バンドネオンにやられた!!(2000.5.27)
〜Concierto para bandneon Composed by Astor
PIAZZOLLA〜
バンドネオン協奏曲(アストル・ピアソラ作曲)
ある日曜日、山から帰り、いつものように心地よい疲労感と爽快感に浸りながら風呂上がりのビールをぐびぐび飲んでいた。つけっぱなしのテレビはなぜかNHKであったが、特に「この番組を見るのじゃ!」と目論んで選局した訳ではなかった。壇ふみが独特のトークを繰り広げつつ、しかし疲れた身体には彼女が話している内容など聞こえてくるわけもなく、「おお、きっとこの人は平安時代だったら絶世の美女とうたわれたに違いない。」などとつぶやき、呆けていた。
テレビの場面が変わり、なにやらオーケストラの編成が現れた。特徴のあるステージは、一目でサントリー・ホールであることが分かったが、下手から出てきたアーティストが手にした楽器には全く見覚えがなかった。ソリストが登場するということはコンチェルトらしい。
「ぐびっ」と缶に残った最後のビールを飲み干すと、音楽が始まった。
その瞬間、僕はテレビに釘付けになった。
こりゃあ、アホ面してビール飲んでる場合じゃねえぞ、ってなもんだった。
ほどよくかすれた洒落た音、身がよじれるような切ない旋律、その小さな楽器に合わせるようにブラスが除かれた編成のオケもこれまた何とも言えないメロディーを響かせるではないか。一体これは何という楽器?だれが作曲したのだろう。
バンドネオン(bandoneon)はアコーディオンの一種である。普通のアコーディオンと違うのは鍵盤の代わりにボタンを用いているところだ。1840年にドイツで考案され、その後、アルゼンチンに移入されてからはタンゴの演奏に用いられるようになった。そして、この曲の作曲家であるAstor
PIAZZOLLA(アストル・ピアソラ)はタンゴの奏者であった。92年の7月にお亡くなりになられたそうで、もうちょっと早くこの曲と彼の存在をしっていたなら、生の演奏が聴けたのかも知れないと歯ぎしりしたくなる。
ピアソラはアルゼンチン・タンゴの楽団を主宰し、活動の中心はタンゴであったが、一時期はバルトークやストラビンスキーを目指すべくクラシック音楽を学んだ経歴の持ち主である。だからバンドネオンの「コンチェルト」という洒落たコラボレーションも、彼にとっては自然だったに違いない。ちなみにこの曲はブエノスアイレス州立銀行のラジオ番組のために作曲された。
曲は「アレグロ・マルカート」「モデラート」「プレスト」の3楽章で構成されており、第一楽章のバンドネオンのソロパートは即興で弾かれる。
しかしなんと言っても「洒落た」という言葉がこれほどぴったりくる曲もない。少し古くなったセピア色の場末の酒場の写真を思い出させるような旋律。かすれたアタック、消え入るようなサスティンというバンドネオン独特の音は、このメロディーを奏でるために作られたものだと思わざるを得ない。まさに、バンドネオンを知り尽くした名奏者ならではの作曲だ。リズムもアクセントの位置も、タンゴのバックグランドを彷彿とさせるのだが、しかしクラシカルなオケの編成になんら違和感はない。
とにかく、しばらくこの曲に狂った。
病みつきになる危険のある曲である。もしお聞きになるのだったら、覚悟してのぞむことをお勧めする。