さち通信U〜ときたま更新。 |
☆ちなみに、「さち通信」とは、『ナチュラルセラピー祥』の月いち会報のこと。
2007年4月〜6月
2007.4.7
感動のヴァイオリン・コンサート
先日、天満敦子(てんまあつこ)さんのヴァイオリン・コンサートに行ってまいりました。
ま、そんなにクラシックを聞くような趣味もないのですが、
最近は波動を読んで、私の感覚に合格した音楽家のコンサートには行くようにしています。
「これは!」という方は、いまのところあまりいないので、たまにのことになりますが。
天満さんは、「これは!」という方だったわけです。
で、それはやはり素晴らしかった・・・。
なにが素晴らしいかというと、波動が高い当代一流の演奏なのはもちろんだが、
それだけではなく、驚くべきは、
人間の生命力、治癒エネルギーを高める波動が、その音に乗っているところだ。
聴いていると、足下から身体の「中心」が立ち上がり、蝶形骨や脳幹にビンビンと響いてくる。
自らの意識もまた「中心」に統一されてゆくようだ。
何故、このような自然治癒力を鼓舞する音が出せるのか?
彼女の相棒が、ストラディヴァリウスだからか?
いやいやそんなことはあるまい。
かつて、複数のストラディヴァリの共演を聴いたことがあるが、そんなことはなかった。
間違いなく、彼女という演奏者の存在のなせる業だろう。
きっと、音楽の神に愛されているのだろうなあ。
彼女のCDはどれも素晴らしい。
胎教などにも効果を発揮するだろう。胎児の健やかな成長が促される。
まさにヒーリング・ミュージックである。
お薦めします。
2007.4.15
スープカレーは、ウマいか?
先日、札幌に来て初めて、「スープカレー」を食べた。
東京にいた頃は、TVとかで、「札幌では、ラーメンに伍して、
スープカレーが流行っている」かのような印象を抱かせる特集をよく目にしたものだ。
しかしながら、現地に来てみるとそうでもなく、やはりいまだにラーメン天国である。
でも、確かに、十数年前には考えられないほど、スープカレーの店があちこちにできており、
では、一度ご賞味をと、折につけ情報誌などで探していたのだが、
危険な匂いのする波動のお店が多く・・・。
まあ、波動がやばくても、それなりに流行っているのだから・・。
スープカレーとは、そういう類のものなのだろうか。これで何故流行るのか?。
このボンバーな波動では、私のお腹もあっという間に、ボンバーとなること間違いなしだ。
多分、まだ歴史が浅いためか、ラーメン店ほど質の高い波動の店が生まれてきていないのだろうねえ。
で、先日、つういに、波動のやばくない、これなら合格という店を見つけた。
それは、月寒東の「南家」というお店。ま、禁煙じゃないのは難点だが。
食べてみると、あれあれ、まあまあいけるでないの。
ああ、これがスープカレーなのだね。
納得しました。
なにごとも、本物を体験するというのは大事だねえ。
スープカレーを見直しました。
2007.4.23
ブロロロロー!!
私が、意外にアニメや漫画に詳しいということは、一部の人間にしか知られていない。・・かもしれない。
小学校では漫画クラブでしたし、中学になってからもよくキャラの絵を模写しておりました。
そして、結婚式で、新郎新婦でアニソンを爆唱したのは、今となっては若気の至りでございます。
きっとまだまだ修行が足りないのでしょうねえ。
インドの覚者や賢者の本を読んだり、ガヤトリーマントラを唱えたり、
気功、動功や静功をしたり、治療の研究ばかりしていると、時々、「ウキー!」っとキレ?そうになります。
どうも、真面目な時間が長すぎると、反動が来てしまうようです。
そんな時、とってもくだらない、ツボを突くギャグに出会ったりすると、ホッとします。
漫画やアニメを見て、気分転換をします。
ま、ほとんど、モノは、さっちゃんが用意してくれるのですが。
この際、波動の高い低いは、あまり考えません。
ほとんどの場合、アストラル体は泥にまみれますので、あまり上手な気分転換とはいえないのでしょうねえ。
で、アニメや漫画を視ては、私たちは夫婦は、かの「げんしけん」のように、
作画がどう、脚本がどう、演出がどう、声優がどう、制作費がどうなど、
クオリティについて、あれやこれやと語り合っております。
ちなみに、例えばどういうモノを視ているのかというと、
アニメでは、「ケロロ軍曹」、「コードギアス〜反逆のルルーシュ」、「ファンタジック・チルドレン」、
「デスノート」、「ハチミツとクローバー」、「桜蘭高校ホスト部」、「のだめカンタービレ」など。
古いのでは、「ベルサイユのばら」をまた見直しています。
決して、これらのアニメを推薦しているのではありませんので、ご注意ください。波動は「低い」ですよ。
でも、とても楽しいひと時でもあります。(^.^)
そして、ほどほどに泥に浸かって、また真面目な方向へと帆を向けるわけです。
ま、医者や健康指導者が、患者への戒めの言に反して、
自らはけっこう不摂生な生活をしていたりするのと、どっか似てるのかな・・。
合言葉は、アフロと軍曹。
2007.4.29
香功練功日記風
私の場合、仕事の研究そのものが、ある程度、気功の練功に近いときもある。
ここのところはずっと、ひとつひとつの経脈の浄化に丹念に取り組んでいた。
それこそ、時間と手間のかかる地味〜な作業である。
これを、朝から眠りにつくまで時間のある限り、続けるのだ。
経脈の完全な浄化というのは、なかなか簡単にいくものではない。
単に「通気」であれば、比較的容易にできうるが、完全に浄化するとなれば、そうはいかない。
浄化に取り組む時の経脈の状態を説明すると、私の感覚では次の状態に分けられる。
わずかな粘性が感じられるものの、ほとんど液体のように、スル〜ッと違和感なく流れている状態と、
あたかも真冬の凍りついた河のごとく、流れが止まっている状態、である。
液体状に流れている部分は問題なく、通気すれば勢いよく流れてゆく。
問題は、凍りついた河のようになっている部分だ。
この部分も、正確に言うと、流れが完全に止まっているわけではない。
その部分の流れは、伝導率が低く、あたかも、凍った川面を金づちで叩いてみた時に、
その振動波だけが細々と伝わって行くかのようだ。
このような部分を浄化するのは、大変手間がかかる。
力ワザで、気の力を強めて押し流すような方法ではあまりうまくいかない。
そのようなことを無理に行なえば、場合によっては、反作用で心身のバランスを損ないかねない。
なぜなら、ほとんどの場合、それは胎児、乳幼児期からのトラウマによる歪みの結果だからだ。
このような経脈凍結の原因をまず解除する必要がある。
さらに、厄介なのは、経脈には、過去世のカルマが表現されていることである。
その経脈が過去世のカルマによって凍結している場合、経脈だけをいくら操作、浄化してもだめで、
カルマそのものを浄化、燃焼させなくてはいけない。
それでやっと、経脈の操作が活きてくる。
それは、もううんざりするような手間と時間のかかる作業である。
で、そういう寄り道をしてから、また香功をやると、やはりその良さが分かる。
「香功は開放的で、敏感なタイプの人に目覚しい効果を見ることができるでしょう。」
と、田瑞生師の言葉が本に書かれていて、その意味が今ひとつ分からずに気になっていた。
今度のように、ある程度、経脈の浄化が進んだ状態から、また香功を練功すると、
内側から一気に外側に向かって、ズコズコズコズコ経脈を押し開いてゆくような感じを受ける。
なるほどねえ、こういう意味か。
でも、経脈の詰まりが著しい練功初期の段階では、なかなか明確には感じられない感覚かもしれない。
やはり、コツコツと続けて、良い変化が起きるまで、「功」を蓄積することが必要なのですねえ。
2007.5.7
人の健康は、ダイビングクイズのようだ
『ダイビングクイズ』とは、1964年から1974年にかけて、TV放映されたクイズ番組である。
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
解答者は、滑り台につかまり、クイズに答える。
お手付きや間違ったりすると、滑り台の角度が徐々に上がって行く。
耐え切れずに下に落ちたところで、失格(リタイア)である。
滑り台の下は、たくさんの風船の海であった。
私たちが、物心がつく前に心身に帯びた歪みは、その人間のその後の健康を左右する。
多くの死に至る病の原因となる最も根本的な歪みは、この時期に作られる。
数年、数十年の歳月を経て、その歪みは症状として開花するのだ。
それは、あたかも物心ついた頃には、すでに各人がダイビングクイズのような傾斜のついた滑り台の上にいるかのようだ。
滑り台の初期傾斜角には、個人差がある。
この傾斜角の中身は、主に、本人の過去世のカルマによる歪み、受胎、胎児、出産、乳幼児期の歪みである。
各人の心身の健康状態は、そもそもの初めから一様ではない。
ある人は、より頑健であり、ある人は、より脆弱である。
体癖やプラクリティなどの先天的体質や気質に反した生活を送ることによる病的傾斜もあるが、
それ以上に、この滑り台の初期傾斜はその人間の健康に対して、より支配的であり、影響力を持っている。
その傾斜は、ある人は、より緩勾配であり、ある人は、より急勾配となる。
この滑り台の上で、私たちは、人生において、自然法則に反した生活を積み重ねる。
さらに、加齢などもあり、この積み重ねは新たな傾斜角となって、徐々にその勾配を増してゆく。
ついに「耐え切れずに下に落ちる」ことは、発病すること、死に近づくことを意味する。
多くの対症療法的治療は、いかにして再び、滑り台から落ちないような体力、筋力を取り戻させるかに傾注する。
形はどうあれ、とにかく滑り台から落ちなきゃいいのだ。
自然療法は、より無理のない方法で、身体の中に再びエネルギーの均衡を取り戻し、
そこに到ったあやまてる生活を改善するよう指導する。
これにより、滑り台に再びつかまる体力やバランスを回復させ、
生活習慣の誤りから生じた滑り台の傾斜角を下げることができる。
しかし、それにも限界がある。滑り台の初期傾斜角がそれだ。
どんなに崩れたバランスの回復を試み、生活を正しても、圧倒的な初期傾斜の前には力を持たない時があるのだ。
私の施療では、この初期傾斜角を下げることを、重視している。
それは、それほど簡単なことではないが・・。
ま、ダイビングクイズが、私のやろうとしている施療のイメージにやけにピッタリ来たので書いてみました。
では。
2007.5.16
香功練功日記風
前に書いたとおり、地味〜な経脈の浄化作業を続けている。
香功の初級、中級の動功以外は、静功である。
イスに座って、印を組んで目を閉じて、何十分もじ〜っとしているのである。
それは、傍目には、変なかっこうに見えるであろう姿である。ま、今さら、さっちゃんは何も云わないが。
すべての経脈が脳内にルートを持つのであるが、私の場合、首や顔、歯、脳内の経脈の凍結がひどくて、
その辺のルートを開通するのは、なかなかに手間のかかる作業である。
そんななか、昨日は久しぶりに激しく花粉症の症状が出た。鼻水が、アイキャントストップである。
北海道は、スギはほとんどないので、今年の春はとっても楽であったのだが、
半日くらいで一気に決壊した。洪水である。
しかし、別に花粉に反応したわけではなく、浄化の作業中に、邪気が経脈からあふれ出し、
脾臓や大腸、副腎などのアレルギー症状関連の臓器のエネルギー状態が、急変したのだ。
ま、好転反応ということである。
ああ、また来たねえ。神経に痛みがないのは、幸いだが。鼻水もつらい。
いったいどれだけの邪気がこの身体には詰まっているのだか。
しかし、今日は大分、邪気が抜けたようで、鼻水も治まってきた。楽である。
そして、次にまた進むのである。
さて、香功の中級功の動画が以下のサイトで見れますので、興味のある方は、参考になさって下さい。
http://www.cityfujisawa.ne.jp/~himeno/chuugokukikou.html
早朝の、のどかな雰囲気で、みなさん、いい感じでやってます。
中国でされていた香功の雰囲気が少しは感じられ、とても参考になりました。
しかし、これでは香功が、単なる繰り返し運動だと思われても致し方ないでしょうねえ。
この感じだと、ちゃんと効いていないのです。
では。
2007.5.19
痛い・・・
今度は、私にとってはおなじみの左背部にまた痛みが出ている。
過去、ぎっくり背中になったこともあるし。
この部分は、もう私の身体にとっては、生まれつきの最弱点なのだ。
といっても、悪くなって痛みがでているのではなく、好転反応なので不安はないのだが。
実は、私のメンタル体の左肺の下部付近には、カルマの噴出口がある。
(多分、人によって位置も数も異なる。)
そこから、邪気が少しずつ、泉のように溢れ出てくるのだ。
それで、この付近の経脈、神経系や臓器が侵されてしまう。
私のケースでは、大腸や副腎、太陽神経叢、左肺葉下部
神経叢のムーラダーラやマニプーラチャクラがダメージを負っている。
今は、この邪気で侵されていた部分の経脈の浄化によって、神経系の機能が回復しつつある。
そのための好転反応が痛みとして出ている。
浄化力の方が、カルマの邪気による侵食に優っているのだ。
しかし、さぼってほっとくと、また邪気が溜まってきて変調を来たす。
ま、「魂の毒出し」だから仕方ないのだが、早く楽になりたいものだ。
2007.5.27
アニメネタ・・・
ま、ここを読む人では、だれもついて来れないかもしれないが、アニメの話。
「エースをねらえ!」が好きな私だが、エンディングの「白いテニスコート」をご存知だろうか。
で、これをカラオケで歌ったときのこと。
夕やけのテニスコートで♪
なんとかかんとか、燃え上がる恋も、燃え上がる明日も、
白いテニスコートに、白いテニスコートに、ああ、テニスコートに♪
これが、なぜか、私が記憶しているTVの音程と異なるのだ。
おかしい。そうだったけ?
何故、そこで下がるのだ。なぜそこで、落ち着く?!
TVでは、ラストはどんどんテンション上がって、どーんと終わる(?)はずなのに。
んで、再放送で、エンディングをチェックしてみると、やはり自分の記憶が正しいことが分かった。
どうやら、別ヴァージョンがあるらしい。
さっちゃんに聞くと、そういうことが昔のアニメにはけっこうあるのだという。
カラオケの会社もTVヴァージョンでやってくれないと困るよなあ。
それにしても、昔は、藤堂さんのあの素敵な高笑い「あ、はははははははは!」とか、
別れ際の、「じゃ、失敬。」がさわやかに見えて、練習したけれど、使ったことなかったよなあ。
じゃ、失敬。
2007.6.11
ひょうい・・・について書いたものの
そう、私の母でさえ、どうやらやはり、憑依現象というものはあるようだと認めざるをえないようだ。
との書き出しで、実はひととおり書いたものの、ちょっと一般の理解は超えているとの判断から、
ボツになり、何を書き直せばいいやら困っています。
このところ、更新が少ないですよね。
実はそれなりに書くテーマはあるにはあるのですが、
表現の難しい内容でもあり、実際にここに書く内容は、
日常の臨床や研究の気づきや発見とは、ちと趣きの異なる話になりがちです。
ま、仕方ありません。
実は、アニメネタの時は、けっこうそういう事情で、マイブームについての話ができない時だったりします。
ちなみに最近のマイブームは、
霊的憑依のちょっとした体験談。
仙骨と尾骨の脳や内的心理器官との対応。
高次身体から下位身体への歪みの伝播と、その反転の方法。
7つのチャクラとさまざまな小チャクラの連動。
CRI、ミッドタイド、ロングタイドにおける停滞支点の解放の独自の方法。
などですが、研究試行の段階で、まだうまく文章化できません。
決して、アニメや漫画を見すぎたりして、真面目にやっていないというわけではありません。(笑)
★
閑話休題
で、またアニメの話をいたしますと、30年前に製作された「エースをねらえ!」に続いて、
「新 エースをねらえ!」を最近、見ているのですが、
これがまた、なんということでしょう!Oh My God!
旧作から6年後にもかかわらず、すべてが退化しており、
動画も脚本も音楽も、つっこみどころがあまりに多いわけで・・。
旧作の出崎統、杉野昭夫ぺアの作品の素晴らしさが際立つ結果となっている。
ああ、あまりにたくさんありすぎて、かえって書けない。
ひろみのおかしな(としかいいようのない)性格。
虐待されるゴエモン。
お蝶婦人のずんぐりとした体形やしばしば変わる髪の毛の量。
「楳図かずお」なシーン。
テニスシーンの技術の優劣の描きわけのなさ(どう見てもテニスの下手なお蝶婦人)。
藤堂さんの前ではひろみへの態度が豹変するお蝶婦人。
尾崎さんの太い眉毛。
とんちんかんなバックの音楽。
すごいガニ股と肩幅の宗方コーチ。
藤堂さんの意味不明の裕次郎ポーズ。
ワキ役の公園の記念像的描写。
エンディングの画の怪奇。
画なんかは、しょっちゅう、週間漫画の読者投稿欄の似顔絵と同じかそれ以下のレベルに落ち、
あまりに、激しく、くずれおちるので、私たちは、「これ、誰?(爆)」を連発している。
リメークって、ホントなかなかうまくいかないものだねえ。
2007.6.18
もっと・・
頭蓋骨調整をしていることもあり、脳障害のお子さんを何人か診ているのだが、
一般的なクラニオセイクラルやバイオダイナミクスを越えて、大きな損傷を負った脳組織を、
どうやって修復に導くかが、今のテーマの一つである。
単に、骨格、硬膜の歪みや脳脊髄液のパルスを調え、後は治癒力にお任せ、では十分とはいえない。
本質的な施療の要点でもある各タイドの停滞支点の解放も、それだけでは、やはり十分ではない。
もちろん、十分ではないが、それだけでも現代医学ではどうにもならなかった心身の状況に大きな改善をもたらすものだ。
しかし、後は治癒力にお任せ、という前に、
もっと、直接的な組織の再編成を促す、大きな指向性をもった力場が、脳の損傷箇所に必要だと感じる。
必要を感じる以上、そのようなものがあるのだと思う。
その方法があるのだと思う。
不自然ではない、私の納得のいくやり方で、それがあるはずだ。
で、それを考察しているわけである。
このようなインスピレーションが訪れ、探求し、発見し、技術として適用しうるものに磨いてゆくのは、
厳しいが、とても楽しいプロセスである。
この喜びがなくては、私はこの仕事を続けることはできないだろう。
そして、これはクライアントさんと共有している空間からもたらされるインスピレーションである。
クライアントさんの自身の回復への想いや、
日々の体調や精神的な気づきについてのちょっとした報告から、施療が進展することはよくあることだ。
一緒に、問題を解決してゆきましょう。