俳句俳句俳
今もつづく「第二芸術論」の衝撃
フランス文学者の桑原武夫の「第二芸術論」の衝撃は、昭和21年11月発表から50年以上も経た今日もなおつづいている。当時
の虚子をはじめ俳句界の論客が何ら有効な反論を為し得ずに推移してきた。
朝日新聞の俳壇論者、川崎展宏氏は解説の中でこの第二芸術論の要旨を紹介し、「当時の心ある俳人にとって、衝撃は最初に
並べられた有名無名の俳人の15句を見たときにあったろう。衝撃は今もあるのではないか。似たり寄ったりの句が、今も倦むこと
なく作り続けられているのだから」と述懐し、自戒の論としている。
投稿句に劣る大家の俳句
では、桑原武夫の「第二芸術論」とはどういう内容だったのか。要旨を紹介しよう。
「第二芸術論・現代俳句について」
虚子をはじめとした大家の「家元俳句」の実態を完膚無きまでに暴き、文学・芸術の足を引っ張る「俳句」の社会的悪影響を厳しく
指摘し、それ以降「俳句」は井戸端会議の世間話の断片と同様の「第二芸術」の印象が蔓延した。
桑原は、
「私は試みに次のようなものを拵えてみた。手許にある材料のうちから現代の名家と思われる十人の俳人の作品を一句づつ選び
、それに無名あるいは半無名の人々の句を混ぜ、いずれも作者名を消してある。それらを同僚や学生など数人のインテリに示し
て意見を求めた。」
・ 提示した15句
1、 芽ぐむかと大きな幹を撫でながら
2、 初蝶の吾を廻りていずこにか
3、 咳くとポクリッとベートーベンひびく朝
4、 粥腹のおぼつかなしや花の山
5、 夕浪の刻みそめたる夕涼し
6、 鯛敷やうねりの上の淡路島
7、 爰に寝てゐましたといふ山吹生けてあるに泊り
8、 麦踏むや冷たき風の日のつづく
9、 終戦の夜のあけしらむ天の川
10、椅子に在り冬日は燃えて近づき来
11、腰立てし焦土の麦に南風荒き
12、囀や風少しある峠道
13、防風のここまで砂に埋もれしと
14、大揖斐の川面を打ちて氷雨かな
15、柿干して今日の独り居雲もなし
桑原武夫は言う。これらの句を前に、芸術的感興をほとんど感じないばかりか、一種のいらだたしさの起こってくるのを禁じ得ない
。3・7・10・11・13などは、まず言葉として何のことかわからない。質問した数人もわからないという。
これらが大家?(草田男、井泉水、たかし、亜浪、虚子)の作品である。
「わかりやすい、ということが芸術品の価値を決定するものでは、もとよりないが、作品を通して作者の経験が鑑賞者の内に再生
産されるというものでなければ芸術の意味がない。俳句の芸術としてのこうした弱点をはっきり示す事実は、俳人の作品の鑑賞あ
るいは解釈というような書物が、俳人が自己の句を解説したものをも含めて、はなはだ多く存在するという現象である。」と断じ、俳
人の言葉遊びを痛撃した。
第二芸術論は、俳句界のぬるま湯の体質に冷や水を浴びせた。「裸の王様」に成り下がっていた俳句界に、箴言(しんげん=教訓
)を与えた。第二芸術論は天の啓示と思える。
しかし、俳句界の体質は改善せず、自分たちにとって都合の悪いことには耳をふさぎ、ひたすら結社の営業活動にいそしんでいる
(一部を除いて)。
芸術とは何か?
1,人間としての疑問
なぜ自分は生きているのか?、なぜ飯を食うのか?、なぜ苦しみはあるのか?、なぜ人は死ぬのか?、きりのない疑問を抱え込んでいるのが人間である。
文化には、こうした疑問によって生活が苦しめられないように埋め合わせる役割がある。さまざまな疑問は、感謝、尊敬、摂理、美、道徳、正義、愛、といったような、より高次の価値に置き換えられる必要がある。宗教や科学そして芸術などの文化は、そうした人間の疑問に対して、答えを出すために存在しているともいえる。
20世紀のはじめに、「神は死んだ」と宣言した哲学者がいた。彼はキリスト教の道徳に疑問を持ち、その根拠一つ一つの起源を解きあかし、神の言葉とされているものの多くが人間の言葉であるということを明らかにした。
2,芸術とは?
たとえばピカソが天才と言われるのは、それまで存在した美の了承関係(美の常識)を根本からくつがえしたことにある。芸術は、常に孤独な作業である。優れた芸術と社会に認められるまで、社会的意味や価値が発生しないにもかかわらず、そのことを試みつづけなければいけない。わかりやすく言うと「芸術とは、『感動』を人に伝えることに尽きる」。
では究極の「芸術」とは何なのか?
『自らの世界観、人生観を研鑽して、把持(はじ=確保)して、対象を描いて、心象風景として観賞に耐えるレベルで外化(
表現)したものである。
