ぷらいべーと
〜 tenyu tensin 〜
出生地 : 大阪府
家 族 : 妻、長女(嫁いで三子)、次女(最近結婚)、自分、犬 → 今は二人住まい
趣 味 : 音楽、カラオケ ・ 野菜作り ・ 書道 ・ 俳句 ・ 童話創作〜
・音楽→クラシック、オペラ、民謡、唱歌鑑賞、好きな曲歌=ベートーベン、古関裕而、フランク永井、宇多田ヒカル。
・野菜作り→休耕田420坪を借受け、旬の野菜を栽培(肥料、種、苗代やいろんな用具が要るので元は とれない)。
ヒマな時はいつも畑でうろうろしている。
・書道→公民館の教室・介護施設ーボランティア
・俳句→句歴5年。若干の経験をもとに、「ごく初心者向け」の入門書をサイトアップ。随時追加の予定。
携帯メールによる「交換俳句(互いに添削)」:12/1現在 男性16、女性18 まだ50に届かない。
俳句教室ーボランティア
・童話→子供の情操を目的に、折々の創作童話をサイトアップ。読み聞かせ(医大)ーボランティア
・嗜好品 : たばこ(約10本) ・ 酒類 ・ 海苔 ・ 牡蛎フライ ・ 海鼠
「死」体験 : 一回目→生後7ヶ月(急性肺炎=医者が諦めたが、母の必死の介抱で蘇生)
二回目→中2の厳冬=毎朝1kmの谷水を汲み上げてのち、学校へ・・・。天秤棒で担ぎ坂を上り詰め
一休みした瞬間、意識を失い畑へ転落。
三回目→27歳冬の深夜。懇親会の三次会を終え寄宿舎へ車で・・・。したたか二人は酔って、友人
の運転で田舎道のカーブで左の両輪が脱輪。私は押し上げようと思ってとっさに左側から下りたら、フワーーーッ
と10m畑へ転落、死はまぬがれた。これは誰にも打ち明けてな いので(兄は警察) だから内緒、ここだけの話。
生涯の悔恨 : 母の臨終の場は私一人(6人兄妹)であった。極貧の生活を通じてひと言も「疲れた」「つらい」の
言葉を聞いたことがない。母親には常に髪を乱して動いてる姿しかない。何ヶ月もベッドに寄り添っていながら
「お母ちゃん、これまで育ててくれてほんとうにありがとう」のひと言。思ってはいても言葉に出さなかったこと。
日常、親は子供の行く末が頭から離れないが、子供は自分の生き方に精一杯。親のことなど思ういとまはない。
これは子を持っての実感である。このことに限らず、何ごとも実体験なしではわからない証左である。
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