前穂高岳/北尾根(2000.7.1〜2)メンバー:鈴木(すーさん)、豊山、原(ARIアルパインクラブ)、石崎(太田労山)


北尾根(2000.7.1〜2)

メンバー:鈴木、豊山、石崎(太田労山)、原

 北尾根はあこがれだった。
 ロープを使い始める前は、前穂の北尾根や北穂の東稜は僕にとって雲の上のルートだった。いつか行ってみたいとずっと思っていた。
 衝立や丸東、屏風を登り始めた今であっても、やはり一度はトレースしてみたいと思っていた。で、北尾根に乗りそうなARIの新人(すーさんと豊嬢)と春に一緒に赤岳/天狗尾根に行った太田の石崎嬢を誘って出かけることとした。

<上高地バスセンター前で準備をする豊嬢とすーさん>

7月1日(土)
 明け方の3時過ぎに沢渡入り。2時間程度仮眠し、バスで上高地へ。土曜日は雨の予報で山屋も観光客も出足が鈍いらしく、バスターミナルはガラガラだった。土曜日が雨であれば涸沢経由、土曜日が晴れたらパノラマ新道の可能性を考えていたが、なんとか天気はもちそうなのでパノラマ新道を行くことにした。一路、徳沢を目指す。
 徳沢で水を汲み、新村橋を渡る。渡りきって林道を横尾方面に向かい、林道が二俣に分かれるところで左方の山に向かう道をとる。ガレた河原沿いに歩き、堰堤を幾つかやり過ごすとやがて森の中の登山道となる。森を抜けたところで踏み後が不明瞭になり、それでも河原沿いにずんずん進んで行くと雪渓が現れる。今年は雪が多いが、こんな標高の低いところまで雪渓が残っているとは想像以上だった。稜線上の状態が気になる。
 踏み後が無くなってしまった河原を、それでも上に向かうとマーキングが現れ、再び踏み後が復活。ここを直進すると、雪渓を詰め、中畠新道から奥又白に出られる、が、パノラマ新道はここを右に折れる。薄い森を抜けると、河原に降り立つのだが、今年は雪が多いせいか一面雪渓に覆われていた。
 正規ルートはこの雪渓を真横に横切る。よく見ると雪渓をほぼ水平に横切った先にマーキングがあるのだが、全く色の抜けたボロ布であるため、我々はこれを見落とす。もうちょっと上にパノラマ新道が続いているのだろうと思い、雪渓を延々と詰め上がる。上部で三又に分かれるところでさすがにおかしいと気付くも、上も抜けられるだろうと考えそのまま雪渓を詰めた。
 しかし、傾斜がかなり急になったところで小熊に遭遇。たぶん「月の輪熊」だが、近くに母熊がいるはずで危険だ。傾斜もかなり急になってきているし、やはり引き返すこととする。原は得意の尻セードで一気に下ってしまったが、豊嬢はスリップして石崎嬢とすーさんを巻き込んで止まった。これでビビった豊嬢は、それ以後楽しいはずの雪渓が恐怖の滑り台に見えたようで、のそり、のそりと力無く降りてきた。
 正規ルートに戻し、気を取り直して上を目指す。登りが徐々に急になってくると、慶応尾根の乗越しに出る。ここは肩状の地形になっており、上に尾根が延びているので屏風のコルについたかと勘違いしやすいが、上に延びている尾根は慶応尾根で、屏風のコルはもう少し先。しかし、尾根筋には冬季用のマーキングがしてあるので要注意である。我々はこのマーキングに惑わされ、慶応尾根を北尾根と勘違いして少し詰め上がってしまった。
 再度気を取り直して一路屏風のコルを目指す。途中雪渓を何度か横切る。例年より雪が多く、横切る回数も多かった。途中、湧き水があり、水を補給することができた。稜線に上がってしまえば水は全く補給できない。ここで水筒を満タンにすれば一日目の食事に気を使う必要もない。ありがたかった。
 寄り道があったためメンバーの消耗が激しく、屏風のコルにて今日の行動をうち切ることとした。時間は16時前。今日は無理をしない方がよい。広めのスペースにそそくさをテントを張った。
 上に偵察に行くと、小高いピークから涸沢が望めた。涸沢の雪の多さに愕然とした。北穂沢にもびっしり、ザイテングラードも雪がびっしり。小屋がかろうじて雪から顔を出しているという感じ。横尾谷の相当下の方までも雪が残っていた。これでは一般道を北穂に上がるのにも前爪付きのアイゼンが必要だ。ましてや涸沢から5・6のコルに上がるには当然12本のしっかりしたアイゼンが危ないだろう。我々の乏しい装備では到底5・6のコルまで上がれなかったに違いない。結果論だけど、パノラマ新道を来たのは正解だったようだ。
 「雪がすごかったよ」、と言いながらテントサイトに戻ってくると、まだまだ元気一杯の石崎嬢と豊嬢がスキップをしながら見に行った。石崎嬢は初日は絶好調であった。バリバリトップで上がっていく姿は、すこぶる頼もしかった。
 食事係の豊嬢の作った八宝菜と、各自持ち寄った酒とつまみで夕食をとり、寝た。が、テントのなかにわんさか入り込んだブヨの攻撃に熟睡は妨げられるのであった。屏風のコルにテントを張るときには虫除けスプレーが必要だと思った。


<8峰から前穂方面を望む>
 7月2日(日)
 晴れている。今日は大丈夫だろうとは思ったがここまで晴れるとは思わなかった。白い雲は多いが、雨雲ではなく、夏空にいつも湧き出る雲だった。頑張って前穂を越えよう。
 4時にテントサイトを出発。一年の中で一番日が長い時期だけあって、既に明るい。
 最初は明瞭な踏み跡をたどると、突如リングボルトから茂みの中に延びるフィックスが現れる。右の斜面にはしっかりした踏み跡が付いており、これは涸沢への道。ここが北尾根の取り付き。わかりにくいので注意が必要。
 北尾根の踏み跡は獣道程度の心細さだが、ま、あまり人が踏み込まない北尾根の下半だからこんなものかと思う。途中、激しい藪こぎの急斜面では完全に踏み跡がなくなるが、稜線をを忠実に上に向かえば再び踏み跡が現れる。ほどなく8峰の頂上。まだ屏風の頭より少し低い。ここで慶応尾根を合わせる。眺めると、慶応尾根を突き抜けてもここまでこれたかなと思った。
 ここから踏み跡に従って少し下り、登り返すと7峰。この辺りは穂高屈指のお花畑だが、期待に違わず見事な高山植物が我々を迎えてくれた。7峰の頂上にはテントが2張りくらい張れる。
 7峰を下り、切り立った小ピークは一旦奥叉側に巻き、一気に登り返す。登り返す草付きは70°くらいあり、足場がドロドロで悪い。バイルが役に立つ。右側のブッシュには冬季に使われたであろうシュリンゲがかかっていた。ノーザイルで行けたが、後続のために一応フィックスを垂らす。
 小ピークはナイフエッジとなっており、すっぱり切れた壁にぶち当たる。岩にはシュリンゲが何本もかかっている。周りをよく見るが懸垂しかなさそう。ガイドブックには下半は常念山脈の縦走気分で歩けると書いてあったが、大嘘だった。たぶん1998年の大地震の影響で道が崩壊し、こんなに悪くなったのだろう。そういえば、あの年は地震の最中、北鎌に行ったのだった。その時のパートナーの酒井は今はだれかさんの影響で自衛隊に入ってしまった。
 50m一本で懸垂をし、際どい斜面をトラバースすると切り立った一枚岩に出た。リングボルトが程良い間隔で二本並んでいる。またザイルピッチ。でも、切り立っているのは出だしの2ムーブくらいでその上は大したことはなかった。ワンポイント細いステップに立たねばならず、登山靴では慎重になる。45mのばしてコール。そこから急な斜面を手を使いながら這い上がると、6峰の頂上。あと4つピークを越えなければならない。5・6のコルに降りるのが嫌になる。

<3・4のコル。コル上に雪が残っている>
 5・6のコルで大休止。初めての5・6のコルは思ったより狭かった。大きなテントを張れるスペースはなさそうだった。コルのすぐ下まで雪渓が続いていた。
 5峰へは一般縦走路並の道を上がる。あまり背の高くない5峰はすぐにたどり着いた。そこから少し下って4峰に登り返す。だんだん岩登りらしくなってくる。リッジ上のピナクルにシュリンゲがかかっているところがあるが、これを涸沢側に行くと行き詰まる(というか、ザイルピッチとなる。)。奥叉側に行くと、なんなく4峰の頂上。ここまで標高を上げると、奥穂や北穂も間近である。
 3・4のコルにおりるとコル上に雪があった。5・6のコルに比べ、長さはないが幅は広い。3・4の方が快適そうだった。
 いよいよ核心の3峰の登り。コルから一段上がったところにアンカーが打ってあり、ここでザイルを出す。4峰の下りで観察したところ、トポのとおり3通りのルートが取れそうだったが、向かって一番左はそれこそザイルもいらないくらいに見えたので、オーソドックスな中央の凹角沿いを行くことにした。登山靴でもフリクションが良く効く岩質で、すこぶる快適だった。40mでコール。引いてきた二本のザイルの一本を固定し、豊嬢にブロッカーで登らせる。一本は石崎嬢がフォロー。豊嬢が登ったあとにフィックスを解除し、すーさんがフォロー。先に登った石崎、豊に、ノーザイルで上に行かせる。この方が時間を短縮できる。
 その上で、一カ所ザイルを出し、あとは快適な岩登りで3峰。3峰から2峰とのコルに下るところはちょっと嫌らしいがきちんと岩が見えていれば問題はない。懸垂支点はあるが、使わなかった(たぶん冬季用)。快適に岩をつかみながら進むと、突如開けた前穂の頂上となる。やはり頂上は広い。奥叉側に雪がたっぷり残っていたのには驚いた。

<前穂の頂上で。左から豊嬢、石崎嬢、鈴木>
 北尾根とはいえ、やはり頂上は気分がよい。今回はほぼ末端から詰め上がったから、爽快感もひとしおだった。メンバー全員で握手をし、感慨に浸る。時刻は11:30。思いのほか悪かった下半に時間を食ったものの、まあ、程良い時間。特に石崎嬢の体力にはびっくりだった。

 食事をし、岳沢に駆け下る。紀美子平をやり過ごし、鎖場を通過し、岳沢ヒュッテまで50分!(他の三人も80分くらい。)。こんなに急いだのは何を隠そうキジを打ちたかったからだった。しかし、身が軽くなるとさらに走りたくなるもので、岳沢ヒュッテから上高地までは30分で下ってしまった。豊嬢も必死に走ったようだった。おかげで美しい岳沢の風景は所々しか覚えていない。
 晴れた日曜日となったため、上高地は昨日とは大違いの賑わいだった。とりあえずビールで乾杯し、夏のシーズンの始めには良い山行だったなと振りるのだった。

<総括>
 今回は北尾根ということでなめていたが、やはり初見のルートはアプローチも含めルートファインディングに慎重にならないと痛い目に会うと痛感した。特に下半は1998年の地震の影響なのか思った以上に悪く、人の入らないバリエーション独特の苦労を強いられた。良い経験だった。
 それから、前穂の東壁と奥叉白をよく観察出来たのは収穫だった。前穂東壁に向かう前には北尾根を登るべきだと言われるが、まったくその通りだと思った。雪渓の状態や5・6から奥叉側への下降路の状態なども、一度見ておくだけで準備が違う。前穂東壁に行く前には、是非北尾根をトレースすることを薦める。
 やはり「名ルート」だと思った。

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