やっと休息日・・・ガイアンの岩場〜シャモニでの生活

2001.8.3


 4日間つづいた晴天も、この日は曇り時々雨。シャモニの街も朝から厚い雲が空を覆っていた。昨日までくっきり見えていた針峰群もままったく姿が見えない。雨も時折ぽつぽつきている。

 4日間登り続け、いい加減疲れが溜まっていたので丁度良い休養。といっても原と豊山は明日の早朝にシャモニを発たなければならず、つまり唯一の観光日となったのであった。

 毎日5:00前に起きていたので、朝寝坊がうれしい。悪天だけ確認してあとは8:00過ぎまでぐうぐう寝た。結局、最後までねていたのは原でした(^^;;;

 1人、2人と起き出し、キッチンがにぎやかになった頃に目が覚める。コーヒーを飲んで、雑談。皆、朝食を作る気分でもなく、食材もなく、町に遅い目の朝食を取りにでかけた。

 シャモニの中心を流れる川べりのレストランで食事をしつつ、今日はどうしようかねぇ〜なんて話をする。と、川の上流から人間が流れてきた。みんなウエットスーツ(多分ドライスーツ)を着込んで、浮き具につかまっている。どうやら人間ラフティングチックな遊びのようで、「あ、あれやりたい!」と叫んでみたものの、みんなから却下されてしまった。 2週間滞在組は明日以降の行動を練る。とりあえず人数が減ってしまうのでホリデーアパートは引き払い、ホテルを取って明後日からルカンを狙うとのこと。その後ベルナー・オーバーラントに移動して・・・・、なんて話を聞いていると、帰るのが異様にくやしくなる。
ルカンも登ってみたいし、ベルナーオーバーラントの三山も魅力的だ。アイガーのバリエーションルートでも、ミッテルレギ山稜だったら十分狙えるだろうな・・・。

 と、長い食事を終えると(なんと贅沢な時間なんだ!)、昼近かった。アパートに帰る途中、激しい雨に襲われた。どうやら本当に悪天周期に入ったようだ。


<ガイアンの岩場 全景>
 アパートに戻ると雨が小降りになり、やがてやんだ。雨だからと言ってこのままウダウダ過ごすのもなんなので、豊山とイチローと三人でガイアンの岩場を見に行くことにした。

 ガイアンの岩場はシャモニの中心部からジュネーブ方面に1.5kmくらい(たぶん)行ったところにある。MIDI側の大きな国道ではなく、ブレバン側の細い通りに面している。岩場の基部は芝生の広い広場になっており、トイレもあれば駐車場もかなりのスペースが確保されている。いわゆるゲレンデだけど、日本のゲレンデでこれだけ整備されているところってあるかな・・・。おそらく行政が整備しているのだろうけど、日本とは考え方が随分ちがうなと思った。ま、日本だと行政が整備してこういったものを作ると、万が一事故が起こったときに「行政の管理責任だ!」とかいって被害者が騒ぐから行政も手をつけないのだろうけど・・・。

 岩場の規模はたしかにゲレンデ並だけど、3ピッチくらいのマルチは切れるようだ。また、下部フリールートはシン〜ハンドくらいのクラックが走っており、それ以外はフェース系でハングもあり、面白そう。コケが若干認められても日本のようにうるさくはない。一日いても十分楽しめそうである。

 我々は一応フラットソールだけ持っていたものの、ハーネスもロープも持っていかなかったので下部で少しボルダー遊びをする。手のひらの岩の感触がとても心地よい。ピッチもやりたかったけど、また今度にしよう。

 ひとしきり遊んで岩場を後にした。一旦アパートに戻って今度はドライブ。メール・ド・グラス氷河の末端を見に行った。 メール・ド・グラスはシャモニの谷に一気に落ち込んでおり、なかなか迫力。氷河が崩壊するときにはさぞや大きな音がするのだろうなあ。ここがジョラスやヴェルト、ルカンの登り口だと思うと、なんだか氷河の中に誘われているような気分になる。

 そんな風にして午後を過ごした。夕飯は最後の晩餐ということで町に出てレストランで取ることにする。雨宮さんのたのんだオニオン・グラタンスープが異様にうまそうだった。僕は野菜スープにしたら、なんと野菜をすべてすりつぶしてポタージュチックにしたものがでてきた。すごく暖まるしおいしかったのだが、「具」として野菜が入っている日本の野菜スープとは根本的に違うな〜と思った。

 アパートに戻り、豊山と僕は荷造りをする。明日の早朝、シャモニを発つ。
 荷造りを終え、キッチンで残った食べ物をつまみにし、ワインを飲み干す。アッという
間に、帰国日になってしまった。楽しい時間というのは早く過ぎてしまうのだ。





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