ミュージカル『モーツァルト!』関連解説


■レオポルト・モーツァルト(モーツァルトの父)
   ヨハン・ゲオルク・レオポルト・モーツァルト
   Johann Georg Leopold Mozart
   1719.11/14 - 1787.5/28 享年68歳


レオポルド作曲 おもちゃの交響曲



  こんな曲を子供のために作曲するパパってステキではないですか?




 レオポルト・パパ。
 ザルツブルグ大司教宮廷の副楽長。

 厳格で頑固な教育パパというイメージが付きまとうけど、結構立派なお人だったのでは。
 モーツァルトの音楽が今あるのは、レオポルト・パパのおかげなのだし。
 享楽的だったモーツァルトと比較されてしまうので、堅実で生真面目だと言われていますが、フツーの知識階級の人で、最近は、優れた教育者として再評価されつつあるようです。



 レオポルトは、アウクスブルクで製本業者の長男として生まれ、ザルツブルグ大学で法律などを学びますが、音楽に熱中して除籍、宮廷管絃楽団の第4ヴァイオリン奏者として、収入を得ていました。

 その後、アンナ・マリア・ヴォールブルガと結婚。「私達の結婚は幸せなものだった」と、レオポルト・パパは回想してます。
 明るくほがらかなアンナ・マリアと真面目なレオポルトは、とってもいい夫婦だったようです。

 レオポルトはヴァイオリン教師としても有名で、「基本的なヴァイオリン奏法に関する試論 Versuch einer gründlichen Violinschule」という本を出版しています。これは名著として諸国で翻訳され、現在も復刻版が出版されているそうです。



 レオポルトとアンナ・マリアの間には7人の子供が授かりましたが、成長したのはナンネールとヴォルフガングの二人だけでした(今と違って出生率低いからねぇ…)。

 その二人に、突出した音楽的才能を見出したレオポルトは、わが身を犠牲にして、主に、神の子【アマデウス】…ヴォルフガング…を育てます(作曲もぱったりと辞めてます)。そして、アンナ・マリアはその後ろで家族の才能を支えました。

 ヴォルフガングの才能を伸ばす為、そしてそれを活かせるよう就職先を求め、レオポルトはヴォルフガングと共に幾度となく旅をしました。当然、多額の旅費がかかります。それはレオポルトにとって大きな賭けでした。

 そんな中、最愛の妻、アンナ・マリアが旅行先のパリで亡くなります。
 愛妻の死の衝撃から立ち直り、しばらくしてレオポルトはなかなか戻ってこないヴォルフガングに、ザルツブルグへ帰るよう、勧めます。そのときの手紙はこんな感じ。

 ともかく早く任務につくことは必要であり、こればかりはどうにもならない。たとえお前が何ともかといいようのない罰当たりの悪質な考えを持っていて、お前のことをこれほど案じている父親を恥辱と嘲笑の的にするつもりだろうとも。お前の父は、自分の子供らの信用と名誉のために自分の一切の時間をささげつくしました。今でも総計一千フローリンにのぼる負債は、お前がここで正しい収入の中から減らしていってくれるのでなければ、とても父の手に負えないのだ。

 1778年11月23日、ザルツブルグ

 これだけ読むと、レオポルトは押し付けがましい頑固な父親のように感じられますが…。なんとしてでもヴォルフガングに現実感覚を持って欲しいという願いからの文章かと思われます。

 そして、ヴォルフガングはザルツブルグに帰ってきたものの、息子と雇い主大司教コロレドの諍いの間でレオポルトは苦悩します。
 ウィーンで、大司教とヴォルフガングはついに決裂、レオポルトはアルコ伯爵に仲介を頼みますが、レオポルトは心労で重いカタルにかかってしまいます。

 さらに、父の同意のないまま、ヴィルフガングはコンスタンツェと結婚、息子との溝はますます深まり、その後、娘ナンネールが結婚したあと、家族のいなくなった広い家に一人住むレオポルドは、深い孤独を味わいます。

 その後レオポルトは、一時ウィーンのヴォルフガングの元へ行き、数ヶ月滞在します。この頃はヴォルフガングの仕事がうまくいっていたので、レオポルドは満足してザルツブルグへ帰っています。

 晩年は、ナンネールの生んだ、孫レオポルト・アロイス・パンタレオンの世話をし、それが生きがいとなったようです。
 そしてレオポルトは、自分の元を去った息子でありながらも、モーツァルトの音楽の、終生、誠実な鑑賞者でもありました。

 レオポルトがこの世を去った時、傍にいたのはナンネール夫妻と家主のブリンガー夫妻。
 ヴォルフガングは父の死の床にも駆けつけず、埋葬にも立ち会いませんでした。



 父と息子というのは微妙な関係ですね。母と娘も然りですが。

 息子が父親を心理的に乗り越える事が大人への過程ですけども、レオポルトに取って、すべてを犠牲にして育てて来た息子が自分の意に背く事は衝撃であったことは容易に想像がつきます。

 自分の息子がたぐいまれな才能を持っている事に気付いた時、それを可能な限り伸ばそうと思うのは、けして不自然なことではない(人それぞれだけど)ですが、ケタ外れなモーツァルトの才能は、時代を先んじ過ぎていました。

 旧時代の人間であったレオポルトと、モーツァルトとの確執は避けられないことであったかもしれません。ですが、それまでの教育に感謝こそすれ、その弊害ばかりを強調するのは、この人がしてきたことの功績を見誤るだけだと思います。誰もが完璧ではないのですから。

 個人的には、レオポルトのような父を持ったら、やはり感謝はしつつも、モーツァルトのように『もう結構!』と言ったでしょう。
 しかし、自分を取り巻く環境の中で、出来る限りの努力をしてきたレオポルトの人生は充実したものであったように感じます。
 まぁ、ちょっと贔屓めだったりするのですが、私はレオポルト・パパ、好きですね。



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04.04/05一部改定