8月11日
(くもり)



激動の1日(この1ヶ月間で最も疲れた日)




 この列車はフィレンツェ、Paolinaの故郷ボローニャを経由し、ヴェネツィアをかすりながらアルプスを抜けオーストリアに入る。今回の旅では時間の関係でヴェネツィアに行くことができなかったことがとても残念だ。列車の窓からかすかに見えるヴェネツィアの明かりに後ろ髪を引かれる思いだったが、そんな僕の気持ちを知らない夜行列車はウィーンに向けて順調に進んでいった。

 Wien Sudbahnhof駅(ウィーン南駅)への到着は8時48分だった。列車を降りたとたん、寒い!イタリアとは大違いだ。僕は正直言ってウィーンには興味がなかったので、午前中観光したらすぐに映画「サウンド オブ ミュージック」の舞台になったザルツブルグに向かうつもりでいた。そのためザルツブルグ行きの列車のチケットを予約しようとカウンターに並んだところ、係員から国内線だから予約は不要と教えられた。それなら早速観光に出かけよう!ということで、荷物をコインロッカーに押し込んだ・・・この判断をのちに後悔することとなる!
 
 最初から僕は間違えていた。普通、国際列車の到着する駅は街の中心にあり、「〜中央駅」と呼ばれている。そのため僕はこの南駅のことを中央駅だとばかり思っていたので、あるはずの地下鉄がないし、トラムの路線も違う。「オーストリア、むちゃくちゃだよ、まったく」と一人でイライラしていた。ようやく自分の間違いに気付いたのだが、それでもトラムの路線がよく分からなかったため、勢いで適当に乗って適当に降りてみた。すると運良く地下鉄の駅の近くで、地下鉄に乗り目的のシュテファン寺院にスムーズに着く事ができた。



シュテファン寺院


 シュテファン寺院は12世紀から建築の始まったロマネスク様式の寺院である。高さ137mの南塔はウィーンのシンボルだ。南塔へは階段でしか登れない。ケルンの大聖堂で果てしなく続くラセン階段に懲りてしまった僕はエレベーターのある北塔に登ることにした。北塔からは音楽の都ウィーンの街並みを一望することができる。オーストリアを650年もの長きにわたって支配したハプスブルグ家の帝都ウィーンは、帝国の繁栄と共に発展していった。広大な領土から多大な富、異郷の文化、優れた人材が流入し、ウィーンは造形的にも文化的にも魅力ある都市に変貌していった。しかしヨーロッパの強国として君臨したハプスブルグ家が第1次世界大戦にて崩壊してしまった後、多くの人が自国に引き上げたため、ウィーンの人口は激減。20世紀になって人口が減少した都市は世界にウィーンしかないらしい。しかし、そのために無理な工業化、それに伴う宅地造成とも無縁だったため、ウィーンの森の美しく豊かな緑はそのままに残された・・・ってガイドブック丸写し〜



シュテファン寺院内部 ウィーンの街並み



 次はモ-ツァルトが1784年から4年間過ごした家、「フィガロハウス」に向かった。この頃はモーツァルトにとって一番安定していた時期で、ここで「フィガロの結婚」が生まれた。



フィガロハウス


 

 ちょうど正午になるころだったので、世界最長長さ10mもの仕掛け時計「アンカー時計」を見にいくことにした。毎正時になると、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス、マリア・テレジアなど歴史的人物の人形が、その時代の音楽に合わせて行進する。



アンカー時計



 ウィーン名物、この仕掛け時計を一目見ようとたくさんの観光客が集まっていた。するとその中にどこかで見たことのあるような2人組がいる。



フランスのユースで出会ったメキシコ人兄弟だ!



 7月16日にフランスのユースで出会い、一緒にネットカフェに行ったメキシコ人のRoman君とCristian君、(詳しくはこちらまさかこの広いヨーロッパで再び出会えるとは思わなかった。すごい確率だ。なんか運命を感じてしまった。メールアドレスを交換し、今でもたまにメールが来る。日本と遠く離れたメキシコに僕のことを知っている人がいる。僕も彼らのことは忘れない。出会いって不思議だね。そして素敵だね。



Cristianくん(左)、Romanくん(右)



 優雅なバロック様式の並ぶ小路、クレント小路を覗いた後、ちょっとこじんまりしたカフェで昼食。相変わらずメニューを見てもさっぱり分からないので値段を考えて適当に頼んだら、なんかピーマンの中に肉が入っている料理だった。う〜ん、イマイチ!



クレント小路



 ウィーンの中心を流れるのは美しく清きドナウ。さすがに都市を流れているので「美しく」はなかったが、ドイツから黒海に灌ぐこの巨大な川はやはり一見の価値がある。よく見るとなんとウインドサーフィンをしている人もいる。この川がいかに大きいかお分かりでしょう。



ドナウ川



 続いては国立オペラ座。パリ、ミラノと並ぶ三大オペラ座の1つである。ここは個人での入場はできず、決められた時間からのツアーでしか中を見学することはできない。残念ながら次のツアーは16時からだったので、それまでバル小路といってかつてベートーベンが住んでいた場所に行くことにした。かつてはサロンや小劇場が集まる芸術の薫り溢れる場所だったらしい。ベートーベンはここで「ミサ・ソレムニス」を作曲した。

 オペラ座の周辺では中世の音楽家の格好をした若者が盛んに今夜開かれるコンサートの宣伝をしている。どうやら音楽家の卵たちらしい。なんかさすが音楽の都って感じ!そういう雰囲気の中にいると、せっかくウィーンにいるのに音楽会の1つや2つは鑑賞しておかないと損のような気がしてきた。そこで急遽予定変更!ザルツブルグには明日行くことにしよう!

 そうなると今夜の宿を探さねばならない。観光案内所でユースを紹介してもらいそこにTelする。運良く空室があり、予約完了。続いては今夜の音楽会を探す。音楽家の卵たちが宣伝しているコンサートはどうも安っぽい。こんなんじゃやだ〜!もっと本格的なのがいいのだ〜!でも高いのはダメだ〜!この条件にあてはまるコンサートはなかなかない。いろいろと悩むうちにオペラ座のツアーの始まる時間がやってきてしまった。


 日本語ツアーは午前中しかなかったのでしかたなく英語ツアーに参加する。他にもフランス語ツアー、イタリア語ツアーなどいくつかのツアーも同時スタートだった。最初は英語ツアーについていっていた僕だが、写真を撮ることに夢中になり、気が付いたら




フランス語ツアーに混ざっていた。




オペラ座内部 舞台より広い舞台裏
豪華な控え室 オートで撮影




 このツアーで知り合いになった日本人がいた。30歳くらいの女性とその母親だった。お金持ちオーラプンプン!いかにもウィーン満喫してます!という感じだったのでコンサートのことをちょっと聞いてみた。


Fお「あの〜今夜開かれるいいコンサート知りませんか?」

おねえさん「私達は昨夜、シェ-ンブルン宮殿で開催されたコンサートに行ってきたわよ。素敵だったわ。」

Fお「えっとそれってどうやったら行くことができるんですか?」


おねえさん「私達はツアーで行ったからよく分からないわ。そうね〜私達の宿泊しているホテルインペリアルには日本語を話せるスタッフがいるからその人に聞いてみれば。」


Fお「ありがとうございます。で、そのホテルインペリなんとかってどこにあるんですか?」


おねえさん「あらっ、ホテルインペリアルなんてその辺の人に聞けばみんな知っているわよ!」








まぁ〜嫌味な人!






 くじけることなく、ホテルインペリアルに向かった。ほっほっほっ、さすがはその辺の人に聞けばみんな知っているだけのことはある。歴史を感じさせる壮麗な作りの超豪華ホテルだ。フロントで日本語スタッフをお願いするが残念ながらこの日はお休みだとのことだった。途方に暮れ、来た道をとぼとぼ帰っていると・・・



あっ全日空ホテルだ!



 世界に羽ばたく全日空。こんな異郷の地で日本語通じそうな場所に出会うとうれしくなる。ここだったら大丈夫だろうということで、宿泊者のふりをして侵入。ここも超豪華ホテル。もちろん日本人がたくさん。「あ〜いつの日か俺もこんな場所に泊まれるようになりたい!」人生の目標が1つできた。


 フロントの人に今夜の予約はもう閉めきられているから、直接会場に行ってみなさいと教えられた。会場のシェ-ンブルン宮殿では2つの音楽会が開かれる予定だった。1つは温室を使って行うコンサート。こちらはオペラ座の前で盛んに宣伝していた観光客向けのものだ。もう一つは宮廷劇場で開催されるオペラ:ヨハン・シュトラウス作の「こうもり」。そりゃ温室よりは宮廷劇場のほうがいいでしょう!でも温室コンサートの担当者は「宮廷劇場のほうは高いよ。こっちは学割あるよ。」と意地でも僕を温室に入れようとする。こっちの値段は350シリング(約3500円)う〜ん。やっぱり高いな〜。とりあえず宮廷劇場のほうにも行ってみることにする。やっぱりこっちは高い。しかしチケット売り場のおじさんの「立ち見があるよ。」との声を聞き逃さなかった!立ち見で90シリング(約700円)。よっし、これにしよう!


 さて、ここからが時間の戦い。オペラの開演は19時から。今17時30分。オペラが始まるまでにユースのチェックインをすませないといけない。シェ-ンブルン宮殿と僕が荷物を預けてある南駅はまったく正反対の場所にあるため、荷物を取っている時間はない。とにかくチェックインだけでもという気持ちでユースへ急いだ。でも、初めての街でそう簡単に目的地までたどりつくことはできない。いろんな人に聞きまくってユースに到着したのが18時30分。


急いでチェックインをすませ、シェ-ンブルン宮殿へ。途中マックでハンバーガーを購入し、走りながら食べる。それでも到着したのは19時15分だった。「やばい、入れるのだろうか。」不安だったが後ろの入り口からこっそり入れてもらった。劇場に入ったとたんびっくり!あのオペラ座をしのぐほどの豪華さ!かつてハプスブルグ家の皇族が座っていたのであろう貴賓席もある。座席数は200ほど。たった200人の観客のために、総勢20人のスタッフがヨハン・シュトラウスの名作「こうもり」を演じている。もちろん演奏は生オーケストラ。なんて贅沢な音楽会なのだろうか!


第一幕が終了し15分間の休憩に入る。劇場に明かりが燈るときらびやかな雰囲気が一層深まる。しかしこの雰囲気に浸る間もなく、僕はあることに気がついた。





あっ、短パンって僕だけだ・・・




 周りの人はほとんど背広だ。特に日本人は必ずネクタイをしている。ちょっと恥ずかしい。でも今さらどうしようもないので、気にしない、気にしない!休憩時間にはバーでビールを販売している。僕も一本購入し、シェ−ンブルン宮殿の夜景を眺めながら喉を潤す。自分で言うのも何だけれど、「俺ってウィーンが似合うな。」と思い込んでいた。短パンのくせに・・・



シェーンブルン宮殿の夜景



 第二幕が始まった。ドイツ語で意味はよく分からないのだが、演技でなんとなくストーリーは分かった。面白い。たった700円でこんな歴史ある場所でこんなに楽しめるなんて幸せだ。と思っていたが、時間が経つにつれて立っているのがだんだん辛くなってきた。3時間もの上演が終了したときは足が棒!人生2つ目の目標「いつの日か、座って観賞できるようになりたい。」


 終了した時は10時をまわっていた。もちろん外は真っ暗。でもそのままユースに帰るのはもったいなかったので、夜のウィーンを楽しむことにした。まずは昼も行ったシュテファン寺院この時間でも観光客はうようよしている。このシュテファン寺院の近くにこんなトイレを見つけた。その名も「オペラトイレ」



音楽の流れるオペラトイレ



 続いては「街頭の灯る夜が特に美しい。」と評判のクレント小路。 




クレント小路



 もう11時を過ぎている。そろそろ帰ろうかというとき、まだ荷物が南駅のコインロッカーに預けっぱなしだということを思い出した。行きはよいよい帰りは怖い・・・駅でトランクを取り出し、そろそろ日付が変わろうかという時間に一人夜道を歩く。「あ〜お金があったらタクシーに乗るのにな・・・」人生3つ目の目標。「海外でタクシーに乗りたい!」


 ユースに行くには途中から電車に乗らねばならない。終電の時間が心配だったがなんとか間に合った。「ほっ、これで無事に帰れそうだ。」




しかし・・・






電車を間違えていた・・・






 オチとしてはおもしろいけれど、実際はかなり焦ってしまった。ほんと終電ギリギリで何とかユースに帰ることができた。ユース到着午前1時。部屋に帰ると同室の人はみんな熟睡している。真っ暗な中、トランクから着替えを取り出しシャワーを浴びに行った。身も心もすっきりして、いざ寝ようかというときだった。





鍵が抜けね〜





 部屋の鍵が差し込んだっきり抜けなくなってしまった。管理人を探しに行くが見当たらない。格闘すること30分、力任せに引っ張ったらガギギ〜という嫌な音と同時に抜けた。たぶん壊れたね、こりゃ!ごめんなさい管理人さん。




就寝午前2時。疲れた一日だった・・・





8月12日へ