「彩子……森下彩子。そこにいるのは、あなたでしょ?」
私は落ち着いて言った。
……水銀灯の向こうから、返事はない。
でも、それは思った通りのことだった。
「まだ出てこなくてもいいわ。あなたも、今の姿を私には見せたくないでしょうしね。今は黙って私の話を聞いて、姿を見せる気になってくれたら出てきてちょうだい」
私はそう言い、話を始めた……。
「……火曜日に『Happiness』を飛び出すとき、私は行き先を『想い出の場所です』としか言わなかった。それがどこなのかは、私と幸広くん、それにあなたしか知らないことだった。しかも私と幸広くんは、少なくともあのときお店にいたメンバーにはそれを教えていなかった。それなのに……私はここで襲われたのよ。犯人はあのときお店にいた中の誰かで、全員がバラバラになってからブロードファームに電話して私を襲わせたんだわ」
返事はない。
「考えられるパターンとしては、3つあった。ひとつは幸広くんが犯人というパターン。ひとつはあなたがあらかじめメンバーの中の誰かに『想い出の場所』の話をしてあって、その人が犯人というパターン。そしてもうひとつは……あなたが犯人で、私が知っているあなたとは顔も名前も変えて、あのときお店にいたというパターンよ」
返事はない……。
「あなたは車の免許を持ってなくて、それで山崎さんに疑われずにすんだって言ってたわね。でも、こんな交通の便が悪い田舎町で車を持たずにいるのには、やっぱり理由があるって考えるのが自然よ。……今ならわかるわ。あなたは免許をただ単に持ってなかったんじゃない。持てなかったのよ。免許を取ったら『森下彩子』って名前が入った免許証を持たなきゃいけないから」
……想い出を運ぶ風が流れ、寂しげな歌を奏でた。それでも返事はない……。
「そろそろ、確定的なことを言わせてもらうわ。……ブロードファームの『Broad』は、英語で『広い』という意味。どこかのお店と対になる名前だとは思わない? そう……『Happiness』と合わせれば『幸広』になるじゃない。できた時期も1年ほど前で一致してるし、偶然とは考えにくいわね。あなたは、大切な幼なじみの名前を、自分が所有するふたつの場所に分けてつけたんだわ。……つまり、この事件の実行犯がブロードファームの人たちである以上、彼らを操る黒幕は、そこの真のオーナー、そして『Happiness』のオーナーでもある、あなたしかいないのよ……」
返事は……。
「そう……そこまで推理できたのね」
「彩子……!」
私が叫んだその直後、ついに水銀灯の後ろから、見慣れた姿が現れた……。