短編集1                  
 
  神様の贈り物  
                 
 
 

 

 昔々のその昔、伍作どんという一人の若い漁師がおりました。伍作どんは、取り立てて働き者というわけでもなく、別に怠け者というわけでもない、普通の漁師さんでした。
 ある日のこと、伍作どんはしっかり寝坊して、漁に出そこなってしまいました。
 こまったな。しょうがない。一応、浜まで行ってみるか。昨夜はずいぶん荒れていたから、何か打ち上げられているかもしれん。
 そう考えると伍作どんは、いそいそと浜へ出かけていきました。すると浜では、数人の子供達が、何やら囲んで騒いでいるではありませんか。
 何してるんだろう、あの子たちは。待てよ。これはひょっとしてひょっとすると、タイやヒラメの舞い踊りなんてことに。
 伍作どんはそう一人で納得すると、脱兎のごとく子供達の所まで走って行きました。
「これこれ――ゼェゼェ……子供たちよ――ゼェゼェゼェ……」
 全力疾走した伍作どんは、息を切らしながら言いました。
「カメをいじめちゃいけません。カメを――ん?」
 そこで伍作どんは絶句しました。目が点になっているのが、自分でもわかりました。
「なんじゃ、こりゃあぁ?」
 ようやくもとの大きさの目に戻った伍作どんは、子供達が囲んでいる、およそカメとは思えぬ生き物を指差して叫びました。
「なっなっ、変わってるだろう?」
「オイラが見つけたんだ」
「ちがうよ。アタイだよ」
「こんなの、見たことねえもんな」
「なっなっ、こいつ突つくとしゃべるんだよ。面白いんだあ、ほれ、ほれ」
 棒切れで突っつかれたその奇妙な生き物は、右に左に身をゆすっておりましたが、ついに堪りかねたのか、大きな声で怒鳴りました。
「やめろ! そんな事していいと思ってんのか。オラの仲間が来たら、オメエらなんか、みんな、みんな――」
「仲間?」 伍作どんが言いました。
「海にお前の仲間がいるのか?」
「ちがう、ちがう! オラの仲間は空にいるんだ」
「空?」 伍作どんは、また目が点になりそうになりました。
「空ということは、お前は鳥か? しかし、どう見ても羽はついとらんし……第一そのでっかい体がどうやって――」
「うるさい、うるさい。連絡があったから、もうすぐみんな助けに来るんだ。しっかりオメエら、空見てろ―!」
 生き物はそう叫ぶと、じっと空を見据えました。伍作どんも子供達も、一緒になって空を見上げました。
 晩秋の空は高く、どこまでも澄み渡っていました。海からの心地よい潮風が、彼らの頬を優しく撫で、ただ一つぽっかり浮かんだ小さな白い雲が、ゆっくりと、ゆっくりと、山の方へ流れて行きました。
「何も来ないようだが……」
 ポツリと伍作どんが言いました。すると、その変な生き物は大きな体をまるめて、ますますいじけながら言いました。
「なんだよ、なんだよ。なんでオラをそんな目で見るんだよ。分かったぞ。みんなでオラを、食う気なんだ」
「食う? えらく突飛な発想だな」 伍作どんは笑いながら言いました。
「だが、そんな心配は無用だぞ。お前のような得体の知れんものを食って、腹を壊すつもりはないからな」
「うそだい、うそだい。みんなでオラを食うんだ。オラの友達だって食われたんだ! だからオラは逃げて、逃げて……グェ、グヒ、グモモモモ……」
 とうとうその生き物は、そこで泣き出してしまいました。
「なっなっ、伍作どん。こいつ泣いてるよ」
「こいつ、ほんとに食えるのかな?」
「食ったらおいしいかな」
「これこれ、子供達」 伍作どんは子供達を制して言いました。
「聞けば哀れな話ではないか。仲間とはぐれて、ひどい目にあって泣いてるんだ。可哀そうだと思 わんのか? それにさっきも言ったように、変なもん食って死ぬことだってある んだから、気をつけにゃいかん。わかったな」
 子供達は素直にこくんと頷きました。上目遣いにそれを見ていた生き物は、おそるおそる伍作どんに尋ねました。
「ほんとうに――ほんとうに、オラを食わんのか?」
「お前もしつこいやつだな。食わんと言ったら食わん」
「オメエ、オメエ……」 生き物は前足のような手――少なくとも伍作どんにはそう見えたのです――その手で潤んだ目を擦ると、喜びの声を発しました。
「オメエは、いいヤツだなあ」
 その時です。空が突然翳ったかと思うと、グゥィィン、グゥィィンと大きな音とともに、巨大なお釜が浜へ現れたのです。

 
 
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