その2−7
『リキのサイコロ』

おばあちゃんは背中に竹で作ったカゴをせおって久美を待っていた。
そのうしろにはリキがいる。おばあちゃんにおんぶされている頃からいつもおばあちゃんのそばにいた。
久美はリキのヒモをつかんで畑のほうに歩きはじめた。
「ばあちゃん、リキはもういくつになるの?」
「そうだねー、久美が生まれた頃佑一が学校の帰りに白い子犬をつれて帰ったんで、あんたと同じだねー。えーと、あんたがいま七つだから……」
「じゃぁ、あたしといっしょなんだ。でももう年だねー」
「うん、じゃけんどなぁ、犬は人間のようには長生きできんので、人間でいうと40才くらいになるよ」
「どのくらい生きるの?」
「ふつうだったら十二年くらいかな」
畑についたところでリキの首のヒモをはずしてやった。そのまま竹やぶのほうへ走りこんでいった。
おばあちゃんはクワで二十ほど小さな穴をほりはじめた。
「きょうはこの苗を植えておくれ、夜に雨になればいいんだけど」
空は雲におおわれてうす暗くなっている。
「うん、レタスだね」
久美はその苗を一本ずつ細い根をいためないようにすくいとって穴に移していった。おばあちゃんはクワで土をきざんでいた。
いつの間にあたりはうす暗くなって、雨つぶがポツ、ポツと落ちてきた。
「ほれほれ助かったぞ、帰ろうかな」
おばあちゃんは顔にタオルをあててニッと笑った。久美はこのうちも雨の前に植えたことを思っていた。
キュウリ五つ、キャベツを二つおばあちゃんからうけとってカゴにいれていく。
「あー、もうこのくらいでよかろう」
おばあちゃんは腰をのばした。
「いつもあんたがてつだってくれるんで、ばあちゃんはたすかるよ」
「こんなこと好きなんだから……、ばあちゃん、どうして腰がまがってるの?」
「久美をおんぶしたからかな、ははは、ずーっと畑しごとしてきたから年をとるとまがってかたまってしまうんだよ」
そのとき、リキがなにかくわえてきた。それは黒いビニールのふくろだった。
久美があけてみるとすきとおったガラスのサイコロ。紙になにか書いてある。
〔おねがいのサイコロ〕ーはじめてうけとった人のねがいごとー
1、1をこすると自分がかわる。2をこするともとにもどる。
2、3をこすると人がかわる。4をこするともとにもどる。
3、5をこするとなんでももらえる。6をこするともとにもどる。
久美は大きくなーれ!と言って1をこすってみた。するとみるみる大きくなっておばあちゃんより大きくなった。おばあちゃんはビックリ声をあげた。
「アーッ、アーッあんただーれ?」
「かわいい久美はどこいったんじゃー……」
こんどは2をこすった。するとたちまちもとのすがたにもどった。
「あーあービックリした。そのサイコロはなにものじゃ、でもあんたがもどってよかった、よかった」
と目をパチパチしていた。
「おばあちゃんの腰がまっすぐになったらいいねぇ」
久美はほんとにそう思っていた。
「うーん、そんなことこんな年になって無理なことじゃ」
久美がサイコロの3をこすりながらつぶやいた。
「おばあちゃんの腰がまっすぐなーれ!」
「コキン、コキン」
小さな音がして、腰がまっすぐになった。
「あれ、あれあれ、こんなにのびたよ。あー、気持ちがいい」
おばあちゃんは胸をはってバンザイをした。リキはシッポをちぎれるようにふっている。
「リキはいいものを見つけてくれたなぁ。さぁ、かえろうね、どっこいしょっと」
おばあちゃんは、かるがるとカゴをかついだ。
帰りついてやさいをカゴからだしていると、お母さんがやってきて目をみはった。
「まあーっ、おばあちゃんったら、腰がのびたの?」
おばあちゃんはバンザイをして笑った。
「ほらね、久美がサイコロでのばしてくれたんだよ」
「???……、でもよかったわねー。若くなったよ」
「お母ちゃん、大きくしてあげようか?」
久美は見上げて言った。
「いいよいいよ、年はとりたくないんだから、こんやは仕事だからおばあちゃん夕ご飯おねがいしますね」
お母さんはでかけていった。
お兄ちゃんが帰ってきた。ハアハア、と真っ赤な顔で帽子を投げた。
「キャンデーないかなぁ」
久美はサイコロの5をこすった。
「キャンデー二つ」
というと、赤いアイスキャンデーがならんだ。
お兄ちゃんは一つをカリカリ食べる。
「どして、どうして?・・すっごいなぁ、なんでー久美?」
「兄ちゃんがひろってやったリキがすっごいもの見つけたんよ」
畑でのこととおばあちゃんの腰がのびたことを話した。
佑一は、台所をのぞいた。
「ほんとだ、腰がのびてる。おばあちゃん、若くなったみたいだ」
「それ、おれにかしてくれ。なんでもお願いしてみるから・・・」
「だめだよ、はじめにリキからうけとった人でないとお願いしてもダメよ」
「そうなんかー、ざんねん。じゃあ、あたらしいバットとグローブがほしい」
「うん、かなえてあげましょう」
サイコロの5をこすった。
「あたらしいバットとグローブ。バットとグローブ」
お兄ちゃんのうしろにピッカピカのバットとグローブがならんだ。
「さっ、みんなご飯だよ。父さんももう帰るころだな」
おばあちゃんの声まで元気になっている。
「ただいまーっ」
お父さんの声。
「母さんはしごとだな。おやっ、ばあちゃん、どしたの?」
まっすぐなってるのを見てビックリしている。
みんなでご飯を食べながら、久美が今日のできごとを話した。
お父さんはニコニコして言った。
「リキがしあわせをはこんできたんだな。ひろってやったおん返しなのかな。ばあちゃんも若くなってよかった、よかった」
「ふふふ、今日はリキにお魚を二ひきサービスしたら、よろこんでたべたよ」
おばあちゃんは魚の骨をかんでいる。
しばらく考えこんでいたがお父さんがしんけんな顔で久美をみた。
「いいことをかんがえたぞ。久美、お金をたくさんたーくさんお願いしてくれ、お金もちになれるぞー。そうすると父ちゃんもビールがのめる」
「うん、かなえてあげましょう」
サイコロの5をこすった。
「お金もちになりますように……」
「バサバサバサー、バサバサバサー」
お金が、おばあちゃんの小さな部屋がいっぱいになった。
お父さんはとびあがった。
「おーおーっ、すごいすごい。リキよありがとうー」
「佑一、缶ビールを2本買ってきてくれ。きょうは2本ものめるぞ」
お父さんはその部屋からお金をはこびはじめた。
汗びっしょりになって自分の部屋にはこんでしまった。
「今夜はお金のあいだにお金をまくらにしてねるぞー。母さんもビックリするぞ」
うまそうにゴクゴクとビールをのんでいた。みんなお父さんがよろこんでるのを見て、とてもうれしい。
次の日。いつもなら子供より早く家を出るお父さんが、なかなか起きてこない。お母さんが部屋へ行ってさけんだ。
「父さん、父さん。会社おくれるわよ」
お父さんはまだお金をまくらにしてニコニコしている。
「なになに、母さん、よく考えたらこんなにお金があるのに会社なんか行かんでもいい。やめたやーめた」
「そんなこと言ったって……、仕事がなくなるわよ」
お母さんは心配になってきた。
「だいじょうぶだ。こんなにあればみんなでいくら使っても使いきれないぞ」
その日からお父さんは、昼はゴロゴロねていて夜はでかけていく。みんながねている夜中に帰ってくる。よっぱらって足をヨロヨロさせて……。
何日かしてピカピカの車に乗って帰ってきた。
「どうしたの?そんなりっぱな車」
お母さんが目をむいた。
「買ったんだよ。あんなポンコツなんかのってられないよ」
「じゃあ、でかけてくるよ」
「どこいくの?わたし、今から仕事だけど」
「行きたいところへいくだけだよ」
当たり前のような顔で言った。
今までとは見ちがえるようなりっぱな洋服に、お金をいっぱいつめこんで車を走らせて行ってしまった。
それから一ヶ月、お父さんが帰ってきた。
「ただいまー、みんな元気だったか」
と言いながら、ポケットにまたお金をつめこんで出ていく。そんなことをくりかえすようになった。
「父さんは変わったねぇ。どこかの夜のまちでお金をつかって遊んでるにちがいない。こまったことだわ」
お母さんは顔をしかめてブツブツ言っている。
毎日きまった時間に「ただいまー」と帰ってきて、1本の缶ビールをうまそうにのみながら、みんなの話をきいてくれていたあのお父さん。日曜日には佑一とキャッチボールしてくれていたお父さんがいなくなってしまった。みんなさびしくてならない。
みんなは久美がサイコロでお金をたくさんもらったときから、お父さんが変わってしまったことに気づいていた。
雪が降り続いた夜。リキがコンコン、コンコンとせきをしてドッグフードを食べなくなっていた。おばあちゃんがリキの大好きなお魚をやってもちょっとなめるだけで食べてくれない。次の日、おばあちゃんと久美が畑にいくときリキに薬をのませて歩きはじめると、ヨロヨロしながらついてくる。
「ここにジッとしてなさい」
何度言ってもついてくる。
やっと畑についたら、リキはヨロヨロしながらなにかをさがしていたが、あのサイコロが入っていたビニールのふくろをくわえて久美のところくるとそれを食べてしまった「クーン」といってたおれた。そのまま目をとじて動かなくなった。
「リキ、リキリキリキー、リキー!」
久美はリキの顔をなでてゆすっても動かない。
「死んでしまった。リキがいなくなったらさびしい、さびしくなる」
「久美がかわいそう、かわいそうだ」
おばあちゃんは涙をぬぐっている。
おばあちゃんと久美は、やさいのカゴにリキをいれて畑のすみに穴をほってうめてやって手をあわせた。そのとき、おばあちゃんの腰が、コキコキと小さな音がしてもとのようにまがってしまった。
「あっ、ばあちゃんの腰がまがった」
久美は涙の顔をこすりながら言った。
家にはお父さんが帰っていた。りっぱな洋服はきていない。もとのポンコツ車がとまっている。お父さんの部屋にはあんなにたくさんあったお金はなくなっていた。
お父さんはむつかしい顔をしている。
「私が会社のほうには、あなたが病気だと言ってあったからよかったのよ」
お母さんの横で頭をたれている。
「すまなかった。ありがとう、お金の病気だったんだ。わしがあんなよくばりなことをしたからリキが死んだのかもしれん。リキにもうしわけない」
リキが死んでさびしくなったがその日から、またみんなそろって夕ご飯を食べるようになっていた。
久美と佑一は、川へいって小さな白い石をさがしてきた。その石に佑一が「リキのお墓」と書いて畑に持っていった。
リキをうめてある土をきれいにもりあげ、その上に小石をおいて手を合わせる。目をつむる。涙がリキの土にしみこんでいく。佑一にはひろったときのコロコロとした白いリキがうかんできた。久美はしっぽをふって走りよってくるリキが見えた。
雪まじりの風がふきあげてきた。久美は手をのばして小石を深くおしこんだ。
〜おしまい〜