ウインドサーフィンとあたし


Story1
(入部からE夏登場まで)



 1997年4月、今から始まる大学生活に胸をときめかせていた僕は、K先輩にまんまと騙され、ウインドサーフィン部に入部した。「お金かかんないよ。」「飲み会もぜんぜんきつくないよ。」全部うそだった・・・でもなんとかやめることなく今までやってきています。ここで、ちょっとウインドサーフィン部の紹介。ウインドサーフィンとサーフィンは違います。まあ簡単に言うと、サーフィンに帆がついたものです。「サーフィンのほうがかっこいい。」なんて思われる方も多いでしょう。でもウインドサーフィンをバカにしてはいけません。いい風が吹くと時速50キロメートルもでるのです。磯海水浴場から桜島まで5分で行ったこともあります。すごいでしょ。

うちのサークルは毎週土曜日、磯海水浴場沖で練習しています。ここは風の吹かないことで有名で、ゲレンデとしてはあまり良くないですが、なんせ目の前に桜島があるので流されても安心。(一度だけ漂着したことがある) 顧問はS元医学部長、S先生はいまだ現役のウインドサーファーで、全日本シニアクラスで優勝したこともある、恐るべき先生です。コーチはM先生(麻酔科)。M先輩は98、99年と国体に参加されたカリスマウインドサーファーです。部員は約25名、いいキャラそろっています。
↑これウインド
さてさて、1年生のころはとにかくへたくそで「ウインドなんか嫌いだ〜い!」
と、思っていたあたくしでしたが、2年生の九州山口医科学生体育大会(宮崎)
でプレーニングを覚え、なんとなく好きになってきました。ちなみにその九山では
芸だしで活躍し、レセプション準優勝に少しは貢献したと自負しております。もちろん、最も活躍したのはN君でしょう。彼は意識をなくしてからもがんばった!あのビデオは何処へ・・・ 
(一番右がS先生)
少々、ウインド好きになった2年生後期、解剖実習がやってきた!毎日、毎日           
解剖し、テスト、テストの3ヶ月。ウインドなんてやってらんね〜ぜと、練習さぼりまくり。  

そうして迎えた3年生次4月の九山in鹿児島、見事に琉球大学の2年生、N君
に敗退。悲しいかな、ここで目立てたのはMちゃんのキャミソールを着たときだけだった・・・
 そんな時にE夏が入部してきました。ラ○ール応援団長、都城の大富豪、Eグループのボンボンです。6月の天草カップでは、ビギナーで優勝か?と思いきや、ブイを逆まわりして失格になるというアホでした。でもこいつの努力はすごかった。毎日海に行き、「おまえ皮膚癌になるぞ!」と周りが驚くほどの色黒さ、そしてみるみるうちに上達してきました。
死にかけているのがE夏