Story2
E夏登場から'99インカレまで
そんなこんなで夏になり、また吹かない季節がやってきました。意外に思う方も多いと思いますが、ウインドサーフィン部は夏休みは完全OFFなので練習するか、しないかは個人のやる気次第なのです。僕はへたくそなので、なんとかこの夏でうまくなりたいと考え、インカレ出場を目標に練習に励みました。インカレとは「全日本学生ボードセイリング選手権大会」のことで、高校でいうインターハイのようなものです。他の競技ではインカレに出場することはなかなか困難なことですが、ウインドは競技人口が少ないので、意外に簡単に出場できます。しかし、一応九州予選があり、それをクリアしなければなりません。予選は8月後半、2解剖の本試験2日前に鹿屋の浜田海岸で行われました。九山は吹くという掟がありますが、インカレ予選は吹かないという掟があります。予想通り、ど微風の中のレースでした。結果は3年生だというのに相変わらずダメダメで20番そこそこでした。こりゃ、インカレ出場の夢は断たれたな、とあきらめましたが、運良く、(鹿屋体育大のK分君がJUBFで九州枠を増やしてくれたらしい、感謝!)僕まで出場できることが決まりました。でも、九州代表の中ではビリとしての参加です。このままだとインカレ本番でもビリは確実です。そしたらきっと先輩達に坊主にされてしまう・・・うれしさの反面、ビビリもありました。
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| 里村の風景 |
9月に入り、解剖、生化、生理の試験が無事に終わったころ、甑島の里村で「里カップ」が開催されました。この里カップは数ある大会の中でも最もイベントの多い大会でした。(過去形なのは99年以降は中止になってしまったからです。)魚のつかみ取り大会、お刺身食べ放題のパーティ、村を挙げての歓迎に心から楽しむことができました。しかも、今回はシェイ○アップガールズのN島さんが取材に訪れていて、一緒に写真を撮ったり、サインを貰ったりもしました。そして招待選手にはあのU野選手が参加していて、セッティングやタクティクスを教えて頂きました。中止になってしまって本当に残念です。
復活祈願!里カップ
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| よ○こ、Fお、しばゴン仲良し3人組 | 伊勢湾カップ準優勝、U野選手 |
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| 異様に顔が白い人がシェイ○アップのN島さん | U田さんとK添さん(K添さん大ブレイクでした) |
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| 長目の浜 | 帰りの船の中でシェイ○アップのN島さんと |
ところでレース結果はというと、中風のなかで2レース行われましたが、後ろにE夏の気配を感じながらも、イムコクラス3位に入賞しました。すごいでしょ!しか〜しこれにはオチがあって、イムコクラスの参加者はたったの5人だったのです。それでもトロフィーをもらえて上機嫌でした。ちなみに4位はE夏、5位はU野で、ビリのU野でも表彰式で賞状をもらえました。なんて気前のいい村なんだろう。3位の副賞はカンパチ丸ごと一匹でした。里村最高っす!
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| 祝、イムコクラス3位(5人中) |
練習と大会の合間には、もちろん楽しいイベントも行います。6月には本学のウインドサーフィン部と宮崎県の若山牧水公園までキャンプへ出かけました。このキャンプ、思い出すのも辛くなるくらい、さまざまな事件が起こりました。この話は長くなります。しかし、是非とも見ていただきたい!目の疲れ易い方は、目薬をご準備の上、ご覧下さい。
| GO! |
11月に入り、学園祭の季節がやってきました。毎年ウインドサーフィン部はラーメン屋をやります。秘伝のスープは自家製で、桜ヶ丘祭の模擬店の中で、唯一まともな昼食と言われております。桜ヶ丘祭は大学病院の敷地内で行うので、本学の学園祭のようなドンチャン騒ぎはなく、学術的なおとなしい学園祭です。しかし、我がウインドサーフィン部だけは例外で、毎年多くの苦情が寄せられながらも深夜までストーム合戦が続きます。(あまりにも度が過ぎて、昨年度の学園祭では実行委員会から飲み会中止命令が出されました。)その夜の飲み会で、ちょうど1週間後に迫ったインカレの応援会をしていただきました。先輩方からたくさんのカンパと焼酎を頂き、記憶がぶっ飛び、朝、目が覚めたら、生協の2階で倒れていました。カンパくださった先輩方、応援してくれた後輩達のためにもインカレがんばろうと心に誓いました。
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| 桜ヶ丘祭、ラーメン屋 |
11月28日、静岡県の浜名湖で開催されるインカレに向けて出発しました。医学部からの参加者は僕一人なので本学と一緒です。僕の車にはG直、い○りちゃんカップルが乗っていました。志布志から「さんふらわあ きりしま」に乗船し、翌朝大阪南港に到着しました。「さんふらわあ きりしま」は1万2000トンもあり、車両スペースだけで5階もあります。まったく揺れず、快適な船旅を楽しむことができました。
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| 「さんふらわあ きりしま」の船内 |
大阪に到着しても、ここから静岡までがまだまだ遠いのです。チンピラI田君が先頭を走ったのですが、あいつ、後ろを見るということを知らないのか、一人でガンガン進んでいって、後ろから追いかけるのが大変でした。また、生まれて初めて東名高速道路を運転したのですが、九州自動車道のようなのんびりした雰囲気はなく、車線変更に戸惑うくらい、ひっきりなしに車が往来していたうえ、実はこの2週間ほど前に、僕の自慢のインスパイアはカーブでドライブシャフトが外れるという、あってはならない事態を起こし、手に汗握る、緊張のドライブとなりました。
ついに浜名湖に到着しました。鹿屋体育大学、大分大学、宮崎大学など、九州学連のメンバーも到着していました。僕らもその周辺に陣取ったのですが、この場所、駐車場の一番奥!話を聞くと、九州学連はインカレの中ではレベルが低いので、いい場所は関東などの強豪の指定場所になっているらしい・・・
宿泊場所は「リステル浜名湖」というホテルでした。「さくら荘」などどは大違いの立派なホテルで、さすが全国大会、食事からなんか違うような気がしました。お風呂もなんとジャグジーがついていて、しかもそこだけは混浴!O田、K野、S村などとおねーちゃんが入ってくるのを楽しみに待っていたら、ついに若い女性が入ってきた。ラッキーと大喜び!しかし、
入ってきたのはウノッキ−、い○りちゃんなど、身内のおねーちゃんだった!
関東、関西の奴にとって、ジャグジーは珍しくないらしい・・・
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| リステル浜名湖(うしろのアフロがK野) |
いよいよレースが始まりました。浜名湖の水に触れた瞬間「冷たい!」鹿児島で黒潮の恵みに慣れていた僕たちにとって、この水の冷たさは致命的でした。しかも「浜名湖」と「湖」のはずなのに水がしょっぱい!そう、浜名湖は汽水湖なのです。塩分の濃度が違うとボードの浮力も変わり、何か磯とは違った感覚でした。
この時期の浜名湖は爆風と無風が交互に吹くということで知られています。初日は爆風でした。普段、僕たちイムコセーラーは7.4uのセールを使っていますが、インカレや団体戦などの全国大会は6.6uのセールの使用が義務付けられています。つまり、いつもより強風に対しては乗りやすい状況だったにもかかわらず、この日の爆風にはまったく対応できませんでした。1Rは108人中100位、2R、3RはDNF。恥ずかしくてこの結果は誰にも報告できません。へこんでいたのは僕だけではありません。初日のリザルトを見るとなんとケツから20番はほとんど九州学連で占めているのです。こりゃ駐車場も一番奥になるな!
2日目は初日とは打って変ってまったくの無風でした。昼過ぎまで風待ちをしましたが結局ノーレース。まだホテルに帰るのには早すぎるので、近くの「竜ヶ岩洞」に観光に出かけました。この竜ヶ岩洞、入場料はやたら高いくせに、沖永良部の昇竜洞の半分くらいの規模で、僕的にはいまいち感動はなかったのですが、へこんでいた僕らの心を癒すのには十分でした。
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| 竜ヶ岩洞 |
3日目の午前中は2〜3m/sのいわゆる鹿大の風。99位、83位と初日に比べるとまだましな結果でした。チンピラI田は2R目に67位。九州では微風の帝王と言われ、無敵だった(すまん、誉めすぎたかも)彼でも67位、それが全国のレベルなのです。
昼からは再び風上がり、104位、96位。結局総合で108人中103位という無残な結果に終わりました。九州勢は鹿屋を除くと、宮崎大のN澤の87位が最高でした。琉球大の鉄仮面、Eでさえも88位。全国のレベルの高さをあらためて思い知らされました。
夜の表彰式、レセプションではさらに無残なことに!九州学連の椅子がない!なんてことだ!しかたがないので隅のほうで丸く床に座ってさみしくお食事でした。そんな中、唯一九州学連が目立てるチャンスがやってきました。それはアフロK野。彼は体調を崩し、108人中108位という残念な結果でしたが、海に沈むとブイと勘違いするような見事なアフロに会場では注目の的でした。そんな彼が舞台に呼ばれたとき、これはチャンスと他の九州勢も一升瓶の一気飲みで周りの目を引こうとしたのですが・・・失敗!さらに浮いてしまう九州学連でした。
12月3日、「来年こそは」という、一大決心と共に浜名湖を後にしました。僕にとって初めての全国大会はかなりの衝撃を与えてくれました。全国でまったく通用しない九州学連、その九州学連のなかでも通用しない自分。もうすぐ4年生になろうというときに初めて自分の置かれている立場が良く分かりました。
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| 九州からの参加者(やはり久野の頭は目立つ) |
12月4日の朝、「さんふらわあ」は志布志に入港し、昼過ぎに磯に到着しました。ちょうど1週間の旅でした。久しぶりの鹿児島にホッとしたのか、皆がはしゃいでいると、たまたま練習に参加されていたM山先輩からお説教され、反省!
「来年の目標は80番以内」そう決めました。