EPISODE 2.
 那珂川、春の瀬に思う
第1章 遠い船出  


 去年からの不況が続く平成十年。 4月からの新年度も幕を開けたが相変わらずパッとしない昨今の世相。弊社カヌーイストの所属する東京本社木材本部も歴史的な機構改革、早い話がリストラが断行され、さながら「春の嵐」と言った様相。 新潟にいてこのお家騒動を傍観できたのは不幸中の幸いと洞ヶ峠の我が身を思う。

 カヌー仲間では、嵐の前触れを予感したナオ嬢が去年の内にいち早くサリダして今は外資系証券会社で精力的に新しい仕事に励んでいるとか。一方木材部のハウジングのセクションにいたミャータはこの激流に呑まれて別の岸に打ち上げられていた。でもまだ入社間もない彼にしてみれば古い職場のことなどスッパリ忘れ新しい仕事に馴染んで心機一転頑張れることだろう。本人からも異動の挨拶ともども新転地に臨む意気込みが熱く語られたeメールが春早々に届いた。 で、文末に

「またカヌーに連れてってください。木材部の女性と会える機会もカヌーくらいしか無いし」

 おいおい、まだもとの部に未練たっぷりじゃないか!  
 さっそくカータとも連絡を取り、企画に入る。 春のオメデタイ季節だけに結婚式の予定が入っている者が多く一旦は企画を持ち出したその週末に決行か、ということになりそうだった。日程はなんとかやりくりして4月の第3週に決定。メンバー的には残念ながら女性は不参加。女性の参加を双方で画策したが結局果たせず。それを知ったカータは思わず

「うをおおおおお、全員男か!!」

  と、喜びの雄叫びを上げた。

 まぁ、まだ水も冷たいし、これで計画も無理が利く。ミャータの希望は叶わなかったが彼は去年の秋に購入した新艇のデビューもまだだったのでこの春一番に新艇披露を出来たら今シーズンはきっと充実したカヌーライフを送れるだろう。

 ところが次の問題。 カータが

「金、無いんですぅぅ・・・」

 遊び人カータの真骨頂とでも言おうか、冬のスキーシーズンは毎週のようにゲレンデに繰り出し、更にウェアの新調、北海道ツアーと遊び過ぎ、春を迎え今度は結婚の祝儀などで寿貧乏。

「退社後もまっすぐ帰って寮の食堂メシを食らう毎日ですわ」

  といった状態。

 この難問をクリアするため、まず交通費のかからない関東至近のフィールドを選択。資金の問題はカータのメインバンクと言われるミャータが特別融資を。彼の先輩の結婚式の祝儀の出費は現金の代わりに新潟の魚沼産コシヒカリを贈ることとし当支店から3ヶ月に分けて配達し支払いを先送りすることで解決。更に送料を浮かすため一回目に限り僕が持参し那珂川河畔渡しでデリバリを行うという離れ技まで駆使することに。

 かようにサラリーマンカヌーイストには川に出る前にクリアしなくてはならない荒瀬がたくさんあるのであった。ちなみに今回僕も急遽ツーリング話が持ち上がったものだから「カミサンの瀬」の波高が一段と高かったことを追記しておきたいと思う

 さてさて、みんな人生のいろんな荒波を乗り越えて集ったのは福島県に端を発し栃木県を貫流し茨城は水戸市を経由太平洋に注ぐ那珂川。関東圏パドラーには馴染みの深い、別名「関東のカヌー銀座」と呼ばれる関東近郊きっての清流。アクセスの良さと中流域の山間部の景観と穏やかな流れが初級から中級のパドラーに愛され、リピーターも多いと聞く。

 当日集合場所は旅程の丁度中間地点、キャンプサイトの傍にあるJR烏山線終着駅烏山駅前。東京組は独身寮からの男4人なので寝坊してくるんじゃないかと思っていたら案の定1時間の遅刻。 1時間ならまだいいほうと思って諦める。次回からはサバを読んで集合時間を設定することにしよう。

 新メンバーは財務部のシュウ、船舶部のイサゴ。 イサゴは海の男ヨットマン。カヌーも静水で何度か乗った経験があるらしい。シュウは私と同郷の高校の先輩後輩にあたる。よくよく聞くと家もさほど離れてなく、ひょっとしたら昔近所のスーパーでニアミスしていたかもしれない。それが今同じ会社に所属し、こんな田舎の川原で対面しているのだから世間の広さもなんとやらである。

 全員が揃ったところでスタート地点に向かう。このぶんだと出発は昼過ぎになるだろうから短めに十数キロ上流の新那珂橋をスタート地点とする。

 新那珂橋のたもと。カヌーの組み立てにかかる。ミャータは購入時に店で組み立てて以来のことなので実に半年以上も前のこと。かなり不安げに組み立てている。組み立ての間にシュウとイサゴに車の廻送を頼む。イサゴがなかなか廻送の意味を理解できない。

「えっ? 2台で行って2台で帰ってくるんですか?」

 「それじゃ単なるキャンプサイトの下見だろ、 1台置いてくるの」

 「じゃあ、ひとりはどうやって帰ってくるんですか?」

 「バカやろう、もう1台にふたり乗っかって来りゃええやろ!」

  海の男、思わぬ理解の無さを露呈してしまう。 なかなか、出航にたどりつけない我々であった・・・・


 

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