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いままでの

おかしの(な)話。-- 日々からの抜粋 --

 平成十七年二月はじめごろ
「こんどは、ここあのどら焼です」

 ようやく、利久のどら焼の美味しさが浸透してきたようで(笑)、うれしい毎日です。
 どら焼の粒あんは、とても気に入っているので(自信もあるし)、あんを変えるだけのどら焼ならば誰でもできるので、うちでは季節ごとにアレンジした生地(皮)で創作のどら焼を作っていきたいと思います。
 二月からは、「ここあのどら焼」が始まりました。 試作の末、やっぱり美味しいココアを使わないとダメという結論に達し、バンホーテンのココアを使うことにしました。
 コストが高くなってしまいましたが(笑)。

 ココアが入っているので、このままでチョコレートがわりにバレンタインに良いと思ったのですが、
 「いつものとおりハートの形でないとダメ」との声が多く。
 「恋するどら焼/ハートの形 ここあの味」ということになりました。
 
 生地にはたっぷりバンホーテンのココアを、表面には炒ったアーモンドのスライスをあしらってみました。
 どうぞヨロシク<(_ _)>"

 平成十六年十一月はじめごろ
「どら焼に季節感はあるのか?」

 「秋の特製・黒糖栗とら焼」が、ここのところ売れている。
 昨年はさほどでもなかったのだが、今年はちゃんとした帯を作って包装を一新、それだけの理由ではないのだろう。配合も変えたし確実に美味しくなっている。POPも写真入り(笑)
                  
 さて、どら焼に季節感はあるのだろうか?
 ないだろう。
 しかし、これはアレンジのされていない、オーソドックスなモノのにかぎってのことだ。
 どら焼きの由来は別の日に送るとして、和菓子にしては珍しく行事に関係のない菓子である。
 どら焼は、利久では数少ない年間商品である(あとは、最中と焼き菓子くらいか)。朝生菓子としては唯一で、鹿の子も上用饅頭も道明寺も季節によるバリエーションをもっている。
 
 ところで、今店に出ている「黒糖栗とら焼」は、「秋の特製」となっているので秋のお菓子なのである。
 一応店名に「季節の和菓子」とうたっているので、秋と言ったら秋のお菓子で、いつまでも売るわけにはいかない。ところが、そろそろ立冬だというのに、この「秋の特製・黒糖栗とら焼」が売れているのであります。
 春には「抹茶のどら焼」、夏には「高円寺阿波おどり焼」(笑)があるので、冬のを考えないといけない。
 
追記
 今日作った分の帯は「特製・黒糖栗とら焼」に直しました。スイマセン今月いっぱい売らせてください。<(_ _)>


平成十六年七月はじめごろ
「高円寺銘菓を作る(笑)」

 ウチの店は、東京の高円寺にあります。高円寺というと全国的には、ねじめ正一氏の「高円寺純情商店街」が有名なのではないでしょうか。
 東京近郊の方には、阿波おどりで知られているのではないかと思います(徳島の方にはゴメンナサイ)。 実は私も参加していて、ムズムズ来ているのです。(そろそろ)

 (ずいぶん前の日記より)
 今日の理事会(注:毎月ある商店街の集まり)に、区役所の人が来ていて、商店街の活性化についてのプリントを配っていった。なかに提案として「地元の銘菓」とあったが、どうなのだろう。
 特に名産や、観光地があるわけでなし、
 そうだ、高円寺というお寺に、徳川家から頂いたお茶の木があるそうなので、美味しい抹茶餡を包んだ上用饅頭なんかどうだろう? うーん。弱いな

 とうぜん、そのままである。
 ところが最近になって、仲間と飲みながら話していて、そんな話になった。
 「阿波おどりのお菓子作ったら」
 「踊っているカッコのお饅頭なんてどぉ」
 「夏だけでも良いじゃない」
 「丸いの二つに折って、女踊りの笠になるじゃん」
 ちょっと、作る気になってきた。

 見た目が阿波おどりらしい、シンプルな組み合わせ、夏なのでさっぱりとして美味しいモノ、とうことで考えてみる。
 一応、上記の意見を参考に、どら焼風の皮を二つ折りにして笠を表すことにして・・・ 
 
 後戻りができないよう、かっぱ橋に焼き印を注文することにした。

                       

 中の餡がまとまらず、白ごまを練り込んだり、ミルク味にしたりと、美味しいのだが夏のお菓子にしてはボリュームがありすぎで、却下。
 餡を考えていると、どんどんどら焼きに近づいていき、、改めてどら焼のバランスの良さに感心したりして、
 ついには良い餡がなかったら、変形のどら焼にして求肥を挟もうなどと考えつつ、日々を過ごしておりました。
 初めに思った、お抹茶の餡を思い出し、ちょっと濃いめの抹茶餡に求肥を挟むことに、

           

 「高円寺銘菓」というよりも、「高円寺みやげ」の感じ。で、踊りの時のかけ声のシールを貼って出来上がり。 (別のかけ声のバージョンもあるのです)

 名付けて、「高円寺阿波おどり焼」、いかがなものでしょう? (税込、140円)
             ☆すいません、卵と小麦粉の高騰の為、150円で<(_ _)>

        

 近くにお立ち寄りの節は、是非お買い求めのほどを、<(_ _)>


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平成十六年九月はじめごろ
「高円寺阿波おどり焼きを作ってみて)」

 おかげさまで、思ったより売れたのです。
 しかし、阿波おどりの準備で忙しいときで、作っている暇がない。嬉しいやら哀しいやらでございました。

   
平成十六年六月おわりごろ
「もの真似」

 表紙の下の方にも書いた、
 「そっくり物まねができようになってこそ、初めて作りたいものが作れるようになると思っているのです。」
 
 毎月の和菓子の研究会で、若手の作ってくる上生菓子にアドバイスをすることがある。経験の浅い人は、作りたいモノに実力が追い付いてこないので荒い感じの作品になってしまう。「もっと真似をしなさい」と言うのだが、どうしても怪訝そうな顔をされる。真似ではなくて、自分のモノを作りたいのだと顔に書いてある。そんなことは分かっている。
 少し時間が経つと、行き詰まる。思った通りに作れない。そんなに自分の作りたい図案があるわけではない。だからこそ真似をして欲しい。真似をするのだって大変なのだ。
 世の中には数え切れないほど良いお菓子がある、どんどん真似してみる。同じに作れるようになったらめっけモノ、後は何でも作れるのだ。

 ラジオでドリカムの吉田美和さんが、「好きな歌は百万回聴いて、百万回真似して歌う、そうするとようやく自分のモノになって個性が出てくる。でも、まだまだ歌が上手くなりたい、」と言っていた。
 まあ、百万回はオーバーだろうが、たしかに真似をし続けると自分のモノになるのです。
 
 きっと、和菓子だけの話ではないのだろう。

 さて、次は何を真似ようか。
 

平成十六年四月はじめごろ
「利休では・・・」

 「rikyuu」と入力すると、たいがいは「利休」または「離宮」と変換される。
 Googleで検索をかけてみたところ。「利休」で45,100件、「離宮」で46,700件、「利久」は14,600件ヒットした。(「利久」のぺージでウチが三番目にあったのには驚いたが(笑)。
 これではATOKさんでも最初から登録してもらえないのだろうな。
 
 手書きの場合だと、領収書などをもらうときに「利休」と書かれることがあったのだが、郵便物などではほとんど「久」と書かれてあったような気がする。(久しいという漢字を説明するのに、けっこう苦労したのを思い出した・・・普段使わないですからね)
 ワープロが使われ始めたころから、店名を「利休」と書かれることが多くなった。特にダイレクトメールは「休」となっている(電子メールでもそうである)。
 そのころはダイレクトメールでないモノも、「休」だったときは、気分を害して返事を出さなかったりしていたっけ。 認知度が低いのが悔しかったのもある。
 最近は、「休(やすむ)でなくて久しい(ひさしい)の「利久」なんですよ。」と優しく返事をだすようにしている。<(_ _)>
 
 さて、どうしてこんなコトを書いているのかというと、先日、自宅のポストに入っていた「東京インデックス」という冊子で、「利休」になっていたからであります。角川書店で発行となってたのもありますが、ちゃんと本の形になっているモノだったので、とても残念な気がしたのです。(電話をしておけば、次回から直してくれるのだろうか)
 
 そこで「利久」の由来を少し。
 戦前、祖父が職長をしていた、安藤坂の「紅屋(紅谷?)」を上がって、自分の店を持つときに上の方に付けてもらったと聞いています。商売をするならと「休」でなく「久」としたそうです。
 それ以前には「利久」という書き方はなかったのか?
 どなたか、ご存じな方はおられないだろうか。
 
 脇道にそれるが、茶色い「利久まんじゅう」の「利久」は、
 
 「利久饅頭」は山口県の宇部の名物で古くから名のある製品。
 宇部は昭和になって発展した振興工業都市であるが、この饅頭は古来「琉球饅頭」として伝えられていた。ところが何時の間にか「利久饅頭」と変えられたのである。「琉球」といわれた理由は、この菓子が黒砂糖を使用し、異国的な製品であるためだった。
 山口県は古く戦国時代の後期に大内氏が統一し、外国との交渉が盛んだったので異国的なものが後世まで残っている。その名残のひとつがこの菓子で、黒砂糖と炭酸を加えたフカシ皮、直径一寸五分の平たい丸形だったといわれている。「利久」は音が「琉球」に似ている上に、千利休にも通じるということで改名された。 
   <「お菓子の歴史」守安正 より>
 
 とのことである。
 


平成十六年三月なかごろ
「桜葉の塩漬け」

 先日、「TVチャンピオン」で全国和菓子職人選手権が放送されていた。何度か参加の依頼もあった(昔のことです)のもあって、気にはなっている。
 今回も、研究会の後輩(巨漢の増田君)が出ていたので、自分だったらどうするかなどと考えながら見ていた。
 
 「自分だったら」、そう考えていないといけないですよね。
 きのうもラジオで、和菓子屋さんから中継があって、「桜餅の葉っぱはどこで採れるのですか?」との問いに、詰まっていたのを聞き、「自分だったら」やはり、伊豆あたりで採れて、醗酵させてあの香りが出るくらいしか思い浮かばなった。
 さて、確か前に調べたような気がしたのだが、忘れているのなら意味がない。
 PC内で検索かけたら、すでにテキスト化したモノがあった(覚えていない(笑)。製菓学校の会報から、転載させていただく。

 静岡県賀茂郡松崎町、伊豆半島西海岸の南端に位置する港町で伊豆鰹節の本場として知られた町である。そしてもう一つの特産品が、その鰹節生産には欠かせない薪に使用されている、燻した香りの良い大島桜。現在、和菓子や日本料理の材料として使用されている、生や塩漬けになった桜葉は、そのほとんどがこの伊豆半島の大島桜の若葉である。中でもここ松崎町のものは、三億枚を越すという年間総需要量の約八〇%を占める。
 享保二年、江戸向島長命寺の寺男山本新六が隅田川の土堤の桜葉を集め塩漬けしたもので餡餅を包み門前で売り始めたことで有名な桜餅。関東ではこの焼き皮製が主流だが関西では道明寺製、甲府の方に於いては上新粉製の餅、との違いがある桜餅だが、今や包む葉は全国的にこの松崎町の桜葉。
 伊豆半島で桜葉漬けが始まったのは明治の末期、神奈川県小田原の漬け物業者からの依頼で、付近の炭山から集められた大島桜の葉がその場で漬けられた。特に炭生産の盛んになった松崎町が、桜葉塩漬けの中心にもなり、昭和一〇年頃には「東京桜葉塩漬け」として九州地方まで販路が広がった。
 松崎町が日本一の桜葉の町になる始まりである。因みに、そのきっかけを与えた神奈川県小田原は、桜花の塩漬け生産日本一で、全国生産の九九%を占める。
 塩漬けされる桜花は「閑山」や「普賢象」という園芸品種の八重桜。花びらは二〇〜四五枚程で鮮やかな濃いピンク色の大輪を咲かせるが、八重咲きのところで採取される。積むのが遅いと、塩をまぶす時に花びらが取れてしまい、早すぎると湯の中で花が開かないという、開花時期が遅く四月中旬頃から摘み取りが始まる。
 園芸品種の「閑山」等に対して、葉を採取される「大島桜」は野生種。昔はその桜葉は山葉といわれ、自然に生えている山の葉を採って塩漬けされた。野性味の強いこの葉は、桜葉特有の芳香成分クマリンの含有量が他の桜よりも多く、菓子や料理を一層引き立てる。
 天然の山葉は発酵も良く、切り株から生えた の四〜五年経ったもので、五月にひらいた葉の塩漬けは色も香りも最高だったとか。残念ながら今はすべて栽培になってしまったが、本来の香りや漬け状態に一〇年ほどの研究を必要としたという。
 <桜葉の塩漬け>
1. 六〜七月にかけて、幅七〜九センチ、長さ十五センチ位のものが採取される。
2. 表を内側にして軽くタテに折り、五十枚ずつカヤの茎で束ねられる。
3. 木樽にそれを輪状に積み重ねて詰める。
4. 濃度十八〜二十%の塩水で漬け密閉し、出荷の時期まで放置する。葉は一週間ほど発酵したのち、伊豆の気候変化のもとで春までゆっくり熟成される。
5. 出荷の時期に選別し、一斗缶に詰めて出荷される。
 塩が甘いと水が腐り、色と香りが損なわれる。逆に強すぎると香りが出ない。塩水が減って葉が空気に触れたままになると褐色に変色し、お盆すぎの葉は青みや気泡が残りやすい。木樽も葉も生きているので一時も気を抜けないという。
 良い塩漬け桜葉の条件は、
1. 芳香が良い。
2. べっこう色
3. 餅に巻いてからも、しっとりとした光沢を失わない。
4. 適度な硬さと弾力があり、餅にへばり付かない。
5. 漬けムラ、青み、気泡が残らない。
などがあげられる。

 いかがだろうか・・・ 調べただけでも良しとさせていただきたい。<(_ _)>



平成十六年三月のはじめ
「ラジオで」

 以前から、お店で「きょう文化放送の方がいらっしゃった」と言われることがあった。すると翌日の文化放送ラジオショッピングは、必ず「お茶」。 
 もしかして、お茶の試飲のときに出てくるのはウチの和菓子なのか? ずーっと思っていたのである。 でも確証がない。
 お茶を売るのが本筋のラジオショッピング、「利久さんのお菓子です」などと言うわけもない。(笑)

 しかし昨年末、文化放送「吉田照美のやる気まんまん」でで現金五万円当たった。当選の電話が放送中にかかってきて話をする機会を得た。
「私たち、お宅のおかし食べたことあるわよねぇ」
「はぁ、たぶんラジオショッピングの時に食べて頂いていると思います。」
「あぁやっぱり、柚子の道明寺なんか美味しかったわぁ」
 後は、緊張していて良く覚えていない <(_ _)>"
 これで、ウチのお菓子を放送中に食べていたことがわかった。なんだか嬉しい。でも、どこまで宣伝になっているのだろう(欲張り!)
 その後、本当に現金が送られて来て、お礼のお菓子を送ったりした。当たったと張り紙をせよとのことで、一ヶ月ばかり張り紙がウインドに貼ってあった。
 二月の初め頃、文化放送の方が買いに来られて、翌日、放送中にお茶を飲みながら
「これは、高円寺の利久さんの桜餅ですね。行いが良いからこの前五万円当たったんですよ」
などといって頂き。またなんだか嬉しい。
 でも、そのことでお客さんが増えたようには思えない。
 そして、きょうも「やぶ北深むし荒茶」のときに、「きんかん餅と桜餅」と、ふれられたが店名までは無理だったな。
 わざわざ買ってくださるのに、差し入れをというのはなんかヘンな気がするのですが、いかがなモノだろう。そのたびに店名を言ってくれるとは思わないし。さて
 
 放送中に、いまウチのお菓子を食べていてくれるんだなと、思うだけでなんだか嬉しいので良しとするか



平成十六年二月のおわりごろ・その三
「ひな祭り」

 お客様に、小さな黒い箱を戴いた。
 家を整理されたときに出た来たモノで、そのままにしておくよりも大切にして欲しいとのことで、持ってきてくださったようだ。
 10cm×5cm×3cmくらいの黒塗りの箱で、手前のフタとの間に少しスキマがある。
 フタにひらがなで「くがんで」、側には「寺円高」「久利」と赤で書いてある。右から書いてあるのはそうとうに古いですよね。
              
 ひな祭りの飾り菓子の道具で、たぶん串に刺した小さな田楽が入るのでしょう。母も見たことがないというし、自分も記憶がない。
 覚えているのは、「鍋焼きうどん」「ざるそば」か、オママゴトに使う小さな道具で盛りざる・そば猪口・つゆ徳利・お盆・土鍋がありそこに煉切などで、そば・うどん・具などを作るのです。
 残っている道具がないかと、ちょっと捜してみたのですが見当たらず、改めてゆっくりと捜してみようと思います。
 数年前までは、くだものと寿司を作っていたのですが、忙しさにかまけて作らなくなってしまいました。(見栄えの良い、飾る物が売られているのもあります)

 そんなこんなで、くだものを作ってみることにした。「ばなな」「りんご」「みかん」「桃」「めろん」。 昔からの製法で、みかんはフサが見えるように皮をむき、桃は薄皮をむいてみた。
 いかがだろうか。
              



平成十六年二月おわりごろ、その二
「ゆであずきの缶詰」

 さっそく買ってきた。
 缶を開けてみて、もっと水煮に近いモノと思っていたのだが違う。砂糖がけっこう入っていて、一晩蜜に漬けた煉りあげる前の粒餡のようだ。
 糖度計で計ってみると約47度、家庭で使うならこのくらいでも良いのではないだろうか。
  (追記、日持ちを考えないなら砂糖は少なくて美味しければそれにこしたことはない 包むことを考えるのならば、加熱して蜜と豆を分け、蜜を焦がさないように煮詰めて、豆を戻し煉りあげれば、そこそこの餡になる気がする。)
 自分は、どら焼きの餡は寒天の入っているモノよりも、軟らかい餡が皮に染みている感じが好きなので、このまま使うかな。
 水煮に近いのなら、これから漉し餡なども作れるのかと思っていたのだが、大豆の水煮とは違ったようだ。
 ホントに美味しい餡をと思うのなら、自分で豆から煮ないといけないのだろうな。
 そのうち、作ろうのページも考えるか?
  (追記、ちなみに西友の自社ブランドのを買ってみた)
 
 さて今日、○○さん(趣味で和菓子を作っている奥様)が仕事場に顔を出されたので聞いてみたのだが、最近は和菓子の材料もほとんど手に入るそうで、小分けで売ってくれる材料屋さんもあるのだそうだ。
 「餡はどうですか?」
 「売っているのも結構美味しいですよ。豆も何でも売っているので自分でも作るし、昔からぼた餅なんか作ったりしたから、けっこう自己流で作れるのよ。」
 「なるほどね」
 「でも、白餡はないのよ。何度かやってみたのだけれど、色が凄くなっちゃうのよ。煉切なんかは家庭では出来ないわね」 
 ほらきた、やっぱりそうだ。餡がネックなんだ。
 でも自分だって白餡は豆からは煮てないぞ?
 「だから、お教室とか、知り合いの和菓子屋さんに分けて貰うしかないの。利久さんの売ってくれれば買うわぁ!」
 墓穴を掘ってしまったようだ。


平成十六年二月おわりごろ
「おうちで、どら焼」 
 
  「でも、簡単だから自分で作ろう/まぜる、焼く、はさむ。3ステップでできる、どら焼き」という「クロワッサン」の特集の広告を朝刊で見つけ、どんなものかと、ちょっと遅くなったが立ち読みしてきた。きっと皮だけなのだろうとは思ったが、案の定、餡は市販のものを使うとのこと、やっぱりね。
 (追記、どら焼きの皮は基本的に三同割(さんどうわり)といって卵・砂糖・小麦粉を同量と、膨張剤を少しの簡単な配合なのです)
 一応、市販の餡に栗をまぜたり工夫はしていたが、どうなのだろう。粒餡とどら餡は違うのだけれど。
 洋菓子は多くの人が家庭で作っているのに(生クリームなども小分けにしたモノが数種スーパーマーケットに置いてある)、和菓子を作ろうとすると餡がネックになるのだろうか。○○などは、豆から煮てまとめて作って冷凍してると言っていたが(漉し餡まで作っていると)、特別だよな。
 ホントは自家製のを売ればいいのだろうが、そうはいかないでしょう。
 そうだ、ゆであずきの缶詰があったな、ちょっと加工して美味しい餡が出来ないだろか? さっそく一缶買ってみよう。


平成十六年二月なかごろ
「バレンタインデーだぞぉ」 
 
 今年も「恋するどら焼」(生地をハートの型で抜いたみた)を作る季節になった。
 毎年何かバレンタインデーにちょっとでもあやかろうと思うのだが、チョコレートなら何でも良いような風潮になっている昨今、和菓子屋が何をせよというのだ。何しろ14日以降は見向きもされない行事に対して、めくらめっぽうに突き進むわけにはいかないのです。やっぱり妙にひねるよりも正攻法でしょ。
 そうして「型で抜いたあまりは、おやつだよなぁ」などと独り言を言いながら、今年もどら焼きの皮をハートの型で抜いているわけです。
 どら焼きは、好きな菓子なので配合的にも自信があります。美味しいと思うのです。さんざん買っては食べ、人に配合を聞いて回ったり、
 <略>
 でも、さほど動かなかったのです。ところが昨年ですか、包装を変えたところパタパタと動き出した。既製の包装なのですが、ちょっと頑張ってみたのです。やっぱり衣装は大切だなぁ、ホントに美味しいと思ってもらうためにも買ってもらわないとならないのですね。
 そして、今年の「恋するどら焼」です。今までだったら、ハートのシールでも貼って誤魔化していたのですが、せっかく良い感じの既製の包装にしたので、それに付けるシールを恋する用にPCで作り貼ることにしました。素人のPC使いにとっては大仕事でしたが、何とか形になりました。いかが、
          
 今年は、土曜なんですね。 さて、どうなるでしょう?

注、動くといっても一人でやっている小さい店、どら焼が売れてビルが建ったりする訳ではありませんからね<(_ _)>"


平成十六年一月おわりごろ
「あたりまえではないということ」

 <抜粋>
 夜の京都は裏へ入ると、暗くて良い感じなのです。 (追記。今年初めての京都。)
 <略>
 有名な和菓子屋さんのご子息がされている料理屋さん「二条○○○」へ伺った。
 <略>
 仕上げに実家のお菓子とお濃い茶が出てくるとのことで、偉そうにうんちくでも語らせていただこうと思っていたのだが、当てが外れた。
 出されたのは、コナシの寒牡丹(淡緑に淡紅をぼかし絞り、氷餅を散らす)、うぐいす餅(黄色いきな粉がかかっている)。 自分はうぐいす餅を選んだ。
 関西の餅生地は、関東とは違い腰がないのだよ、などと言いながら黒文字で切りかけて、はたと思った “おや、固くないかい? それも餡が?” まさか時間が経っている訳ではあるまい。 切り分けてみてわかった。粒あんなのである。
 なるほど、こんな軟らかいモノをよく菱形に整えてあるなとは思ったのだが、まさか普通の硬さの粒あんだとは考えてもみなかった。
 初めてこしあんの草餅を食べたときよりも衝撃的(それもこの歳になって)!
 関東では、技術の限界に挑戦するような軟らかいこしあんを包んだものが、うぐいす餅だと思っていたのである。 それに鶯きな粉でもないし。
 「京都には、うぐいす餅はこし餡なんですね」と、御店主に伺ってみたが、明確な答えは返ってこなかった。
 (追記。帰ってきてから調べたら、西の方のうぐいす餅は粒あんが主流のようである。また別な形のものあるようだ)
 <略>
 柔軟な心を持ち続けたいと思いながらも、いつのまにか勝手な思いこみをしてしまったようだ、反省である。

 それで、知り合い(製菓学校の先生)としたこんな会話を思い出した。
「最近、美味しそうだと思ってお菓子を買うことが少なくなりましたね」
「私もそう思ったことがあって、そのときちょっと考えたのですけど・・・  もしかして見ただけで、どんな味がするか判ったような気がしてませんか?」
 なるほど、買う前から食べた気になっていた。

                    

 このときも同じことを反省したのだったな。<(_ _)>"


平成十六年一月はじめごろ
「お雑煮は」

 FM京都の狂言師・茂山千三郎氏の番組でこんな話をしていた。(追記。京都好きが高じてCSで京都チャンネルを見ているのです。)
 お正月に食べるお雑煮は、西と東でずいぶんと違う。
 西は、白みそ仕立ての丸餅。 東は、すまし汁に焼き餅。
 そこで、西のお雑煮は、お菓子がかわっていったもので、東は料理から出来上がったのではないかとの説。
 なんだか、納得。
 
 なるほど、むかし宮中の参詣者に配られたという「はなびら餅」の基を汁にしたら、西のお雑煮か?



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