
平成14年8月2日、3日
日本で一番高い山、それは富士山。古代より信仰の対象として崇められ、その美しい姿は人々の心を引き付けてやまない。かつて葛飾北斎はこの富士山に魅せられ、10年もの歳月をかけて36枚の「冨嶽三十六景」を完成させた。今や日本のシンボルとして世界中にその名を知られるこの3776mの頂に15名の仲間と共にチャレンジ!
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| 夏の富士山 |
平成14年8月2日14時、富士山5合目須走口に到着。あいにく雲がかかっており、ここからは山頂の姿を見ることができない。しかし今のところまだ晴れ間がのぞいており、大きな天気の崩れはないように思われた。ここの標高は2000m。すでに九州最高峰の宮之浦岳を越えている。8月とは思えない涼しさに自分たちのいる場所が特別な場所であることを実感した。皆が着替え終わり、いざ出発しようかとした時だった。急に周囲が白い霧で覆われ、遠くに雷鳴が聞こえはじめた。
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| 急に霧がかかる(富士山5合目須走口) |
慌てて用意していた雨具を身に着ける。しかし、最初から富士山をなめていた僕は、500円のコンビニ合羽しか持ってきておらず、上半身だけ覆うことのできるこの安物で雨をしのぐことにした。もっと最悪なことにリュックカバーもケチったため、それをごみ袋で代用させていた。すべては富士山登山経験者E夏の「Fおさん、富士山なんて余裕だったっすよ。」という一言を信じての行動だった。そう、この時はこんな貧相な格好でも十分だろうと思っていた・・・
14時30分、ポツポツ振り出した雨の中、富士山頂3776mを目指して登山を開始した。今日は7号目の山小屋「太陽館」まで登る予定だ。僕たちが出発点に選んだ須走口は登山者が割合少ない穴場的な登山道であり、5合目付近は緑豊かな樹林帯に覆われ、花や緑が美しいという特徴がある。ここの一番のポイントは登山道のどこからでもご来光を眺めることができるということ。ガイドブックによると山頂までの時間は平均で5時間40分、下りは2時間25分ということだった。(この数字、しっかり覚えていてください。)
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| 須走口登山道出発点 |
ここで登山道について説明しよう。富士山には富士宮口、須走口、御殿場口、河口湖口、吉田口の5つの登山口があり、それぞれに長所と短所がある。一番ポピュラーなのが富士宮口。五合目の標高が2400mと最も高い位置にあるため初心者でも登りやすい。須走口に比べると東京タワー1個分も高度を稼いでいる。しかし表登山道のため週末になると想像を絶する込み方をする。御殿場口は大砂走りが楽しめ、富士山の自然を満喫できる反面、出発点である新五合目の標高はわずか標高1440m。富士宮口に比べて約1000mも低い場所にある。(実際は二合目に相当します)。さらに標高1550mから標高3000mまで約4時間、営業している山小屋が全くない。いざという時に非難できる場所がないということを十分認識しておく必要がある。河口湖口は富士宮口と同様に人気のある登山道で、山小屋がたくさんあり休憩がしやすく、5合目までの交通アクセスが良いことが特徴だ。ほとんどのバスツアーはここから出発する。しかし、7合目付近の岩場が登りにくいうえ、歩行距離が富士宮口、須走口よりも長い。吉田口は五合目まで自動車で行けるようになるまでは最も利用された登山口で、河口湖口とは六合目で接続している。途中には茶屋跡や神社があり、昔の富士登山をしのぶことができる。登山客の激減によってすっかり衰退していたが、2002年に登山道の整備がされたため登りやすくなっている。しかし吉田口は自衛隊富士演習場に近く、雷のような大砲の音が響いてくることもあるので注意が必要だ。またかつて女性が2合目までしか登山を許されていなかったことの名残である「女人天上」と書かれた立て札も残っている。
さて、須走口から登山を開始した我々は、しばらく木々に囲まれた深い森の中を歩いていた。雨はしだいに激しくなり、雷鳴も少しずつ近づいてくる。今はまだこの深い森が雨、風を遮ってくれているのでたいして苦にならないが、森林限界点を越えたらどうなるのだろう?少し不安だった。2時間ほど歩くと、本5合目の山小屋「林館」が見えてきた。(林館は7月中旬から8月下旬までの土日のみの営業)ここは標高2400m。富士宮口なら車でこの高度までくることができるのだと考えるとちょっと悲しい。
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| 林館付近にて |
ここでしばらく休憩をとった後、さらに上を目指して歩き出した。この辺りから木々の高さが低くなり、ついに森林限界点を越えた。周りは岩肌が露出している。守ってくれるものがなくなったため、急に風雨が強くなり、皆の足取りが重くなり始めた。轟音と共に山の斜面に沿って稲妻が走る。雨、風はともかくこの雷だけは非常に危険だ。なるべく体を低く取りながら非難できる場所を目指して急いだ。午後6時、6合目の山小屋「瀬戸館」(標高2600m)に到着。
たった6合目で、これほどまでに疲れるとは思っていなかった。歩くのを止めると急激に体温が下がってくる。果たして今日中に7合目まで行くことができるのだろうか?もう6時だということと止まない雨、そしてメンバーの疲労を考えてこの6合目で一泊することが決まった。とにかく急いで山小屋に入り、まず濡れた体を暖めることにした。僕の合羽はほとんど役に立たず、全身ずぶ濡れの状態だった。新しいシャツに着替え、毛布に包まっても寒さが止まらない。ガタガタ震えながら「くそ〜E夏め、嘘つき・・・」と呪文のように唱えていた。
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| 山小屋の中で |
山小屋は長丁場になる富士山登山には欠かせない存在だ。富士山の山小屋は風雨、雪に耐えられるよう、石で隙間無く覆われているため山室とも呼ばれている。一般の宿泊施設とはまったく違った特徴とルールがあり、最初は戸惑いを覚える。まずなんといっても水が無い!そりゃ当たり前のことなんだけど、水道なんてないから風呂も洗面所も無い。だから歯磨きもできないし顔も洗えない。トイレだってもちろん・・・食事は朝、夕付いているのだが水はなし。売店でペットボトルが販売されており、1本500円。寝所も男女相室が当たり前でとにかく狭く、ピーク時には布団に2人で寝ることもある。睡眠というより体を横たえる場所と考えたほうがよさそうだ。
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| 山小屋内部(こたつがあるのだ!) |
毛布に包まりしばしうとうとしていると、いつの間にか夕食の準備ができていた。今夜の食事は生姜焼き丼。かなり腹が減っていたので涙がでるほどおいしかった。もうこの頃には雨も止み、外に出ると麓の街の明かりが暗闇の中に輝き始めていた。
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| 方角的に富士吉田市? |
外はとにかく寒い。自分の持ってきているすべての服を着こんでも寒いので(というか僕はあまり防寒具を持って行ってなかった。反省!)毛布を羽織って寒さをしのいでいた。寒いこと以外は特に体の変調は感じていなかったのだが、一度だけ、山小屋の梯子を登った時に軽い息切れを覚えた。これが明日一日中苦しむことになる高山病の前兆だったとは、この時まったく気付いていなかった。
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| 瀬戸館(標高2600m)の前で |
空を見上げると一面の星空。そして無数の流れ星。手を伸ばせば届きそうな星々が明日の晴天を約束してくれているかのようだった。
明日はいよいよ頂上を目指す。途中でご来光を見るために午前4時に出発予定。そのため午後9時には床に就いた。
午前3時に起床。こんな時間でも山小屋のおばちゃんは朝食を準備してくれる。温かいうどんを食べ、エネルギー満タン。急いで荷物をまとめ出発の準備にかかる。しかし、昨夜から体調不良を訴えていた2人と付き添いの1人、計3人はこの6合目から下山することになった。やはり昨日の雨と高度2600mという慣れない環境により体力を消耗したのだろう。皆、一緒に頂上に立ちたいという気持ちは変わらない。苦渋の選択だった。
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| 朝食のうどん(うまかった〜) |
外に出て上を見上げると、頂上へ向かう人々の照らすライトによって光の列ができている。気温は10度切っているだろう。寒い・・・。暗闇の中我々もヘッドランプを点け、富士山登山2日目の第一歩を踏み出した。
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| 外はまだ真っ暗 | ライトの明かりが頼り |
すでに森林限界点を超えているので、登山道は足場の悪い砂れきのジグザグ道だ。しっかりライトで足元を照らしながら進むこと30分、次第に東の空が赤く染まり始めた。いよいよ日の出は近い。午前5時、もうすぐ7合目という場所でご来光を迎える。
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| ご来光を待つ僕たち | 高度約2800mからのご来光 |
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| 富士の夜明け | ご来光と僕 |
朝日が山肌を照らす。そして僕たちの目的地、富士山頂がくっきりとその姿を見せ始めた。
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| 富士山頂をバックに | 朝日に照らされる僕 |
午前5時30分、7合目の山小屋「太陽館」(標高2950m)に到着。出発から1時間半もかかっている。昨日ここまで登ることができていたら・・・と思ったが、それはいまさらどうしようもない。通常の富士山登山に比べるとこの2日目の日程は多少ハードである。(1日目に7合目または8合目まで到達しておくのが一般的。)そのせいか現段階でさらに体調不良を訴える仲間がでてきた。資料によると高度3000mを超えたあたりから最も高度障害が出やすくなるらしい。高度に慣れるため比較的長めの休憩を取った後、8合目に向けて出発した。
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| 「頂上征服してやる〜」とこの頃はまだ元気だった。(7合目にて) |
天気は快晴。昨日の悪天候がウソのように、雲ひとつ無い青空が広がっている。視線を下方に移すと麓の村々や山中湖、河口湖をはっきりと望むことができる。朝のさわやかな風の中、この風景を楽しみながら確実に近づきつつある頂上目指して歩き続けた。
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| 僕とBさん |
しかし、先ほどから少し体の調子がおかしい。いつもと変わらないペースで歩いているはずなのに息が切れるのである。本7合目の山小屋「見晴館」(高度3250m)付近では10歩歩くと、いったん止まって深呼吸をしなければならないほど息が苦しくなってきた。「心理的なものだろう。」最初はそう思っていたが、脈を計ると異常な頻脈を示している。ついに高山病に侵され始めたのだった。
息苦しさだけではなかった。しだいに頭痛、体のだるさ、眩暈も起こるようになってきた。典型的な高山病の症状である。高山病の治療法は高度を下げることしかない。山頂まであと500m、この症状が進行するのは確実である。そう考えると、さっきまで近くに見えていた8合目が、遠くに思えるようになってきた。
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| 8合目を望む |
8合目が近づくにつれ、この苦しさが倍増してきた。そしてあと20mほどで山小屋に到着するというところで完全にばててしまった。朝の出発時には元気だった僕は、他の人の分の水や、非常用として用意してある携帯酸素、薬セットなどをリュックに入れて運んでいた。しかしこうなったらもう、他の人のことなんて考えられない!とにかく苦しい・・・特に重荷になっていたのが、自分の分も含めて2リットル近くあった水。本気でこの水を捨てようとして、一緒に登っていたメンバーに止められる。そこまで追い詰められていた。何とか8合目の山小屋江戸屋(標高3350m)に到着したが、もう一歩も歩けないような状態だった。「あ〜ここで限界か・・・」とあきらめかけていた時だった。江戸屋の壁にこんな紙が張ってあるではないか!
「荷物預かります。一個300円」
300円なんてケチなこと言わないで、3000円でもいいよ!もう神様を見つけたような気持ちだった。急いでほとんどの荷物をまとめて預ける。(注!ちゃんと非常用携帯酸素、薬セット、最小限の水は持って行きましたよ。)荷物を預けてしまったら何か気持ちがすっきりしてきた。仕上げにこれまた非常用に一本だけ買ってきていたリポビタンDをぐいっと飲む。すると不思議なことに体の中からパワーが沸いてくるではないか!元気100倍!さっきまでの自分がウソのような勢いで9合目に向けて出発!
ここからはしばらくはかなり快調な登山だった。空を見上げると、飛行機がほんのすぐそばを飛んでいる。頂上は近い。30分ほどで本8合目の山小屋「胸突江戸屋」(標高3400m)に到着。ここではもう雲を眼下に望むことができる。
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| 本8合目にて | 山中湖が見える |
須走口登山道は8合目から河口湖口、富士宮口登山道と合流するので、登山者の多いこの本8合目の山小屋は比較的規模が大きい。
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| 胸突江戸屋横のトモエ館 | 時代物の看板 |
頂上はもうはっきりと望むことができる。午前8時30分、次の休憩地点である9合目に向かって出発した。
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| 頂上は近い・・・と思っていたけど・・・ |
ここからの道は非常に込んでいた。いったい今日一日で何人の人がこの富士山に挑戦しているのだろう?3歳くらいの子供からお年寄りまで老若男女皆同じ目標に向かって歩いている。そうさ、25歳の若者がばてるわけにはいかない!否応なしに気合が入る。
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| 混雑する登山道 | 雲が湧き上がる |
9合目の山小屋は非常に小さい。短い休憩を取りいよいよ最後のアタックをかける!しかしここで一つ重大な問題が生じ始めた!なんと・・・
さっき飲んだリポビタンDの効果が切れてきた!
さすがは150円の安物栄養ドリンクだ!せめて300円のリゲインくらいにしておけばよかった・・・と後悔するが後の祭り。頂上はすぐ手の届きそうな場所にあるのだが足が進まない。さっきまでの余裕は何処へやら・・・今はもう、8合目の苦しさをはるかに越えている。登山道には僕同様、苦しくて身動きの取れなくなった人で長い行列ができている。ここは標高3600m、人体には酸素がこれほど必要なのだということを身をもって学習した。
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| 人が数珠繋ぎに並ぶ・・・ |
国家試験の問題集に、よくこんなフレーズがある。
75歳男性、生来健康。半年前から労作時の呼吸苦を訴え、最近は50mほど歩くと一度立ち止まらないといけないほど呼吸状態が悪化してきた。喫煙歴1日20本×40年、機会飲酒・・・
今の僕はこんな状態だ!
25歳の男性、生来健康。数時間前から労作時の呼吸苦を訴え、今はもう4歩歩くと苦しくて苦しくて死にそうになるほど呼吸状態が悪化してきた。喫煙歴なし、機会飲酒・・・
これマジです!
こりゃシャレにならない苦しさだ。しかし、もうここまできたら止める事はできない。一歩一歩、ゆっくりとゆっくりとゴールを目指して進んでいく。一緒に登っていたY倉さんと「俺たち、頂上に立ったらきっと何かが見えてくるはずだ!」とまるで人生すべてを賭けているかのごとく熱い会話を交わしながら・・・。
そして午前10時30分、ついに富士山頂に到達した。
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| ついに富士山頂上に到着! |
普段の僕なら、大仕事を成し遂げた喜びで大はしゃぎしていただろう。しかし、今そんな余裕はまったくない。立ち並ぶお土産屋を横目に、とにかく横になれる場所を探した。一つのベンチを見つけしばらく熟睡・・・
目が覚めると幾分体調は回復してきた。そこで最後の仕上げにわざわざ麓から運んできた携帯酸素を吸入!な〜んとなく効き目があったような、なかったような・・・まあ一缶1000円もするから効いたということで・・・
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| 携帯酸素を吸入 |
河口湖口、須走口山頂には久須志神社がある。富士山の八合目以上は富士山本宮浅間大社の奥宮境内。つまり浅間大社の所有地なのである。かつて徳川家康が、浅間大社による所有を認めたことに端を発している。この日本最高峰の神社にて国家試験の合格祈願!
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| 久須志神社 |
実は3776m地点はこの河口湖口、須走口山頂ではなく、反対側の富士山測候所付近にある。そこに行くためには富士山の山頂部分を一周するお鉢めぐりをしなくてはならない。火口の直径は600m、歩行距離は3km。
無理です!
好奇心のかたまりと自他共に認めるこの僕でさえも諦めた!こんな場所で3kmも歩いたら死んじまう〜。でもなんか悔しいので、河口湖口、須走口山頂で最も高い場所である大日岳に登る。
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| 大日岳にて |
富士山は火口も壮大である。火口底までは200m、春先にはここでスキーを楽しむ人もいるというから驚きだ。でもよく考えたら、富士山って活火山なんだよね〜
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| 富士山測候所を望む | 火口底 |
では、頂上からの風景をどうぞ!
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| 河口湖口、須走口山頂 | 飛行機からの写真と見間違いそう・・・ |
なんと富士山頂には郵便局がある。しかし、ここから歩いて30分ほどかかる富士宮口山頂にあるので実際に行くことは諦め、代理業務を行っている山小屋にて絵葉書を投函した。毎日麓から郵便屋さんが回収にくるらしい。そうそう、郵便局といえばスイスのユングフラウヨッホ(標高3454m)に驚くものがあった!
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| ユングフラウヨッホにあったポスト |
ちょっとポンぼけしているが、これがどこの国のものかお分かりでしょう!ここの郵便局と富士山郵便局とが姉妹関係にあり、その縁で日本から送られたらしい。標高では300mも富士山郵便局の勝ち!
そろそろお昼の時間になった。昼食は豚汁。ものすっごく腹は減っていたのだけど気持ち悪くてこんなものしか食べられない。しかもたかが豚汁のくせに700円もしやがる!まあ富士山の頂上に食堂があるっていうことも驚きだけどね!
12時30分、いよいよ下山を開始する。頂上に未練はない・・・と思っていたが、家に帰ってよくよく調べてみると僕はこんなすごいものを見逃してしまっていたのだ!それは銀明水と呼ばれる霊水が湧き出る泉だった。富士山の頂上で水が湧き出るって信じられます?昔は貴重な飲料水として登山者にふるまわれていたらしい。あ〜そのこと知っていたら這ってでも行ったのにな〜
下山は登山道から幾分離れたところにあるブルドーザー道を歩く。えっ?ブルドーザーって感じでしょう?頂上をはじめ、各ポイントにある山小屋に物資を運ぶためブルドーザーが通っているのです。登山道ほどの勾配はないため、比較的楽に歩くことができる。そしてうれしいことに高度が下がるにつれて息苦しさも頭の痛みも和らいでくるのである。
ちょうど7合目の山小屋にさしかかった時、ポツポツと雨が降り始めた。さっきまでの晴天がウソのようだ。昨日を同じように、合羽を羽織る。
須走口の下山道は7合目から約2kmほど「砂走り」が続く。「砂走り」とは地表がやわらかい砂で覆われている場所のことだ。足への抵抗が少ないため、まるで飛ぶような感覚で一歩で1m近くも下ることができる。
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| 雨の中の砂走り |
最初はこの「飛ぶ」感覚があまりに楽しくて跳ねるように下っていたが、さすがに1時間も経つと飽きてきた。さらに、深い霧のためこの砂走りがいったいいつまで続くのかが分からない。「もしや異次元の世界に入り込んでしまっているのか?」とまで思ったくらいだ。(上の写真のような光景がひたすら続くとそう思いません?)休憩も挟みながら2時間後、ようやくゴールらしき雰囲気が見えてきた。「やった〜ついに富士山登山を成し遂げたぞ!」喜びで思わず叫んでしまいそうだった。勾配もなくなり、辺りは木々で覆われ、軽快なラジオの流れる休憩所もある。なんといってももうこれ以上歩かなくていいことがうれしい。もう時刻は午後4時30分、かれこれ4時間も歩き続けている。あとは駐車場で車に乗って・・・あれ?駐車場ってどこだ?そんな僕らのために親切にこんな看板があった!
「駐車場まであと2km、30分」
こんな経験ないだろうか?
「あと5分で終わるから」と言いながら延々と講義を続ける教授。
台風接近のため絶対明日は休みだと思っていたら、台風が突然進路を変えたあの夏。
この一周でもう練習終わりだと思っていたら、「6分前からカウント〜」と叫ぶK分。
「こんな風で絶対レースないよ〜」とまったりしていたら突然Z旗の揚がる鹿児島カップ。
そう、まさにそんな感じ!
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| 砂走りを下から眺める |
ここからの2kmは砂走りよりしんどかった。森の中を歩くので足場が非常に悪い。がくがくと膝が笑う。しかし、先ほどまでの高山病の症状はまったく消えていたので、その点では救われた。古御岳神社が見えてくると駐車場まではもうすぐだ。午後5時、5合目に無事到着。登り10時間、下り4時間30分、ガイドブックに書かれていた標準時間をはるかにオーバーしている。でも後悔は無い。苦しくて、ゆっくり、ゆっくりだったけれど自分の足で日本の最高峰に立つことができたのだ。満足感で一杯だ。頂上からのすばらしい光景と、この何ものにも変えがたい達成感を与えてくれた富士山に心から感謝したい。ありがとう、富士山。でも
二度と登らねーぞ!
本当にきつかった・・・
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| 一緒に登ったTabi−Tabiのみなさん |
Tabi−Tabiの皆さん、いろいろとお世話になりました。そして幹事さんお疲れ様でした。なんか今回の旅では甘えてばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいです。みなさんのおかげで屋久島に続き、今回も忘れられない思い出になりました。次のツアーを楽しみにしています。(フミさん、ナオさん、おめでとうごさいます。お幸せに!)
富士山登頂隊物語

おまけ
翌日、山梨のI井さんの車で甲府までドライブしました。途中、ウインドサーフィンの夏のメッカである本栖湖に行くと、なんと100艇ほどのショートボーダーが!あまりのかっこよさに、S島さんの世界に足を踏み入れてしまいそうです。お忙しい中、時間を作ってくださったI井さん、ありがとうございました。
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| 本栖湖にて |