
8月6日
(くもり)
早朝、アムステルダムに行くためユース近くのバス停からバスに乗り駅に向かう。バス停まで徒歩20分、やはりパンフレットはうそをついている。アムステルダムは一言でいうとハウステンボスそっくり。まああたりまえか。街は運河に沿って作られていて、その運河に多くの観光船が走っていた。ここの街歩きの起点はアムステルダム中央駅とダム広場。ダム広場は1270年頃アムステル川をダムでせき止めた地点であることからアムステルダム発祥の地とされている。
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| ユース近くにあったひまわりの無人販売所 | 東京駅のモデルとなったアムステルダム中央駅 |
ダム広場の周りには王宮、新教会など観光スポットが集まっている。時間がなかったので、そのあたりをさらりと見た後にアンネ・フランクの隠れ家を見学に行った。
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| ダム広場(新教会) | アンネ・フランクの隠れ家 |
ナチスのユダヤ人迫害の犠牲となったアンネ・フランク一家が1942年から44年までの間潜伏していた隠れ家で、「アンネの日記」の舞台となった場所だ。人気スポットで入館するまでに30分以上も待たされた。残念ながら写真撮影禁止。中には本物のアンネの日記や、隠れ部屋までの隠し扉(本棚が動く)、アンネの姉と母親が背比べした線のあとなどがそのまま残っていた。僕は英語が分からないので、説明を読んで泣くことはなかったが、中には目を真っ赤に腫らして泣いている人もいた。今はこんなに平和な世の中だが、ほんの50年前にはこの同じ場所で小さい女の子が外にも出られず、声も出せず、ただ「書く」ことだけを楽しみに生きていたんだと考えると、少々景気が悪くても平和な時代に生きていられることに感謝しなくてはならない気がする。
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| アムステルダム | 至るところに運河がある。 |
慌しかったがもう次の国に向かうことにした。次はイタリア!13時05分発、ドイツケルン経由イタリアミラノ行きのICE(ドイツの新幹線)に乗った。