どうして私が茶道部へ

(山川義塾風に)

見よ、この雄姿!


 「どうして私が茶道部に・・・」。茶道の「さ」も知らなかった僕が茶道を始めたわけはある女の子にありました。入学間もない4月、休み時間に同級生のO保さんに呼びとめられました。「Fおくん、今日茶道部の新歓コンパがあるんだけど行ってみない?美人の先輩が多いし、それに1年生はタダらしいよ」。ちょうどその日は空いていて暇だったので、美人、タダの言葉に惹かれ夜の天文館に繰り出しました。確かに美人が多かった。しか〜し、4000円も取られたじゃないの!O保さん!びんぼーだった僕はN長さんにお金を借りてその場をしのぎました。これが僕と茶道部の出会いです。

この人が大○保○子さんだ!


 しばらくは幽霊部員、または宴会要員としてのみ茶道部に参加していた私ですが、3年生の学祭茶会で初めてお手前をしてから、しだいに稽古に出向くようになりました。そして、4年生の夏、一大イベントが!「学校茶道」といって、県内の幼稚園から大学まで茶道部のある学校の代表が1人づつお手前を披露する機会があるのです。医学部茶道部では毎年、男子が代表になるという伝統があるのですが、なんとこの私が代表となってしまったのです。その理由は、



男は僕しかいなかったから!


  学校茶道では「春秋棚」というお手前をしなければなりません。今まで盆略しか知らなかった私にとっては、ウインドで例えると、F田を伊勢湾カップに参加させるようなものでした。毎週の稽古だけでは追いつかず、先生のお宅まで通って(通わされて)なんとか形だけは人様に披露できるくらいまでになりました。

 そして迎えた学校茶道当日、会場となった山下小学校には幼稚園児からご年配の方々まで、さまざまな人達が訪れていました。私がお手前をする場所には椅子が数十個もならんでいる。「もしやこんなたくさんの人の前でお手前をするのか!」緊張が高まりました。