何でも屋キャンディのお仕事ファイル                  
 
  エピローグ  
                 
 
 

「お前が賢者に選ばれんかった理由が、これや。力は十分にある。だが、心がまだやと判断した。魔法は自分の、そして他者の気の力を借りて使う。それを大事にする心がなければならん。力が先にあるんやない。心があって、初めて力が生まれるんや。他者を慈しむ心、自分を大切にする心。その心を踏みにじって、力任せに呪文を唱えてはならん。こんな風に身代わりになるような、魔法のかけ方をしてはならん。お前を失ったら、一体、どれだけのもんが悲しみにくれるか。助けられたもんかてそうや。お前の命を犠牲にしてしまったことを、生涯負い目に思うことにもなりかねん」
「賢者……様」
 思わずそう呟いたクロノスを見て、白い髭の賢者が慌てて手を振った。
「ちゃうちゃう。わしはもう隠居したんや。アーベンの爺さんと呼んでくれや」
 白い髭の賢者、いや、アーベンは、そう言って笑った。
「とにかく、ルウ。お前はそのことを、常にちゃんと自覚するんや。そうすれば、お前はもっと凄い魔法師になれる。伝説の、大賢者になるのも夢やない」
「……お師――うぐっ」
「良かった」
 不意にぎゅっと抱き締められ、ルウは息が詰まった。
「間に合って良かった……お前が無事で、ほんま良かった」
 ルウの瞳が俄かに潤む。溢れる涙が、アーベンの衣を濡らす。しゃくりあげ、嗚咽し、ついにはわんわんと泣き出したルウの傍らで、クロノスがぐすりと鼻をすする。
「なんつーか」
 カイが呟く。
「ルウ、ガキみたいだな。まあ、ガキなんだけど」
「この方が、らしくていい」
 キャンディは微笑み、そう答えた。しかし、その微笑がすぐに固まる。あの優しい眼差しは、幻であったのではないかと思うほど、鋭い目を向けたアーベンに、強張る。
「許さへんでぇ」
 地の底から聞こえる悪鬼のような声が、白髭の間から漏れる。
「絶対にいぃぃぃ」
「ちょ、ちょい待ち。なんか、誤解――」
「テアマト・ブッダレ・ドアースガーマ!」
 ばきっと大気が、割れるような音を出した。瞬時に大地が翳り、そして閃光が走る。耳を貫く大音響が、目に映る全ての空間を震わせ轟く。
 誰もが無意識のうちに体を屈め、頭を抱えるようにしてその場に蹲った。まだ、空が怒りに震える音を、遠くたなびかせる中、恐る恐る顔を上げる。
 美しい草原の一画が、裂けていた。地の底から突き出てきたのであろう巨岩が、剥き出しとなっている。その周りで、黒騎士達がひっくり返っていた。
「どうやら」
 微かに震えの残る声で、キャンディが囁く。
「狙いは、あいつら――」
「テアマト・ブ――」
「お師匠様!」
 再び杖を高く掲げ、雷鳴よりも恐ろしい声を上げたアーベンの腕に、ルウがしがみついた。
「もう、ええんです。もう、これで」
「ルウ……」
 呪文を唱える時と、打って変わった優しい声で、アーベンが言う。
「うむ。確かに、情けの心は大切や。じゃが」
 声の色が変わる。
「やはり、もう一発……テアマト・ブッダレ・ドアースガーマ!」
 稲妻が、大地を打つ。炎と風が吹き上がり、抉れた大地の横で、黒騎士達がもんどり打つ。彼ら自身に怒りが落とされなかったのは、ルウの嘆願があればこそだ。
「なんだな」
 這いつくばりながら逃げる黒騎士達を見やり、カイが言った。
「聖都の賢者ってのも、結構荒っぽいな」
「ああ。だが、それより」
 キャンディが、カイの横に並ぶ。
「追わなくていいのか? あいつらに、お前の兄弟は、両親は――」
「もう、いいんだ」
 その声に、今まで聞いたことのない澄んだ響きを見出し、キャンディはカイを顧みた。
「もう?」
「あいつで最後にしたんだ。ゲルラッテンで」
 カイが振り向く。
「全てを滅ぼしても、死んだ者は帰ってこない。そんな無駄なことは、もう止めた」
「そうか」
 キャンディは小さく頷くと、いきなりひょいとカイの手を取った。
「お、おい……」
「落ちてた」
「ん?」
「貴様にやる」
 カイは、自分の手に握られているものを見た。青い宝玉、ブルー・スター。あの、妖しい揺らめきこそなかったが、その類まれな輝きは、他の宝玉とは比にならない。
「どうやら、妙な力はないみたいだが」
「って、お前、確かめてから渡したか?」
「いや、乗せれば分かると思って」
「……て、てめえ……」
「とにかく、貴様にやる。今回の報酬だ」
「ふん」
 大きくカイが鼻を鳴らす。そして、ブルー・スターをキャンディの手に戻す。
「悪いが、これは俺のじゃねえ。返すぜ」
「ふっ」
 キャンディが大きく笑う。
「困ったな。わたしのものでもない」
「僕のとも、ちゃうなあ」
「俺のものでも、ないよ」
 いつの間にか、側に近付いたルウとクロノスがそう言った。
「そうだな」
 ぽんと掌で一度それを遊ばせ、キャンディが言った。
「これはニコルのものだ。持ち主に返すのが、一番だろう」
 キャンディは、強くブルー・スターを握り直した。大きく腕を振る。全身を使って、それを放り投げる。
 煌く弧を描きながら、ブルー・スターは湖の中に吸い込まれた。緩やかなさざなみが、映る景色を滲ませる。キャンディ達の目には、それがまるで優しく微笑んでいるかのように見えた。

 あの、ニコル・ベルファンのように。

 

 
拙い作品を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 
 
 
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