
2001年4月27日、鹿児島大学医学部医学科2年、M木S也君が沖縄県海洋博公園前の海上において行方不明になる事件が発生。これは命をかけた壮絶なレスキューの物語です。
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| 大会会場(海洋博公園沖) |
九山前日、明日のレースに備え海洋博公園前の海上で練習をした。風速4〜5m、エメラルドグリーンの海の上でプレーニング、みんな夢中になっていた。沖縄の海を満喫し、大満足で6時ごろ帰着した。夕日も美しく、時間を忘れてビーチでたたずんでいた。そんな時、誰かが叫んだ。「あっ、M木がいない!」
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| 暗くなっても帰ってこないM木を心配するみんな |
すでに日は沈み、辺りは薄暗くなってきていた。もはや一刻の猶予もない!副キャプテンM瀬が迷わず海に飛び込んだ。夕凪で風がなく、ウインドでのレスキューは不可能と判断したM瀬は、パドリングで沖に向かった。
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| 助けに行こうとするA戸を止めるH田 |
それを見ていたキャプテンA戸は責任を感じたのか、ライフジャケットを片手に海に走った。しかし、こんな暗闇ではA戸まで危険だ!みんなで必死に引き止めた。陸に残った僕らができることは、ただ車のライトで海上を照らすことだけだった。
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| なんとか無事に帰ってきたM瀬とM木 |
午後8時、疲れきった表情でM瀬とM木は帰ってきた。M木の話しによると、リーフにはまり込んで身動きが取れなくなっていたらしい。けががなくてなりよりだった。
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| レスキューされたM木S也くん(20) |
今回の事件は初めてのゲレンデという悪条件があったが、磯でもいつこういう事が起こるか分からない。いい教訓になった。
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| 記者会見でお詫び |
ホテルに帰り、報道陣の前で記者会見を開いた。A戸、M瀬、M木が出席し経緯を説明した。記者からは「夕食の時間に遅れるなんて!」と非難の声があがった。ちなみにここでいう記者とは僕のことです。
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| 必死に言い訳をするM木 |
と、まあ大げさに書いてきましたが、実はそんなに大変なことではありませんでした。100mくらい沖からM木がなかなか帰ってこれなかったんです。ずっとS行がついていたんですが、如何せんS行、あいつがラインで引っ張ることができなかったのです。でも、やっぱり海は気をつけよう!
(写真はほとんど「やらせ」です。失礼しました)