7月25日
(晴れ)
ユーロトンネルを抜けると一面の草原が目に飛び込んできた。あ〜この広大な大地はやっぱフランスだ〜と感動。ここからはフランスご自慢のTGV路線。時速300kmの世界最速スピードで一路パリを目指す。
パリ北駅に13時23分到着。イギリスとフランスとの間には1時間の時差があるので所要時間は約3時間だった。パリ北駅ではパスポートのチェックもなく、あっけないフランス入国だった。
今夜の宿を探すために観光案内所に行った。小さいボックスの中に黒人のおねえさんが入り観光客の相手をしていたが、こいつがまた、愛想が悪く、「このへんにユースないの?」と聞くと、「ユースなんてないわ」と追い返される。20分も並んだのに・・・しょうがないので少々高いが200F(3400円)のホテルに電話するとOKとの返事が。早速荷物を置いて観光にでかける。
パリもイギリス同様、地下鉄が発達しているのでホテルの近くのPoissonniere駅を拠点に、さまざまな路線を利用した。初日は時事通信社のY島さんからもらっていた「カルネ」という回数券があったので交通費が必要なかった。Y島さん、どうもありがとうございます。
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| 凱旋門 | 凱旋門と一緒にパチリ |
真っ先に向かったのはもちろん凱旋門。ナポレオンが1806年に建築を命じ、30年かかって完成した巨大な記念建造物。皮肉なことにその後ナポレオンはロシア遠征に失敗。1840年、遺骸となってこの凱旋門をくぐることとなる。
凱旋門のスケールは高さ49.54m、幅44.82m。屋上へはエレベーターで登ることができる。学割でチケットを購入し、エレベーター乗り場に行くと受付のおばちゃんが「???」と僕のかばんを指差しながら叫んでいる。フランス語だ。かばんを置いていけとのことか?しばらく訳が分からず、突っ立ていると「OPEN」とやっと英語で言ってくれた。テロ対策のためにかばんチェックをしているようだ。最初から英語で言ってくれよ!
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| シャンゼリゼ大通り | 遠くに見えるエッフェル塔 |
屋上からは眼下にシャンゼリゼ大通り、遠くにはエッフェル塔を眺めることができた。パリの町は凱旋門を中心に大小12の通りが放射状に広がっている。ちょっと医学的なことになりますが、肝臓のCouinaud分類って知っています?肝臓癌などの際に場所の指標とするものです。これの番号は時計まわりにS1〜S8まであるでしょう?これってパリの番地のつけ方を真似たそうですよ。
下に降りて、凱旋門を背にシャンゼリゼ大通りを歩いた。「お〜シャンゼリゼ〜」とついつい歌いたくなるようなお洒落な通りだった。中学1年生の時の音楽発表会で我ら1年8組は自由曲にこの「お〜シャンゼリゼ」を選んだ。その時はまさか10年後に実際シャンゼリゼをこの目で見ることができるなんて思ってもみなかった。そう考えると感慨深い。
シャンゼリゼ大通りをしばらく歩くと右手に観光案内所が見えてきた。かなりのバックパッカ−が利用していたので僕も入ってみた。そしたら
ユースの案内所があるじゃんか!
北駅のおねえさんに騙された!
そこで聞くとパリにもさまざまなユースがあることが分かった。職員はかなり親切!ユースのリストと地図をタダでくれたので、電話をして明日から2泊予約した。一泊約2000円。あ〜早くここに来ておけば今日の宿泊費も抑えられたのにな〜とちょっと残念!
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| シャンゼリゼ大通りにあるカフェ |
シャンゼリゼ大通りから右に折れるとアレクサンドリア3世橋がある。ロシアのニコライ2世が1900年のパリ万博のために寄贈した橋らしい。ロシアのニコライ2世って皇太子時代の1891年に来日し、大津で刀を持った男に襲われた人物である。政府はその犯人に対し死刑を要求したが、児島惟謙という裁判官が政府の圧力に負けず法律にのっとった判決を下し、「司法権の独立を守った」と今でも語り継がれている大津事件の張本人だ。その後1917年のロシア革命で失脚し、翌年シベリアで処刑された。でも100年経った今でもその業績はこのパリの地にしっかりと残っているのですね。
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| アレクサンドリア3世橋 | アレクサンドリア3世とはニコライ2世の父親名 |
シャンゼリゼ大通りの突き当たりにあるのがコンコルド広場。古代エジプトの象形文字が刻まれた白亜のオベリスクがこの広場のシンボルだ。コンコルド広場の後ろに広がるのがチェイルニー公園。コンコルド広場とルーブル美術館に挟まれた広大なフランス式庭園でヴェルサイユ宮の庭園を手がけた天才造園家、ル・ノートルが設計したものだそうだ。
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| コンコルド広場 |
凱旋門からコンコルド広場まで1910mもある。ずっと歩き続けて少々つかれたのでアイスクリームを買ってしばらくベンチでくつろいでいた。
まだまだ明るいが19時をまわったので、地下鉄を乗り継いでホテルに帰った。スーパーで1リットル1F(170円)のワインと食料を買い、部屋で夕食をとった。いくらワインの産地だからといっても1リットル1Fは安すぎたな〜。ワインなのにすっぱかった。
このホテルにはやたら韓国人が多く、フロントでは若い韓国人女性が一生懸命値切っていた。たくましい!