7月29日
(晴れ)



 せっかくブルターニュ地方まで来たので、少しこの地方を散策することにした。9時15分発の列車で城壁に囲まれた港町、サン・マロに向かった。到着10時15分。

 サン・マロはブルターニュ地方の北の東端にあり、陸地から突き出した半島を石で囲んだ城壁都市である。16世紀には王からその身分を認められたコルセールと呼ばれる公の海賊船が活躍し、敵国の船から荷物を強奪しては富みを得、17世紀にはフランスきっての港として繁栄した。


 

サン・マロ きれいな海岸だった。



 サン・マロ駅から歩いて20分、美しい海岸が見えてきた。観光の中心部は城壁にすっぽりと囲まれている。城壁に上ると、沖に浮かぶヨット、クルーザー、海水浴を楽しむ子供達が目に入った。のどかで心が和む町だった。ゆっくりしたかったが日曜日で電車の便が少なかったので、急いで駅に戻り12時59分発の列車でレンヌに戻った。


海水浴を楽しむ子供達


 到着13時53分。そしてレンヌ駅のベンチに座りこれからの予定を考えた。前からスペインのグラナダにあるアルハンブラ宮殿に興味があったので、次ぎの国はスペインに決めた。トーマスクックを見るとうまい具合にパリからスペインの首都マドリッドまで夜行が運行されていたので、駅の窓口に行き、予約を頼む。すると駅員は「この列車は予約はいらないよ、今日は空いているから大丈夫。」と笑顔で答えた。しかしトーマスクックには必ず予約が必要と書いてあったのでくどいけどもう一度尋ねると、パソコンの画面を僕に見せて「ほら、空いているでしょう」と自信ありげに答えた。。この画面の表示はフランス語だったために本当に空いているのか分からなかったが、ここまで言うのだから間違いないのだろうと思い、パリ行きのTGVだけ予約する。そして15時5分発のTGVでパリのMontparnasse駅に向かった。


 レンヌ駅の駅員がイマイチ信用できなかったので、Montparnasse駅の国際列車窓口でもマドリッド行きの列車の予約を頼んだ。すると、

「満席です」


えっ?・・・



「マジ゙ですか?」



「マジです」



フランス人、大嫌いだ・・・


 この時点で午後6時、途方に暮れる。今更パリで寝床を探すのも面倒くさかったので、とにかく夜行でどこかに行こうと思い、ト−マスクックを調べまくる。イタリア行きの列車はもう間に合いそうにない。ベルギー行きは到着が真夜中だ・・・。1時間ほど悩んで20時46分発のベルリン行きの列車に乗ることにした。しかもうまい具合にこの列車はまだ空席があったので予約を頼む。しかしここでまた問題が!出発がここMontparnasse駅じゃなく、パリ北駅だった。出発まであと2時間、なんとか間に合うだろう。急いで地下鉄に向かった。すると乗った地下鉄がなかなか発車しない。フランス語のアナウンスがあり、乗客達がぶーぶー不平を漏らしていたが僕にはさっぱり分からなかったので、隣りにいた若者に「何て言ってるの?」と尋ねた。この先で飛びこみ自殺があって復旧までしばらくかかるとのことだった。なんてことだ、ただでさえ急いでいるのに・・・という僕の気持ちが彼に通じたのか、「僕についてきて。北駅なら僕も途中まで一緒だから」と親切に言ってくれた。彼の後について何本か地下鉄を乗り継いで無事に北駅に着くことができた。彼は途中で降りたので名前も聞くことができなかったが本当に親切な若者だった。フランス人がちょっと好きになった。


 無事に駅には到着したが発車まであと30分、夕食を食べる時間がないので近くの中華料理屋でお惣菜とワインを購入、そして手持ちのフランスフランを両替所でドイツマルクに交換し、ダッシュで列車に乗り込む。何とか間に合った。


 列車は6人用のコンパートメントだった。僕の隣りは日本人の大学生、K村君。後は若い女性が1人、そして2人の子供を連れた夫婦だった。隣りのK村君はこりゃまたいい人で話が弾む弾む。偶然とはいえ、日本人と一緒でうれしかった。彼とビュッフェに行き、とてつもなく愛想の悪いドイツ人乗務員からビールを購入。ビールの値段が安いことでドイツ国鉄DBらしさを感じた。通路で流れゆく風景を眺めながらビールを飲む。あ〜幸せ。フランスに入国した時もだったが、ヨーロッパには国境がなく、いつベルギーに入ったのかまったく分からなかった。「もうこのへんベルギーじゃない?」とか「あの光はブリュッセルでしょう」などとK村君と語りながら列車の旅を楽しんだ。明日、目が覚めたらドイツだ。



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