Live History #02 1978
BLOOM
● 動き出したイメージ


 本ライブは、アルバム『DEAD END』の曲を中心に、『CMソンググラフィティ』の曲を間にはさんだ構成である。 このライブの録音・放送がいつであったのかは、確認できていない。 演奏の時期については、議論沸騰したテーマであり、この話については長くなるため、【コラム】として別にまとめている。

 ただし、放送番組については、『DEPARTURE』同様、「DENON LIVE CONCERT」ではないかと思われる。 同番組に、ゴダイゴは大ブレイク前に少なくとも2度は出演しているとみられ、ファンの間では「『組曲:新創世紀』を演奏した回があるのでは?」と推測されているものの、実際には70年代の出演で、先の『ゴダイゴ号の冒険』とこのライブ演奏以外を知るオールドファンの存在は確認されていない。 演奏時間の長さからも同番組であったのではないかと想像されるにすぎず、時期については定かではない。

 当時のプロデューサー、ジョニー野村氏がラジオ番組(『アブラカダブラ』)などで「あんまりライブをやってもしょうがない」と言っていたのが、おそらくこの時期のことであり、『DEAD END』発売前の夏の全国ツアーでは『ゴダイゴ号の冒険』が演奏され、『DEAD END』は発売前後に、あまりライヴでアピールされた様子がなかったことがFC会報の情報から読み取れる。 アルバムと同時期のライブが存在し、放送されていたこと自体、我々にとっては新しい発見であった

 さらに、おもしろいことに、このライブを聴いた瞬間、多くのファンの脳裏に、ある映像が浮かぶであろうことだ。 それは『DEAD END』のライナーにある一枚の写真。 ヒゲ面のスティーブが仁王立ちし、珍しくもタケがフェンダーローズピアノを弾いている、あの一枚。 ゴダイゴの数々の写真の中で、あれが一番好きだという者もいるくらい印象的なスナップである。

 この演奏は、それが音になって蘇ったという感じなのである。 このライブサウンドを耳にした瞬間、その『DEAD END』のライナーに刻まれたモノクロームのたった1枚の写真が、頭の中で、鮮明に映像化され動き出したかのように、決して知りえないと思っていた“あの頃”のゴダイゴが、頭の中で、鮮やかに、立体的に動き出す。

Missing Link がつながった!”(またか?:笑)
“これぞ Oパーツ!”
“氷河の中から、氷づけのマンモスが出てきた感じ!”

第一声として、そんな感想が飛びだしそうなライヴ演奏である。

 
ともかく、この多少荒削りなところも含め、力強く、とがった「若さ」あふれるライブを、我々は『BLOOM』と名付けた。 個々の演奏について述べて行きたい。



● 狂気のオルガンショー!?



 ライブ全体の印象として、アルバム『DEAD END』の音が、曲調の割には軽いのに較べると、音が太く充実し、演奏にも迫力がある。

 演奏は、かなり粗っぽいが、逆にとても生々しくて好感が持てる。 ゴダイゴの公式盤は「作りこまれた音」という印象がある。 ボーカルは数回重ねてあるし、綺麗に洗練された音に加えて、多重録音。 それはそれで作品として素晴らしいのだが、それと比較すると、このライブはまさに“バンド演奏”。 ドライブ感や演奏のノリは圧巻である。 一発演奏の生録りという感じで、ライブ感が出ており雰囲気がいい。 1999年再結成の際のタケの言葉を借りれば、まさに“生ゴダイゴ”というのを肌で感じられる。


 1曲目はIn the City」

 ライブ演奏は公式音源としては『Intermission』でも別アレンジバージョンを聴くことができるが、それと比較すると、このライブではオリジナルに近い初期アレンジである。

 イントロからオルガンとピアノが同時に聞こえてくるのが分かる。 ピアノはタケであろう。 ここが、まず最初に、あの写真を思い出させる部分である。 このピアノのリズム感がアルバムと異なることからもミッキーではなく、タケではないかと推測される。

 一般論だが、タケとミッキーのピアノを比較すると、やはりミッキーのほうがリズムがシャープ、タケは少しモタる感がある。 間奏でも、オルガンソロのバックでピアノが [G G G F G] と弾くところがあるが、もっと左手をからめるとか、装飾音符を付けるとかしてもらいたい気がする。


 間奏はほとんど G一発だが、イントロに戻るところのコード進行は、その後のゴダイゴでは聞かれない雰囲気である。 ミッキーのグリッサンドを効かせたオルガンが、サイケデリックな雰囲気を作り出している。 どちらかと言うと「いろはの」的な、プログレッシブロックのアレンジ手法だ。  オリジナルと聴き較べても大きく違っていて楽しめる箇所である。

 ボーカルはアルバムと同じくトミー。 安定した歌を聞かせてくれる。 若干の歌いまわしの差異はあるが、ほぼオリジナルに近い完成した形といっていい。 アルバムと違い"In the city" のところに女声バックボーカル(2声)が入っているが、好みの別れるところであろう。 アルバムのようにオルガンの白玉がメインで聞こえているほうがいいという意見もある。
 『Our Decade』まで、ゴダイゴは女声コーラスを使っているが、ラジオ番組『アブラカダブラ』で「Try to Wake up to a Morning」を例に出して、ミッキーが、女声コーラスを使うことで曲が「ウソっぽくなる」と言っていたことを思い出す (女声コーラスについては、FC会報33号でもミッキーによる同様のコメントが確認できる)。 ライブの派手さは、出るとは思うが。

 サビでのハモりは、タケカワの声に聞こえないが、ミッキーだろうか?

 さて、このライブでは、ミッキーは終始オルガンを弾き倒しており、以降のゴダイゴのアレンジではみられないシンプルな楽器構成かつ実験的要素をふんだんに盛り込んだ演奏に挑戦している。 その冒険心に、心から拍手を送りたい。 まさに70年代のアグレッシブな熱気がミッキーのオルガンサウンドにも現れていて、実に素晴らしい。 ここまで派手にオルガンを弾いているミッキーの演奏は他に例がないであろう。 公式盤でもオルガンは弾いているが、ここまで全面に音が出ていないし、フレーズも極めておとなしい。 ライブならではの臨場感も手伝い、アルバムとは、また違った豪華な演奏だ。

 ここまでのオルガンの多用に比して、反対にシンセはほとんど聞こえてこない。 おそらく当時使っていたシンセはRoland System 700。 小さいタンスくらいの大きさに加えて音色メモリーもできなかったので、このライブには持ってこなかったのではないか。
 仮に持ってきていたとしても1音色だけ使っていた可能性もある(和音が出ない楽器なので、スタジオでの多重録音だけで使っていたのかもしれない)。
 『DEAD END』発売後であれば、シンセを多用しそうな気がするが、この点がレコーディング前の“ラフアレンジでのセッション”ではという推測を成り立たせる要因の一つである(別項の演奏時期の考察に続く)。

 レスリースピーカー147のロータリーの回転速度は常時FASTだと思われる。 ミッキーは演奏途中にドローバーをコントロールをしている演奏は無いと思っていたが、このライブではドローバーのセッティングをリアルタイムに変えながら演奏しているのが分かる。 ミッキーはオルガンという楽器をこよなく愛する一人として語られることが多い。 1998年に放送されたSKY PerfecTVの番組で、ミッキーは「オルガンは人間の鼓動である!」と喩えていた。 その原点がこのライブで証明されている。 ミッキーはオルガンに生命を吹き込む不思議な力を持っている。

 続くUnder Underground」

 まずクラビネット。 おそらく本物のホーナー社製のD−6モデルと思われる。 これは感激である。 この楽器は1981年夏の24時間テレビ出演時にも「M.O.R.」の後半のファンキーなソロでも大活躍している。 

 ボーカルはタケ。 声も若々しく(当然!)、良く出ていて余裕がある。 コンディションもかなり良かったのではないか。 確かに、今の方が表現力はあるかもしれないが、この頃は、ちょっと、とんがってる感じがあって、実にいい。


 そして印象的なスティーブのボーカル。 スティーヴの低音ボーカルは、公式音源とライブを聞き較べると歌い方が違うことが多い。 この演奏でもスティーブのボーカルのリズムがアルバムとは異なる。 これは味付けの問題ではなく、ベースを弾きながら歌うには、こうしないとできないからだと推測される。
 またあの低音は、さすがのスティーブでも、かなり腹を据えて発声しないと出ないものではなかろうか。 この後のライブ演奏などで披露されるボーカルは、かなり苦しげな箇所もあったりする。  それと較べれば、よく声が出ているほうである。

 『ゴダイゴ号の冒険』で披露されたスティ−ブのボーカルは、『DEAD END』にも受け継がれ、後々に多くのアルバムでの定番となっていく。 ミッキーは、ゴダイゴのメンバーの声の特徴をくまなく理解し、ひとつの楽器として定義し、各々の個性を全てメリットとさせるべくボーカルアレンジをしているのだ。 多くのゴダイゴファンを魅了するひとつの要素となっている。 ボーカルアレンジについては、また別ライナーでも語っていきたい。

 一方、ベースプレイはアルバムよりよく動いている。 ところどころでスライドダウンで“ブーン”とやっていカッコいい。

 細かい事だが、エンディングでドラムが一瞬途切れる。 これはトミーのスティックが飛んだのだと推理する。 スティックがらみだと折れるというのがまず浮かぶが、このフレーズでは折れるより飛ぶほうがありそう。


 エンディングでボーカルが重なっている。 それもなかなかいい。

 「A Face in the Crowd」

  トミーのカウントが早いので(タイム感に対して2倍)、この曲が来たときは驚いた。


 さらに、この曲数の中に、この1曲が選ばれたことも驚きである。 『DEAD END』からなら「Millions of Years」や、それこそ「Mikuni」といった代表的な曲があるのに、である。 恐らく「Millions of Years」 はバイオリンが数本必要なのに加えてタケのボーカルも2本必要なので、ライブ演奏には不向きと判断されたのであろうか。 しかし、逆にライヴ演奏したならば、公式盤の原型は保てないだろうから、恐らくすごいアレンジになっていたであろう。

 「Panic-Images」 もあのアカペラをライブで再現するのは難しいと判断された可能性が高い。 「Images」 の部分は演奏可能と思うが、浅野氏がアコギに持ち代えるタイミングや、その前のハードなパートからの流れをライブで演奏するのは困難だと思われる。

 「Mikuni」については、ライブ演奏した実績はあるが、当時の見解として、やはりシンセサイザが発展途上にあり、イントロのメロトロンに代わる楽器が用意できなかったのではないかと思う。 メロトロンがあれば、このライブでも演奏していたのではないだろうか?

 だからといって、この「A Face in the Crowd」を軽んじているわけではけっしてない。 むしろ、この曲は、初期ゴダイゴの隠れた名曲として挙げるにふさわしい1曲である。


 なにより実に視覚的な曲なのである。 我々の間でも、当時プロモーションビデオを作りたい思って聴いていたと、同じ感想を持っていた者が複数存在する。 目に浮かぶ、といえば、この曲ほど情景が思い浮かぶ曲も珍しい。 1999年の再結成を機に、新たにゴダイゴファンになったという、ティーンエイジャーが、自身のホームページ(「Newcomers Front」)で、この曲の感想について一言「顔が見える」と記している。 世代を超えて同じインパクトを与え続けるゴダイゴの曲に込められたパワーを思い知らされた。

 さて、このライブ演奏ではタケの表情豊かな歌い回しがよい。 とくに1回目のサビ前、"It caught my eye" の caught の歌い回しがオリジナルと較べても、感情の込め方が深く、いい部分だ。

 オルガンとピアノが、引き続き一緒に聞こえる。 ピアノはそのままタケカワと思われる。 しかもリズム感がアルバムと同じであるため、アルバムの方の演奏もタケなのではと思わせるが、FC会報33号の中で

「僕は弾いてませんよ。 レコードはミッキー」

 とのタケの証言がある。 ただ

「ライブではフェイス・イン・ザ・クラウドとイン・ザ・シティを弾いていたよ」

 とも証言しているので(同会報)、ここでのピアノはタケで間違いないだろう。

 ストリングス系のキーボード音も聞こえてくる。 これは、おそらくソリーナストリングスアンサンブルではなかろうか? オルガンも8フィートのみを引き出して、ブルージーかつ幻想感あふれるスローナンバーとしての魂を吹き込んでいる。


 エンディングは公式盤より長く、余韻に浸れる。



● CM Song Graffiti 生ライヴ



 そしてライブ中盤。 一転して『CM Song Graffiti』の曲が演奏される。 この放送が『Deonon Live』であれば、ここで番組上のブレイクが入ったと考えられ、タケはここでピアノを離れボーカルに専念したのだろう。 浅野氏もエレクトリックギターからアコースティックギターに持ち替えたに違いない。 

 
Morning After」

 ピアノが公式盤よりホンキートンク風(というのか?)、転がるように軽やかな演奏。


 サビの最後の“Uhuu−”の歌い方がオリジナルと違っている。 アルバムの方は、CMソングという性格上からか、すっきりと歌われている。 この“Uhuu”の部分も含めて、アルバムよりも、このライブ演奏でのタケの歌い方は全体的に艶っぽいと言える。

 続くSalad Girl」は、グッとテンポを落として、ブリッジ的使い方をされている。 ピアノのバッキングとボーカルとコーラスのみによる“I love my Salad Girl, Salad Girl〜”のサビの部分だけ。 ハーモニーはちょっとあやしいが、多重にコーラスが付けられているのが、よく聴き取れる。

 そして、面白いのが、次のイントロ。 最初、Lyric」が始まるのかと思わせるが・・・。
 1995年、タケカワがソロで「ガンダーラ伝説」というヒット曲メドレーを出したが、その中でも「Lyric」が効果的なツナギとして使用されている(あの「Holy & Bright」との掛け合いは、面白く印象的だった)。 うまいアレンジだと思ったが、このライブでも、すでに披露されていたわけである。


 そうして、リスナーをはぐらかすように始まるのがいわゆる公式音源でいうところのSprinter Liftback」。 いきなりサビから始まる。 そしてさらに、驚かされるのは歌詞。 "Sprinter liftback"の部分 が "Sunshine on me" となっている。

 当時、CMも途中から「スプリンター」という外国のバンドに替わって、彼等が出したレコードは「Sunshine on Me」というタイトルだった。 おそらくこちらが、本来の歌詞であろう。 いい感じである(ということで、Set Listのほうには「Sunshine on Me」をタイトルとして採用した)。

 このTOYOTA車の「スプリンター」のCMソングに使用されたこの曲には、候補となった曲がもう1曲存在する。 後年、タケと浅野氏で受け持ったラジオ番組(『ゴダイゴウィング〜翔べ、世界へ!〜』)の中で紹介されている(第20回)。 そちらも、なかなかゆったりとした佳曲であるが、スポンサーの意向で、こちらの方が採用されたとのこと。 ボツとなった曲も歌詞の中に“Catch the Sun”と太陽が歌われている。 この車のプロモートのKey Wordが「太陽」“Sun”だったのだろう。


 バッキングのギターがアコースティックギターで、これは珍しい。 エンディングはアルバムと同じである。

 ここで再び、番組上のブレイクが入ったと思われ、曲は『DEAD END』の楽曲に戻って行く。



● ROCK SPIRIT!



 
終盤のトップを飾るのはDead End - Love Flowers Prophecy」

 カウントなしで、いきなりミッキーのピアノソロで入って行く。 数多くのライブで演奏されるゴダイゴの代表曲。 何度も何度も聴いているにもかかわらず、このライブ演奏は、リアルに響く。

 前半、タケカワのボーカルは抑え気味なのに、よく声が通っているのが気持ちいい。 1回目“Lift your heart”の部分の歌詞が明らかに異なり、すわ、これはオリジナル発表前の、いわゆる元ネタ歌詞か!?と、騒然となるが(大げさ?)、どうやら、ここはタケの歌い間違いのようだ。 苦しいながらも、同じ単語を繰り返すなどして、なんとか空白を作らず歌いこなしている。 2回目には、ちゃんとオリジナル歌詞の通り歌っている。 女声コーラスが入り、サビのハモリ部分のフレーズもオリジナルと同じ。 完成された形での演奏である。


 エンディングが短いのが、他のライブを聴きなれた身としては、ちょっと寂しいが、ミッキーの4オクターブ・スーパーフレーズの2連発は絶句に値する。

 続いてThe Last Hour」

 ライブのエンディングに持って来てもよさそうなこの曲をラス前に据えた。

 ピアノはミッキーだろう。 重厚な演奏を聴かせてくれる。 そのためと思われるが、オルガンがなくて寂しいが、逆にそのシンプルさが本来のメロディの壮大さを引き立たせている。 2回目の間奏、サビ直前のピアノが、オリジナルと違っていて面白い。  ビートルズの「Let It Be」を思わせる、ある種確信犯的なアレンジだ。 その後の、感情過多な演奏も、いかにもライブ演奏っぽい。 この名曲をライブアレンジで聴くことのできる幸せに酔いしれること間違いなしの名演である。

 ゴダイゴの隠れた名曲の1つに挙げられることの多いこの「The Last Hour」。 ややもすると、辛気くさい内容の詞であるが、それを、タケカワの声の透明感と、ミッキーのアレンジによる清涼感やリズム感で、美しいものに仕上げられている。 ライブの方は、さらに、生き生きとした部分が加わって、この曲の底力みたいなものが感じられる。
 歌詞だけ読むと、悲観的だけれど、そうではなく、「死」というものを、もっと前向きに肯定的にとらえてるんだよ、というのが、伝わってくる。


 『DEAD END』が好きで好きでたまらないというファンの一人は、この曲の詞に仏教を感じるという。 この諦観、この平安さ、この潔さ、無常観は、キリスト教では得られないものであると。
 また、ある者は、この曲の詩で、人生(あるいは「死」)を考えさせられたという。 思春期にこの曲と出会い、「人生って何だろう?」 「死ぬまでに何ができるのであろうか?」 「人生を共にすべく愛する人は自分の前に現れるであろうか?」と、様々なことを本気で考えさせられたという。 そして、いつかきっと自分にも「死」がやってくるのなら、恐れるものなんて何もない! 何でもできる! という “Positive Mind” の源にまでなったという。 究極の美を演出する曲はなに?と聞かれたら、間違いなく“ゴダイゴの「The Last Hour」です!”と答えるだろう、とまで言わしめる、それほどの名曲。

 アレンジの方は、公式盤では途中でイントロと同じフレーズのピアノが入りラストを盛り上げていて、静と動の歯切れが素晴らしいのだが、この演奏ではその部分は入っていない。 エンディングのピアノも公式盤とは違い、ややもすると、しつこい。 この曲の持つイメージからすると、アルバムのしんみりした終わり方が合っているのかもしれない。


 公式音源にはないサビのハモリは、トミーの声であろう。 また、サビの部分のギターアレンジも公式盤と違っていて、演奏されていない。 この辺りのアレンジが、この演奏が公式盤発表の後か先かの議論を呼ぶ点となっている。

 この演奏でもそうであるが、浅野氏のギターは総じておとなしい。 公式盤でもギターはおとなしいけれども、このライブでも「Stop & Look Around」以外は、ほとんどギターは活躍していないといえる。


  さぁ、最後は、その「Stop & Look Around」である。

 アレンジがアルバムとかなり異なる。 今回の演奏の中で、一番アレンジが違う。 違うどころか、最初は何の曲か、すぐに判別がつかないほど。 公式盤では、静かに響いてくるピアノのソロで始まるところを、まさかのギターのリフで始まるのが、まず印象的。 浅野氏のギターと云えば、リフよりオブリガード。 まず、そこからして異色。 ここまで抑えてきた鬱憤を晴らすかのような、印象的なギターリフである。 また、そのリフがオリジナルと微妙に旋律が異なるのが、気持ち悪いやら、嬉しいやら。

 タケカワのボーカルも、サビの部分(Stop and Look around〜“)などで明らかに歌い方が違う。 この違いは、「Morning After」で“Uhuu-”の部分を変えたのとは、また、違った意味で、歌い方が違うのである。 この歌い方が、実に微妙で、果たしてタケが、アルバム完成後に、こんな風に歌い回しを変えられるだろうか、という感じなのである。 最後の最後まで、様々なことを思わせてくれる、なんとも心憎い演奏ではないか。

 "He haunted the streets" のところ、公式盤と違って、タケのボーカルが3度高い(オリジナルの高さはスティーブが補っている)。 長年、公式盤を聴き慣れていた耳には、おもしろくクセになりそう。 3度高く耳に馴染みやすいだけに、公式盤を聴いても、ついこっちの高さで歌ってしましまいそうだ。

 ギターソロは浅野節が多用されている。 ギターソロのバックでタムを多用したドラムもよい。 リフのところでシンセらしき音が時々入る。 A 音を細かく連打する。 LFO でゲートをかけたような。 公式版のエンディングのシンセソロの最後、フェードアウトしかかったところに聞こえるあれと同じ(しかし、これだけのためにシンセを用意したのだろうか?)。

 とにかく、一番オリジナルと異なり、遊び心満載の演奏である。 この「Stop & Look Around」を聞くと、アルバムという完成形があってのアレンジという、つまり公式盤製作後の演奏という気がする。

 間奏の盛り上がりは、公式盤からはうかがいいしれないほど激しく、これぞロックバンドと言わんばかりの熱演ぶりである。 ミッキーも再び縦横無尽にオルガンを弾きまくっていて、実に力強い演奏である。 最後に「The Last Hour」でなく、この曲を持ってきたことで、ロックバンド・ゴダイゴを強烈にアピールしているともとれる。


 ライブのトータル演奏時間、28分強。 怒涛のエンディングに、しばし呆然としてしまう強烈な演奏である。



 武器(卓抜した演奏テクニック、アレンジ)を手にした彼等が、次に狙うのは・ ・ ・  そう、狙撃(ヒット)のチャンスである。




■参考資料:ラジオ『アブラカダブラ』(第1回)
         ラジオ『ゴダイゴ・ウィング』(第20回)
         SKY PerfecTV #271chミュージックエアネットワーク 「ミュージックパフォーマーズTV」@1998
         ファンクラブ会報32号、33号



【コラム】 演奏時期についての考察


Live History #03 [MONKEY]へ続く


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