12月29日


この日、僕は8時半のフェリーで、K田さんは飛行機の早朝便で福岡に帰ることになっていたのでとりあえずK田さんの家に帰った。するといつも冷静沈着なK田さんが焦っている。「Fお、俺、今日の一便を予約していたつもりだったんだが、よく見てみると昨日の最終便だった。俺もフェリーで帰らないといけなくなっちゃったよ。」



 というわけでフェリーニューつしまで一緒に福岡に帰ることになった。



厳原港 フェリーニューつしま



 行き同様かなりの揺れなのでひたすらに眠る。そして、壱岐、芦辺港に入港。せっかくここまで来たのだからということで、僕はここで下船し、壱岐を観光することにした。K田さんとはここでお別れとなった。この4日間、どれだけK田さんにお世話になったのだろう。感謝しても感謝しきれない。本当にありがとうございました。



フェリーの中でK田さん。



 ちょうどお昼時だったので、港近くの焼き肉屋で「壱岐牛」を食べる。

 3500円でレンタカーを借りて、壱岐観光に出発。最初は猿岩。ただ姿が猿に似ているというだけの岩なんだが、本当に似ている。


猿岩



 猿岩の近くには戦時中、戦艦の大砲を備えつけたという、「東洋一の砲台跡」がある。薄気味悪いトンネルを中に入ると、地下に巨大な空間がある。そこが砲台の土台で、弾薬庫や砲台まで弾を送りこむ装置などがあったらしい。蛍光灯がほのかに輝く地下室は薄気味悪く、一人で行くのには勇気が必要だった。写真も何か写りそうで遠慮してしまった。



砲台へのトンネル


 ぐるっと島を一回りして、はらほげ地蔵を見に行った。満潮になると海に身体が半分沈むので、ちょうと地蔵の胸の部分にお供え物を置く穴が空いていることからこの名前はついたらしい。



はらほげ地蔵



 ここ壱岐は元による「弘安の役」の舞台となった。東路軍、江南軍あわせて14万の大軍が押し寄せ、当時の壱岐の守護、少弐資時は弱冠19歳にしてここの攻防で奮戦討死した。彼を祭ったのが少弐公園である。



少弐公園 そこからの風景



 慌しく観光を終えフェリーにて福岡に向かった。福岡からはつばめで鹿児島に向かう。ちょうど帰省ラッシュの時期で、車内は込み合っていた。そんな中に懐かしい顔が!高校の同級生M田くんと、その友人M薗くんだった。M薗くんは仮装大賞に出場した時、セミに色を塗ってくれた鹿大の美術科の人だ。彼らは台湾に行っていたらしい。あっちは台湾、こっちは対馬。どっちも島だね。おあいこ、おあいこ。


 というわけで、2001年を締めくくる対馬、壱岐実習旅行は終わった。今度は夏、ウインドの道具を持って行こうかな!



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