EPISODE 5.
鯛の尾頭付きツーリング!
第5章 今、キミのニオイがしてる



 平日の上りの東名高速。 順調に2時間余りで横浜にたどり着けるかと踏んでいたが予想に反して静岡の手前で渋滞に遭う。横浜まで断続的な渋滞だ。ミャータと運転を交代しながら食事も摂ってのんびりと帰ることに。

 帰りも仲間と一緒だと退屈せずにイイもんだ。いろんな話が飛び交う。それぞれ青春の思い出話などをひとくさりふたくさりやりながら。カズ嬢の女子校時代の話などミャータなんかは興味津々といった様子で訊いていた。

 日本坂トンネルでは僕の思い出話を。

 学生の頃遠距離恋愛に大失恋した僕は傷心バイクに跨って横浜の下宿へと風を切って走っていた。退屈まぎれにいろんな歌を口ずさみながら。丁度日本坂トンネルにさしかかった時フラれた彼女との思い出の歌を歌っていた。オフコースというバンドの「YES NO」という歌だ。歌詞の中に「今、君のニオイがしてる」というクダリがある。そのところを歌った瞬間不意にその彼女の香りが蘇ってきてなんと不覚にも涙が溢れて来てしまったのだ。
 時速120キロで飛ばすヤマハRZ250。フルフェイスのヘルメットの下の涙を拭うことも出来ず滲んだテールランプや飛び去るトンネルの灯りを眺めながらこのままどうかなってしまうのではないかと思いつつ駆け抜けた切ない青春の想い出の場所、日本坂トンネルなのであった。


 「ニオイってのは視覚や触覚より訴えるものがある」

  と得々と語る僕の話を実感込めて聞いていた人が4人の中にひとりいた。アッサーである。帰り道、春野町の売店に寄ってから元気がないのだ。理由はそこのトイレ。売店の裏にあるトイレを出発前にみんなで利用した。それがものすごいトイレで、誰が発明したのか、流したものが絶えず循環しているというから恐ろしい。これまたご丁寧に得意げに解説が付いている。

 『新発想! 汚水を外部に流さない環境に配慮した画期的トイレ』

 どうゆう風に浄化しているのか知らないが清濁併せ呑んだ水ともナニとも判別のつかない液体が用を足す前から便器の中を絶えることなく流れているのであった。ミャータ曰く
”肺活量のいるトイレ”なのである。入ったら最後、終わるまで呼吸は御法度。したら最後、命の保証は無いと言った感じなのだ。

 不幸にも息の続かなかったアッサーはしこたまニオイを吸い込んで、思い出すたび気分が悪くなり帰り道も箱根近くまでずっと塞いだままだった。翌日もう一度蘇ったニオイのお陰で診療所に駆け込んだというのだからそのニオイたるやものすごい。

 いくら環境に優しくてもこれほどまでに人の嗅覚にキビシイのは勘弁してほしい。でもこんなトイレが気田川の回りには沢山あって流れの清廉さを保っているのでは、実はとってもありがたいトイレなのかもしれないのだ。しかしそれが本当なら訪れるのがちょっと怖くなる春野町の一般家庭である。


 最後に思わぬカウンターパンチを食らった今回のツーリングであったが、お天気、環境、気温、水温、どれを取ってもパーフェクトだった今回の気田川。オメデタイことこの上ない、料理に喩えるなら真に「鯛の尾頭付き」。極上の一品。


「星、三つ!」なのであった。

 釣り人は西瓜を食べ鮎の香わしいニオイを思い出しては川に繰り出し、僕は日本坂を通る度にホロ苦い青春のニオイが蘇る、アッサーはあのトイレのニオイと共に気田川の流れを思い出すのだろうか。 

 今後、夏のニオイと共に思い出される気がする素晴らしき気田川の流れ。日本に残された数少ない清流よいつまでもと思わずにいられない







 後日談。

 ツーリング明けの翌日からのEメール。奇妙な文面が飛び交う。

「ハハは0、ママは2」

「ラビットは1、うさぎは0」

「アブは1、ハチは0」

 ミャータに宛てたものだ。いまだに答の分からないミャータは沈黙するばかり。

「・・・・・・」


 今回見事にお天気を維持したことにより「嵐を呼ぶ男」の汚名は返上したミャータ。でも今後はしばらく君のことは
「”ふれあい”の解らない男」と呼んであげることにしよう。

完)




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