第5章  桜川中学校


私と幸広くんは、桜川中学校までやってきた。
……しかし、来てみたはいいが、授業が終わらなければ林先生に会いに行くわけにはいかない。
それに気付いた私たちは、終業のチャイムが鳴るまで外で待つことにした。

「……理絵ちゃん」
突然、幸広くんが顔を寄せてきた。
「え……な、何?」
「もうそろそろ、本当のことを言ってくれないかな」
ちょっとドキドキしたけど、どうやら思い違いだったみたい。
「本当のことって……?」
「事件について何か思いついたことがあるなら、言ってほしいんだ。何となくだけど、哲くんにもらったあの紙を見たあたりから、顔色が冴えないみたいに見えるんだよ」

……すごい観察力だ。
だけど……本当にあの推理を言っていいのかしら。
彩子の無事を信じたいだろう彼に……。

「国道で彩子ちゃんの血が見つかったって昨日聞かせてもらったけど、それに関係あるんじゃないのか?」
「……」
私はなおも迷っていた。
すると……。

「頼む、教えてくれ! ぼくだってもうそれくらいの覚悟はできてる! 解決のために協力も誓う! だから……」
本気の瞳に、うっすらと涙が滲んでいた……。

「……わかったわ」
私もまた、覚悟を決めた。

……そして私は、血痕のこととも絡めて、幸広くんに自分の推理を話した。
彩子はあの場所で殺された、または自殺した。そして、それを知った誰かが彼女の遺体を隠し、5年経った今、復讐を開始した……。

「そうだよな……。その可能性が一番高そうだ。もちろん信じたくなんかないけど……」

……幸広くんは、そう言ったきりで黙ってしまった。
私の方もどうフォローしていいかわからず、言葉を出せなかった。
彩子と同じこの町に生まれ、親友として15年を一緒に過ごした私たちにとって、それはあまりに残酷な推理だった……。

……そうこうしているうちに、チャイムが鳴り響いた。授業が終わったようだ。
「行こうか……」
「うん」
私たちは、それだけ言って職員室の方へと向かった。

 

 

林先生はすぐに見つかった。
当然、先生は私よりも幸広くんに驚いたようだった。
「まあ……! 平賀くんじゃないの!」
「ご無沙汰しております。覚えていてくださいましたか」
「もちろんよ。だってあなた、この学校の出世頭だもの。まさかうち、それも私の教え子から中央競馬のジョッキーが出ちゃうなんてね。ふふっ」
「いえ……そんな、偉いようなものじゃありませんよ」
「謙遜しない。ところで、私に何か用なの? もしかして、上島さんとの婚約を報告しに来たとか?」
……林先生は、見事にあの頃の林先生のままだった。
「ち……違いますよ! ちょ、ちょっと聞きたいことがあっただけです!」
幸広くんが真っ赤になって返すと、先生はカラカラと笑った。
「なんだ。それは残念」
「と……とにかく、ぼくたちの話を聞いてください!」

……そうして私たちは、哲くんにもらったリストを見せたりして、すべての事情を説明した。その真剣な内容に、さすがの林先生も真顔になった。
「そう、馬の盗難事件と森下さんの事件を調べてるの。それで、そのふたつにつながりがあるかもしれないのね?」
「はい。それで、森下さんの事件についてなんですが……彼女の行方がわからなくなった頃のことを教えていただきたいんです。彼女に関する噂話みたいなものでも結構ですし、この学校近辺で何か変わったことがあったとか、そういう話でも……」
幸広くんの質問に、林先生は首をひねった。
「うーん、あの頃知ってたことはみんな警察に話しちゃったからね……。私のあやふやな記憶を頼るより、桜川署にでも行って聞いた方がいいんじゃない? 確か上島さん、あそこの刑事さんに知り合いがいたでしょ」
山崎さんのことだ。
「あの人、頼りにならないんですよ」
私は素直に言ってしまった。
「でも、一応は刑事さんなんだし……あ、ちょっと待って」
そこで林先生は、突然腕組みをした。何か引っかかるものを覚えたようだ。

「そういえば……そうそう、ひとつあったわ。次に警察が来たら言おうと思ってたのに、来なかったからそのままになっちゃってた話が」

「教えてください!」
私たちが詰め寄ると、先生は窓の外を見た。そこからは、桜川が……私たち3人の想い出の、あの河原が見渡せる。

「当時担任してた1年の女子から聞いた話よ。その子、森下さんがいなくなった日の夜、そこの河原で怪しい人影を見たらしいの」

「河原に怪しい人影……!?」
「詳しいことはわからないんだけど……ほら、あそこにはひとつだけ水銀灯があるでしょ。見たのは夜だから、人影がその近くにいたってことは間違いないわね」

彩子がいなくなった日の夜、あの河原に人影が現れた……。
いったい、誰?
そして、何のために……?

 

 

林先生から聞けるだけのことを聞き出した私たちは、桜川中を出ると、そのまま隣の河原へやってきた。
あの頃の想い出、先生に聞いた話……様々なものが、私たちの足をこっちに向けたのだ。

……海から風に乗って流れてくる潮の香り。それは幸広くんの……そして彩子の香りでもある。
いつの時代も私たちの想い出を包み込んできてくれた、優しい風。

小さい頃から、ここは私たち3人の一番の遊び場だった。私たちが普通に「遊ぶ」とだけ言うときは、ここで遊ぶことを意味したほどだ。
元気な私に、おとなしい幸広くんと彩子。その組み合わせが、いろんなことをさせた。
かけっこをしたり、石を投げて向こう岸に届くか挑戦したり、落ちてた枝を使ってチャンバラをしたり……それらは私が主人公だった。
今思うと結構恥ずかしい「お嫁さんごっこ」は、幸広くんと彩子が主役の遊びだった。
「学校ごっこ」もよくやった。桜川中から流れてくるチャイムを聴きながら、そこに入学する日を夢見たものだった。

中学生になると、ここは「夢」を語る場所に変わった。
放課後、私たちはよくここに3人並んで、いろんな話をした。
「騎手になりたい」と初めて幸広くんが言ったときの私と彩子の反応の違いを、よく覚えている。「がんばってね」と応援した私に対して、彩子は大反対したのだ。

『騎手になんかならないで。この町にずっといて。いなくならないで……』

控えめだけど、それは彼女にしてはとても激しい自己主張だった。
結局「夢を追う男の人を止めることは誰にもできない」とよく言われる通り、幸広くんは努力の末に競馬学校に合格してこの町を出ていき、そして皮肉にも彩子の方が「いなくなってしまった」わけだけど……。

……そんなたくさんの想い出も、今となってはただ懐かしく、そしてせつないだけだ。
あの頃は当然、大人になってからこんな気持ちを抱いてここに来ることになるなんて思わなかった……。

「この水銀灯の近くに怪しい人影……か」
幸広くんがつぶやいて、重々しくあたりを見まわす。私も同じようにした。
下部の直径が1メートル、高さが3メートルほどの円錐状のオブジェに乗るようにして、その水銀灯は設置されている。かつて中学生が夜にここで事故に遭ったのをきっかけにつけられたらしく、私たちが物心ついた頃にはすでにあった。
このへんは明かりが少なく、夜になると、暗くて1メートル先の看板の文字さえ見えない。水銀灯ひとつあるだけで、安心感がかなり違うのだ。

「理絵ちゃん、ここ……」
そのとき、幸広くんが私を呼んだ。
「どうしたの?」
彼は、水銀灯の下をじっと見つめていた。

「……何か、掘り返された跡みたいに見えないか?」

「え……」
私も地面を見た。
確かに彼の言う通り、水銀灯の足元の地面……広さにして1メートル四方ほどが掘り返されたようになっている。石を並べてカムフラージュしてはあるが、他の部分と違うのは明らかだった。
「本当だわ。……土が固まってるから、最近のものじゃないわね。何年か経ってるみたい。ずっと気付かなかったけど」
「……ここがぼくたち3人の特別な場所だってこと、5年前に警察に話した?」
幸広くんがたずねる。
「話してないけど?」
「とすると、ここを掘り返したのは警察じゃなさそうだ……」

私たちは、ふたりで顔を見合わせてハッとした。きっと、お互いに同じことを考えたのだろう。

……そう、彩子は……。

「……行こうか」
幸広くんは言った。
「うん……」

そろそろ『Happiness』の開店時刻になる。
私たちは、想い出の河原を後にした……。


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