無限大の…

第10話 Moonlight Dance

 その情報体には、記憶とよべるものも、感情とよべるパターンもなかった。
 生まれてからはほとんど時がたっていない。
 いや、もしかしたらかなり前から存在していたのかもしれないが、具体的に行動を開始することができたのは、ここ数日のことだ。
 『そいつ』が知っていたことばは、ふたつしかなかった。
 そのうちのひとつは、人の名前を意味している。なぜその名前のために自分が行動しているのか、疑問をさしはさむ予定はなかったし、そもそも感情そのものがない。
 目的があるから、プログラムのように動くだけ。
 自身が『この世界』に完全には属しえないことも、わかっていた。不安定な肉体は、となりあうように存在している黒い海に、半分だけ存在している。そのかわり、ふたつの世界のびみょうな座標のずれを利用すれば、効率よく移動することができた。
 『そいつ』の目的は、ダイスケという名の情報体が、『この世界』において有利になるための情報を生み出すこと。
 ダイスケと自分とには共通する情報が多いから、そうすることが結果的にみずからの利にもなると予測していた。
 そこでまず、そこかしこに散乱しているダイスケの情報を集めることからはじめた。結果、現状でもっともダイスケへ不利益をもたらすと思われる、べつの情報体の存在が浮かびあがってきたのだ。が、あいては大した情報を持っていなかったため、消滅させるまでもなく、不安要素をとりのぞくことができた。
 だが、何もおこらなかった。
 肉体はあいかわらず、『この世界』に固定されずにいる。
 『そいつ』はきわめて自然に、つぎの、そして最後の手をみちびき出した。
 ダイスケにつながっていると思われるアドレスへ、すでにコンタクトを取っている。それを逆にたどれば、さほどの苦労もなくダイスケ本体へたどりつけるはずだった。
 一度判断すれば迷いもしないし脇目もふらない。感情がないから雑念もない。
 『そいつ』は、すぐさま行動を開始した。
 さて、最後の手というが、これが実にシンプルだった。
 ダイスケを自分に統合するのである。
 『この世界』に完全に属しているダイスケを統合すれば、自分は情報体として安定を得ることができるし、ダイスケのほうも新たな情報を手に入れられるうえ、不利益をもたらす他のあらゆる情報をもブロックできる。まさに一石二鳥といえた。
 もちろんダイスケは、それまでの情報の大部分を捨てることになるだろうが、この利点にくらべれば、ささいな問題でしかないだろう。
 自分がその気になれば、ダイスケを見つけ、つかまえるのはかんたんなことだ。だが万が一にも失敗することのないよう、慎重に追った。感情がないから、興奮や期待こそおぼえなかったが、もはやダイスケを取り入れること以外、『そいつ』の思考にはなにもなかったのである。
 動物的に言えば、つまり食うことなのだが。


 ふたつの紅い瞳が、ゆっくりと見下ろしている。
 大輔は動けずにいた。恐怖で足がすくんでいたのだ。
 いつだったか、仲間たちがいまの自分と同じように、足がすくんで動けなくなったことがある。
 だが大輔がその時に感じたのは恐れではなく、怒りと義の心だった。なぜあの時怖くなかったのか、今ならハッキリわかる。
 一人ではなかったからだ。仲間たちも怖がってはいたが、きっと自分に続いてくれると信じていた。もちろん不安はあったが、なんといっても、そばにはブイモンがいたのだ。
 ブイモンがいっしょなら、怖いものなどなにもない。
 当時は仲間がいて、親友もいた。今はばらばらになってしまったが、あの冒険の最後には、たしかに堅い結束が生まれたのだ。
 …今でも、あの時が一番、幸せだったと信じている。
 もちろん、大輔が今この時、そんなことをのんびり考えていたはずはない。めちゃくちゃに荒れくるう思考のなか、ちらっとよぎったにすぎなかった。
 『こいつ』は、明らかに自分を狙っている。どこから、どうやって来たのか、なぜ自分の前にあらわれたのかはわからない。
 ただし、こいつがブイモンと同じ情報体…デジタルモンスターだということだけは確信があった。見たことのないタイプだが。
 
(…どうする?)

 必死で思考を整理し、ちらっと左右に視線をめぐらす。
 こんなところで、こんな化け物のえじきになるつもりなどない。
 今いるのは、広場だ。悪いことに、身をかくす場所がない。一番そばの木立まででも、十五メートルはある。そのていどの距離ならば五秒とかからず身をかくせるが、その前に追いつかれそうだ。丸太のような足は、ひと飛びで三十メートルをかせぎ出しそうに見える。

(……く……)

 化け物は動かない。
 おそらく完全に射程内だからだろう。こちらがどう動こうが、つかまえられる自信があるのだ。だが余裕を見せているようにも、油断をしているようにも見えない。ただ大輔を観察している感じだった。どんな行動も見おとさず、絶対にのがさないために。
 スキがまるでない。
 それでも大輔は、みずからの足にムチを打つ思いで、ゆっくりと左へ動きはじめた。
 このままじっとしていたら、恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
 動いたとたん、化け物もびみょうに体をずらした。ぢぢっと、弱いノイズが走る。変に平面的な走りかたで、まるで映像であるかのようだ。

(……読まれてやがる)

 もう逃げられない。
 脳裏をよぎる言葉を必死でふりはらい、大輔は腹をきめた。

(…いちかばちかだ)

 足に力をこめる。痛めていたことを今さらのように思い出したが、どのみち大した差はないだろう。

(3…)

 頭の中でカウントダウンする。

(2…)

 化け物のシッポが、ぴしりと鳴る。

(1…)

 ごくり。のどが鳴る。

(ゼロ!)

 地面をけった。
 とたんに右足へ、強い痛みがはしる。思わずつんのめった。ぶれる視界が十五メートル先の木立へ飛んでゆく化け物を、ちらっと写す。
 読みちがえたのだ。
 とたんに左足へ、満身のちからがこもった。

(チャンス!!)

 だんっ! 
 踏みとどまった左足を軸にきびすを返し、反対へ走り出す。右足の痛みすら引きちぎるいきおいで、全力で走った。
 ばきべきぼきっ!
 ほんのいっしゅんあと、木立をなぎたおすものすごい音がした。化け物はどうやら大輔を見失ったらしく、追ってこない。確信はなかったが、とにかくラッキーだ。そのまま速度をゆるめず、林道をいっさんに走る。走る。
 そのゆくてにとつぜん、黒い影が立ちふさがった。

(えっ)

 ぼすんっ!
 よける間もなく、大輔は影と正面しょうとつしていた。やわらかい感触がする。思う間もなく、ぐるりと体を回されて、
 だんっ!
 引き倒されてしまった。にぶい痛みにいっしゅん、頭がくらくらしたが、はっとしてふりかえると、

(……静かに、大輔)

 小声がした。よく知っている声だ。
 月明かりが、ゆっくりと影を目の前の存在からはぎとってゆく。
 藍の髪、白いぬけるような肌、とび色の瞳、やわらかい曲線をえがく体。

(……あ…)

 ブイモンだった。
 尻もちをついた大輔を、背中でかばうように立っている。
 認識したとき、大輔は心の底からほっとした。そういう自分を見つけていた。地獄で仏とは、まさしくこの心境にほかなるまい。
 今になってやっと、デジヴァイスをにぎりしめたままだったことに気づいた。お守りのように力いっぱいにぎっていたらしく、やや汗ばんでいる。画面にはふたつの点がうつっており、まん中の原点に重なっているのがブイモンだとすると、少しずれた点が、あの化け物だろう。まだ動いてはいない。
 自分の勘は正しかったのだ。デジヴァイスが、願いを聞いてくれたのだ。
 だが、よろこぶ前に。

「ブイモン…」

 会ったら、言っておかなければならないことがあるはずだ。

(しっ!)

 が、呼びかけはするどい声で制された。押さえてはいたが、ふだんとはかけはなれた声質で、思わず絶句してしまう。
 視線はあわさらぬまま。

(……あいつ、なんなの)

(い、いや…知らねえ)

 そうだった、自分は追われているのだと、やっと思い出した。あわてて、デジヴァイスを確認する。
 あの点はまだ動かない。こちらを探しているのだろうか。
 ブイモンがあの化け物を見ているかどうかは、このさい問題ではない。気配とにおいでわかっているはずだからだ。危険を知り、大輔に先まわりをして合流したのだろう。

(…と、とにかく、一度こっから逃げようぜ)

(…無理だよ)

 あっさりと返された。

(…あいつは大輔をねらってる。いまここで逃げても……どこまででも追ってくる。オレにはわかるんだ。もし街に出ちゃったら、大さわぎになるよ。だから、ここでむかえ撃つ)

(で、でもさ……)

 ブイモンの細い腕を見やる。体の大きさが違いすぎだ。それに今のブイモンは、もとの姿ほどの力を持っていないはずなのに。

(…オレは大輔のパートナーだぜ。大輔のことは、オレが守る)

 変わらず視線は合わないままだったが、ブイモンはたしかにそう言った。
 やわらかい声で。
 何の迷いもない声で。

(だ、だけどオレは…)

 おまえにひどい事をしたのに。ひどい事を言ったのに。
 だからいなくなったんだろ?

 そう言いたかったのだが、のどまで飛び出しかけた質問が、発音されることはなかった。
 目をはなしたスキに、デジヴァイスのレーダーから、点が消えたのだ。

(え…っ)

 どこへ行った!?

 思考が混乱しかけたまさにそのしゅんかん、いきなりブイモンが動いた。
 両脇をやにわにひっつかまれ、ものすごい腕力で持ち上げられる。と思うや、文字通りぶん投げられた。
 わけがわからないまま、空中でちらりとブイモンを視界に入れると、体を反転させているのが見えた。間合いを取っているような動きだ。ふだんのトロさからは想像もつかないすばやさだった。その先になにか、黒いものが……。

 どさり!

 草の上に落ちた。たいした衝撃はない。ちゃんと狙って投げてくれたらしい。あわてて体を起こしたとたん、

 ごきっ!!

 にぶい音がした。はっとして、とっさに左を見ると、木の幹にたたきつけられたブイモンが、ずるずるとくずおれていく光景がとびこんでくる。

「ブ……ブイモン!」

 右には。
 いつあらわれたのだろう、あの化け物がぬらり、突っ立っていたのである。
 大輔は、こいつがこういうぬらりとした立ち方をしていたのを夢のなかで見たような気がして、とてつもなくイヤな気分になった。




 その情報体はあせっていた。正しくいえば、当初の行動予定を早急に組みなおしていた。
 完全に射程距離に入れたはずのダイスケを捕獲することに失敗。さらに、べつの情報体がイレギュラーとして、自分とダイスケの間をブロックしている。わずかの間に障害がふえてしまった。目的達成確率はかなり下がったとみていい。
 そこで、自分がこの世界に安定していないことを利用した。
 このまま動いても、おそらくはジャマが入る。向こうもそれなりの力を持っているはずだから、正面からの攻撃はさけなければならない。だから、自分の体がふたたび黒い海にシフトするのを待ち、そこから相手の背後へジャンプしたのだ。

 作戦はうまくいった。あとは障害を排除し、ゆっくりとダイスケを取り込めばいい。



 
 大輔の見たところ、化け物は標的をブイモンにうつしたようだった。だがわずかでも動くと、すぐに目をこちらに向けてくる。どうやら、こっちを逃がすつもりもないようだ。
 おそらくはまず、ブイモンを確実にしとめた後で、ゆっくり自分を料理するつもりなのだろう。
 もっとも、もう逃げるつもりなどなかった。
 危険をかえりみず、自分を助けに来てくれたブイモンを置いて、どうして逃げることができるだろう。それに化け物の標的が当面はブイモンにうつっている以上、へたに逃げたりしないほうがまだ可能性がある。それに賭けてみるしかない。
 この状態でなぜ自分を失わずにいられるのか、大輔にはわからなかったし、疑問に思うヒマもなかった。
 ブイモンが来てくれた、その事実が勇気になったのかもしれない。
 今、できることはただひとつ。

「ブイモン! 進化だ!」

 右手のデジヴァイスを大きくかざす。化け物がぴくり、反応したが、かまわずに続けた。

「進化すれば……こんなヤツ!!」

 もともとデジモンは、進化に長い時間をかける。だがデジヴァイスを使えば、パートナーデジモンへ直接情報を送り、一時的ながら次の段階へ進化することができる。
 いまのブイモンがどういう変化をするかはわからないが、ひとたび進化すれば、はるかに強くなるはずだ。大輔の想いが変換されて、伝わるのかもしれない。
 デジヴァイスが輝く。
 光の粒が無数にほとばしり、ひとつのかたまりになって、ブイモンを包みこんだ。その光が、ブイモンを進化させてゆく。
 ……はずだった。
 何も起こらなかったのだ。

「……え?」

 あ然とする大輔を、化け物がちらっと見やった。紅い瞳が、あざ笑うようにまた、きゅうっと細まる。
 次のしゅんかん、巨体が動いた。ツメがブイモンにとどめを刺そうと、すべての力をこめられて振りおろされる。

 ばきゃっ!!

 割れたのは、木の幹だけ。ふりあおぐ空に、

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 満月に細い、細い影が舞う。紅い残像が尾を引く。

 見開いた瞳は、紅。

 がつっ!!

 強烈な蹴りが、化け物の後頭部に炸裂した。たまらず体勢をくずした眼前に、ふたたび紅光が輝く。
 ごきゃ!!
 つづいて、満身の掌底が決まった。3倍以上もある相手が、ゆらぐほどの威力である。これが人間なら、即死しかねないだろう。

「でやあああああああああああっ! でやあっ! やあっ!」

 ごっ! がん! ばきっ! どん!

 右、左、脚、ひざ、頭突き。

 がすっ!

 ありとあらゆる打撃が、息つくひまもないほどのいきおいでたたきこまれる。
 型などない。だが、どうすれば相手にダメージを与えられるか、生まれつき知っているかのような動きだ。

 どずん!

 また一発掌底が当たった。巨体がよろめく。

「…な…なんで?」

 わずか数秒。そのあいだじゅう、大輔はぼう然と、デジヴァイスを見つめていた。

「なんで…進化しねえんだ…?」

 ずぎゃっ!

 はでな音を立てて、化け物がすっ飛んだ。背後の木を三本まとめてへし折り、とうとう地面に沈む。その音で、大輔は我にかえった。

「ふーっ…ふーっ…ふーっ…」

 見ると、ブイモンはこちらに背をむけたまま、荒い息をついている。
 今になって気づいたが、頭から血が出ていた。さっきの不意打ちのせいだろう。そのせいか、美貌は苦痛にゆがんでいた。
 その肩が、ぶるぶるとふるえはじめる。みしみしという音が、こちらにまでひびいてくるような音がして、

 ばりっ!

 とうとつに、ジーパンが破けた。なにかが、腰から生えてくる。青い軌跡が、空気をなぐ。シッポだ。ひさびさに見るシッポだった。

「う…お…おおお……」

 うめくような声とともに、両手のツメがみるみる伸びてゆく。髪の間からツノがめりめりと生えてくる。振りかえった顔には、文様が浮き出ていた。

「……ブ…ブイモン」

 大輔は理解していた。
 やはりブイモンは、人間ではない。
 デジタルモンスター…デジモンなのだ。

「!」

 ブイモンが、ふたたび背をむけた。緊張にこわばる肩のむこうで、化け物がゆっくりと立ち上がる。

「……く」

 ブイモンの声に、余裕がない。全力でたたきこんだのに、効いていないのだ。

『…ジャマ…スルナ……』
 とうとつに、もの言わぬはずの化け物が口を聞いた。
 目にはこれまでと違い、あきらかに怒りの色が浮き出ている。いっさいの感情がないはずの紅い瞳が、怒りに燃えている。

『ジャマスルナアアアアアアアアアアアア!!』

 吼えた。怒りの咆吼。とつぜん、感情がめばえたかのような急激な変化。

「うおおおおおおおおおっ!!」

 どんっ!
 二体のデジモンが同時に地面をけった。
 ブイモンが拳をふるう。化け物がツメをふりかぶる。

 がおんっ!

 全力の一撃が、インパクトでぶつかりあう。それを合図に、二体はすさまじいなぐりあいをはじめた。
 ブイモンの刃物のような蹴りが化け物の腹をえぐる。化け物のツメが、ブイモンの肩をさく。拳が顔面にくいこむ。丸太のような腕が後頭部を痛打する。そのたびごとに、まるで火花がぶつかるようなおそろしい音がした。
 大輔は固唾をのんで見守りながら、手をこまねいているしかない自分をはがゆく思っていたが、やがてみょうなことに気がついた。
 ぢぢ…

(……な…なんだ?)

 ぢぢぢぢぢ
 必死で戦っているブイモンの体が、ゆらいでいる。ノイズが走っている。化け物とぶつかりあうたびに、はぜるような雑音がしている。しかも、走りかたが変に平面的で、まるでブイモンの存在そのものが、立体映像であるかのように見えた。

(…ど…どうなってるんだ?)


 これでは、まるで……。


 ごつっ!! !

 化け物の両腕がハンマーとなって、ブイモンの背中を強打する。息がいっしゅん止まり、ブイモンは思い切り地面にたたきつけられた。

「かはっ……あ……」

 右腕をつき、左腕をつき、必死に立ち上がろうとするブイモンに、さらに太い足がうなる。たまらず数メートルもすっ飛んで、それでも倒れないブイモンに、

 ごばきゃっ!!

 大きく開かれた張り手がおそいかかった。背後の木が、その衝撃で中途からへし折れる。

「か…ふ……」

 もはやブイモンは、悲鳴すらあげなかった。
 ゆっくり、ゆっくりと、化け物が手をどける。

 ず…。

 ブイモンの体が、静かにずり下がってゆく。
 背中をあずける木の幹には、べっとりと血がついていた。

「………!」

 それを見たしゅんかん、大輔は絶句していた。

「…おい?」

 返事がない。

「…おい、ちょっと待てよ」

 返事がない。

「おい! か…からかうな。起きろ…起きろよ!」

 やはり、返事がない。

「ブイモン!」

 思わず立ち上がった目の前に、化け物がたちはだかった。
 その瞳には、あきらかな愉悦がうかんでいる。思わず身をかたくした大輔に、そいつは言葉をつむぎだした。

『……テコズラセタ…。ダガ、コレデオレノ目的ヲハタセル』

 大輔の眉がつり上がった。へんに機械的でぎこちない声だったが、もう疑問も恐怖もどこかへ行ってしまった。かわりに、めらめらと怒りがわいてくる。

「てめえ………なんなんだ! いったいなんなんだよ! ちくしょう!」

 紅い瞳が、ばかにしたようにまたしても、細まる。
 大輔は歯ぎしりをして、右手を思い切りふるった。

「どけ! 化け物! オレはブイモンを助けるんだ!」

『モウ助カラン』

「うるせえ! デタラメ言うなこのやろう!」

『アキラメロ。アキラメテ、オレノ一部ニナレ』

「……なんだと?」

 こいつは一体なにを言っているのだろう。さっぱり理解できない。

『オレハオマエノ分身ダ。ヒトツニ統合シタホウガ都合ガイイダロウ?』

 つぐべき言葉を失った大輔に、化け物はさらに続ける。やはり、さっぱり理解できない。

「…おまえが、オレの分身……???」

 胸くそが悪くなってきた。こんなヤツが、オレの分身だと?

「ふざけるな!!」

『フザケテナドイナイ。ナゼナラバ……』

 また、化け物の目が細まった。今度はさっきと違い、なにか考えているような『表情』である。

『…ソウ、思イダシタ。オレハモトモト、オマエノ………』

「パートナー」

 とつぜん、化け物の背後で声がした。びくっと身をふるわせて、化け物が横に跳びすさる。
 そこには、ブイモンがすっくと立っていた。

「あ………」

 大輔が驚きとも、よろこびともつかない声を出した。
 ブイモンは全身傷だらけだった。大輔が買ってやった服はずたずたになり、白い肌は完膚なきまでに痛めつけられ、血にそめられている。右腕は折れているのか、左腕で押さえていたし、シッポやツノも折れている。
 なのに、表情だけには力が感じられた。不自然なほど。まるで月の光をオーラにしてまとっているかのようだった。
 そのうえ、化け物を目の前にしているというのに、さっきまで見せていた敵意がウソのように消えうせていたのである。
 理解できなかった。いったいなにが起きようとしているのか。
 ブイモンが血染めの顔を、ゆっくりとほころばせた。

「……やっと、わかったよ……おまえの……いや」

 化け物の目が、見ひらかれた。

「…オレのこと」