第10章 犯人が見えた!?
幸広くん、めぐみさんと一緒に『Happiness』で待っていると、やがて栄一郎さん、続いてノートパソコンを抱えた哲くんがやってきた。
無事、全員がそろった。
「じゃあ、俺から話させてくれ」
と栄一郎さん。目が輝いている。何かしらの収穫があったようだ。
「どうぞ」
哲くんは早速ノートパソコンを立ち上げる。調査結果のデータ入力をするらしい。
「……結論から言おう。馬運車は目撃されていたよ」
「えっ!?」
全員の目が栄一郎さんに集まる。
「理絵ちゃんの家……上島牧場より前の事件では、その発生日に現場周辺で、牧場名とか会社名とかの書かれていない不審な馬運車が目撃されていたケースがあったんだ。つまり、犯行に馬運車が使われていた可能性があるわけだよ」
この話に疑問をぶつけたのは、幸広くんだった。
「でも、それじゃどうして理絵ちゃんの家のときだけ……」
「使われなかったんだ、って疑問だろ? 俺もそれは考えたよ。理絵ちゃんの家の事件に限っては、轍がなかったことから、馬運車が使われなかったのは確実だ。それはどうしてか……で、出た結論はふたつ」
「ふたつ……?」
「ひとつは、何らかの理由で使えなかったという説。そしてもうひとつは、これも何らかの理由で、上島牧場に限っては使わなくても盗めたという説なんだ。肝心の『理由』はまだわからないけど」
「そうか……」
幸広くんがつぶやくと、栄一郎さんは哲くんに視線を向けた。
「俺が今日調べたこと、考えたことはこの程度だよ。じゃあ次……哲くん、そのパソコンから何かを引き出せたかい?」
「……ぼくは、残念ながら何も見つけることができませんでした。プリンター用紙を切らして買いに行ったりしていたものですから……」
哲くんは液晶ディスプレイから顔を上げ、申し訳なさそうに答えた。
だが、彼の話はそれで終わりではなかった。
「ただ……もう一度現場検証をしたいと、山崎さんがひとりで牧場に来たんですよ」
「山崎さんが?」
栄一郎さんが反応する。
「ええ。彼に話を聞いてみたところ、隣のブロードファームの前までは轍の跡があったそうです。それで彼は、あらかじめ馬運車をそこに停めておき、当歳馬をそこまでひっぱってきて乗せて逃げたのではと推理していましたが……」
「ちょっと待ってよ。そんなことしてたら、絶対そのお隣さんに見られちゃうじゃない。馬運車が停まってるところとか」
めぐみさんだ。
「そうですね。ぼくも山崎さんにそう言いました。そうしたら彼、あっさり自説を引っ込めましたよ」
「あの人らしいわ」
私は思わず言ってしまった。
「うーん、謎は多そうだね。じゃあ……幸広くんと理絵ちゃん。君たちは世話係への聞き込みだったよな」
私たちの番だ。
「うん。だけど……」
幸広くんの顔が曇った。……それはそうだろう。
「聞き込みでは、いい話は聞けなかったんだ。みんな、盗まれたのが安い馬でよかったとか無責任なこと言うばっかりで。正直、この事件は起きるべくして起きた感じがしてきたよ。あんな連中に世話をまかせてちゃ」
「ひどい話よね……」
カウンターの中のめぐみさんが、腕組みをしながらつぶやく。
「それじゃ、君たちの方は手がかりなしか」
と栄一郎さん。
「……ううん、まるっきりなかったわけじゃないわ」
私は、覚悟を決めて言った。
「実は、森下牧場で彩子のお母さんに事情を話したら、彼女の部屋を調べさせてくれたの」
「彩子ちゃんの……部屋を?」
栄一郎さんが目を細める。
「ええ。……そうしたら、写真とか手紙とか、プライベートなことがわかりそうな物が何ひとつ見つからなかったのよ。つまり彩子は、行方不明になる前に、そういった物を自分で処分していたことになるわ……」
「……人がそういうことするのって、大抵は死ぬ覚悟をしたときよね」
ためらいながら、めぐみさんが言う。
「そういうことに、なりますね……」
幸広くんが声を落とした。私はそんな彼に代わって言った。
「私たちの話はこれだけよ」
「そうか。それじゃ、最後のめぐみさんの話を聞こうか。何かわかったかい?」
「ごめんね」
めぐみさんは首を横に振った。
「あたしはこのお店の常連さんに聞き込みしてみたんだけど、特に手がかりはなしよ。昨日に続いて防犯ビデオもつけてたけど、そっちも無意味」
「そうか。……さて、いろいろ情報が集まったけど、ここから何か結論が導き出せないかな……」
栄一郎さんの言葉に従って、私たちはまとめに入ろうとした。
「あの……ひとつ考えついたんですが」
すると、早くも哲くんが声を上げた。きっと、みんなの話を聞いてはパソコンに打ち込んで、考えていたのだろう。
「お、いいぞ哲くん。その考えとは……?」
栄一郎さんが、身を乗り出して聞く。
「馬運車を使わずに上島牧場から馬を盗むことについてですが……」
「ああ」
「ブロードファームの人なら可能です」
「……!」
その推理に、全員が息を飲んだ。
「ブロードファームの人なら、馬運車など使わなくても、牧場の人の目を盗んで隣まで引いてくるだけですみます。見張りがいないんですから、簡単なことでしょう。柵沿いの芝生の部分を歩かせれば蹄跡もつきませんし。それに、すぐ隣から馬を盗むのに馬運車などを使っては目立ってしまいますし、逆に犯行を露呈する原因となりかねません。それこそが、上島牧場の事件に限って馬運車を使わなくてもよかった理由、そして使えなかった理由なのでは?」
哲くんは淡々と語り、さらに続けた。
「……ここからはぼくの完全な当て推量なんですが、ブロードファームの従業員は独身男性ばかり5人でしたね。その中に、彩子さんの恋人だった人、あるいは彼女を好きだった人がいるのではないでしょうか。そして、いじめを苦に自殺した彼女の復讐のために……」
想像の域を出ない推理ではあるが、否定する理由もない。
……でも、あのブロードファームの人たちが……?
佐々木さんも他の人たちも、とてもそんなことをしそうには思えない……。
「……それを裏づけるには、どうすればいいと思う?」
栄一郎さんが聞いている。
「やはり、山崎さんにすべての事情を話すことでしょう。彩子さんと関わりのある人がブロードファームにいるかどうかを調べてもらえば……」
「……あの河原のことも話すのかい?」
彼はやはりそれが気になるらしい。
「事件として立件するためには、いずれはそれも必要になりますね」
哲くんは容赦なく言う。
「しかし……」
「……栄一郎さん」
幸広くんだ。
「ぼくも、その方がいいと思い始めた」
「君までそんなことを……!」
「この事件の動機が彩子ちゃんの復讐である限り、犯人が捕まれば必ずあの河原にも警察の手が伸びる。遅かれ早かれ、あそこは掘られる運命にあるんだ。ぼくたちにできるのは、あそこから誰も……何も出てこないように祈ることだけだよ……」
……弱々しい言葉だったけど、それは表だけで、内部にはこの上なく強い覚悟と決心が隠されている……。
それを見抜いた私は、無言のままうなずいた。
「……わかった……」
そして、ついに栄一郎さんも折れた。
「じゃあ、私が山崎さんに連絡するわ」
私は言って自分の携帯を取り出し、彼の携帯の番号を呼び出してかけた。
『はい、山崎です』
「理絵です。実は、聞いてほしい話があるんですが……」
『おう、どうした?』
……そして私は、すべての事情を山崎さんに詳しく話した。
私の話が終わると、彼は言った。
『ブロードファームの従業員か……。推理としては一応通っているが、証拠は何ひとつないんだろう? それじゃ警察は動けないな』
「そうですか……」
『何、がっかりするな。河原を掘る件に関してだけなら、考えがある』
「考え……?」
私が聞くと、彼は声を潜めた。
『ちょっと、ここでは話せない。今、頭の固い連中が多い刑事課にいるんだ。……君は今『Happiness』だったな?』
「はい、ここにみんなでいます」
『すぐにそっちへ行く。それじゃ』
山崎さんは、慌ただしく電話を切った。
私も携帯を切り、店内の全員に電話の内容を話しつつ、彼を待った……。
やがて、山崎さんがやってきた。彼は店内のメンバーをざっと見まわすと、話し出した。
「……実は、ブロードファームの連中が怪しいことは、警察の捜査でもわかってたんだ。やつらはどうも、もともとどこかのヤクザだったらしくてな」
「ヤクザ!?」
全員が声を上げた。
突拍子もない推理だと思っていたのに、これはもしかすると……。
「ヤクザが馬を盗むんですか?」
と幸広くん。
「もちろん証拠はないし、彩子ちゃんとそんなやつらにつながりがあったとも思えない。ただ単に、悪事に慣れているというだけの話だ。もちろん、どんな可能性でも当たらなきゃいけないから、君たちの言う通り、関係は探ってみるがな」
「じゃあ、さっき『河原を掘る件に関してだけは考えがある』と言ったのは……?」
私は聞いた。
「ああ、それか。実は、証拠がなくても警察が動ける場合があるんだ」
「それは……?」
「一般人が事件に関する決定的な何かを見つけて通報してきた場合だ。そうなったら、捜査会議も何もなく飛んでいく。そうだな……例えは悪いが、『死体を見つけました』って通報があったら、警察はすぐにすっ飛んでいくだろう? あれと同じさ」
「よくわからないんですが……」
栄一郎さんが頭に手を当てる。
「つまり……言いにくいんだが、君たちが勝手に掘ってみればいいんだ。何も出なければそれでいいし、もし何かが出たら俺か110番に連絡、と」
「……」
無言になるしかないような話だった。
だが……。
「……俺が掘ります! それ、俺にやらせてください!」
なんと、栄一郎さんが真っ先に立ち上がったのだ。
すると……。
「……ぼくも、その現場に立ち会わせてください」
「幸広くん!!」
私は、びっくりして隣を見た。
「何か、そうしなければならないような気がするんです。彩子ちゃんの幼なじみとして、親友として……」
幼なじみ、親友……それは私も同じ立場だ。
私たちは栄一郎さんに続いて、並んで立ち上がった。
すると、今度は哲くんまでもが席を立った。
「……ぼくも、こうしようと思っていたんです。彩子さんについて否定的な推理ばかりしてしまった、その償いのために」
「おいおい……」
山崎さんは、立った人数の多さに戸惑っているようだ。
だが、それでも譲って座ろうとする人はいない……。
「……山崎さん、みんな行かせてあげたら?」
その場をまとめにかかったのは、カウンターの中でずっと黙っていためぐみさんだった。
「彩子ちゃんを思うこの人たちの気持ちは、説得できるものじゃないわ。それぞれに訳ありなのよ。だから……」
「そうだな。それがいいだろう。じゃあ、俺は早速署に戻って待機する。君たちは今すぐあの河原に向かってくれ。例え何も出なくても、とりあえず俺に連絡はしてくれよ。それじゃ!」
……例によって、言うだけ言って山崎さんは帰ってしまった。
「まいったな……。あの人のせっかちのせいで、今すぐ行くことになっちゃったよ。夜なのに」
栄一郎さんがぼやく。
「仕方ないわ。それに、早い方がいいのも事実じゃない? 幸広くんがこの町にいられる期間は短いんだから」
私は考えて言った。
「そうか。……よし、行くしかないか!」
そして、めぐみさんから除雪用のスコップを借り、私、幸広くん、栄一郎さん、哲くんの4人は、ついに店の外へと踏み出した……。
いつしか暗くなっていた国道を、私たち4人は歩いていく。
……風が冷たい。
この町の短い夏が、終わろうとしているのだ。
もしかしたら、私の長い希望もまた、あと数十分ほどで終わろうとしているのかもしれない……。
そんなことを考えながら、私はふと、隣を歩く幸広くんを見た。
……彼も、同じタイミングで私を見ていた。
そして私たちは、お互いに無言のまま、何となく手を握り合ったのだった……。
……「想い出の場所」は、昨夜とまったく変わっていなかった。水銀灯に照らされて、不気味なほどの明るさを放っている……。
「ここだね……」
栄一郎さんがささやく。
「うん……」
私は答えた。
「よし……」
覚悟を決めて、栄一郎さんがスコップを握りしめる。
私と幸広くん、哲くんは、固唾を飲んでその行方を見守る……。
だが、その瞬間のことだった。
「な……何……!?」
……不穏な風を感じると同時くらいに、隣の幸広くんが地面に崩れ落ちた。
同時に私の視界も揺らいでいき、その中で栄一郎さんが、哲くんが……!!
これは……睡眠ガス!?
いったい、誰が……。
どうし……て……。
……そして、私もまた同じ道をたどることとなった……。