛〜い!」と涙がボロボロ・・・視力検査ができなくなりました。看護婦さんはちょっとむっとしていた。次に診察室へ。暗い。
先生「視力検査もできませんか?」ちょっとバカにしてる?(-_-)
私 「(トホホ)はい、とても痛くて・・・」
先生「どらどら・・・・。(じーっ)・・・あらぁ〜これは・・・。こりゃ〜痛いわ!」
私 「?」
涙流してじっとしていて結構情けない姿。
先生「黒目の真中、すなわち角膜になんですけどね、潰瘍ができてます。あ〜こりゃ珍しい。かなり前から痛かったですね?」
私 「いえ、昨日の夜コンタクトレンズはずしてからです」
先生「ちょっとやそっとではこんなのはできないはずなんですよ・・・はい、ちょっとしみますよ」
としみる目薬。
先生「じっとしていてね〜麻酔を今かけましたから痛くはないけど、触られる感じがしますよ。潰瘍の部分を削りますからね」

尖った金属の棒のようなもので眼の表面をこすられる感じ。視界が水槽の中に居るようにぼやける。
先生「深いな・・・よし、もう一度」うぇーっ!
結局コンタクトレンズ一ヶ月禁止、抗生剤の目薬と軟膏(なんと、綿棒につけて眼の中につける!)をもらい、眼帯をさせられてしまった。「10分くらいして麻酔が切れたら、前よりもっと痛くなりますよ。削りましたからね」が〜ん。しかし、はっきり症状がわかってもいないのにああいう検査をすると言うのはちょっと危ないんじゃないかな。あれで余計に悪化したような気がするぞ。
眼帯をして慣れないメガネ(実は度が合っていない・・・)で歩くのはとても危険!!遠近感がなく、階段も危ない。
これで転んだら大変!!どうしよう!しかし、眼は本当に痛いのだ。
なぜ、こんなことになったかは不明。午後、会う予定になっていた親友Jとの約束もキャンセルしてもらった。
まさに本当に踏んだり蹴ったりの私。TVも本も見られないし、早寝することに。

2000年3月17日(金)
やはり金曜日になると身体がしんどい。会社でもずっと座っていられなくて落ちつかない。早く帰ってきて早く寝る。せっかくの3連休も関係ないや。

近頃わかったこと
@手が伸びない 何故なら身体を腰から固定されているので。これは電車のつり革にも適用されます。つらい。
Aせまいところが通れない 何故なら身体をひねれないので「真横向きカニ歩き」か自分の身体の幅を進むしかない。なんか、猫のひげみたい・・・。せまい所は普通みんな、上の方の身体と顔は進行方向、腰から下はせまさの幅に合わせて斜めになっている、ということがわかった。
人間の身体は本当によくできているのだ。
Bおじぎを続けていると腰痛になる 何故なら腰から変な格好でお辞儀をするからだ。

2000年3月14日(火)
今日は会社で大人数の会議のお茶出し続き。今まではみんなに頼ってちょっと勘弁してもらっていたのだけど、平気かなと思って挑戦してみた。手を伸ばして、お客さまの後ろからテーブルにコーヒーを置くのはちょっとつらかった。結局身体をひねらないと、人と人の間には入り込めないので、難しかった。ひねれないし、手も伸びないわけで。したがって、変なところに力がかかっていたようで、背中から腰にかけて痛み出し、家に帰ってから背中に大きな湿布を2枚べたべた貼るはめに・・・現実は厳しかったのだ。

2000年3月13日(月)
今日も昨日より、ちょっとだけあったかくなってきた。春はもうすぐそこまで来ている。うれしい!と手放しで喜んでばかりいられないことが今日良〜くわかった。そう、
コルセットがすごく暑い!!特に背中!穴が空いているお腹側はわりと大丈夫だけど、とにかくもう、背中!気持ちわるすぎ!汗をかくというか、熱いというか。そう、熱がこもる。あ〜これからどうなるの???あと49日。

2000年3月12日(日)コルセット開放まで、あと50日
少し暖かくなった。暖かくなったら会社に着ていく服がない。今はセーターを着たり、上にコートを羽織ったりしているのでコルセットを着けていてもわからないけど、薄着になったらどうしよう〜?なんたってパンツのチャックが閉まらないんだから。長めの上着で腰まで隠さないとだめなんだよね。かといって、今のためだけに洋服買ったりするのももったいないからいやだし。毎日トレーナーとチノパンとスニーカーってわけにもいかないでしょ。うう・・・・。

2000年3月11日(土)
今日は一日中好きな料理をして終わりました。アクティブになれない分、家の中で好きなことをするしかなくなっている。


2000年3月8日(水)
今日は月1回の定期検診の日。9時40分の予約で行くと、いつも通りレントゲンを撮る。自分で見ても骨折した日と同じに見える・・・。これでかたまっているのだろうか、と不安になる。
そろそろ家に居る時くらいははずしてもいいんじゃないかと思い、聞いてみた。
 「まだ、だめです」ショック〜。「4月いっぱいはコルセットつけていてね」
ということはやはり、骨折後6ヶ月か・・・。
 「Nさん、若いから動きも激しいし、お年寄りと違って、大事をとってコルセットつけていて」
 「・・・はい。あの、今4ヶ月たったんですけど、どんな感じなんですか?」
 「うん、レントゲン見た感じでは、順調!骨は3ヶ月から固まるからもうだいぶいい感じになってると思いますよ。」
 「あのー、コルセットはずして動いたりするととっても腰が痛いんですけど」
 「あー仕方ないですね。ずっと動かしてないからね。ここでしょ?」ぐいぐい。
 「(いたた・・・)あの・・・まだ、動いてはいけないんでしょうか?」
 「そうね、4月いっぱいはがまんして」
せっかく今日は診察後のリハビリも申し込んでおいたのに、これでは何にもならないな〜(^_^;)
 「じゃ、また1ヶ月後にね」
待合室で診察を待っている間に、リハビリのF田先生に久し振りに会ったら「まだ、馬乗ってないですよね?」と聞かれた。「それどころかまだリハビリもできないみたいです」
結局、世間話をしただけでリハビリ(?)が終わった。おいおい・・・

やっと昼過ぎに終わって、病院を出て携帯をチェックすると親友Jからメールが入っていた。「爆破事故知ってる?」9時40分。知らない!その直後にKちゃんから「危機一髪!」10時6分。なんだなんだ?あわててi-modeでチェックすると中目黒駅近くで脱線事故!!死傷者30人?!Kちゃんの会社は中目黒。びっくり!でもメール来てるって事は無事ってことだろう。家に帰ってニュースを見ると悲惨な状況。こうやって一口に「頭などを強く打って重傷です」とか言っても、本人にとってはとてつもないことなんだ。人生めちゃくちゃになって、後遺症とかも残って、心の傷も残って、本当に気の毒に思う。突然降りかかった不幸・・・しかもみんな若者たち。原因の追求と対策と、今後の怪我人のケアを切に願います。みんな、頑張って!!

2000年3月7日(火)
まだお腹の調子がよくない。胃が痛い。胃が痛いと背中も痛くなってくるけど、固定されているからつら〜い。しょうが湯を作って飲んでみた。腰・背中共に痛くて、シップを貼って寝ました。

2000年3月6日(月)
朝、お腹が痛いなぁと思いつつ出勤したら、途中で気持ちが悪くなってしまった。参った。なんとか会社までたどり着きましたが、1日中気持ち悪かったです。

2000年3月5日(日)
実家へ行った。おみそとか食料品をもらって帰ったら、家までの1駅がとっても重く感じて、その後背中に痛みが・・・やはりまだ少し重いと思うものは、持ってはいけないのでした。

2000年3月4日(土)
今日は初めて「臨海副都心線」に乗った。新しい施設は身障者用にいろいろ完備されているので安全かなと、ヴィーナスフォートに行ってみた。去年の夏にZEPP東京にライブに来て以来、ここには来ていなかった。お店は沢山あるけどなんか全体的に暗い場所でした。この暗さが女のコが一番キレイに見える照明だから、ってほんとう?さすがにトイレはばっちり完備されていました。ベビーおむつ替え場所とかパウダールームとか、女性に充実したモールでした。女のコ同士で行くのが楽しいんじゃないかな。
臨海副都心線の駅の長い階段はエスカレーター、エレベーター完備でした。トイレは身障者用がひとつありました。(新木場) しかし、たった3駅で230円とは高い!電車のシートは座りやすかったけどね。

2000年3月2日(木) 地元で快気祝い飲み会
今日は乗馬クラブのみんなが私の地元まで来て快気祝をしてくれました!私はコルセットがきつくてあまり食べられないのと、行けるお店に制限があるためなかなか外食ができません。コルセットのせいで気分が悪くなったり、帰りの電車が混んでいたり、急にトイレに行きたくなったり、お酒で足に来て転んだりしたらいけないので、電車に乗るようなところでの、夜の飲み食いはまだしていません。したがって、「飲む」のであれば「家の近所」しかないのです・・・。(-_-)

<行けるお店の条件>
 ・椅子席であること。(最低条件。しかもちょっと高めの椅子でなくてはだめ)
 ・洋式トイレであること。(これも結構重要なポイントです)
 ・ずっと座っていなくてもOKなカジュアルなお店であること(格式高いフルコースなどはバツ)

この3つの条件を満たすお店を私の地元で探してくれたMちゃんと、K藤さん、T口さんに感謝!そして17人も集まるなんて!年末に私と交替?で入院したクラブのスタッフのOモッチ(股関節脱臼、膝の剥離骨折)も松葉杖をついての登場。彼も「洋式トイレ」専門だそうです。二人でしばし「寝たきり苦労話」に花を咲かせました。でも彼はまだ二十歳。若いから回復も早いのだ!!うらやましい・・・。ただ仕事が「乗馬クラブ」なのでちょっとつらそうでしたが。飲み放題で騒いだ後に、Oモッチが歌いたいというので、カラオケへ。土禁のじゅうたんカラオケだったので、みんなは私とOモッチには絶対できない「正座」して気持ち良さそうに歌っていてうらやましかった〜。しかし正座してgoldfinger'99はちょっとカッコわるいっす、K宝さん。
みんな、ほんとうにありがとお〜。

2000年3月1日(水) ちょっとつまづくのにもびっくり。
今日から3月!骨折して4ヶ月経ちました。そろそろ、骨も固まってきたころなのかな?来週病院に行ったらよ〜く聞いてこよう。

帰りに、眠くてぼ〜っとしていたら油断していたのか、駅のエスカレーターでつまづいてしまった。杖があったからころばなかったようなものの、背中に衝撃が・・・ちょっとびっくりしました。