第8章 調査
午後1時。
私は、無事自分の部屋に帰ってきた。
今は休む意味でベッドに横になっているが、眠ってはいなかったし、部屋もひとりではなかった。
幸広くん、哲くん、栄一郎さんの3人がそばにいる。
推理と、これからどうするかを検討するためだった。
私が襲われたとはいっても、ここで犯人の思惑通り引っ込むわけにはいかない。そう言ったのは、他ならない私自身だった。
「……今までにわかったことを、ぼくなりに整理してみました」
頭のいい哲くんがしゃべり出した。
「まず、当歳馬盗難事件が森下彩子さん失踪事件と関わっていることは、ほぼ間違いないと思われます。被害馬の世話係の共通点から考えましても。なぜこの牧場や彩子さんの家が狙われたのか、など多少の疑問は残りますし、復讐としてはかなり消極的な手段ではありますが、まずは彩子さんの関係者による犯行と推理するのが妥当でしょう」
「そうだね……」
栄一郎さんが寂しそうに納得する。
「……昨夜『Happiness』に集まったぼくたちは、その線を考えました。そして、お嬢様は『想い出の場所』……彩子さんについての『何か』がわかりそうなところへと向かい、そこで襲われたわけです。その抜群のタイミングのよさ……よさというのは失礼ですが、とにかくそれから考えてみると、お嬢様を襲った犯人がどんな立場の人物なのか、ある程度想像がつくとは思いませんか?」
「立場って……?」
わからないらしい幸広くんはたずねる。
「2パターンが考えられます。ひとつは、例の河原を掘られては困る人物……すなわち彩子さんに『何か』をした人物。そしてもうひとつは、彼女と自分とのつながりを悟られたくない人物……すなわち当歳馬盗難事件の犯人です」
「確かに、そうよね……」
私は、せつない心でつぶやいた。きっと、幸広くんや栄一郎さんも同じ気持ちなのだろう。
「でしょう。ですから、ここからはやはり警察の仕事だと思うんです。つまり、ぼくが考えるベストな行動は、山崎さんにすべてを話してあの河原を掘ってもらうこと……」
「反対だ!」
哲くんが言い終わる前に、栄一郎さんは口をはさんだ。
見ると幸広くんも身を乗り出している。
「あの河原は掘らない。山崎さんにも言わない。それは昨夜、君だって納得したことだろう?」
栄一郎さんが強く言う。
「しかし、このままでは何も……」
すると、栄一郎さんは腕組みをして哲くんを見た。
「……哲くん。君は彩子ちゃんと無関係だから冷静になれるんだろうけど、俺や理絵ちゃん、幸広くんは違うんだ。俺たちにとっての彩子ちゃんは、大切な幼なじみ。それをわかってくれよな」
まさしくその通りだ。
だが、哲くんは答えた。
「それくらいはぼくにだってわかりますよ。ぼくだって、今は故郷を離れてここにいますけど、帰ればそういう相手がいるんですから。ただ、そうやって真実から目を背け続けている間は事件の調査も進展しませんよ、と忠告しているだけです」
「……」
言い合った場合、理屈に強い哲くんの方に分があるのは明らかだ。
でも、この世の中には、理屈を抜きにして真実を埋もれさせたり誰かを信じたくなるときだってあるのに……。
「……君は、どう思う?」
突然、幸広くんが私に聞いてきた。
「私……?」
「ああ。やっぱり反対なのか?」
「うん」
当然、そうだ。
「今」の彩子を考えると、さすがの私でも「賛成」と答えるだけの勇気はまだない。
私があの場所で襲われたことで、少なくともあそこに「何か」が埋められている可能性だけは高まってしまったわけだから……。
……結局、それから私たち反対派3人は哲くんの説得を続けてみたが、彼の根本的な考えを変えるまでには至らず、この件は「多数決」としてとりあえず現状のまま保留となった。
「……さて、それじゃそろそろ調査に行くかな」
栄一郎さんが言った。
「そうですね。みなさん、今日はどんなことをされるつもりですか?」
と哲くん。
「俺は、昨日言った通り、馬運車関係の聞き込み。きっと目撃証言が取れると信じてるよ」
「ぼくは、君が調べてくれたリストの世話係の人たちを当たって、話を聞いてみようと思ってるんだ」
栄一郎さんと幸広くんが答えた。
「そうですか。ぼくは今日も、インターネットから何か引き出せないか挑戦します。お互いがんばりましょう」
そして3人は動こうとしたが……。
「待って、私は何をすればいいの……?」
すると、こんなときに限って3人は統一見解を示した。
「君はここでおとなしくしてた方がいいよ。そんな体なんだし、狙われたってことを忘れないでほしいな」
栄一郎さんが代表して言う。
でも、それには納得できなかった。
「こんなところで静かにしてたって、何の足しにもならないじゃない。第一そんなの、私の性分に合わないわ。息が詰まっちゃいそう」
私がそう言って口を尖らせると、昔からの私を知っている栄一郎さんと幸広くんは吹き出した。
「君みたいなタイプの子には、何を言っても無駄か。行動力の塊だもんな。わかった、協力してもらうよ」
「そう来なくちゃ!」
私は元気に笑ってみせた。
「……まあ、結果的にその方がいいかもしれませんしね。犯人の狙いが、お嬢様を足止めすることだった可能性もありますし」
いつもは冷たく聞こえる哲くんの言葉も、今回は何か優しく思えた。
「……ただし、協力は条件つきだ」
栄一郎さんの話には、続きがあった。
「条件……?」
「君は単独行動じゃなくて、俺たち3人のうちの誰かに同行するって形にしてほしい。そうじゃないと、危なくて認められないよ」
「わかったわ」
私はその条件を飲んだ。
例え私が何事もなく元気だったとしても、仲間はやはりいてくれた方がいい。
さて、誰と一緒に調査しようかな。
私は横になったまま、3人の顔を順番に見た。
幸広くん、栄一郎さん、哲くん……。
「ぼくは結構ですよ。ぼくがやることは専門的で孤独ですから、手伝ってくださってもあまり意味がないと思われますので」
すると、最後に見た哲くんがそう言った。
「そうか。俺は、君と一緒ならこの家から出る必要もないし、いいと思ってたんだけど」
「……ぼくに、ついてきてくれないかな」
そのとき、幸広くんが小さく言った。思わず、私も含めて彼以外の3人全員が彼を見る。
「あ、いや、別に意味があるわけじゃないけど……その……」
全員の視線を浴びてしまった幸広くんは、例によって真っ赤になった。それが何だか微笑ましく見えて、私は知らないうちににっこり笑っていた。
「ありがとう、幸広くん。じゃ、あなたと一緒に行くことにするね」
「あ……うん」
……私は、考えていた。
幸広くんと一緒に行けると決まった瞬間から、こんなに嬉しいのはなんでだろう。
最初から、彼と一緒に行きたいと思ってたから。
でも、それはなぜ?
彼と一緒にいられるのが、あと丸2日しかないから?
彼がジョッキーで、いわゆる有名人だから?
まだ心のどこかでは彼を疑っていて、一緒なら怪しい動きを封じられると考えているから?
それとも……私が前から……ずっと昔から、彼のことを好きだったから……?
答えは出なかった。
出せなかった、と言った方がいいのかもしれない……。
……そして、私はベッドから起き上がった。
それは果たして、真実への第一歩となるのだろうか……。