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初心者のためのクラシック案内!そにょ2(例によってイイカゲン)
最初のページよりも一歩踏みこんだ曲に触れています。クラシックを普通に聞くヒトには「フツウの名曲」というあたりです。その1、に挙げた超有名曲よりも、聴きこむとかえって愛着の深い作品があるのではないでしょうか。このへんの曲が聴く回数からいっても一番飽きがこないからかもしれませんが。ただ、このコーナーもその1と、「コンセプトは同じ」です。そのへんは要注意。
◆ベートーヴェン/交響曲第7番 イ長調 作品92
この曲は、ベートーヴェンの標題つきの交響曲にくらべると、いささか人気の点では劣っていますが、「運命」「田園」「英雄」など、ほかのベートーヴェンの交響曲にけっして負けない魅力のモチヌシです。ときどきワタシはこの曲がベートーヴェンの9つの交響曲のなかで一番スキかも。いや好きにちまいない!自分で自分のことがわからんのか!と思うことがあります。(わかったためしがない気がする。)
たしかワーグナーが「舞踏の聖化」なぞとゆーたんだと記憶していますが、4つの楽章とも、ゆっくりした楽章がありません。といったはじから第1楽章、ゆっくりした序奏ですが、これも後に出てくるリズミカルな場面を予感させるような明るい緊張感をはらんでいるのです。やがて第1楽章ははねるようなリズムにのって楽しく続いて行きます。
第2楽章は、葬送行進曲とも言われる、この曲のなかではゆっくりした楽章です。重苦しいリズムに次々と美しく嘆くようなメロディが重ねられていきます。ただ、あんまり「おそい」楽章ではない。(テンポの表記も「アレグレット」だし。)特徴的なのであきない。嘆きの楽章ですな。
第3楽章はいかにもベートーヴェンのスケルツォ!というかんじのスケルツォ。ずっと細かい音符がきざんでいく。躍動感あふれるスケルツォ。とびあがったりふわーっとおりてきたり。する。中間部はちょっとゆったりしてあったかい感じになります。
第4楽章、叩きつけるようにはじまり、ひらすら前進して行く音楽。まさに「舞踏」であろう、って感じ。この曲ではたぶんこの楽章がいちばん演奏がむずかしいんじゃないかな。なかなか満足できる演奏がナイ。オンビートにするか、アフタービートにするか...いろんな解釈がありますね。こういうところをききくらべるのも面白いかもしれません。いっぱいいっぱいの演奏できくと、「ヤケクソじゃねえか!」と思うことも、ある。
◆ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」
有名な曲ですね。年末になると必ずCMで使われる。しかし!、というのは「おきにいりクラシック」の方で書いてるので読んで下さい、な。この曲、あの有名な合唱のところが有名ですが、全曲でなんと70分くらいあって、あの歌が出てくるのはかなり後半の方になるのです。40分ぐらいかな?合唱団の出番はナイのですねぇ。年末の第9でよくお眠りになっている方がいるのはこのへんが原因なのであろう。ちなみにたまたま調べたらトロンボーンや打楽器など(ティンパニ以外)も出番が少ない曲だったのですねぇ。そういうヒトタチは寝てはいられないでしょうけども。タイヘンですな。おなかはへるし。(別に演奏してても減るか。おなじか。)
第1楽章。弦の伸ばしで始まり、次第にクレッシェンドしながら力強い主題が出ます。このあたりもCMでときどき使われるので聴いたことがある方もいるかもしれません。高校の時、科学の教師が、自作のビデオを授業で流して、「それではみなさんさようなら〜!」って場面で、黒板に書かれた「終」という字がどんどんアップになるバックに力強くこれが流れていて大爆笑した記憶があります。ベートーヴェンのイメージってこう言う感じなんだろうなぁ。って楽章です。緊張感が強い。
第2楽章はスケルツォ。なんとなく悲劇的なふんいきの楽章です。ティンパニが大活躍します。えと、この楽章のティンパニ!は、オクターブ、で叩かれます。これはベートーヴェンがけっこう慎重に試行錯誤してきた結果だそうです。第8番の交響曲(これも小粒ながらすばらしい作品)の中でもこの方法が使われています。激しく弾むようなリズムが印象的です。ここのティンパニのソロは「ティンパニ!!」って叩くんだ!ってどっかの指揮者(誰か忘れた)が言っていた話が忘れられない。確かに、「ティンパニ!」ってリズムですね。(いちいち赤くするこたぁない。)こういうゴロあわせは音楽の練習のときによく使われます。べつに「ティンパニ」じゃなくてもなんでもいいんだけども。(なんか面白いのないかなと思って考えたけど出てこなかった。指揮者の才能はナイらしい。)
第3楽章、は非常にゆっくりした美しい楽章です。緊張感あふれる1、2楽章を聴いてきたワタシたちがとかく眠気をさそわれる個所でもあります。いわゆる「巨匠」っていう人達がいわゆる「巨匠テンポ」で、ゆぅ〜ったり、とやると、もう死みそうです。失礼です!でもぉぉ...。8分の12拍子になって音楽がすこし流れ出すところは美しく、またすこし眠気からも開放されてほっとするところだ。(だから失礼だってば!)あと、この楽章はホルンのキツいソロがききもの。っていうか、「あのホルンのソロ、こけやしまいか?あーやっぱりコケよった!!」というようなイヤミな聴き方をするのはやめましょうね。(←反省。)
第4楽章。「寝た子はいねがぁ!」っといいつつ始まる。どうなっているのかちょっとわかりにくい。たぶんやっているひともよくわかんないのではないかと思う(そんなワケはない。)今までの楽章の主題がちょいちょいと顔をだし、いよいよ有名なあの主題があらわれ、しだいにもりあがります。ふたたび「まだ寝てる子はいねがぁ!!」と言ったあと、ダメオシのようにバリトンが絶叫する「おお、友よ!!!」(コンだけ引っ張って、もうすこし気のきいたことが言えないのか!?←ウソ。スイマセン。)そーしてお待ちかねの合唱が現れます。急に音楽も元気な感じになります。合唱も出て大盛り上がりです。(この大盛り上がりの間、トロンボーンは「ぼぉ」っとしてるしかないことを発見)行進曲風になったりしてひとしきり盛り上がると、急にトロンボーンに導かれて厳粛なフンイキになる。やぱりでもここもあの有名な主題をもとにした変奏曲なんですね。けっこうこのへん厳粛で感動的です。で、急に速くなってあれっていう間に終わります。
...んー。一部超有名曲ですが、けっこうききとおすのはキツイです。長いし。こころしてかからなければなりません。聴く前にちゃんとお菓子もたべておしっこも行っておきましょう。←余計なおせわですねぇ。
◆ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
ベルリオーズはフランスの作曲家です。たしか指揮なんかもしたんじゃなかったかな。
「幻想交響曲」なんか惹かれる題名ではあるまいか!!なんて思うヒトはアヤシイ題名の曲のCDをタイトルに惹かれて買っちゃうタイプですな。まあそれも道であろう。たぶんニールセンの「不滅」とかマーラーの「巨人」、ショスタコーヴィッチの「革命」などソノウチ買うとみた!
どういう曲かというと、なんかわかったようなわかんないような話で、ベルリオーズはなんちゃらいう女優に恋をして恋に破れてヤケクソで自殺をはかって薬をのんで(ばはりんとかじゃないよ。アヘン。失恋したのに丈夫になろうとするヒトはそういないわな。)そのときの夢を曲にした、っていうスジガキなんですねぇ。実話だったかどうか忘れた。けど。
第1楽章。夢と情熱。(あ。このへんの標題確認しないとヤベェ。)
たしかそのう、恋、とかその、状態を描いた楽章だった、と思う。ううー。(うろおぼえ)ゆったりと夢見るような序奏から情熱的な主部に入る。疾走する旋律。と、「恋人の主題」(←何度も曲中に出てきます。はやくなったすぐあとにフルートとバイオリンで出てくるのがそう。)このときはまだシアワセなんだ。
第2楽章。舞踏会。(あ。案外覚えてるじゃんか)
舞踏会の場面、いっしょに踊る、夢なんだな。切ないではないか。ひっじょーに美しい楽章。夢のような踊りの旋律。最後の方に木管楽器だけで主題が一瞬「ふわり」と浮く場面がなんとも言えずすばらしい。
第3楽章 野の風景(いけそうやん?)
野原で麦笛の合図で呼びかけるひつじかい。遠くで恋人の吹きかえすむぎぶえがきこえる。たのしいひとときは過ぎて、ふたたび呼びかけるひつじかいのむぎぶえに応えはなく、遠くから雷鳴が聞こえる。という楽章。せつなくもない。夢だ。
第4楽章 断頭台への行進(案外だいじょぶでしたぁ)
なんだかまぁ、むちゃくちゃですが、ヤケクソになったのか?恋人を殺害してしまう。(この場面はナイ)断頭台へひかれていく。音楽はブキミなティンパニにはじまり、ひたすらハデハデでにぎやかな行進へともりあがる。断頭台の刃が落ちる直前、ふと聞こえる「恋人の主題」がかなしい。
第5楽章 ワルプルギスの夜の夢
ごちゃまぜの楽章。恋人の主題はみにくく形を変えてあらわれ、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」の旋律が吹き鳴らされる。このバックで鳴る「鐘」(すごく印象的)がクセモノで、コンサートに行くとでっかいのをぶったたいています。ここは期待のイッパツで、この鐘がふつうのコンサートチャイム(のど自慢で使うやつ)で演奏されると、ちょっと1評価オチてしまいますな。ワタシがよくきくシャルル・デュトワ盤も、なかなかいいんですがこの「カネ」がなぁ。
...ええ、曲の中では恋人を殺害してしまいますが、実際はこの女優とベルリオーズは結婚しています。で、結局、別れています。しかしまあ。こういう名曲ができたんだからねぇ。いいか。当人たちはヨクナイだろうけどなぁ。
◆ブラームス/交響曲第4番 ホ短調 作品98
ブラームスぅ。彼の交響曲はみんなスキです。昔は、「渋い」「渋すぎる」「めちゃシブ」、なぞと言って敬遠していたんですが、(本人もたしかこの第4番をさしてどこちゃらの柿は渋くて食べられない」なぞと言っていたとか?)ブラームスの交響曲にはハマるとクセになりそうな魅力があります。秋にきくとまたしみるなぁ。しみるんじゃよ。
4つの交響曲があります。どれも魅力的ですが、自分がはじめてきいて気に入ったのがこれだったのでこれを代表で挙げときます。ちなみにあとは第1番の第4楽章の主題とか、「ヴェニスに死す」っていう映画で使われた第3番の第3楽章などが有名です。
まず第1楽章。いきなり弦のはかなげで美しい主題が提示されます。この主題でもう「おおっ。」と思って気がつくともうこの第1楽章はオワリです。っていうくらいワタシはひきこまれる楽章。全体的には悲劇的な印象が強い楽章なんだと思いますが、なんかその美しさゆえに悲劇的ともいいきれない印象を残す...。
第2楽章。ホルンが提示する3拍子の主題。古典的、というか、なんというか。このリズムがかなり執拗に聞こえてくる楽章。中間部は美しくて、最初の部分の暗い色彩に対する牧歌的な表情を、みせちゃったりするあたりが、ニクイの。
第3楽章。うってかわって2拍子の元気な楽章。祝祭的なフンイキさえただよってしまう。トライアングルが大活躍なんだけど、ここのトライアングルをきくと、トライアングルに対するイメージが変わるんじゃないでしょうか?両手にバチ(ビーターという)を持ってぶっ叩いている映像を見ることもできることがあります。やってみたい。
第4楽章。パッサカリア。です。パッサカリアっていうのは、たいてい低音から始まる主題を執拗に繰り返していく一種の変奏曲です。いや。変奏曲の一種、です。この楽章でも最初に金管楽器によって出る主題(旋律的なものではない。)が延々と繰り返されていきます。ブラームスには「ハイドンの主題による変奏曲」などの傑作もあり、面目躍如って感じのところでしょう。レナード・バーンスタインはこの楽章は「怒り」の楽章だ、と言った、と言う話をきいたことがあります。同感で、冒頭の主題を冷静にやられると「んー?」とか、思っちゃうのであった。
...ここまで書いてこのシリーズ、笑かすとこがちょっと少ないんじゃないか?という不安を感じ始めたけども...。ダイジョブだろうか?
あ。↑いうまでもないけどいい曲です。
◆ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調
それほど詳しくもないブルックナーであるが、この作曲家に触れないわけにはまいりますまい。ブルックナーはほんとーに歴史的にはごく最近になって大作曲家のなかまいりをしたといっていいんじゃないでしょーか。ワタシが学校で音楽を習っていたころ、ブルックナーって名前が音楽史に出てきたかどうかもちょっとアヤシイ。ワタシがちゃんと音楽の授業を聞いていたかどうかもそれ以上にアヤシイが。
ブルックナーはベートーヴェンを深く尊敬し、ワーグナーをやっぱりとっても尊敬していました。ワーグナーはものの本にはあんまりおともだちになりたくないタイプとして登場しますが、音楽史の中ではやっぱり非常に偉大な存在で、当時も相当な発言力をもっていたんじゃないかと思われます。(おともだちになりたい作曲家、とはどんな作曲家かってですか。美人じゃなくてもいいけどかわいげで優しくって...←ナニとマチガってる!?)当時、音楽界は「ワーグナー派」「ブラームス派」にわかれてあらそっており、(「本家」と「元祖」の争いみたいなフンイキかなぁ、と、勝手に思っている。) ブルックナーはワーグナーを敬愛したため、ワーグナー派として扱われていましたが、オペラを全く書かず、交響曲にかなりの労力をつぎこんでいるあたりや、残されている人間像にかんする話を聞く限り、どうでもよかったんじゃないかと思われます。たぶんブラームスもこの件はどうでもよいと思っていたんじゃないかな。結局踊っていたのはメディアや周りの人々だった...という、どっかでききそうなハナシですな。
この作曲家についてはネット上にもたくさんのファンサイトをみつけることができます。簡単に書いておくと、交響曲は長大なのが多い。(LP時代にはほとんど2枚組になっていたものじゃて。)このひとの曲は、じっくり腰をすえて、風景を眺めるように聴くのがコツのように、ワタシは思うんだけど。
なにをまず聴くか、という点で、ブルックナー入門としては第4番の交響曲「ロマンティック」っていう副題がついてるのをすすめられることが多いのですが、ちょっとなんていうかなぁ。むずかしい曲なんですよね。(少なくともワタシには。)ワタシにはこの第5番がいちばんとっつきやすかった。タブンあの、神々の舞踏のような第9番のスケルツォとかを聴くと「おおぉ!」って思うんだけど、(スゴイ楽章なの。)それでブルックナー好きになるかっていうとどうか...?
...あーやぱしうまく書けんのう。
◆ドヴォルザーク/交響曲第8番 ト長調 作品88
ドヴォルザークというとまあ交響曲第9番「新世界より」が圧倒的な人気曲ですが、その前のこの第8番もすごくいい曲です。短調の新世界とはもちろん感じは違って、明るい自然のニオイのする曲です。「おきにいりクラシック」の方でこの曲については書いていますが、「鳥の交響曲」と言っているだけあって、鳥の声を模倣したような主題が現れたり、そのほかにもあちらこちらにサワヤカな風が感じられます。いま、「新世界」とどっちがスキですか?といわれるとぜったい迷っちゃうとおもう。「おきにいり...」に書いたので詳しくは書きませんが、「新世界より」が気に入った人にはぜひ聴いてほしい1曲です。第3楽章のうるうるしてしまうような美しい旋律でいきなりまっこう勝負されることでしょー。
第4楽章が変奏曲になっているのはブラームスを意識したんだろうか。
◆ハイドン/交響曲第104番 ニ長調「ロンドン」 HobT−104
Hob、ってなんじゃいな。ということを思う人がいるでしょう。ホーボーケン番号っていうの。ホウボウケンかなぁ。芳坊軒、なんてラーメン屋があってもよさそうな...。ハイドンの作品番号の表記のしかたで、ハイドンの研究者のホーボウケン氏がつけたものかどうか自信がない。モーツァルトのK番号(ケッヘル)はたしかそうだったと思うんだけど。
ハイドンは交響曲の父なんてことを言われていて、この「ロンドン」が最後なんだけどもなんと104もの交響曲を書いているんですな。標題もいろいろで、「校長先生」「驚愕」「めんどり」「火事」「熊」「さばおり」とか、ユニークなのがいっぱいです。(最後のヤツはウソ。)ハイドンの交響曲は、交響曲、というスタイルのかなり初期に書かれたこともあり、かなり類型的、っていうかな。退屈な、と思うこともあるかもしれませんが、ききこむと独特のアジワイがあってまたよいです。最近の古楽器ブームで改めて評価してしまう部分があるかも。
この「ロンドン」はハイドンの最後の交響曲で、(あもう書いたか。)ワタシは、ハイドンの交響曲の中では一番聴きやすいかなっと思います。(短いのはあまり真剣に聴いていない証拠。反省。)
◆マーラー/交響曲第4番 ト長調
グスタフ・マーラーはオーストリアの作曲家で、指揮者としてもかなり活躍した人です。大きな編成のハデな曲が多く、「分裂している。」なぞといわれつつ、「マーラー・ブーム」といわれるほどの圧倒的な支持を受けたりしました。現在は、ブームは過ぎたと思いますが、コンサートの人気レパートリーとして定着している、のはカクジツです。(マーラーの有名なセリフ。「いつか私の時代が来る」)
マーラーの交響曲は、長大な作品が多く、まずCD1枚でコンスタントにおさまる曲の方が少ないといっていいでしょう。この「第4番」(大いなる喜びへの賛歌、なぞという副題が、あるらしいが)は、マーラーの交響曲のなかでは最も短い作品で、また、最も親しみやすいもののひとつです。曲は天上の生活、ってな詩がついている第4楽章を筆頭に、どことなくファンタジー的な要素を含んでいます。
マーラー、の中で、これが代表作か?といわれると、タブンちがう、ということになると思いますが、どれが一番スキ?といわれると、迷わずこれ。と答えます。
第1楽章。
しゃんしゃんしゃんしゃん...と、フルートと鈴の音からはじまる。すぐに弦楽器によるなだらかな歌の主題が出て、めまぐるしく曲調を変えながら進んで行きます。途中、クラリネットで出てくる元気な主題が、初めて聴いた時にすごく新鮮にきこえたのをおぼえています。このようにときどき民謡風の素朴なテーマが出てくるのは、マーラーの交響曲の特徴のひとつかも?
第2楽章。なんだっけ。死神がワルツを踊るとかなんとか。いう楽章です。(タンゴとかボサ・ノヴァじゃないことは確かだ)(←書きゃいいってもんじゃない!)調律を変えた独奏ヴァイオリンがブキミに演奏されたり、ホルンの独特の奏法(ゲシュトップ、という)による妙なオトがきこえたり。中間部は穏やかなフンイキ。マーラーは指揮者をつとめていて、各楽器の奏法に詳しかったこともあり、このようなオーケストラから独特の響きを生み出すシカケや、ちょっと変わった打楽器を使ったり、いろいろ考えています。(交響曲第6番では巨大なハンマーを打ち下ろす、なぞという指示を出して打楽器奏者を困らせたり、第7番ではマンドリンが「ちんからちんから」鳴ってみたり...)
第3楽章。非常に穏やかなゆったりとした楽章。ヨーロッパのいい季節の暮れがた、ってフンイキを感じる。途中でちょっと盛り上がってみたりするけど。長すぎる!っていう人もいるけど、ゆったりきいているにはいいんじゃないかな。
第4楽章。ソプラノの独唱が入る。第3楽章のフンイキをちょっと残したようなたゆたう伴奏にのってソプラノが天上の生活を歌い始める。合間には、第1楽章冒頭の旋律がやはり鈴の音を伴って鋭く演奏され、曲に緊張感を与える。最後はまたゆっくりになって暮れていく風景を眺めるように終わって行く。
全体を通して聴きやすく、親しみやすい曲だと思います。オーケストレーションも色彩的で、ききあきないとても魅力的な作品だと思います。といいつつところどころに不吉な黒っぽい影が見える緊張感もまたヨイ。これもズイブンCD買っちゃった曲の1つだなぁ。
◆メンデルスゾーン/交響曲第4番 イ長調 作品90「イタリア」
メンデルスゾーンも指揮者をつとめた作曲家ですね。マーラーよりはかなり早い時期のヒトですが。このヒトがいまの指揮者のスタイルをつくったといわれています。と、聞いた様に思う。指揮棒を使った指揮もこのヒトがそういうスタイルをはじめてとりました。と、聞いた様に思う。また、バッハの「マタイ受難曲」などを演奏してそれまで知られていなかったのを広めました。と、聞いた様に思う。。。。。。だいじょぶかワタシ。
この作曲家の作品は、透明感があってとても親しみやすい。という印象があります。有名な曲としてはあとは、結婚行進曲の出てくる「夏の夜の夢」などがあります。(初心者のための...1を参照。)
メンデルスゾーンは、交響曲を5こ曲書いています。(ほかに弦楽のためのとかいうのがいくつかある。)この、第4番は、第3番の「スコットランド」と並ぶ人気曲で、2曲同時におりこんのちゃーとに入ったりしたこともあったり(やめる。)まあかなりの「名曲」といっていいでしょう。
題名の「イタリア」というとおり、イタリアに行った印象を書いた、ということでしょうけども、交響曲の様式にのっとってきちんとかかれていて、あんまり標題のようなものは感じられません。(イタリアの印象を書いた作曲家はナゼか多いですな。チャイコフスキーやら、リヒャルト・シュトラウスやら、シャルパンティエはロバに乗ってはしゃいでみたりしているし。)
第1楽章は、木管楽器のたのしげな3連譜にのって、まさにイタリアの明るい青空を思わせるような主題がさっそうと歌われます。クラシック陽気な旋律ベスト10にランクインできるようなサワヤカな旋律です。第2主題はいくぶんリズミックでうれいを帯びたかんじ。曲全体がそうですが、「歌」にあふれた楽章です。
第2楽章は、ちょっとゆっくりめの楽章で、短い序奏のあと、憂いをおびたシンプルな歌がゆっくりと歌われます。ここんところのシンプルなつくりは逆に当時のものとしては斬新なのかなぁという気もします。短い緩徐楽章。
第3楽章、弦楽器のゆれる主題に始まる3拍子の美しい楽章。中間部ではホルンのアンサンブルによる長い旋律がきかれる。
第4楽章は、それこそ短い楽章。「タランテラ」というイタリアの舞曲の激しいリズムをとりいれています。いきなり激しいリズムではじまり、木管楽器によって主題が出されます。さびしげな主題も顔をだしますが、全体に絶えず激しいリズムを刻みつつ、あっというまに終わります。なんだかもっとこう、盛り上がって終われないのかしら。というくらい唐突に。「タランテラ」の語源はあの毒ぐものタランチュラからきている、というハナシはおぼえているんだけど、毒ぐもに刺されたときこの激しい踊りを踊って毒を体から汗とともに排出させた、というのはこれは絶対に記憶違いかウソを教えられたかのどっちかだと思う。そんなことしたらタブン死ぐな。あるいは毒ぐもに刺された時の激しい痛みを表現した舞曲だときいた気もするが、それは踊っている場合じゃないだろう。
◆モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調 K551 「ジュピター」
モーツァルトの最後の交響曲です。モーツァルトの交響曲というと第40番があっとーてきに有名ですが、この、第41番はそれ以上のすばらしい作品で、ぜひ聴いてほしいもののひとつです。第40番の悲劇的な美しさとはちがいますが、モーツァルト独特の美しさ、や、表情をもっています。モーツァルトは39番から41番の3曲のシンフォニーを非常に短い間に書いています。この3曲は、「後期3大シンフォニー」といわれ、これだけの傑作を2ヶ月ほどだっけ?そのあいだに3つも書いてしまったあたりが、モーツァルトの天才を証明しているといっていいでしょうとは、誰でも言うことだな。
モーツァルトの音楽には独特の「呼吸感」みたいなものがあって、突然かかっていても「あ。これはモーツァルトだな」とわかるくらいなのですが、この曲にはそういった特徴が非常に顕著に、いいかえればむちゃくちゃよくあらわれているといってよいでしょう。
第1楽章 イキナリ力強く始まります。と思うと弦楽器によってなだらかな合いの手が入ります。この力加減がもう「あーモーツァルトやなぁ」と思わせられます。第2主題はとくに耳に残る。
第2楽章 比較的短い音形が重なるような主題で始まる。緩徐楽章。たゆたうよーな時のながれってカンジでしょーか。
第3楽章 半音階で下降する主題に始まるメヌエット。これだけ大きな曲にしてはシンプルな構成かな、って気もするなぁ。
第4楽章 この曲のもうひとつのききどころ。どーれーふぁーみーって始まるジツにききごたえのあるみごとな楽章。非常にイキオイのある健康なカンジの楽章です。
◆モーツァルト/レクイエム ニ短調 K626
例の「アマデウス」という映画を見た方はご存知でしょうけども、(見ていなくてもご存知のかたももちろんいるでしょうけど。)モーツァルトの最後の作品です。っていうか、結局モーツァルトが自分で作曲しおえることができず、不肖の弟子によって完成させられたという、作品です。(おまえが不肖っていうな。ということもあるでしょうが、まあこれは一般に言われていることなのでダイタンにも言ってしまうのであった。)
この作品はワタシにはモーツァルトっぽいカンジがしません。彼の音楽の鮮やかさついうか、そういったところが感じられないという点で。(ドン・ジョヴァンニなどのオペラを聴くひとたちにはこれも「モーツァルト」として抵抗がないらしいのですが)しかしこれはジツにしみる、怒りと悲しみと諦観となぐさめの音楽であって、モーツァルトが完成させてくれたら!と、ついついないものねだりも出てしまうくらいの、たいへんに魅力的な作品なのです。「アマデウス」の中ではかなり効果的に使われていますね。とゆーわけで、曲のなかみ1曲づつにふれるのはメンドクサイので割愛しますが(オイオイ)。ぜひぜひきいてほしい曲のひとつです。
◆ラヴェル/ボレロ
ラヴェルは1875年生まれのおフランスの作曲家です。フランスの作曲家は、オーケストレーションにミゴトな技を発揮するひとが多いのですが、このひとはまたとりわけ見事な色彩感あふれる作品を残し、「音の魔術師」といわれました。
この、「ボレロ」は、ラヴェルの代表作として必ず挙げられる作品です。曲のつくりは非常にシンプル。2つのメロディがこうたいごうたいに出てくる。というかほとんどそれしか出てこない。小太鼓のリズムにのってフルートがちいさい音で最初の主題を吹きます。ここからはじまって、楽器を変えつつ、だんだん音を大きくしつつ、ただただ最初から最後まで(最後にちょっと変わるけど)同じ旋律を繰り返していくだけ。なのですが、この2つのメロディのどことなくエキゾチックなフンイキやら、色彩的な響きやらに引っ張られて、聴きおわる時にはみごとにエキサイトしてしまいます。ラヴェル自身も、コンサートでエキサイトしている女の人を見て、「あの人がいちばんこの曲をわかっている」と言った、というようなエピソードがあったときいたことがあります。
この曲は、はじめきこえるかきこえないかの小さい音で叩かれる小太鼓(スネア・ドラム)のリズムによって始まります。このリズムも、曲の最初から最後までずーっと繰り返されます。小太鼓のヒトはすごい緊張を強いられる曲のようです。曲の前半では、いろいろな管楽器が交代でソロを吹きます。これもまたものすごい緊張だそうです。オーケストラのメンバーはあんまりやりたくない曲のひとつらしいです。
◆ラヴェル/ラ・ヴァルス
またまたラヴェルです。このヒトの作品でいくつか、というと、まだ、「ダフニスとクロエ」とか、挙げる作品はあるのですが、(最近ではヤカンでサッカーをするカップヌードルのCMで効果的につかわれていた)この、ラ・ヴァルスは、なんともいえないラヴェル独特の空気感がスキな作品なのであげてみました。
題名の「ラ・ヴァルス」ですが、「ワルツ」のことですね。しかしウインナ・ワルツのフンイキは全くない。なんだかちょっと忘れちゃったけど、雲の切れ間からワルツを踊るひとたちが見えてくるとかいう説明がついていたような気が。もやもやした軋むような響きで始まって、そこからどことなく官能的なフンイキの旋律が立ち上がってくる。確かに「ワルツ」には違いないんだけど、これは...どことなくアンニュイな響きが絶えず支配していて、同じワルツとはいっても、夜、白いカンジのではなく、オレンジ色っぽい明かりの下で、踊られているような、それも、今踊られている風景を見ているのではなく、過ぎ去ったできごととして見ているような、頽廃のけだるさ、をたえず感じます。その感じを楽しみながら聴いてしまう曲です。
◆リムスキー・コルサコフ/交響組曲「シェエラザード」
ロシア5人組、というひとたちがいました。はたして、「俺たちゃロシア5人組だずぇ」なぞと言っていたのかどうかはよくわかんないのですが、ロシアの民俗的な要素を積極的に作品にとりいれたヒトタチです。R・コルサコフ/ムソルグスキー/ボロディン/キュイ/グリンカ...だったけか?グリンカは違ったかなぁ?(調べに行ってみた)あれ?うちにあった子供用音楽図鑑はキュイの代わりにバラキレフって書いてある...。じゃあキュイは?キュイっていたよねぇ。おっかしーなぁ。
ロシア5人組は、わりあい他に職業を持っていた人が多く、たとえばリムスキーコルサコフ自身も海軍だかから転身した人だったし、ボロディンは医学(かな?)をやっていたし、ムソルグスキーはヨッパライをやっていたりしました(それは職業じゃないだろう)。グリンカが草分け的存在なのですが、リムスキーコルサコフはムソルグスキーやボロディンの未完の作品を完成させたりいろいろ世話役的な存在だったようです。
この、シェエラサードは、コルサコフの代表作で、「千夜一夜物語」によっていて、シンドバッドの冒険などのエピソードが題材に用いられています。この曲は、構成的に弱い。という欠陥をよく言われるのですが、旋律の魅力やみごとなオーケストレーション(コルサコフは「管弦楽法」を執筆しており、のちの作曲家たちに大きな影響を与えている)によってきかれているといってよいでしょう。非常に起伏にとんだ、楽しい作品です。(長いけど)
◆サン・サーンス/組曲「動物の謝肉祭」
サンサーンスはフランスの作曲家です。代表作はオルガンが加わってひっじょーに壮麗な響きを作り出す交響曲第3番「オルガンつき」(←そのまんまやんか)。
この、「動物の謝肉祭」は、なにか忘れたけど余興のような感じで作曲されたようで、サンサーンス自身はあまり残すつもりはなかったときいたことがあります。編成もあまり大きくなく、ときどき室内楽バージョンで演奏されてたりしています。(ここでは余談かもしれませんが、マルタ・アルゲリッチ他による室内楽版のモノスゴいCDも出ていたりします。オススメです。)ただ、そういったかたひじはらない作品だけに、たのしい内容になっていて、サンサーンスの作品の中でもっとも聴かれるものとなったといってよいでせう。ぞう、という曲の中では、「カステラいちばん」の音楽、オッフェンバックの「天国と地獄」がゆぅーっくーり弾かれてゾウののそのそあるく感じを表したり、「化石」では、「きらきら星」や「月の光」(フランス民謡)の断片がきこえたり、「ピアニスト」では音階練習をするへたくそなピアニストが檻のなかにいたりと、(へたくそなピアニストでなくてよかった。ピアノはひけないのでした。そのかわりへたくそな打楽器とか、へたくそなクラリネットとか、可能性はアリ。)なかなかユニークです。また、チェロで演奏される有名な「白鳥」をはじめ、コントラバス、フルート、木琴(シロフォン)など、いろいろな楽器が活躍するききどころも多い楽しい曲です。
◆シューベルト/交響曲第9番 ハ長調 「グレート」 D944
シューベルトは、歌曲の作曲家、という部分が多い作曲家といっていいづしょう。「冬の旅」とか、有名ですね。ただ、そのほかにもいろいろの作品を残していて、歌曲が評価されるだけあって、歌にあふれた魅力的な作品がおおいです。
交響曲は、8つ、書かれていて、じゃあなんで第9番なの?っていう疑問も当然わくのですが、これがよーわからんハナシで、この、第9番、「第8番」といわれることもあり、中には「第8番(第9番)」みたいな表記まである。じつは第7番、が、ちょっと、ナイ、んだか、未完なんだかで、それをカウントするかどうかってあたりでこうなっているみたい。最近では正式には第8番なんだって説が強いらしい。(書いててワケがわかんねぇ。)
シューベルトの交響曲っていうと、第8番(第7番?)「未完成」っていうのが有名で、非常にロマンティックな美しい曲ですが、どうもワタシにはこの曲はシューベルトのちょっと、異色作、って感じがするので、ひきだしにしまってあったというエピソードは捨てがたいけれども、(ほんとにそうだっけ?)こちらの第9番をあげたいと思います。長い交響曲ですが、充実した内容でシューベルトの代表作といってよいと思います。シューマンはこの曲について、「天国的な長さ」と言ったそうです。たぶんほめているのでせう。
第1楽章 ホルンが朗々と吹く旋律によってはじまる。この旋律に基づく序奏のあと、ずっしりした主部にはいる。寂しげな第2主題もまたヨイ。サスガ歌曲の作曲家だなってかんじ。全体に力強い堂々としたフンイキがただよう。
第2楽章 行進曲風の弦楽器のキザミの上に、オーボエがいくぶんさびしげで、非常に旋律的な歌を奏でる。ちょっとブッキラボウな伴奏の感じがまた寂しさを感じさせる。突然あらわれる強奏とこうたいごうたいにすすんでいく。なんだかしみる楽章。
問1.下線部の「しみる」と同じしみかたにもっとも近いと思われるものを次からえらびなさい。
1)オキシドールが傷口にしみる
2)あーそれにしても疲れたねぇ。おやじぃナマいっちょう!へいおまたせ!うぃ〜かんぱあいくうぅシミルねぇ
3)しずけさや岩にしみいる蝉の声
...ひとりで遊べってですか...。
第3楽章 激しくふるえながら始まるメヌエット、いくつかの「うた」がここでも交代にあらわれる。
第4楽章 ここも叩きつけるように始まる。次々と歌があらわれ、それがうちけされる。吉田秀和氏がなんかこのへんうまいこと書いていたんだけど思いだせないなぁ。おさえてもおさえてもあふれわきでるように歌い上げられる旋律がちょっと切ないほどに感じられる。今書いていて思ったんだけど、ひょっとしてこれもベートーヴェンをどこか意識していたのかなぁ。
シューベルトはこの曲を書いて、「これからは交響曲にチカラを入れる」と言っていたそうですが、三十何歳だかで死んでしまいました。これだけの傑作をきくと、せめてこのあともうすこし生きて、書いてくれたら、なんて、思ってしまいます。
◆ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47
ショスタコーヴィチはソ連時代の作曲家で(1975年没)20世紀を代表する作曲家のひとりです。
彼の作品にはどこかいつもソ連時代の影がさしているといわれていて、この曲も、「革命」なぞという副題がよくつけられています。し、第4楽章のハデな終わり方も、「強制された歓喜」なぞといわれたりしています。(興味のあるかたは岩波文庫「ショスタコーヴィチの証言」をご参照下さい。←読んでないヤツが言うな!!)
このよーに様々なことが言われていますが、そういうことをイッサイ忘れて、純粋に音楽として聴くのが作品にとっても聴く人にとってもシワワセなんじゃないかなって思います。
第1楽章 れしーっ!て始まる。(しはフラット。)この、れしー!っていうのがこの曲ではダイジな要素をはたしている。んだけどまあいいや。ちょっとが静かになると主題が出てくる。とっても静かでキレイな主題。なんか主題に名前が(ハムレット、とかそんなの。)ついてたけど忘れました。ハイ。しばらくのあいだ独特の音階による静かに美しくかなしげな部分が続く、が、低音弦やピアノの地響きのような動きに導かれて最初の主題が荒々しく提示され、テンポも速くなって激しいクライマックスを迎える。トランペットで吹かれる調子っぱずれの主題。など、ここはモノスゴくエキサイティング!崩壊するようにおちついて、ふたたび静かになり、瞑想するようにおわる。
第2楽章 低音の弦楽器による力強い動きで始まる。ベートーヴェンの第5交響曲のスケルツォ中間部を、「象が群れて踊っているよう」といったひとがいるけれども、ここもそんなフンイキ。小クラリネット(エス・クラリネット)が加わって、ショスタコーヴィッチの本領発揮ってカンジのアイロニック(アイロンぽいというイミではない。)な雰囲気が作り出される。ホルンが朗々と吹いたり、ヴァイオリンの不安定な感じのソロがあったりと、雑然としたかんじのスケルツォ。
第3楽章 祈るような響きで始まるゆっくりしたしかし美しい楽章。途中1度だけもりあがるが最初から最後まで悲劇的な雰囲気がつきまとう。
第4楽章 わきあがるように始まり、ティンパニのキザミの上にかっくいー主題が現れる。ややテンポを速くして、絶えず前進するリズムで音楽は緊張感をもって進んで行く。トランペットで吹き鳴らされる第2主題、は、難所で、いままでぜいぜいがんばってきたのにここでこれかよぉ!といいつつ「ぷへ!」ということが、プロでもときどきある。あるいはここで「やったぜ!」といいつつ油断して直後に「ぷへ!」ということもある。成功するとかっちょヨイのだが。第1楽章の主題が激しくあらわれ、大音響のクライマックスのあと、静かな中間部に入る。ここは第1楽章のゆったりした部分を思わせる瞑想的な部分。そのあと、この楽章の最初の主題がゆっくりあらわれ、最後は「強制された歓喜」の部分。ティンパニの連打のうえに金管楽器が華やかげに吹き鳴らして終わる。
この第4楽章は吹奏楽コンクールの人気曲でもあり、よくききますね。かなりの難曲だと思いますが。
◆シベリウス/交響曲第1番 ホ短調 作品39
この曲も「おきにいりクラシック」の方で書いているので詳しくは書きません。
シベリウス入門と言うとどうも小品のほうにかたむきがちですね。フィンランディアとかカレリア組曲とか...。交響曲だとだいたい交響曲第2番がまっさきに挙げられますし。(しかしこれはちょっと人によっては「長すぎる」かもしれない。)しかし、シベリウスの交響曲の中で最も親しみやすいのはこの第1番のように思います。チャイコフスキーの「悲愴交響曲」の影響を受けている、といわれています(ワタシにはよくわかんないんですけどね。)そのようにいわれるだけあって作品は非常にロマンティックかつ劇的な要素を持っていて、ききやすいです。シベリウスの若い情熱みたいなものを感じたりすることも可能ではないでしょうか。シベリウスの作品は次第にこれから幽玄ちゅーか、透明な世界にはいっていくのですが、まだここにはなにか暖かい色彩を感じることが、でしる、じゃなかった、できる。(←直せよ。)
もうひとつシベリウスの交響曲でわかりやすいのは、第6番です。シベリウスの特徴である透明な響きを最も顕著に表しながら、その美しさにココロが洗われるように思われる、という点で、オススメです。
...なんかワタシらしくない文章になっちゃった気がスコシ......(^_^;)
◆シベリウス/交響詩「フィンランディア」
中学校の授業、ワタシをクラシックに導いた「モルダウ」と一緒に聞いた曲です。その頃はなんてクライ曲なのだ!と思ったが。
シベリウスの初期の作品です。曲は重苦しいフンイキに始まり、やがて銭湯を(誤字)戦闘を思わせる激しい場面へと続きます。後半では祖国愛をうたいあげた美しい旋律が聴かれます。(なんという教科書的な説明!)
この曲、を、昨年、吹奏楽版でコンサートでとりあげました。ティンパニ死ぬわコレ。っていうかワタシがやりすぎ?あ。でもイッパイイッパイになってぶっ叩きまくって「あ゛ぁ〜っもうだめ゛だぁ〜っ!!!」(←ここ打つの苦労した。)って思いつつ「ふ」と指揮者を見たら、「もっと出せ!!!」の合図が出ていた。「オニっ!!」
...こんなに苦労したのに「ティンパニがたえずものをいい」なぞとアンケイトに書いてくれたお客サンは皆無であった。カナシイ。っていうか?
◆R・シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
長いし覚えにくい題名ですな。リヒャルト・シュトラウスには楽劇や交響詩などなど、たくさんの作品があり、近代を代表する大看板(ってなんか似合わない)の作曲家です。交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭も映画などにつかわれて有名、ですがこの曲このあとが難解。
この、「ティル」は、同名の、小説、だか、戯曲だか、なんかちょっと忘れちゃったけどそれを下敷きにした作品です。「昔々あるところにぃ」って旋律で始まる、主人公の「ティル・オイレンシュピーゲル」がまきおこす様々な騒動、を描いた曲で、まあ最後は彼は絞首刑になってしまうのですが、全体には楽しい雰囲気を持っています。(最後の絞首刑の場面ですらどことなくユーモラスですらある。「きゅっきゅきゅー」っと首がしまってく、ってあたり、ブラックといえばブラックかも。)R・シュトラウスの曲の中でも短めで、たいへん親しみやすいフンイキをもっていると言って良いでしょう。
R・シュトラウスの作品は、時代のわりには旋律的な部分が多いと思います。交響詩「英雄の生涯」なども、長いけれども色彩的、変化に富んでいるなど面白い。初心者にもわりあいすんなり聴けると思います。
◆外山雄三/ラプソディ
...ちょっと反則かの。
イキナリこういう曲を、「クラシック」として聴くのはいかがなものか...。とは思いますが、いちどきいてみてほしい。なかなかのトンデモ音楽です。
外山雄三(敬称略)は、指揮者を努めるかたわら(?)作曲活動をしています。作品はわりあい日本的な色彩を持った作品が多く(そんなにいくつもきいたわけではないけど)、この曲も、日本の民謡を思いっきり取り入れたものです。わりあい人気曲で、NHK交響楽団の海外公演のアンコールの定番になっているほどです。
曲は、多勢でいっせいに叩く拍子木の音に始まり、静まると、「あんたがたどこさ」の旋律がはじまります。これに「炭坑節」「ソーラン節」などが重なってにぎやかな。どこのお座敷じゃろ、ってフンイキになります。静まって、フルートで吹かれる旋律は、なんだっけ。なんとか追分とかそんなん。りんご追分じゃないことは確かだ。かぜぇ〜にぃ〜♪(だからチガウって!)それが終わると、拍子木の音に導かれて、八木節。和太鼓やらちゃんちきが入ってオオバカサワギ。大盛り上がりです。NHK交響楽団の海外公演、なんかだと「これが日本の祭じゃ聞いてみちゃらせ!!」(←どこの言葉か?)ってカンジです。このオオサワギのまま終わります。ブッ飛んでる。非常に「ブラボー」の出しやすそうな曲ですな。ブラボー野郎のミナサンはこういう曲のときにせいぜいがんばってくれたまい。
◆チャイコフスキー/交響曲 第6番 ロ短調 「悲愴」 作品74
チャイコフスキーは、7曲かな?交響曲を書いてるんですね。ちがったかな?そうですよね(誰に聞いているのか?)どの交響曲も魅力的なものですが、「後期三大交響曲」といわれる第4番〜6番がやはり親しまれています。(でも第1番もヨイ。聴くように。)
この、交響曲第6番はチャイコフスキーの最晩年の作品です。題名の「悲愴」は、おとうとのモデストくんがつけてくれました。なんかでも、ニホンゴの、「悲愴」とは、ちょっと意味合いが違うんだそうです。なんか「感情の激しい動き」みたいなもんも含む、らしい。ようだ。そうだ。京都いこ。←(どこなりと行ってしまえ!)
第1楽章はコントラバスの低音の上にファゴットが旋律を吹く、という、ダイブ地味な始まり方です。序奏が途切れると、ヴァイオリンによる悲痛な第1主題が出ます。このあたりはたいへん美しい旋律がつぎつぎあらわれてチャイコフスキーの面目躍如、ってかんじでしょうね。下降する第2主題(CMで使われたりしたかも。)も、とろけるよーなうつくしさ、って油断していると、突然トゥッティ(総奏)による展開部が始まります。びっくりしてイスから転げ落ちたりバナナをハナに突き刺したりしないように。ここは非常にドラマティックです。クライマックスは手放しで号泣するような響き。この部分が終わると、第2主題を主として、美しくまどろむよーに終わって行きます。さっきのあれは何だったんだ?って。
第2楽章は5拍子のワルツ(5拍子なのにワルツか?)。ロシア人つーのはこの「5拍子」にわりあい抵抗がないんだそうです。チャイコフスキーのたとえば有名な「アンダンテ・カンタービレ」にも5拍子が出てきますし。えー5拍子ぃ?ムツカシイんじゃないの?というシンパイはまったくなく、美しい旋律が展開されます。
だい3楽章は今度は行進曲。弦のキザミにのって現れるシンプルな主題に基づいて展開されます。後半は金管楽器やティンパニなどでたいへんなもりあがりをみせる。このへんあるいは、トンデモ指揮者のウデの見せどころってカンジか。
第4楽章は一転して非常に暗い楽章。アダージョ(ゆっくり)、というテンポ指定(最近アンダンテ、という説が出てきて、楽譜通りだともっと速いんだけど、そんなテンポでやってる人は知ってる限り、ナイ。)のとおり、交響曲のハデなフィナーレを期待すると「な、ナニ、これは」ってなる。終始哀しげな表情のまま(まあ途中すこしうすあかりがさすような部分もあるけれど)、始まったときと同じようにコントラバスの引き伸ばされる音で終わる。
この曲を書いてすぐ(初演してすぐだっけ?どっちだったか)チャイコフスキーはコレラで死んじゃった。といわれていますが、ジツはこのへんは微妙にナゾに包まれているのであった。この、死を暗示するような作品とあいまってナゾはナゾをよぶので、あったりして。
◆チャイコフスキー/序曲「1812年」 作品49
チャイコフスキーが残したトンデモ音楽。フランスとロシアの戦闘を描いている。って。戦いのファンファーレが出てきて、みたいなカンジで進んでいく。途中ですこしゆっくり落ち着いて木管楽器で出てくる主題なんかがヤスラギを感じさせるとはいえ。
途中まではべつにそうでもない。この曲の「トンデモ」度は、最後に発揮されるのです。ロシアの勝利!祝いの鐘が打ち鳴らされ、祝砲がとどろきわたる。いいんだけどね。ほんとーに鐘がなって、大砲が打ち鳴らされるの。マジなの。昔はここでレコードの針がとんじゃったり、「スピーカーが破損するおそれがありますのでご注意下さい」なんていわれたりしたの。(これはCDにも書いてあるか。)オオサワギですわ。スゴイ演奏になると鐘も「かんかん」って感じじゃなくて「ぐゎらんぐゎらん!」って鳴って、大砲が「ずばぁゎん!」って鳴る。ムチャクチャ。
自衛隊音楽隊などで屋外で演奏する時はマジで空砲を鳴らすそうです。なかなか合わせにくいそうです。そりゃそうだろうなぁ?っていうかさ、知らないヒトはビビルだろう。死ぬかも?