ヨクは管理人の鼻のところで、
海老反りになるのが好きな子でした・・・。


海老反り写真・・・。あることにはあるんですが、
とてもお見せできないくらい、ボケボケ写真なので、
↓イラストで許してね。



★出会い★
ヨクと出会ったのは、すご〜いはるか昔です。
いつ頃だったのかしら?
管理人は物心ついた時から、鳥さんまみれの生活を送っていました。
一時は、5、6羽もの鳥さんを飼っていた頃もあったのですが、
人間より短い命は1羽づつ消えていきました。
その後、犬を飼っていたこともあり、
約1年くらいは、鳥さんがいなかった時期もあったかなぁ〜?
でも、やはり鳥の「ピーピー」とさえずる声が聞こえないのは
寂しいもの・・・。とうとう管理人が高校生の時、
父にお願いをして、とある小さな小鳥屋さんで
セキセイのヒナを買ってもらったのがきっかけです。

★我ながら・・・★
管理人、ヒナを育てたのはこの時がはじめて・・・。
今思うと、よく落鳥しないで、すくすくと育ってくれたもんだと
感心しています(笑)どうやって育ててたんだろう〜?
これすらも覚えてないという管理人でございます。
ただし、1度だけ管理人が中学生の時、
気温の差が激しくて落鳥させてしまった子がいたのです。
全く鳥を飼うことに対して無頓着だった管理人でしたが、
この経験から、頭の中でうっすらと、
鳥は急激な気温の差に弱い生き物という考えがあったので、
温度管理だけは、ちゃんとしていたかと思います。
あとはなるがまま〜!

★ヨクは優等生★
親バカかもしれませんが、ヨクはとってもいい子だったと思います。
その性格はラブバ並。呼べば飛んでくるし、
管理人が外から帰ってくれば、犬のように喜んで迎えてくれるし、
管理人には絶対噛まない(他人には噛んだの・・・)子でありました。

さて、このヨクちゃん、私にとってはかけがえのない親友でした。
管理人が高校、専門学校に通ってた時代、
そして社会に出て働きはじめた時代を共に過ごしています。
家を出て、一人暮らしをはじめてから、
いっそうこう思えるようになったの・・・。
専門の時は夜間部で、社会に出てからは残業、残業と
遅い毎日で、あまりかまってやれもしなかったのに、
それでもグレずに、毛引きにならずに、
真夜中に帰ってきても、元気に出迎えてくれる姿には、
管理人のほうが心を癒されていたのかもしれません。

★長生き?★
無知識というのは、なんて恐ろしいんでしょうか。
餌に関しても、ヨクにはずっとムキ餌ばかりを与えていたのです。
さらに緑色をしたボレー粉を与え、菜っ葉なんて全く全然。
緑色したボレー粉が菜っ葉の役割をしているんだと勘違いしていました。
そんな乱れた食生活で9年間も生きたヨクはすごいと思います。
そうそう、↑の写真でお家の形をした巣箱みたいなのもありますが、
これって1羽飼いの女の子には不必要なんですよね。

8年目に突入してからのことですが、
ヨクは飛べなくなっていました。
飛んでも急落下だったので、よく床で遊んでいたなぁ〜。
いや、今思うと飛べなくなった原因は
体重が肥えていたんじゃないかと・・・(汗)
下痢気味になり、はじめて動物病院に連れて行った時、
帰ってきてからは、疲労のためかずっと寝てばかり。
そして、いつの間にかお尻のところにできてしまった腫瘍。
最後の1年間はいつ逝ってもおかしくないぞ〜
というハラハラドキドキの生活でした。

今はあたりまえの健康診断・・・。
鳥を健康診断に連れて行くことは、
夢にも思っていなかった頃、
鳥専門病院があるってことも知らなかった頃に出会ったヨク。
今頃にヨクと出会っていたら、もっと長生きできたのかな?
腫瘍に関しても、動物病院では、
「ご長寿鳥ですね、
今、手術をすると死ぬ可能性があるので、
そっとしときましょう」

でした・・・。
もし、もしBHの先生だったら、何て言うのかな?

★ヨクちゃんへ★
ヨクちゃんには、9年間という長いのか短いのかわからないけど、
沢山の思い出をもらったよね。
楽しい時も寂しい時も辛い時も、ヨクはいつもそばにいてくれたよね。
ズボラな管理人にも、よくまぁ、がんばって着いてきてくれたこと。
そして最後の朝も、管理人の前で眠るように逝ったこと。
きっと、これがヨクの優しさだったんだよね。
管理人が突然の出来事で、悲しまないようにと、
最後の最後まで一緒にいてくれたヨクちゃんには、
本当に本当に感謝しています。ありがとうね。

今度、私のところに舞い降りてくるようなことがあったら、
またヨクの大好きな海老反りをしてほしいなぁ〜。



★余談★
鳥の羽色に関しても、全くの無知だった管理人・・・。
ヨクが“オパーリングリーン種”だと知ったのは、
ヨクが天国へ行ってから、かなり後だったと思います(爆)

 




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