船富家の惨劇・霧しぶく山      蒼井 雄

創元推理文庫 日本探偵小説全集12

船富家の惨劇

 和歌山県の海岸沿いの崖の上にある旅館白浪荘別館で、大阪の資産家船富弓子の惨殺死体が見つかり、夫の船富隆太郎は、おびただしい血痕を残して消えていた。その日夫婦の娘由貴子の元婚約者滝沢恒雄が呼び出されて訪問、口論していたことが明らかになり、逮捕・起訴された。
 弁護士桜井の依頼で、私立探偵の南波喜一朗が、再調査に乗り出すと、娘の由貴子の現在の婚約者で「滝沢の無罪を信じる。」須佐英春が、応援に駆けつける。南波は、隆太郎と弓子の夫婦中、隆太郎の前身等を調査した隆太郎を犯人と疑う。さらに列車の到着時刻、恒雄が隆太郎と三所神社で出会っていること、睡眠薬入りの饅頭が持ち込まれていたこと等から、当日現れた人物がもう一人いたのではないか(共犯者)と考える。隆太郎が船富家の財産の奪取をねらい、共犯者を得て弓子を殺し、罪を滝沢に着せようとしたのではないか。
 その船富家財産奪取計画も証明され、今度は警察も一緒になって、隆太郎と別の場所で岩瀬と名乗っていた共犯者の行方を追う。ところがその隆太郎は、東熊野街道付近のの洞窟で青酸カリにより毒殺されていた。そして船富家の最後の一人由貴子までが自宅で絞殺死体となって発見された。今度は当局は岩瀬を追い出す。執ような捜査で下呂温泉近くに逃げたことが分かったが、岩瀬の青酸カリ死体が発見された。岩瀬は他殺と断定されたが、その身元も犯人も全く明らかにされなかった。
 捜査は終了か、と思われたが、国際的名探偵赤垣滝夫は「南波、君は良くやったけれど、物的証拠の追求にのみ重点を置きすぎて、結局犯人に踊らされていたのだ。犯人はまだ生きており、ごく近くにいて君を監視している。」とコメントする。その助言で南波は、捜査を通じもっとも安全圏に身をおく人物の身辺を洗い始める。飛行機を使った鉄壁のアリバイも崩し、ついに真犯人を逮捕する。
 犯人は、名家の出身であったが、父の失跡後、隆太郎に母をいじめられ、その財産を乗っ取られてしまった。その復讐をしようと、由貴子に近づき、隆太郎に弓子を殺させた後、関係者を次々処分したものだった。

 大阪と白浜の間、および下呂、松本周辺の交通トリック、替え玉、偽名等のトリックが非常に面白い。捜査陣の執拗な追跡と丁寧な書きぶりが目立つ。イーデン・フィッツボルツの「赤毛のレドメイン家」を参考にしながら書いた作品という。なるほど犯罪動機、最初の殺人の死体の消滅、その陰の現出、場所を転々、国際的名探偵の登場などよく考えると随分似ている。


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霧しぶく山

 上田秋成によって描き出された大峰山奧駈けの魅力に取り付かれた私は、友人の久我時哉を誘って大峰縦走に旅だった。洞辻で案内人を雇い、蔵王第権現を経て、初日は小篠の宿、途中で空に青白い光がたつのを認めた。二日目は行者還岳を目指して進んだが、途中巨木の梢に吊された人間の屍体。懐から、ちぎれた地図の裏に犯罪告白書が書かれていた。
 一片には「私、結城普次郎は、今歓喜の絶頂にいる。恐ろしさに気を失っている留美と共に洞窟の中にいる。私は留美を殺さなければならない。昨日私たちは礼二、泰二を道標を見つけることを口実に次々に殺した。私の犯罪に気づき、気を失った留美と共にこの洞窟に来た。」他の一片には下野で生まれた男の手記。そして地図の組み合わせから1枚が欠けていることはあきらかだった。
 山が荒れてきたので、洞窟に入り、私と案内人は水をくみに行ったが戻ると、久我がいなかった。翌日巨木にかかるもう一本綱に気づき、引き上げると別の死体。ポケットに残りの地図と第三の記録があった。「山に乗り込んだ反逆者はみんな死んだ!」
 翌日さらに木に結びつけられた第三の紐に気づいた。それをおりて行くと第二の洞窟。奧に瀕死の女が横たわっていた。女は留美で「結城普次郎は、私をこのような目にあわせておいて礼二、泰二を殺した上、さきほども別の見知らぬ男を谷に投げ入れた。」久我が心配になり、表に出ると、背後で叫び声!案内人が谷底深く落ちて行った。そして一瞬犯人の影!
 洞窟に戻り、途方に暮れていると妙な気持ちになった。女はナイフで腕を突いてくれと言う。突くと「私も・・・。」という。今度は私が目を閉じると、一瞬久我が飛び込んできて、女をはり倒す。「危なかった。こいつは淫魔だ。あの遺書はおかしいと思わなかったかい?私もこの女の変態魅力に陥り、谷底に突き落とされかかったが、岩棚に引っかかり生き延びた。」久我は女にリンチを加えると山の高みに女を導く。しばらくして一瞬空が明るくなるほどの光。二人が谷底に落ち、高圧線にからんで燃えた火の光だった。

 大峰縦走のすごさに加え、スリルの連続。最近奧駈けがテレビで紹介され、見たこともあって非常に面白く感じた。谷底に落とされた死体が一瞬高圧線にひっかかり、燐光を発するというのも面白い目のつけどころと思う。
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