鋸岳(角兵衛沢〜七丈ガ滝尾根)(1999.1.15〜17)メンバー:大野、原(ariアルパインクラブ)


 ARIに入る前は岩のことなどこれっぽっちも知らず、自分にとってスゴイところと言えば、前穂の北尾根や北穂の東稜、槍の北鎌尾根等々であり、その中の一つに南アルプスの鋸岳があった。
 このコースは一般登山者用のガイドブックでは「最難関」として紹介されているコースである。正面壁でA1のピッチを擁する第一高点二尾根など、いわゆるバリバリ岩登りルートをとることも可能ではあるが、主稜線上は縦走と岩登りの接点に位置するコースといえる。
 とはいえ、僕にとってはあこがれのコースであった。そのあこがれのコースに厳冬期に挑むというのは、難易度は低いとはいえ、意味のある山行だった。

1月15日(金)雪/曇り/時々晴れ
戸台(14:00)〜角兵衛沢出合(15:30)〜大岩下角兵衛岩小屋(18:15)

 明け方まで続く仕事の関係で木曜日の夜出が不可能となり、さらに天候が読めなかったこともあって、相模湖駅に朝の8:00集合とする。天候を気にしつつ中央道を下り、それでも八ツに転進したのでは普通の週末と変わらん!と双葉SAで鋸につっこむことを決心する。双葉SAをでると雪がぱらつきはじめ、温度低下のためフロントガラスが凍ってしまい閉口するも、無事12:00に伊那IC着。セブンイレブンで買い物をして戸台に13:00。途中チェーンを付けてうっすらと雪が積もった河原に下った。
 大野、原、共に買ったばかりの無線を、なんと説明書を開きながら使い方のチェックをする。その後共同装備を分けて出発。14:00であった。
 出発の頃には、覆っていた真白い雲が時折切れ、太陽が顔を見せ始めた。天候が回復するのだろうか?期待をしながら戸台河原を詰める。カミニゴリ沢出合まで一時間。そこから30分程度で角兵衛沢出合についた。コースタイムより相当早く、しめしめ、これならヘッテンを使わずに岩小屋まで行けるかな?とほくそ笑む。
 出合から角兵衛沢を詰める。まず、戸台川を徒渉する。その後のマーキングに導かれて進む登山道は傾斜も緩く、歩きやすい。が、しかし、圧倒的な睡眠不足から足が鋼鉄の様に重い。「ああ、あのキチガイの様な仕事は我が体力まで確実にむしばんでいくのだなあ」と思わず絶句。17:30頃にとうとう森は闇につつまれ、仕方なくヘッテンを出す。岩小屋に18:15着。
 隣では緑山岳会(?)のおじさん達がぬくぬくのテントの中で焼き肉パーティーをやっていた。とても見たくはなかったのだが、雪の中に冷やしてあったビールを見つけてしまい、ジフィーズのみをスカスカのツェルトの中でかみしめる大野、原両名は「きー!!悔しい!」と思わず歯ぎしり。コッフェルと箸をもってテントに乱入しようかと思ってはみたものの、やはり断念。次回は必ずやビールと酎ハイと焼き肉セットと鍋セットを持って上がると心に誓いつつ、火を消したとたんに冷え込むツェルトの中で寝袋と共に丸まったのであった。


1月16日(土)快晴、少々風強し
鋸岩小屋(6:00)〜角兵衛のコル(8:30)〜第一高点(8:45)〜小ギャップ(9:50)〜大ギャップ(11:30)〜第二高点(12:00)〜六合石室(15:40)

 結局、眠れなかった。圧倒的な寝不足は寒さにこらえるパワーさえ蝕んでくれたようだ。
 朝4時に起床して適当に飯を食い、6時に角兵衛の岩小屋を出発。前日、第2尾根をやろうかと悩んではいたが、今の自分の体調でバリバリバリエーションの第2尾根をやったらそれだけで玉砕してしまい、鋸縦走など夢のまた夢になってしまう。素直に角兵衛沢を詰めることにした。
 樹林帯の中の岩小屋をでるとすぐにガラガラの沢の急登になるが、夏はぐずぐずに荒れて歩きにくいであろうこの角兵衛沢上部も、程良く雪が詰まって歩きやすい。雪も少なく、一見して雪崩の心配は皆無であった。ただ、角兵衛のコルに近づくにつれて風が強くなってきた。
 角兵衛のコルから一登りであっさり第一高点にたどり着く。鋸岳の最高峰はポカポカの太陽が照っており、少々風が強い他はとてもご機嫌な小休止場所だった。この後の核心に備え、ここでハーネス等のギアを付ける。
 第1高点から小ギャップまでは、まるで奈落の底に落ちていくかのように急降下する。足下に気を付けないとひっくり返りそうだ。最後に約10メートルの懸垂で小ギャップに降り立つ。
 小ギャップから鹿窓、第3高点(中岳)、大ギャップまでがこのルートの核心である。しばし、気合いを入れなおす。
 小ギャップから鹿窓への登り返しを見上げると結構な傾斜にみえたのでダブルアックスで行くことにする、が、取り付いてみたら何のことはなかった。よく見ればホールドもあり、シングルで充分だった。一登りし、すこぶるやせこけた尾根を慎重に通過し、少し甲州側に下って斜面をトラバースしていくと、岩稜帯にぽっかり穴のあいた鹿窓につく。一般道はこのトンネルをくぐって信州側に出て、第3高点をトラバースで巻いて大ギャップへと降り立つのだが、我々は稜線上を行き、第3高点を踏むことにする。第3高点を踏むルートが一応バリエーションルートなのだが、冬季であればトラバースもかなり悪く、稜線上の方が良さそうであった。ただ、このやせ尾根は信州側から強い風が吹き付けるため、甲州側に張り出した雪庇(あまり発達はしていない)には注意が必要である。
 鹿窓の入り口から尾根にはい上がり、やせた稜線上を行くとあっさりと第3高点を踏む。ここから大ギャップに向かって急降下をする。しばらく急斜面を下ると、傾斜が二足歩行に耐えられなくなる程になり、やがて木にシュリンゲが4〜5本かかった懸垂ポイントに出る。ここが大ギャップの底までの長い懸垂の支点である。
 ブッシュ帯の急斜面のこの懸垂は、長さ35メートル強といったところで、降り立ったところが大ギャップから甲州側に落ち込むルンゼの急斜面になっており、いやらしい。当然、終了点にアンカーなどあるわけがなく、雪面を少し這い上がりステップを切らないと安定しない。急雪面を削ってテラスを作り、念のためピッケルとバイルを二本雪面に埋め込んでその上に体重をかけ、気持ちばかりの確保をしてロープの末端を持ちつつセカンドの大野のフォローをした。が、これが結構降りにくかったようで、終了間際で大女、じゃなかった王女さまに「原、きつくってよ!ちょっとゆるめて・・」と言われてしまった。反省。
 柔らかい雪のルンゼを這い上がり、大ギャップの鞍部にでる。ここから第3高点側を見上げると、所々に残地ハーケンが見える雪混じりの岩稜帯となっており、見たところそこそこ登りがいがありそうだった。小ギャップといい大ギャップといい、角兵衛沢から入ると核心は懸垂で終わってしまう。このコースは逆走した方が岩登りという観点では楽しめそうである。
 大ギャップからダイレクトに第二高点を見上げると垂壁が立ちはだかっている(登れないことはないだろうが・・・)。今度は信州側に数十メートル下り、ややトラバース気味に樹林帯の中から第2高点へ上がっていく。ガレた沢は何故か雪がついておらず、下るのに一苦労であった。夏には絶対に来たくないと思った。
 第2高点は第1高点同様、絶好のパノラマを提供してくれた。張りつめた冬晴れの空気に八ヶ岳から中央アルプス、北岳などの他の南の山がすっきりを姿を見せていた。その中でも、白い仙丈岳は素晴らしかった。その白いフォルムは光の中で淡いスカイライン描きだしており、実にたおやかだった。「うおーっ!綺麗だあー!」と、思わず歓喜を上げると、隣で大野が「わあ、ソフトクリームみたい!食べたくなっちゃう!」とせっかく詩的に盛り上がっていたのに、サクッと落としてくれた。女性はやはり食い気か?ちなみにこの後「モンブラン」の話で盛り上がり、そういえば和菓子「仙丈」なんてのもいいよねえ、あの形そっくりの、という極めておいしそうな話で宴たけなわとなったのであった。
 第2高点での物質的かつ精神的ランチタイムを済ませ、先を急ぐ。一応核心は越え、ここからはほぼ一般縦走路であるから、ちょっと気は楽である。
 中ノ川乗越までの急降下は爽快だった。やや広めのルンゼ状の道は一本のトレース以外は真っ白な、そして程良い深さの雪面で、絶好の滑り台だった。当然トレースのないところを尻セードですいすい下る。早い早い!あっという間に中ノ川乗越までたどり着いてしまった。
 ここからはブッシュと閑散とした低木に囲まれた稜線歩きである。細かいアップダウンが疲れた身体には少々きついのだが、天気が晴れ渡っていたので気持ちだけは抜群だった。ただ、開けた場所では信州側からの風が強く、小休止する場所を探すのに苦労した。
 いくつもいくつもピークを越えて、甲斐駒への急斜面が目の前に迫ってくると、6合目にたどり着く。5合目も7合目も8合目も9合目も全部黒戸尾根にあるのに、何で6合目だけこの鋸尾根にあるのだろう?と首をひねる。
 6合目は看板があるのですぐにそれとわかる。登山道から少し信州側にのぞき込む様なところに祠があり、ここが七丈ガ滝尾根への下り口である。
 とりあえず我々の今日の寝床は6合目の石室なので、もう少し進む。5万図ではそろそろ見えてもいい頃なのに、見えてこない。おかしいねえ、と話していると、甲斐駒への登りにさしかかる開けたコルまで来て信州側の斜面にへばりつく様に石室がみえた。この時点で昨日も眠れなかった原はもうへろへろ。思わず6合石室がホテルオークラに見え、最後の力を振り絞って斜面をトラバースしていったのであった。
 6合石室は風はよけられるが、はっきり言ってスカスカであった。外気との温度差はとうてい出来そうにない。ただ、梁に針金が張ってありツェルトを張るのが楽なのと、下が平らなのは相当メリットがある。単なるビバークよりは数段快適である。
 石室内にかけてあった毛布とキャンピングシートを雪の上に敷いてその上にツェルトを張る。とりあえず食事の支度をするために火をおこすとツェルト内だけ温度が上がり、楽園が出来上がる。ひとしきり食事をし(しかし、もはや原にいつもの食欲はなかった!)、暖かいストーブを焚いたまましばらくうたた寝をして、就寝した。
 で、この夜も原は眠れず。丁度0時にあまりの寒さに目が覚め、大野持参のスノーピークを焚く。ああ、このまま「火焚きじじい」になって朝まですごしたいいいい・・・、と情けなくつぶやくと、優しい大野様は象足とザックの背のマットを貸してくれたのであった。仙丈=ソフトクリーム発言から一転して、このときばかりは大野が女神に見えたのであった。おかげでがたがた震えつつもうつらうつら眠ることができ、疲労回復とは行かないまでも何とか朝まで過ごすことが出来た。


1月17日(日)快晴
6合石室(8:00)〜丹渓山荘(12:20)〜戸台(14:00)

 朝4時に起きる。
 とりあえず火を焚き、浅い眠りに苦しんだ身体を起こす。しかし、疲労度は絶頂という感じで、プラブーツをはく動作だけで足がつりそうな疲労を覚える。こりゃあダメだとつぶやき、甲斐駒はあきらめ七丈ガ滝尾根を丹渓山荘まで下ることとする。無理矢理つきあわせた大野には悪いことをした。反省。二回目。
 ゆっくりゆっくり食事をして、ゆっくりゆっくり支度をしていたらなんと出発は8時になってしまった。うわあ!と叫び、一路七丈ガ滝尾根を下る。
 七丈ガ滝尾根はトレースが全くなく、とても気持ちのよいフカ雪下りとなった。
 というのは鋸岳によるフェイントであった。突如雪は消え去り、道は所々岩が露出した絶悪の急下降に変身してしまった。悪いところには針金があるのだが、前爪で立ち込まなければならない箇所がいくつか出てきて、まさに今回の山行の核心であった。思わずロープがほしくなるところもあった。
 ヒーヒー言いながら尾根を下り、七丈ガ滝沢の河原に降り立つ。奥には見事な氷瀑が見え、ちょっとばかし気分が晴れる。ここからはアイスクライミングに入ったパーティーのトレースがついており、それをたどって氷結した川面を下る。さしずめネパールのザンスカールといった感じだったが、所々石が突き出ており、アイゼンをしていると結構歩きにくかった。
 川床から川岸に道を移し、しばらく行くと丹渓山荘にたどり着く。ここで12時。なんと下りに4時間もかかってしまった。悪路とはいえ、ちょっとのんびりしすぎたかなと言いつつも、河原で軽く食事をする。暖かい日が射し込む河原でのピクニックは最高だった。 さあて、今までの遅れを取りももどすか、と、気合いを入れて戸台に向けて出発。晴れ渡るご機嫌な赤河原を下った。振り返ると凛々しい甲斐駒の雄姿が澄み渡る冬晴れの空に突き抜けており、ため息とともに見とれるのであった。それくらい幸せな、光に満ちあふれる赤河原であった。
 と言いつつ、我々は早足である。時間切れで温泉とソースカツ丼を逃すまいと競歩のごとく闊歩した結果、戸台までなんと一時間半であった。まるで人参を目の前にぶら下げられた馬の様であった。我ながら。
 結局、戸台についても空は晴れ渡ったままだった。午後の暖かい光のなかでザックをおろし、大野と握手。何とかやり遂げた最高に心地のよい爽快感と満足感に浸りながら、冷え切った身体を暖めるべく高遠の温泉へと急いだ。


<総括>
 鋸岳は例年積雪量が少ないという情報は得ていたが、この時期にあっても(しかも、前の週に中部山岳地帯は大雪のはずだった!)雪は多いところでスネ〜膝と言ったところで、沢も雪崩の心配は皆無であった。ただ、万が一大雪が降ったときには角兵衛沢は絶対に詰めるべきではない。上部は両岸を岩壁に仕切られ、逃げ場がない。傾斜もきついので雪崩れたら命はないと思ってよい。
 全体的に主稜線上はマーキングが豊富で、ルートは明瞭である。小ギャップ、大ギャップの懸垂支点も一目でそれとわかる。しいてあげるなら全コース落石には注意すべきである。山全体が逆層で、しかも崩壊期にはいっており、いたる所で落石の可能性がある。食らわないよう、また落とさないよう慎重に行動すべき。
 6合石室はただの廃屋なので、ビバークセット(若しくはテント)が必要。単なる風よけと平らな地面だけがあると思った方がよい。
 七丈ガ滝尾根の下りは悪い。一般道と記されているが、今回の様な中途半端な雪では結構悪いクライムダウンを強いられる。縦走しかやらない人は近づかない方が良いのではないかと思った。
 七丈ガ滝沢の河原に降り立ってからの河原歩きも結構歩きにくい。沢の表面が結氷していないときには結構な時間を見た方が良い。
 ちなみに七丈ガ滝沢の上部(下降点から数十メートル)に氷瀑があった。幕営跡があったことからきっとよく登られている有名な氷瀑だと思うが、結構なスケールがあった。ただし、まだ下までつながっておらず、登るのは困難に見えた(原の目ですから信用ならないですが・・・)。
 全体的に主稜線の岩登りを楽しむのであれば逆コースをおすすめする。その際、七丈ガ滝尾根を6合に上がるよりは、少し遠回りでも北沢峠から甲斐駒に上がって鋸に入った方が、道的にも精神的にも良い選択だと思われる。

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