ミュージカル『モーツァルト!』関連解説


■コンスタンツェ(モーツァルトの妻)
 コンスタンツェ・モーツァルト  1762.1/5 - 1842.3/6
 Constanze Mozart
 (旧姓ヴェーバーWeber. 再婚後、ニッセンNissen)


 よく【悪妻】と言われていますが、それ程でもないと思います。
 かといって【賢妻】には程遠いし、あえて言えば【愚妻】といったところかと思われるモーツァルトの妻、コンスタンツェ。
 彼女はモーツァルトの死後50年生きました。



 善行より悪行が目につくのが世の常ですが、彼女の評価が変わる日はくるのか?
 モーツァルトとの結婚生活は10年。その18年後に外交官のニッセンと再婚します。47歳の時です。
(そーすると、ミュージカルのプロローグで登場するコンスタンツェは50歳前後ということになりますね)

 モーツァルトは最初、マンハイムでウェーバー家に出会った時、姉のアロイズィアに恋します。
 その後、パリへ旅立ったモーツァルトは、就職先も見つからず、母を亡くし、失意のまま再びミュンヘンでアロイジアに再会しますが、そこで失恋します(トリプルパンチっすね)。

 それから後、大司教と決別したモーツァルトは、ウィーンに移住していたウェーバー家で下宿し、妹のコンスタンツェを愛するようになり、結婚しました。この時コンスタンツェ19歳、モ-ツァルト25歳。
 母ウェーバー夫人が強く勧めた背景もあったようです。

 コンスタンツェとモーツァルトの結婚は父に根強く反対され、結局レオポルトが認めないまま、モーツァルトはシュテファン寺院で結婚式を挙げます。
 そして、家族との親睦と新婚旅行を兼ね、2人はザルツブルグへ帰郷しますが、父レオポルトと姉ナンネールは彼女を冷遇します。 
 この結婚に関する家族間のしこりは、そのまま互いが亡くなったあとも続きます。

 とにかく、夫婦揃って浪費家だった模様。
 モーツァルトの晩年、コンスタンツェは健康悪化の為、何度かバーデンへ温泉療養へ行っています。
 そして、これがモーツァルトの経済状況を破滅的なものにしました(という説が有力)。しかもこのバーデン行き、単なるワガママだったという説もあり。
 借金だらけだったにも関わらず、コンスタンツェは資金繰りがつくものと早合点して、バーテンでバカ騒ぎしていたようです(マジ)。

 浮気もしていたようですが…、まぁ、その辺はお互い様だったようだし、こういうことは憶測に過ぎないし。

 ただ、モーツァルトの末子、フランツ・クサヴァー・ヴォルフガング(Franz Xaver Wolfgang Mozart 1791 - 1844)は、弟子のフランツ・クサヴァー・ジェスマイヤー(Franz Xaver Suessmayr 1766 - 1803)の子供じゃないかという説もあり。
 名前が一緒ってのが疑惑のモトなんだと思いますが…。なんでまた弟子の名前を…??

 コンスタンツェは、モーツァルトが亡くなった後、未完だったレクイエムを弟子のジェスマイヤに補筆完成させ、モーツァルトの名で世に出しました。
 デンマークの外交官ニッセンと再婚した後は、ザルツブルグに住み、彼と共にモーツァルトの残った手紙や楽譜を整理、保存しました。夫ニッセンはモーツァルトの伝記を書いています。

 コンスタンツェは、先夫が偉大な芸術家であったことを理解すると、原譜を手元に置き、出版権を高値で売りました。そうして、息子と共に晩年は印税で裕福になったそうです。

 数々の膨大な資料を紛失や散失することなく、ほぼ完璧な形で残したことはもっと高く評価されてよいと思います。
(でも自分に都合の悪いものは焼却してたり、手紙の一部を抹消してたりするんだよな〜)

 いろいろ史実はありますけども。

 【モーツァルトはコンスタンツェを愛していた】

 これは間違いないようです。それでよいと思います。
 あえていえばお似合いのバカップルかと…(笑)。 



■セシリア・ウェーバー(コンスタンツェの母)
 マリア・ツェツィーリア・シュタム・ヴェーバー 1727 - 1795
 Maria Cäcilia Stamm Weber


 コンスタンツェの母。
 つまりモーツァルトの義母。
 発表されているキャスト表での名前はセシリア(Cecilia)。英語読みになってます。ツェツィーリア、は発音しにくいからなんでしょうか。



 セシリアは、モーツァルトの生まれた1756年に写譜家のフランツ・フリードリン・ウェーバー(Franz Fridolin Weber 1733-79)と結婚してます。

 ちなみに夫フリードリンの弟は、マンハイム宮廷音楽家で、その息子が作曲家のカール・マリア・フォン・ウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826)です。

 つまり、コンスタンツェの父方のいとこが、オペラ『魔弾の射手』を作曲したウェーバーなんです。なかなかすごい家系ですね。ミュージカル中のフリードリンって、くたびれた調子のいいおっさんですが…(笑)。

 さて、このウェーバー夫妻からは4人の娘と3人の息子が生まれていますが、息子は早世したみたいです。
 ミュージカルでは4人の娘が出て来ます。

 長女 ヨゼファ Josepha Hofer (1759 - 1819)
 次女 アロイズィア Aloysia (1760-1839)  ※一般には「アロイジア」と表記されることが多いです。
 三女 コンスタンツェ Constanze (1762-1842)
 四女 ゾフィー (Maria) Sophie Haibel (1763 - 1846)

 長女のヨゼファは、『魔笛』の初演で夜の女王を歌っています。かなりのコロラトゥーラ・ソプラノの歌い手だったと推測出来ますね。

 次女のアロイズィアも、美しさを兼ね備えたプリマドンナとして活躍しています。最初、モーツァルトはアロイズィアに求愛していますが、拒否されています。
 アロイズィアにとって、モーツァルトは【無職の歌の先生】だったようです。

 三女のコンスタンツェも同じく歌手。でも姉ほど、才能も容姿も恵まれなかったようです。ご存知の通り、モーツァルトと結婚しました。男児二人を授かり、死別後はニッセンと再婚。

 四女のゾフィーは、モーツァルトの臨終に立会い、手記を残しています。結婚し、夫と死別した後はコンスタンツェと同居、死亡後はコンスタンツェと同じお墓に埋葬されました。



 マンハイムでウェーバー一家はモーツァルトと交流、その後アロイズィアがウィーンのドイツ・オペラと契約した時、ミュンヘンから一家全員ウィーンへ移住。フリードリンは1779年10月にウィーンにて卒中で亡くなっています。

 ウェーバー夫人は、ウェーバー家の後見人トーアヴァルト(ミュージカル中ではセシリアの再婚相手)と共に、誓約書を書かせようとします。
 モーツァルトとコンスタンツェに、二人が3年以内に結婚すること、もし不履行の場合は、モーツァルトがコンスタンツェに年300フローリンずつ支払うという内容でした。
 しかし、コンスタンツェは後見人が去った後、その誓約書を破り捨てます。モーツァルトを完全に信用してるから、と。
 この辺りはミュージカル中にも出てきますね。

 ウェーバー夫人は単純に、ステイタスを持つであろうモーツァルトと自分の娘を結婚させたかったんだろうと思いますけどねぇ。モーツァルトからお金を絞り取ったような資料は今のところどこにも出てこないです。

 映画でもそうなんですが、ウェーバー夫人は、その俗っぽさがかなりカリカチュアされてます。



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02.04/19UP
01.01/10一部補筆