芭蕉の足跡(日記)
嵯峨日記
『嵯峨日記』は、元禄四年四月十八日より五月四日まで、京都嵯峨の去来の落柿舎に滞在した間の生活と心境を日記形態につづったもので、清閑の境地を窺わせる。底本は、自筆本を模写したと推定される野村本によった。
二十二日 朝の間、雨降る。今日は来訪者もなく、寂しいのに任せ、無駄書きをして遊ぶ。その言葉、
「親しい人を喪って喪にこもっている者は、悲しみを主人とし、自分はその客となって悲しみと向かい合い、酒を飲むものは楽しみを主人とし、楽しみと向かい合う」(と『荘子』に見える)。「寂しさがなかったなら、いっそう住むのがつらいだろう」と西行上人が詠んだのは、寂しさを主人として、これと対話することによって心を満たしていたのだろう。上人はまた、こうも詠んでいる。
山里にこはまた誰を呼子鳥独り住まむと思ひしものを(山里にこれはまたいったい誰を呼ぼうというのか、呼子鳥よ。独り寂しく住もうと思っていたのに。)
独り住むほどおもしろいものはない。(なぜなら、孤独を介して閑雅を愛する人々とつながれるからだ。)長嘯(ちょうしょう)隠士が言っている「客がここを訪ねて来て半日の静閑の時を自分のものにすることができれば、主人である私は半日の静閑の時を失うようなものである」と。わが友素堂は、この言葉をいつも愛唱していた。私もまた、
憂き我を寂しがらせよ閑古鳥
とは、ある寺に独り座して詠んだ句である。
参考文献:尾形仂・著「芭蕉ハンドブック」