Center for Animal Biotechnology and Genomics, and Department of Animal Science, Texas
A&M University, College Station, Texas 77843-2471
Congratulations! みんなにそういわれながらはじめて100 mileのゴールラインを越えました。時刻は朝の2時31分、スタートしてから22時間半が経過していました。どしゃ降りの雨の中、馬も人もスタッフもみんなずぶぬれのゴールでした。
第一章
Texasでのエンデュランス
Texasに生活の場を移して約5ヶ月。今年一番の目標であったTevis Cupも終了し、今後エンデュランスという競技をどのようにつづけていくか迷っている時期でした。さらにこの競技を深く理解するには、本格的にエンデュランスを取り組んでいる人々に出会いたいと思っていました。そんな8月も終わりに近づいたある日、日本を発つ前に紹介していただいた一人のおじさんからの情報を頼りに、Houstonのある厩舎を訪ねてみました。そこは、私の住んでいる町から車で約2時間弱、距離にして約100
mile、ちょうどエンデュランス競技の距離と同じだけ離れたところにありました。Texasの道は両脇が緑の濃い森か、それを切り開いて作られた広大な肉牛用放牧場の中の何にもないところにひかれています。高速道路といっても料金を払うわけでもなく、特に一般道との違いはあまりありません。そんななかを時速120
kmぐらいでぶっ飛ばしていくわけです。町はたまにしか見かけず、大都市をのぞけば、あとは夜になれば真っ暗な闇につつまれるようなところです。馬はとても身近ですが、ほとんどがウエスタンスタイルで、カウボーイハットにジーパンとブーツ、大きなバックルをつけたテキサス男をよく見かけます。もちろん、障害や馬場のようなブリティッシュスタイルの乗馬もないわけではありませんし、エンデュランスにおいても日本には比べ物にならないほど多くの人たちが関わっています。
アメリカにはアメリカ独自のエンデュランス文化が存在し、最近確立されつつある、FEI規定とは異なる基準で馬や人のランク付けがされています。そして、大人から子供、初心者から競技として本格的に取り組んでいる人たちまで、さまざまな人たちが、この競技を通して馬に接しています。当然のことながら多くの純血アラブ種がその原点であるのはいうまでもありません。私の訪ねた厩舎も多くのアラブを生産から育成し、販売しているクラブでした。アメリカに来て感じたことは、どのクラブもたいてい繁殖から育成を手がけていることです。それは、ブリティッシュをやっているクラブに関してもそういえます。それぐらい広い土地と自然、また馬がとても身近である環境がここには存在するのです。
私にとってエンデュランスとの新しい出会いはここCypress Trailsから始まりました。ここのオーナーであるDarolyn
Butler Dialは全米エンデュランス大会で4度もチャンピオンになり、ワールドカップにも出場し、アメリカナショナルチームにも何度も選ばれているというこのあたりではとても有名な、そしてとてもおしゃれなおばさんでした。私は最初から、エンデュランスという競技を本格的に学びたいということと、ゆくゆくはFEIクオリファイが取れるレースに出てみたいことを伝えました。それもあってか、話はとんとん拍子に進み、来年のPan
American Championshipに出場すればいいわなんて軽く言われてしまいました。私はあまりの話の進み具合にびっくりしながらも、是非がんばりたいと答え、それまでに、多くの経験をつませてもらいたいとお願いしました。
それでは、Darolynの厩舎があるCypress Trailsを簡単に紹介しましょう。Cypress
TrailsはHouston
国際空港のすぐそばにあります。馬はエンデュランス用の馬たちばかりで、アングロアラブもいますが、基本的には純血アラブ種がほとんどです。敷地内には馬場はなく周辺の森の中に縦横無尽にtrailsが張り巡らされています。そして、その日のメニューに応じて、馬のトレーニングができます。ただ、Houstonという大都市に近いせいか、時々車の往来の多い道路を横切ったり、高速の横を車と一緒に走ったりすることもあります。また、空港内の作りかけの滑走路横の芝に入り込んだりすることもあります。つまり馬でいけるところはなんでもこいです。ただ、道路は広くゆとりを持って作られ、その端には芝がうわわっており、馬にとっても足場のよいコースが自然とできているのです。こんな所で馬に乗っているなんて最初はかなり驚きでした。もし、日本で馬が車と併走していたら、すぐ通報ものですね。そのおかげか、馬たちは車や飛行機の音、多くの障害物にも平気で、ちょっとしたことでは驚かない、つまり誰が乗っても安心して乗れる馬に調教されているように思います。なので、週末はビジターも多く、今日は娘の誕生日だから、そのプレゼントに馬に乗って楽しむことにしたのというお母さんたちが、小1時間ばかり、初めて馬に乗るにもかかわらず、外乗に出て森の中や川を渡ったりして楽しんで姿も見かけます。ただ、そこで使われている馬たちは、血統もよく、エンデュランス競技として優れた能力を持つ馬たちなのです。
第二章
Armadillo in Kennard
ここで、お世話になって約1ヶ月たったころ、Darolynから、来月(10月)100
mileレースがすぐ近くであるんだけど出てみないかといわれました。彼女の話によれば、Pan
American Championshipに出場するには100 mileの完走が必要条件とのこと。現時点で私はTevis
Cupを完走していないために、出場資格を持っていません。なるべく早く、100
mileを完走し、多くの試合経験をつみたいところです。都合のいいことに、今回のレースは私の住むCollege
Stationから車で約2時間のところにありました。ここなら、金曜の午後仕事が終わってからでも、何とか試合に間に合う距離です。そんなわけで、私の2回目の100
mile挑戦は2002年10月19日土曜日、朝4時スタートの"Armadillo in
Kennard"になりました。ちなみにアルマジロはTexasを象徴する動物のひとつです。
同じDarolynの厩舎に通っているひとりに、ルーマニアからの留学生で、Texas
A&M Universityの学生であるLouraという子がいます。彼女はルーマニアで幼いころから馬術に親しんでいましたが、ここにきて初めてエンデュランスを知ったのだそうです。そんな彼女ですが、アメリカ国内でエンデュランスの経験をつみ、ルーマニアではあまりエンデュランスが盛んでないことも伴って、'98年のドバイの世界選手権、'00のフランス、そして、今年'02スペインの世界選手権にルーマニア代表として参加しています。また、多くのヨーロッパ選手権にもルーマニア代表として出場している、いまや、りっぱな国際ライダーになっています。そんな彼女と同じ町に住み、同じCypress
Trailsで馬に乗っているなんて、なんて奇遇なんでしょう!私は改めて、この出会いに感謝し、彼女と一緒に次のレースに参加できることをうれしく思うと同時に、彼女からレースの展開の仕方を学ぼうと思いました。
試合前日、それぞれの仕事終了後、私とLouraは直接試合会場に向かうべく夕方7時半ごろにCollege
Stationを出発しました。その途中、今年9月のスペインにおける世界選手権の話をしてくれました。この大会は今までに経験がないほどひどいコースだったそうで、雨が降り続いたためにコースは道であって道ではなく、馬の脚が半分埋まるほどの泥だらけの中を走らなければならなかったと教えてくれました。最悪のコンディションのせいで、完走率40
%、今年のTevis Cupの過去最低だった完走率43 %にも満たない数字です。彼女自身も途中失権という残念な結果で、鉄ははずれ、イージーブーツを履かせてもすぐに取れて全く役に立たなかったとのことです。そんな未知な世界の話を聞かせてもらいながらも、いつか自分もそんな機会にめぐり合うことができればなあとのんきに考えていました。今回のレースが雨の中の悲惨なレースになるとも知らずにです。前々から、この週末は雨の予報が出ていました。それも、ここ最近毎日降り続いており、地面はかなりぬかるんではいたのですが、まさかそんなにひどいコースではないだろうとあまり気にはしていませんでした。それよりも、またレースに参加できるという興奮のほうが先にたっていました。そんな私の気持ちを見越してか、彼女からもっとも大切なことはまず完走することで、完走することが次へとつながるのだから、今回は無理をさせずゆっくり行ったほうがいいよと念を押されていました。そうこうしているうちに、夜10時前にようやく現地に到着し、やっと馬たちと会えたのでした。試合開始6時間前のことです。
現地到着後、今回騎乗するZues号(Fig.1,2)と久しぶりに顔をあわせました。彼は小柄なせくせにとても力強い速歩をします。まだ6歳の若馬で、今年から100
mileに出場するようになったそうです。まだまだ能力は未知数ですが、すでに4回100
mileに出場し、今回を含めて、3回完走しています(この試合の後に、もう一度100
mileに出て完走したと後から聞かされました。)。Zuesはまだ若いせいかTevisで騎乗したCinelとは、かなり違いますが、そのタフさからか将来を期待されている馬なのがよくわかります。はじめはこの試合間隔の短さにかなり驚かされました。少々使いすぎなのではと思うのですが、これは実際のところどうなんでしょうね。まだまだこちらでの経験が少ない私にはまだ分かりかねています。Darolynたちはほぼ2週間に一度試合にいって馬の能力、調教具合を見ています。馬もまた、試合経験を積むことによって、さらにエンデュランス馬として価値が上がっていくようです。
そんなことを考えながらも、私たちはすぐに明日のコース地図(Fig.3)を確認しました。地図といっても図のような簡単なもので、これでは、何がなんだかほとんどわかりません。わかったのは、コースは、本部を発着とする、周回コースで、第一レグ31.3
mile、第二レグ15.9 mile、第三レグ10.1 mile、第四、五レグ14.4 mile、第六レグ13.9
mileで、強制休止が30-60分とそれぞれ距離によって決められていることでした。そして、コースごとに、リボンの色が決まっており、それを目印に行くようになっていました。全日本エンデュランスではコース監視員が大勢いて、道に迷うことはほとんど考えられませんが、こちらでは一人もいません。それでも、明るいうちはまだいいのですが、夜になると、蛍光発色するライトの明かりを目印に進まなければなりません。この経験は体験してみないとなかなかわからないと思います。今回も、9時間ぐらいは暗い中を走っていますので、道に迷うとほんとに大変です。そんな打ち合わせを少しやっていると、みんななにやら、仮装を始めているのです??何事?・・・実は今回のレースはハロウィーン前とあって、みんなそれぞれに自分の好きな衣装で明日のレースに備えていたのでした。しかし、これが半端でなく、馬も芦毛が、シマウマに変身したり、鹿毛なのに、白くなっていたりと、人間に加えて馬まで色を塗られているのにはびっくりです。ライダーもマントをまとった魔女がいたり、アメリカの国旗をまとった人がいたりとなかなかすごくて、これで本当にレースをするのかという感じです。ただ、せっかくの衣装も大雨で台無しだったようですけど。今回、25,
50 mileと合わせると、参加者は100人ぐらいになりました。しかし、獣医師は5人ほどでまわしていました。こんなに少数ですが、獣医検査が同じ場所でできることと、スタート時間をずらしていたことで、ほとんど問題なく行われていたように思います。検査項目は全日本で採用しているものと同じで(Fig.4,5)、違うことは心拍数、呼吸数は、15秒で数え、そのままその値が記録されています。実際、獣医師は10あるいは15秒間の値を1分に換算しているので、カウント時間による若干の誤差を少なくするためだと思われます。
次の日の朝、2時半に起床し、真っ暗な中、手早く馬に飼いを与え準備をすると、スタート10分前、こうして、ゆっくり考える間もなくスタートとなりました。この時点では雨はやんでおり、このまま続いてくれればなあと願っていたのですが、そんなわけにもいかず、スタートして30分ほどでこれから先の苦しいレースを予想させるかのようなひどい雨が降り出したのでした。Texasは夕立のような雨が急に降り出します。夏場なら、その雨もすぐにやんでくれるのですが、秋の雨は長時間続きます。実際今年の雨はこの後2週間も続き、去年はHoustonで大洪水が起こったほどでした。余談ですが、洪水の被害は多くの車もだめにし、自動車保険が今年急に値上がりしたそうです。雨が降り始めてからは気温もぐっと下がり、レインコートを着てても、その寒さが身にしみるようになりました。まだ、朝も明けきらぬ時間帯、暗がりの中、足場は進むごとに悪くなり、馬も人も早くも泥だらけのずぶぬれとなっていったのでした。私たちのチームはコース途中で、クルーが常に飼いと水、電解質(Fig.6,7)などを補給してくれたおかげで、馬は極度の疲労に陥らずレースを進めることができました。このクルーの役割は本当に大きいと思われます。実際に私の馬も、コース途中における飼いの前後では歩みがかなり違います。レース後半はそれが特に顕著に現れていました。最終レグにおいては、一歩も速歩をしなくなるほど疲れていたのに、飼いを食べた後はとたんに走り出したりしました。また、今回は雨の中、低い気温のレースだったために、獣医検査における獣医師のアドバイスは水と飼いを十分に与え馬体を温めてやること、特に、臀部筋肉はマッサージをして血行を良くするようにとのことでした。
今回は、Tevisと比べて、コースは易しいものの、天候と足場の悪さからか、人間が感じる疲労は格段に異なり、私自身、これまで経験した中でもっともきついものでした。各レグがスタートするたびにレグの終了だけを時間で換算し、早く着かないかなとばかり考えていました。Louraとは今回一緒にレースを進めましたが、彼女も全く無理をさせず、完走を目標として足場は探しながら安全な走行に努めていました。そういいながらも、レースは進み、第三レグを終了し、強制休止を取っているころに大会側からコースの変更連絡が入ったのでした。これは、あまりの雨のため、コースがほとんど水びたしで、ぬかるみがひどくなったために、第四レグ以降はその中でも少し足場のよいコースを3周するものとし、コースの全長を100
mileから90 mileにするというものでした。今回の制限時間は24時間で、このままで行くと、時間内にゴールするにはおおくの人馬にとってかなり無理をしなければならない状況でした。この変更は私たちにとっても幸いで、私の今回の走行タイムは22時間31分。もし、あと10
mile長ければ制限時間内にゴールすることは不可能でした。トップ集団3組を除いてこれはほか全ての人馬にいえることで、この変更はローカル試合では大会本部の判断で決めることができるようです。ただ、全長は短くなったものの、100
mileレースをこなしたことには変わりなく、今回のレースは正式に100
mileレースとして記録されます。
コース変更があり、同じコースを走ることになっても足元がよくなったわけではありません。相変わらずひどいぬかるみで、馬は何度も脚をとられそうになります。その変更された周回コース2週目も終わりに近づいた午後8時半ごろ、それは、クルーによる飼いと電解質の補給をしてもらった後でした。今までずっと一緒に走っていたLouraの馬の走りに異常が見られたのです。ええっ!ここまで順調な安定した足運びを見せていた彼女の左前脚に跛行がみられます。それも、かなりのびっこで誰が見ても明らかでした。Louraはこれ以上私たちはレースを続けることができないと告げました。とりあえず、このレグ終了までは行くしかないけれど、きっと獣医検査に引っかかるだろうと。私はとりあえず検査では何も言うなといい、そのあとはペースを落としてレースを続けました。この時点で、私たちには最終レグがまだ残っているのです。つまり、この後もし彼女が失権すると私はこの暗闇の中を、馬と二人で行くことになる、こんな不気味な森の中を!!私は彼女の失権に対して、情けないことにそんな心配を無意識のうちにしていました。こんな何がでてくるかわからないようなところを!それも、雨も降っているために視界はとても悪く、ほとんど何も見えないし・・冗談じゃないよ!なんて、思いながら彼らの失権が現実でありませんようにと願っていました。
・・・・しかしながら、跛行状態はかなりひどく、やはり彼らは次の獣医検査をパスすることはできなかったのでした。
ああ、どうしよう、とうとう二人っきりだね、とZuesにはなしかけながら、マッサージをしていると、Louraが、私のライトを貸してあげると歩み寄ってきてくれて、車が通る大きな道を横切るときはこのライトで、自分たちの居場所を知らせるようにといってくれました。彼女はかなり落ち込んでいました。この試合は彼女にとって、とても相性のよい試合で、今まで何度も完走してきたコース。そのコースで最近ずっと一緒に試合に出ていた馬との失権にがっかりしていたのがよくわかりました。それなのに、私を気づかってか言葉少ないながらも励ましてくれていたのでした。ようし、絶対ゴールするぞ。何が何でも完走しなきゃね。私は改めて、Zuesにそう話しかけ、気持ちを奮い立たせたのでした。そんななか、私たちのボスでもある、Darolynがトップでゴールしていました。トップにもかかわらず、約18
時間もかかってのゴール。この時間からも、このレースが例年になく大変だったことがわかります。Conny(ここでの私の愛称)、気をつけて!彼女の一言をもらい、私たちは最終レグへと出発しました。時刻は夜の10時ごろだったように思います。この時点でZuesはかなり疲れていました。初めのころの軽快な速歩はみられず、一歩一歩ようやく前に足を踏み出している感じでした。私は、Zuesに常に話しかけるように心がけ、自分も降りて、一緒に走ることにしました。そうしているうちにあれだけ不気味だった森の中もそれほど気にならず、ただ、ひたすらゴールだけを目指す心境になっていました。もちろん、完走しなければここまでの努力は全部無駄になってしまいます。常に彼の走りに注意を払い、たまに止まって、足の状態をチェックしながら進みました。2時間も経過したころ、ようやくクルーが待つポイントに到着しました。最終レグはこれまで以上にペースダウンしているなと思いながらも、Zuesは一心に飼いを食べ私を安心させてくれました。そして、こんな遅くまで、私たちを待っていてくれたクルーにお礼を言って、再びコースに戻りました。先ほどの飼いのおかげか、Zuesはかなり元気になったように感じました。それで、私ももう一度Zuesの背中に上がり、少しペースアップを図ってゴールを目指しました。そして、遠くに、ゴールの明かりがぼぅっと見えてきたとき、本当に、本当にうれしかったのを覚えています。今回のレースは天候も悪いせいかTevisのときのような大勢の観客はいませんが、大会本部役員と獣医師たちに見守られて、ゴールを切ることができました。時刻は2時31分。最終レグは11-12
mileほどだったにもかかわらず約4時間半かかっていました。最終獣医検査も無事合格し、獣医師から馬は疲れているけど状態はいいよ。Good
job!といわれました。うれしい一言でした。Zuesありがとう。二人でゴールできてよかった。周りのみんなとお前のおかげだよ。
・・・本当に長い一日でした。
"Armadillo in Kennard"11頭参加し、7頭完走。私とZuesは7位でした。
この完走を期に今後ともここCypress Trailsでお世話になりながら、エンデュランスを通して馬に関わっていきたいと思います。そして、馬のすばらしさ、馬の魅力、それを通して得られる感動を少しでも発信していきたいと思います。
第三章
蹄とエンデュランス
このDarolynの厩舎の馬たちには普通の馬たちと比べて大きな特徴があります。それは、基本的に蹄鉄をはかせていないことなんです。普段のトレーニングはもちろん、試合にも裸蹄で出場しているのです。彼らはこれが自然といいます。最初はかなりびっくりでした。私はこれで、つめが欠けたり、跛行しないのかなと疑っていました。実際、エンデュランスの大会で鉄が外れたことによる跛行はよく見られますし、エンデュランス馬専用の鉄も多く開発されています。鉄を変えたことにより、馬の成績がぐっとよくなった話も聞きます。馬場の中の足場のいいところを走るわけではないこの競技において蹄鉄は大事な体の一部分だと思っていました。それが、裸蹄だなんて。Tevis
Cupのような険しい山道や岩がごろごろするコースは絶対無理だとは思いますが、それでも彼女たちの馬は裸蹄でこれまで多くの輝かしい成績を収めているのでした。
今回の試合も彼女たちは当然裸蹄で望むつもりだったようです。しかし、今年の世界選手権の最悪なコースを経験してきたLouraが今回の試合は雨になるだろうから、是非、鉄をはかせてほしいと頼みました。その結果、今回100
mileに出る馬(25, 50 mileに出場する馬は裸蹄のまま)だけ、前脚だけに蹄鉄をはかせることなりました(Fig.8)。エンデュランス用の削蹄は普通の乗馬に比べてつめが立つように、角度を持たせてされています。これは、長い距離を走るための工夫だそうです。TevisでCinelが使用していた鉄は蹄先の部分がくの字に曲がっていました。そして、爪よりもやや後方にずらしてはかせるとのことでした。今回Darolynたちが使用したものはまたちょっと違います。鉄ではなく図(Fig.9,10)のようなもので、これは私にとってはじめてみるものでした。試合1週間前に履かせていましたが、普段使わないのにいきなり履かせるのはどうかなと思いましたが、結果的にZuesは無事完走することができたのでした。
エンデュランスでは、イージーブーツというものがよく使われます。これは、もし落鉄した場合に鉄のかわりに、履かせる靴のようなものです。Tevisでは、最初からこのイージーブーツを四肢とも鉄の上からはかせて、レースに出ている馬もいました。これは、石だらけのコースで蹄底を保護するためだそうです。Tevisでは私たちもイージーブーツをレース中持っていました。もし、Cinelにこれを履かせて参加していたら、失権しなかったかもしれません。Tevis
Cupのような大きな大会においては、チェックポイントによっては装蹄師が待機している場所もありましたが、基本的には何でも自分たちでしなければならないアメリカ的風潮もあって、落鉄時にライダーが行う応急処置としてイージーブーツが一般的なようです。以前の旧式のイージーブーツは材質も硬く、馬の脚のサイズとブーツが合っていなければ、ブーツの端で馬の脚を傷つけることもありました。今のモデルはかかとに当たる部分が短くなり、つめ全体を覆って、取り外しも簡単なものが売られています(EasyCare,
Inc.)。もちろん、サイズも豊富でこれから日本でも取り入れられていくものの一つではないでしょうか。
エンデュランスにおける蹄のことや、その他獣医学的な詳細についてはまだまだ勉強不足でこれからもっと理解していかなければならないと思っていますが、ここまでの体験から報告させてもらいました。
2002.11.9. 林加奈子
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