The Legend

パーソナリティー: 佐藤博、 ゲスト: ペッカー


■□□ 第24回目(3月17日)の放送内容 □□■

 ゲストは「日本を代表する世界のパーカッショニスト。しゃべらせたらもっと上手い(佐藤さん談)」ペッカーさんです。

 佐藤  「君とこうやってしゃべるとは、思わなかったなあ」
 ペッカー「いやいや、恥ずかしがってる佐藤さんを見るのは久しぶりですねえ。」
 佐藤  「なんじゃそりゃ」(笑)
 2人  「(笑)」

お二人は古くからの友人で、よくお互い家に遊びに行き来する間柄。 ちなみにペッカーさんは料理がうまいそうですよ。タイ料理も鰹のたたき(高知出身。本場。)も。

 そして早速、お二人の出会いについて。 多分76年頃、だそうです。 佐藤さんのアルバム「TIME」を作っている頃
ペッカーさんが初めて佐藤さんちへ遊びに行ったとき、「スーパーマーケット」を聞かせてもらい、 それから色々話をして…「今レコーディングしてるけど、遊びに来ない?」と。 …それが、ペッカーさんのレコーディングデビューなのだそうですよ。
で、お馴染み「TIME」より、セッションの「ジョイント」を。

 聞きながら「懐かしい〜」なんて。ペッカーさん曰く「右と左の2つ、コンガがあるんですけど、 それをあわせても3万円にならないって言う安いコンガ(笑)」でも「いい音に録れてますね。」って。 「まいったなあ、叩き手がいいんだなあ(笑)」とまで。(笑)
 その先も、レコーディングに呼んでおきながら、佐藤さんは本番まで一度も、 ペッカーさんのプレイを聞いたことがなかった話、とか、面白かったです。


 さて。 佐藤さんがライブをやり始めて、ペッカーさんにもメンバーとして参加してもらったバンド…"HI TIMES"。 メンバーが青山純さん、伊藤広規さん、鳥山雄司さん。
このとき、佐藤さんはサンバ系・ブラジル系が好きだったそうで、 ラテン系の好きだったペッカーさんは「ああ、こういうノリもあるんだと勉強になった。」と。 当時、皆でパーカッションのアルバム等を四六時中聞いてたりして
 ペッカー「…あれ、うるさかったでしょうね。近所。」
 佐藤  「いや、何回かね、怒鳴られた…(笑)。 「何時だと思ってるんだっっ!」って。(爆笑)」

そんな中で当時の思い出話があれこれ。  その頃、ペッカーさんは、スタジオミュージシャンとしての仕事はあまりなく(^ ^;;)、 午後4時半くらいに吉祥寺に現れて集まっちゃ、佐藤さんちの近くの焼鳥屋に行って、食べて飲んで、 それから佐藤さんちで音楽の話をしたり曲を聴いたりしてたそうで。  で、夜中になると…大貧民ゲーム。朝までトランプ。 ペッカーさん曰く「まともでしたねえ(笑)」。

 それに、井の頭公園で、パーカッション持っていっては演奏。「あれ、気持ちよかったですよね。 池の側でぱかぱか叩くのが。」って。 で、それを目撃してたのが(先週のゲスト)角松敏生さん。

 そしてここで1曲。 佐藤さん3枚目のアルバム「オリエント」より、「カリンバ・ナイト」


 続いて、ペッカーさんのアルバムの話
80年にウェイラーズと一緒に作ったそうです。 ボブ・マーレーとウェイラーズが来日中、接触したら作ることが出来たとか。 片面はウェイラーズのベーシストのバレット、 もう片面はロビー・シェイクスピアがプロデュースという豪華メンバー。

当時のジャマイカは、政情不安だったそうです。が、 ボブ・マーレーはステージで対立候補同士握手させたりするなどあって、 政治にも音楽が影響してるみたいな所があったと。 なので、レコーディングスタジオに誰が入ってくるか分からない。
 その中で、プロデューサー達は平気で入ってこれる。 で、24チャンネルのマルチテープを抱えて入ってきて、 レコーディングメンバーが食事中などのスタジオを使っていない時間に、 勝手に自分のマルチテープを動かして、「お前が日本から来たパーカッショニストか? 俺はプロデューサーのこういうものだ。 俺の曲に入れてやるから叩け」 ……と、ただで曲を仕上げるプロデューサーがいっぱい居るとか(笑)。
「それで、自分のビル建ててる奴、いっぱいいるんだもん。」


 そして、ペッカーさんのサルサバンド「オルケスタ・デル・ソル」について
78年結成。「その頃から残ってるバンドは、サザンオールスターズとオルケスタ・デル・ソルとジェイウォーク。 2つとも売れてて、僕ら売れてない(笑)。」
 早速デルソルのファーストアルバムから、「エル・ア・モーレス・ファタール(宿命の女)」を。
その曲のコンガを叩いてるのは、キューバ人のタタギーネスという方で、 別のイベント関係で来日してたのを、声をかけて参加してもらったそうです。 ペッカーさん曰く「ジャマイカのやり方を、私がやったっていう…(笑)」
ちなみにこのタタギーネス氏、キューバでは大物なのだそうですが、 デルソルのことを「ミ・オルケスタ」といって気に入っててくれてるそうですよ。

 それとデルソルのもう一曲。「レインボー・ラブ」という曲を。日本初のラテン曲。

 ペッカー「これは、その、デルソルが78年に出来て、で、僕はレゲエのアルバム作りに80年にジャマイカ行って、 で、帰ってきてサルサのアルバムを作ったんですよ。…お前は何だ??  自分のアルバムはレゲエで作って…
 佐藤  「変わり身の速さ(笑)」
 ペッカー「…グループ作ったやつはサルサやってる(笑)。
        ま、レゲエもサルサも僕の中では同じ…背筋がぞくっとするやつが、たまたまレゲエとサルサだったんで…。」


 で、「House of The Legend」コーナー。
 ペッカーさんが、「こういう曲を聴きながら、お喋りしてもいいかなと思って…」と、 持ってきた曲を。
 高知からでてきたペッカーさん。東京に出てくるとよくあったのがジャズ喫茶。 いい音のスピーカーを持ってる店もあって、当時裕福でなかったペッカーさん達は、こういうところでもレコードをよく聴いてたと。
 パーカッションをはじめた当時の思い出話を話しつつ、 そうしていつの間にか、ジョン・レノンの話へ…ペッカーさんの持ってきたレコードは、「イマジン」

 ペッカー「そうかあ、ジョン・ノレン…まいったなあ
       ……えー、ラジオをお聞きの皆様、誰にも行っちゃだめです…オヤジギャグです(笑)」
 佐藤  「今時誰も言わないっていう…。(笑)」
 ペッカー「イマジンを「暇人」とか言うんでしょ(笑)。」
 佐藤  「言わない。さすがに。(爆笑)」

 (ごめんなさい。思いっきり言ってしまいました。>ペッカーさん。
  ラジオレポなら、やっぱりこういう笑えるの書かなきゃっていう…(言い訳)。
  でも聞きながら思わず笑ってしまいました(笑)。 この番組自体、今までオヤジギャグ何度も何度もでてきましたけど(爆)、素がでてるのが面白くて。)



 その後、話はいきなり飛んで、佐藤さんとペッカーさんとの最近の共演
デルソルがガンバ大阪のオフィシャルソングを作った関係で、サッカー観戦にのめり込んだペッカーさん。  その後ワールドカップ(フランス)の日本オフィシャルソングを作る話が来た時… デルソルだけではラテンの域を出ないと言うことで、佐藤さん一緒にやってみようとなったそうです。
 この曲を聴きながら、年末〜正月に曲を作った当時の話で盛り上がります。

 しかも、この曲の佐藤さんボーカルデモテープバージョン(でも本気の制作)も残ってると言うことで、 聞くことが出来ました。本邦初公開。


 最後には、ペッカーさんの今後の予定
原宿クロコダイルで、月1でデルソルのライブ。3月も月末に開催。  「笑いたい人もぜひどうぞ」と。
それと、夏頃からミーシャのツアーに参加予定、だそうです。 青山・広規・ペッカーという、HI TIMESのリズム隊が揃うとか。
さらに、デルソルのアルバム制作。7月に発売予定だそうです。 が、「レコーディングが、6月いっぱいに入ればよい。」そうで、笑ってました。

 で、最後の曲になったのは、70年代くらいの、キューバのロス・パピネスによる「ミ・キント」 (キント…コンガのひとつ)でした。
 佐藤さん曰く「これぞ、"The Legend"っていう、ふさわしいね。ペッカーと出会った頃に聞いてた音楽って、 この系統だよね。」って。 ペッカーさんも「打楽器だけってのも、メロディがいっぱいありますね。」って。

 でも、最後に佐藤さん「このキントに、ドキンときちゃって…(笑)」…ギャグがでてました…。  笑って佐藤さん、上手く番組をしめられず… ペッカーさんに「佐藤さんの「The legend」にお招きに預かりました、私、ペッカーが…」と閉めてもらったのでした(笑)。


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