
■ 序章 プロのレスリング ■
みなさんはリアルワールドチャンピオンといえば誰を想像するのでしょうか?
私はリック・フレアー以外考えられませんし、ほとんどの方もそうでしょう。
しかし、ルー・テーズの弟子であるマーク・フレミングに日本で10本の指に入るレスラーと絶賛(?)
され、自家製UNWのベルトまで作ったセッド・ジニアスを想像する方もいるかもしれません。
ジニアスの素晴らしい技の数々(スタンディングから入るスーパーSTFは特に絶品)を見るために
私も良くUNWを観戦しに行っていたくらいですのでセッド・ジニアス自体は嫌いではありません。
しかし、彼にプロのレスリングテクニックとは別の“勝つため・魅せるため”のインサイドワーク
というプロレスの奥深さである+αの部分のテクニックを期待できるのでしょうか?
その昔、ラジカルでない紙プロのインタビュー記事にあったジニアスの趣のある発言には
確かに期待できる雰囲気はありました。
しかし、何かをやってくれるという期待を持っての回を重ねる観戦ごとに
+αの部分のテクニック部分の可能性を私の感性では感じ取れないという事がわかってきたのです。
また、新日本プロレスの蝶野正洋も過去に目標とするレスラーは
リック・フレアーと言っていたため、蝶野にも期待していた部分はありました。
しかし、聞き取れない怒鳴りマイクアピールと意味不明の決めゼリフ、
『アイムチョーノ!ウィーア゙ーチームトゥーサウザンッ(怒)』
、さらに万人を一喜一憂させるころとが一生ないであろう彼のファイトスタイルが
その期待を裏切ってしまいました。
フレアーももう50歳。多くを期待するには多少高齢です。
このまま「昔のプロレスは良かったよなぁ〜」なんてグチを言ってしまうような
化石化したプロレス好きにはなりたくない...。
こうなったら、ここ一番での勝負強さの“可能性”を信じて妄想の中で
キムケンをWCW世界ヘビー級の王者にして
現実逃避型プロレスを楽しんでいくしかないのであろうか...(悲)。
基本的に全日本プロレスは見ないし放送時間も全くチェックしない。
そういうポリシーでプロレスを見てきて、
実際最近の全日本を見ても面白いと思ったことは全くなかった。
そんな私であったが確か最後の日曜放送の全日本プロレス中継を偶然テレビで目にしたとき、
チャンピオンカーニバルの『ダイジェスト』として衝撃的な試合が放送されたのだった。
リングに入ろうとする秋山準をTシャツを着たままの大森隆男がドロップキックで奇襲。
難なくこれをかわした秋山は逆にロープに振っての強烈なジャンピングニー。
さらにエクスプロイダーを仕掛けようとする秋山。
それを大森が強引に振りほどき秋山を突き放す。
しかし秋山は攻撃の手を緩めようとはせず大森に再度突進する。
そして次の瞬間、大森が視界に入ったレフェリーを突進してくる秋山にぶつけるようにスローイング。
レフェリーをぶつけられ唖然とする秋山に間髪入れず大森のアックスボンバーが炸裂。
まさにクリーンヒットで入った一発で秋山はフラフラになってしまう。
ここで大森がレフェリーにゴングを鳴らすよう要請する。
ゴングが鳴ると大森は背を向けている秋山の首筋に左のアックスボンバー、
そしてそのままロープ側に走り抜け、今度は正面から右のアックスボンバーで秋山をなぎ倒す。
そしてカウント3。その間たった7秒。
それはテロップにあった『ダイジェスト』という内容ではなく完全収録だった事もあって
この試合のイメージはあまりにも強烈に頭に残った。
タフでズル賢くレフェリーを巧みに使い勝利に導くインサイドワークはまるで
全盛期のリック・フレアー。
確かに試合後、秋山は肉体的ダメージはそれほど無いようにも見えましたが、
この試合に限って言えば大森の完勝と言って良い内容でした。
プロレスは戦う相手やライバルが存在して初めて成り立つものと私は思っています。
商売上手のプロフェッショナルなら反則などで相手のレスラー生命に関わるような致命傷
を与えるのではなく、
極端に言えば3カウント取れる程度のダメージだけを与えれば良いのです。
ですから、アメリカンプロレスのように豪快でかつ人の道を外れないちょっとした反則をスパイスに
見る者を飽きさせない試合ができるレスラーが、本当のプロ、すなわち
客が呼べる真のチャンピオンではないのかと私は思っています。
たった7秒の試合でしたが、このようなレスラーになる可能性が大森にはあると思い込むことができた
(妄想という感性による電波受信もプロレスを楽しむ一つの手段!)ので、
将来大森が真のチャンピオン〜和製リアルワールドチャンピオン〜になるまで私なりの
応援のメッセージをこのページに書き込んでいきたいと思っています。
(2000/4/18, 2000/5/3加筆, 2000/5/11加筆)
■ 第1章 チャンピオンカーニバル決勝までの道のり ■
トーナメント第1回戦に見事勝ちぬいた大森、次の相手はM.バートンでした。
この選手実は、B.ガンと名乗ってた頃に
“ミスター・アス”ビリー・ガンと同じ人物だと思っていました。
雑誌でS.ウィリアムスをKOした記事を見たときの感想はもちろん
“ミスター・アス恐るべし!”です。
さて、気になる第2回戦は負けるかもしれないが勝てば勢いで決勝までいけるのかなとか
思いながら週刊プロレスの結果速報のHPで結果をチェック。ちゃんと勝っていた...。
とにかくM.バートンは私の中ではS.ウィリアムスをKOしたミスター・アスだったので大森が
勝ててほっとしました。
そして、準決勝。
相手がS.ウィリアムスでしたが既に
『ウィリアムスにKO勝ちしている相手に勝ったのだから勝つに決まってるぜ!』
とみくびっていました。
ウィリアムスが強いのはわかっていますがイケイケの大森を応援する私の頭の中では勝ちの
シミュレーションしか既にイメージできない状態でした。
それは1999年のRINGSのKOKで24秒で2試合を消化したコピィロフを生で見た後から
決勝トーナメントを武道館に見に行くまでの期間に妄想状態でイメージしたものと同類のもの。
いつもは全日本プロレスの結果は週プロの記事をみればいいや程度に
思っていたのですが、大森フィーバー状態になってしまった私は準決勝当日に週プロ速報HP
ですぐチェック!。
そして結果を恐る恐るをみてみると大森がガッチリ勝利しているではありませんか。
そして、翌日の日刊スポーツバトル欄のHPでは
『三沢?小橋?どっちがきたって関係ねえ!』との大森のコメント。
最高です。
さらに、雑誌の方の週プロを読んで2度ビックリ。
ウィリアムスが入場後にロープ間を走って往復しているところへ大森はいきなりアックスボンバー!
『お、俺が求めていたのはこういうムーブメントだ!』
それでも決勝戦は週プロで結果を見ればいいやと私は思っていました。
それが、武道館大会の3日前にタッグ戦で小橋に土を付けたとき、ノーフィアーが会社側に突き付けた
チャンピオンカーニバル優勝後の次のような待遇要求を全日本プロレス通の知り合いからの
メールで知ったとき気持ちが変わりました。
もちろんご存知でしょうが彼らの要求を紹介します。
1 次期シリーズ 3冠&世界タッグ挑戦+浅子のジュニア挑戦
2 グアム・サイパン慰安旅行
3 次期シリーズ名を
「スーパー・ノー・フィアー・シリーズ」
にし、ポスターを刷り直す
『こ...これだ、俺が求めていたのは...ぶ、武道館、ライブで見に行くしかない!』
こうして、チケットを持たず当日券頼りに2000年4月15日(土)に日本武道館に向かってしまう
私がいました。
KOK大会でコピィロフの優勝を信じて同じ武道館に見にいったあのときように心を躍らせながら...。
(2000/4/22, 2000/5/3加筆)
■ 第2章 経験不足 ■
その昔、ジェットセンターで木村健悟が修業する前、タッグパートナーである藤波に対戦要求
をして3連戦をおこなった。
私の記憶の中ではキムケンの対藤波戦におけるベストバウトはこの3連戦だったと思う
(欲をいえばまた近い将来に、これを上回る両者のベストバウトも観てみたい)。
昭和61年12月10日の第1試合目では、
試合前クリーンに握手を交わしたキムケンは一端コーナーに戻るときに藤波に背を向けてしまう。
そこを奇襲され、その後もペースらしいペースを握れないまま、
コーナーで釘付けになっている藤波へのタックルを絶妙の逆転技ローリングクラッチ
で返され敗北。
解説の小鉄さんは、ゴング前にレスラーが握手を交わしコーナーの方に一旦戻るとき、試合組みたて
について色々と考えるという。
だが、レスラーはリングに上がった以上相手に背を向ける行為をしてはいけないとも言っていた。
そして、昭和62年1月2日の第2試合目では、
プロレス百戦錬磨の藤波がまたしてもしてやったりというような絶妙なムーブメント。
試合前の握手の瞬間、キムケンのジェットセンター仕込みではない右のフックが藤波の顔面を
直撃。試合前にグッタリと倒れ込んでしまう藤波。
私は、「ここで藤波が勝つのはプロレス的に面白くな〜」なんて考えながらこの試合をテレビ
でみていたので、これには大喜び。
そして、額を割られながらも試合はキムケンのペースで進み、
あのドラゴンキラー入りの稲妻で一旦は藤波からフォールを奪う。
もちろんお客さんの誰もがキムケンが藤波に勝つなんて思っていなかったので
場内のボルテージは最高潮に達した。
結局、キムケンが勝負が決まった後にわざわざ客のいる前で凶器を足のサポータから外した事で
凶器がレフェリーの目にとまりノーコンテストになってしまった。
しかし、この試合後に後楽園ホールで特別レフェリー上田馬之助によって1試合のみの
完全決着戦がおこなわれることが発表され、
第3戦目の昭和62年1月14日には後楽園ホールは超満員札止め状態だったという。
何がいいたいかというと、第1試合目の藤波の奇襲だけでここまで客が盛り上がり、
この3連戦のいきさつやシガラミがファンの心の歴史に残る語れるプロレスになったことが重要なので
ある。
そして、このストーリーのきっかけを作った藤波とそれを面白くしたキムケンは最高のプロレスラー
であるといいたい。
4・15日本武道館チャンピオンカーニバル決勝戦にも、そのチャンスはあった。
ゴング前、小橋がコーナーに戻るときに明らかに大森に背を向けたのである。
当然、秋山やウィリアムスへの試合前の奇襲をやってきた大森はあそこでアックスボンバーでも
ブチかますべきだったのである。
それをやらなかった大森は、試合中も期待していたズル賢い動きもせず、
タメにタメて出したアックスボンバーもなぜか首や頭ではなく胸板・背中に当たる事が多かった。
目の前で試合をするこの日の大森は、普通に試合をする全日本プロレス所属のただの一選手
でしかなかったのである。
そして、まるでアマチュアのスポーツ選手のように正々堂々と正面からいった大森は、
小橋の受け身のとれない投げ技やバランスをわざと崩したパワーボム、コーナーへの後頭部狙いの
パワーボムなどでダメージを与えられ、最後は真正面から豪腕ラリアットを受けて優勝を逃した。
そして、小橋がチャンピオンカーニバル初優勝という一見新鮮なような気がするが、
実は確実に何も変わっていない全日本プロレスの世界だけがそこには残ったのだ。
試合後の週プロのインタビュー記事で大森は「客の声援が聞こえなかった」
というような事をいっていた。
私は大森が真のチャンピオンになるために、対戦相手とお客さんの両方と戦えるような気持ちのゆとり
を持って試合をしてほしいと思ったのである。
そして、通常の試合ではやっていると思われるのだが、
どんな大一番でも常にレフェリーの位置を頭に入れて戦い、
レフェリーを利用するときにはお客さんを唸らせるテクニックを身に付けてほしいと
私は心から願うのである...。
(2000/5/3)
■ 第3章 実力は実力、勢いは勢い ■
全日本プロレスのチャンピオンカーニバルでの秋山秒殺から8ヶ月が経ち、全日本プロレスからNOAHへと移籍した大森は何が変わったのか?
私の印象に残っているのは、髪を金髪に染め、泉田にラリアットで負け、傷めた右腕の手術をした事くらいだった。そんな中、新日本プロレスを解雇された橋本真也のNOAHへの参戦が決まり、対戦相手として三沢、田上、高山の名前が新聞・雑誌等で浮上する中、NOAH参戦以来実績らしい実績が作れていない大森は完全に蚊帳の外の扱いとなっていた。この時点では橋本のNOAH参戦の結果は気
になってもわざわざ有明コロシアムまで観戦しにいこうとまでは思えなかった。ところが、橋本NOAH参戦発表の何日か後に橋本の対戦相手として大森戦が急遽決定したのである。部外者の実力を見るためか、昔の新日本プロレスの大型外人の初参戦時の売りだしのための対戦相手のような噛ませ犬(ローランボック来日時の長州力や木村健吾、ヘラクレスローンホーク来日時の木戸)的な扱いかは知らないが、ここで橋本に勝って勢いをつければ一気に昇り詰める可能性が出てくるためこの試合は見逃せないものとなった。
橋本との試合が決まってから各雑誌に吼えまくり、高山とのタッグでは三沢からアックスボンバーでフォールを取る大金星まで挙げた。今大森にあるのは勢いのみ。決して小橋建太のように打たれ強いとも思わないし、アックスボンバーが一撃必殺だとも思えない。
だからこそ、ここで勢いを利用して橋本に勝ち、その結果を背負うために勢いだけではない実力の部分が育ってくれればと思ったのである。元々新日本プロレスは好きだし、橋本も闘魂三銃士と呼ばれた中で一番新日本らしいレスラーであると思っている。しかし、今回だけは橋本は応援できなかった。これから上昇気流に乗れれば世界レベルのベルト奪取も夢ではない大森と、過去に新日本プロレスという枠の中でトップを取っていた橋本との対戦で橋本が勝ってもプロレス界に与える影響は何も無いと思われたからだ。案の定、橋本は大森との対戦を自分の復帰アピールの1ステップとしか考えておらず、2000年12月23日の大森との対戦が決定後、その8日後の12月31日にゲーリー・グッドリッジ戦、さらにその4日後の1月4日に長州戦と、全て違う団体での対戦をスケジュールした。この屈辱をどうやって試合で晴らすかも今回の対戦の注目点の1つであったのだが、試合は大森が橋本の打撃技を受けすぎ、アックスボンバーも3発目を手刀でカットされ、最後は垂直落下式DDTによって短時間で敗れてしまった。大森には橋本の技を受け切ってみせるという思いがあったようにも見えたが、結果は一方的な橋本勝利だった。
そして、その試合後のセミの三沢vsベイダーやメインの小橋vs秋山のシングルマッチでは相手の技を受けきり、一撃必殺級の技で三沢、小橋が試合を決めている。この2試合で勢いと実力との差がこれほどにも違うものなのかと思い知らされた。三沢や小橋といえばジャンボ鶴田が事実上リタイア後の全日本プロレスのリングで、川田や田上らとマンネリと言われつつも日々対戦しあいお互いの実力を切磋琢磨していったため、攻撃力もさることながら打たれ強さに関しては他に類をみない実力派のプロレスラーである事は言うまでもない。もしかしたら大森もその時代のあの枠に入っていれば、橋本の打撃で地べたに這いつくばることもなかったかもしれない。残念なのは今現在当時の全日本プロレスのような切磋琢磨できる環境が国内にないことである。タッグパートナーの高山がノアをやめた今、シングルプレイヤーとしてその実力を開花させるにはゴールドバーグが復帰予定のWCWに修業に行くというのも1つの選択肢であるように思えるのだがどうであろうか?(2001/1/1, 2001/3/14加筆)
■ 第4章 結果が出ているようで足りないもの ■
前回のコラムから5年半。大森隆男はどれくらい大物になったであろうか?結局WCWに行くことも無く、
マネージャにしてほしかったカートヘニングも他界し、私の好きな木村健悟も引退してしまった(これは関係ない)。
しかし、それでもAWAのチャンピオンベルトを獲ったり、新日本プロレスで暫定IWGPタッグチャンピオンになったりしていて
実績は決して悪く無い。それでも、敢えて
『これでいいのか大森隆男!』
と言いたい。時にはチャンピオンになるのだが、ここ何年か行われている団体内のリーグ戦などでは優勝できないことも多く、
しかも何でこいつに負けるんだ?と思う相手にも負けたりする。これでは、チャンピオンになったとしても、
ファンは『絶対王者』とはそれこそ絶対思わない。
また以前ランジェリー武藤ばりの試合をしてみたりと、紳士キャラを作ろうとしている最中、何をやりたいんだ?とも思うこともある。
他の一流といわれるレスラーと比べるといまひとつの印象もあり、レスラーとしてはまだ二流の感が否めない。
もしかしたら、直接対決で絶対負けることの無いであろう無我の西村修の方が一流に近いイメージを持っている人も多いと思う。
何がいけないのか考えてみると、レスラーとしてのファンにわかりやすい個性的なイメージを持っていないことや、
ここ一番で良いところまで行って落としてはいけないところで落とす集中力の無さなどであろう。
新日本プロレスの天山広吉も、集中力の無さという点では、結果に波があるためこの面では同じようなタイプではあるが、
彼の場合は節目節目で良い結果を残すことも多いため、プロレスファンの中では大森ほど悪いイメージではないはずだ。
他のレスラーには無い分厚い胸板を見る限りでは一流レスラーになってもおかしくないのだが、一流というには何かが足りない。
経験がまだ足りないのか?ただ打たれ弱いのか?
昔、全日本プロレスで大物を勢いで打ち負かしたときに本人が描いていた将来のイメージ通りの大森隆男に今なっているのか?
まだ野心はあるのか?...
ファンのため、レスラーとして自分のためにもに現状打破する事を期待している。
今の大森隆男は魅力の無いサラリーマンレスラーでしかない。
このまま終わるにはもったいない。大森にはレスラーとしてのポテンシャルを高めるため、現状維持で満足せず、
さらなる飛躍のための努力をしてくれる事を期待したい。
大森が自分を客観的に見て、自分だったらレスラーとして大森を好きになれるか?などと考えてみるのも良いのかもしれない。(2006/9/15)
■ 第5章 中西<大森、田中<大森、そして田中vs中西vs大森の結果はいかに... ■
時は流れ、本コラムを書き始めから8年経ち、
目指してほしかった"リアルワールドチャンピオン"リック・フレアーはこの前のレッスルマニアで引退試合をおこなった。
しかし、この間に大森は"かなり悪い意味で"大森らしいといえば大森らしい結果しか残してこれなかった。
チャンピオンになった経験はあるものの、このまま全盛期の不明な2流レスラーのまま終わってしまうのではという思いさえあった。
事実、IWGP奪還を狙っていた中西学には、シングルとタッグを含め短期間で3連敗というお得意様状態にもなってしまった。
しかし、2008年夏、ZERO-ONE MAX の火祭りで、大森のアックスボンバーで、とうとう天下が見えてきた。
火祭りの前、アックスボンバーの威力を上げるため、
『白樺にボンバーを叩き込み続ける大森、
タイヤを3人に固定させボンバーを叩き込み続ける大森、
そして痛めた右腕を冷やす大森』。
お前はプロレススーパースター列伝のスタン・ハンセンか!と突っ込みたくなる練習。
まるで、何年か前に新技"マッケンロー"をプールの中で必死に練習し、
永田に思いっきりバカにされた野人のように、
好きなファンにはある意味たまらないアピール。
今、プロレススーパースター列伝というマンガに大森の話があったなら、
この練習は、こう紹介されるだろう
『一撃必殺とも言えるアックスボンバーの威力をさらに強化させるため、
大森は大木が折れるまでアックスボンバーを叩き込み、
大木が折れると今度は、
大勢の若手に固定させたトラックの大型タイヤにアックスボンバーを叩き込み続けて、
若手を1人2人と次々に吹っ飛ばし、
最後の1人を大型タイヤごと吹っ飛ばしたあと、
誇らしげに右腕を眺める』。
プロレスラーはプロレスラーにしかできないアピールでお客さんの目を惹きつける。
川の中での若手とのプロレスごっこを公開練習として記者を集める某大手団体の若武者とは大違いだ。
そして、火祭りが始まり、一撃必殺に磨きを掛けたアックスボンバーで連戦連勝と思いきや、
初戦は関本と引き分け、第2戦目の崔には敗戦で、早くも大森らしさが爆発してしまった。
この時点で、誰もが今年も大森は優勝戦線に入ってくることはないと思ったに違いない。
私もそう思った。同じBブロックには、IWGPは獲れなかったものの勢いは衰えていない中西学と、このところ負けのない田中将斗しかの残りの対戦相手がいなかったからだ。
中西には『大☆中西ジャーマン』か『ヘラクレスレスカッター』で、田中には『スライディングD』で当たり前のように負けると思っていた。
しかし、ここで誰もが目を疑うようなサプライズがあった。あの大森が、あの中西を、あの田中を、必殺のアックスボンバーで連破し、優勝戦線に残ったのだった。
『これが、大森の特訓の成果なのか!』
この結果、最終戦2008年8月3日に、Bブロック同点の田中、中西、大森による3WAY戦の勝者が、Aブロック代表の真壁刀義と対戦することとなった。
Bブロックから優勝するにはかなり辛い展開だが、"私の妄想では既に" 3WAYでは、
ワイルドチャイルドの連携で田中を攻め、ワシントン条約を決めた直後に中西へ裏切りのアックスボンバー!
両者をKOして3WAY戦に勝利した大森は、優勝戦でもその勢いで真壁を撃破し、
勝利者インタビューでは日本の主要タイトルの奪取をアピールしている!!
全日本プロレスが今月2008年8月31日両国国技館で『三冠ヘビー級選手権』と『IWGP選手権』を行うが、確かまだ、両方とも挑戦者が決まっていない。
すべてが終わり、やっぱり大森は大森だったなとガッカリしてしまうことがあったとしても、今回のようなサプライズがある限り、まだまだファンはやめられないと思う今日この頃。
(2008/8/2)
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