カータ艇、ナオ艇が瀞場を漕ぎ上って様子を見に向う。僕は艇を岸につけてカズを残し、中州づたいに近づく。 真横から声を掛けたが、ここからも聞こえないらしい。 どうやら艇に水が入ってニッチもサッチも行かなくなったようだ。 艇の口を川下に向けろ、と叫んだが聞こえていない。しかたないので流れを横切って救助に向かった。カータも浅瀬づたいにようやく辿り着いていた。
近づくとミャータは涙声で
「スンマセン、
重くて重くて動かんのですぅぅ・・・
みんなはどんどん下流に行ってしまうし・・・ もう、どないしたらエエんやろぉと・・・」
まさに半泣きである。浅瀬とはいえ艇の中に進入した水の重さは相当なものとなる。 カヤックの容量が二〇〇g以上あるのだから例え半分浸水したとしても重さは優に一〇〇`を越えている。 加えて流れの水圧がかかり十分以上も一人取り残され重さに耐えていたのだから泣きがはいってもやむを得ないか。
でもまぁ要はコツ次第。その場でグラブループをしっかり持って艇を裏返してゆっくりコーミングを川下に向け、そして排水。程よく水が出たところで、あとはいつもの要領で水抜きをすればいいのである。 初心者ミャータもいい経験をしたことであろう。
さあ、いよいよ上陸。一ヶ所浅瀬をポーテージして犀川の右岸に到着。川原まで車が乗り入れられ近くに公園のトイレもあり、なかなかのキャンプサイトである。
時間も四時をまわり薄暗くなってきているので早速行動に移らねば。一石二鳥でスタート地点の車の回収と買出しを同時に行う。僕とカータで回収に向かい女性は買出し。 再びミャータを一人残して、彼にはカマド用の流木集めを指示し、いざ出発。 川原から遠ざかる時、振り向くとミャータがうつむいて川原をさまよっている。みんなの胸に「ミャータの奴、また泣きが入らないだろうか・・・」と言う思いが同時によぎっていた
スタート地点到着。カータ号オルティアちゃんは無事にあったものの民宿「よろずい」のオジサンから川原のコスモスを折ったろうと怒られてしまった。 オジサンはせっかく植えたのにと言っていたが、どうみても自生のコスモスのようだが・・・。
いずれにせよ動植物を愛する自然派パドラーとしては恥ずかしいことをしてしまった。 反省反省。 今後は川原の植物にも気を配ろう。
買出しを終えテントの設営にかかったのはもう6時を回ってからだった。 女性陣は手際よく晩餐の準備に取り掛かっている。とりあえず村営温泉の営業時間のタイムリミットもあるので軽くチーズフォンデュですきっ腹をなだめ透かして風呂に向かう。さっと汗を流してすぐにキャンプサイトに戻って準備再開。

(楽しいキャンプファイヤー&食事)
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結局食事にありつけたのは9時を回ってからのことだった。 待たされた分その食事の美味しかったこと美味しかったこと。 いやいやカズ・ナオ譲の愛情のこもった手料理が不味いわけないではないか。
食後は焚火を眺めて語らいのひと時。一日の疲れが気持ちよく癒されてゆく至高の時間である。あとは三々五々眠りに就いてゆく。ちなみに最初に眠りに就いたのはミャータであった。お疲れ、ミャータ君!
月が無く星のきれいな夜だった。夜半からは少し雲がかかった。
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翌日は薄曇りの朝を迎えた。川の瀬音、鳥の声で目覚める朝は気持ちの良いもの。 まずは眠っていた焚火のオキを熾して火を確保。夏の朝とはいえ日の出前の川原の空気はひんやりとしている。
6時前まずナオが起床。一緒に日の出を眺める。次いでカズ。少しあとにミャータが起きる 。
「スンマセン 寝過ごしまして・・・」
よほどぐっすり寝たのだろう。昼過ぎまで寝たような気になっていたそうだ。“遅刻した朝のような心境”だったらしい。
女性陣が昨夜のうちから用意して煮込んであったハッシュドビーフがいい具合に煮詰まっている。 朝からご飯を炊いたりトマトや桃がテーブルの上に並びだす。やはりキャンプといえども女性がいると食生活はとても豊かだ。食事の準備が整ってもカータが一向に起きてこない。 皆でテントをゆすってもピクリともしない。 最後は水攻めで起こす。
やがて雲が流れ陽も照りだし残暑の熱気が川面に充満しはじめる。さぁ2日目の出発だ。少し上流に戻って犀川橋のたもとの左岸から再スタート。下流ゴール地点に車を廻送した時ショップのカヌー運搬車やキャリア付の車が数台駐まっていた。 今日は他にも大勢パドラーがいるようだ。
スタート地点に戻った時、予感は的中。 目の前を10艇前後の船団が次々と下ってゆく。メーカー主催のカヌースクールだ。丁度、沈して流されてきた参加者とインストラクターが岸に寄ってきたので水抜きを手伝いつつ話を聞く。なんと50人くらいの参加者だそうだ。今日の犀川は渋滞しそうだ。
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