第11章  監禁と救出


……闇が、少しずつ晴れてくる。
頭が、痛い。

ここは、どこ……?
私はいったい……。

……そうだわ。
あの河原でいきなり何かかがされて、気を失ったんだった……。
私は、二度までも襲われたわけだ……。

私がいたのは、倉庫のような場所だった。
6畳くらいの中に、干し草が積み上げられている。
牧場だわ……。
もしここが犯人のアジトなら、まさか、ブロードファーム……?

……そういえば、携帯を持ってたはず!
私はそれを思い出した。
これで、山崎さんにでも助けを……。

……ない!

きっと、ここに入れられたときに取り上げられたんだわ!
どうしよう……。

私は室内を見まわした。
私の正面にドアがひとつと、どう考えても人が出入りできる大きさじゃない窓がひとつ。
まさかとは思うけど、このドアが開いてたりなんてことは……。

……やっぱり、ない。
もしここを開けておくなら、私は身動きできないように縛られていただろう。

何とか逃げる手段はないものかと、私はドアの構造を調べた。
……ドアは外開きなので、ミステリーによくある、いわゆる「蝶つがいを外す」といったことはできない。
さらに見たところ、ノブには鍵穴もレバーもない。
ということは、ドアそのものに鍵がついているわけではなく、外側につっかい棒などをしてあるのだと思われる。
一番やっかいなパターンね……。
そう思ったときだった。

「……誰かいるのか?」

突然、ささやくような声とともに、ドアがノックされた。
誰……!?
男の人の声だが、特徴を聞き分けられるほどはっきりしてはいない。ただ、様子からして、私を監禁した犯人の一味ではなさそうだ。
すると、助け……?

「いるなら返事してくれ!」
考えている間にも、ノックは続く。
私は、思いきって声を出してみることにした。

「ここにいます! 私は上島理絵です!」
「理絵ちゃんか……!?」
……この声は!
「幸広くん!」
「今開ける!」

物騒な音がドアの向こうから聞こえ、そしてゆっくりと開いていく……。

「……」
その姿の、何と懐かしかったことか。
ほんの少し前にも見ていたはずの人なのに……。

……私は、彼の胸に飛び込んでいた。
頼りないとばかり思っていた彼の腕が、頼もしく私を包む……。
こんな状態でなければいつまでもこのままでいたいような、そんな抱擁だった。
ときめく余裕もないままに、私は彼に体を預けた……。

「幸広くん……ここはどこなの? 私たち、いったい……」
「……わからない。気がついたら、ここと同じような部屋にいたんだ。でも、ドアが開いてたから逃げ出せたんだよ」
「開いてたの!?」
私は驚き、弾かれたように彼の腕から抜けた。
「あ、ああ……ぼくも、この部屋の外のバリケード見て、なんで自分がいた部屋はこうなってなかったのか、不思議に思った」
「バリケード……」
「角材とか木箱とかで、完全にふさいであった。男を閉じ込めた部屋でそれをやるならわかるけど、ぼくの方が無事でここが……なんでだろう」
いつもの私なら「私の方が力強そうに見えたんじゃない?」と軽く返すところだけど、もちろん今はそんな雰囲気じゃない。

「そういえば、栄一郎さんと哲くんは!?」
私がようやく思い出して聞くと、幸広くんは首を横に振った。
「わからないんだ……。君がここにいた以上、彼らもこの建物のどこかに、ぼくたちと同じ形で閉じ込められている可能性が高そうだけど」
「無事なのかしら……」
「どうだろう……。捕まってなかったり、捕まってもぼくみたいに自力で脱出できたりしていればいいけど、やっぱり捕まったままって考えるのが一番自然な気がする……」
「携帯があれば、連絡を取り合えたのにね」
「君も取られたのか。そのへんは、犯人も抜かりないんだろうな」
「でも、何としてでも助けなきゃね」
「もちろんだ。……こんなこと言いたくないけど、ぼくたちは身代金とかを目的に誘拐されたわけじゃない。あの河原で、それも君に限っては2回めの襲撃。事件の核心に触れそうになったためと考えてまず間違いない。ということは……最悪の場合、ぼくたちの口をふさごうとしている可能性だってあるんだ……」
……私は青くなった。
「大変! 早くあのふたりを探して、脱出口も見つけなきゃ!」
「出口は見つけたよ。ここへ来る途中に外へのドアがあったんだ。しかも、さあ逃げてくださいと言わんばかりに全開になってた」
「ちょっと……なんで逃げなかったのよ!」
思わず私は叫んでいた。そこで逃げれば、少なくとも彼だけはその場で助かったのに……。
だが。

「逃げられるわけないじゃないか! 君やみんなが残ってるかもしれないのに、ひとりだけでなんて……」

……。
その言葉は、私を打ちのめした。
もし私と幸広くんの立場が逆だったら、私は闇に差した一筋の光の誘惑に負けて、迷わず逃げていただろう。そして警察に通報し、彼らの救出をまかせてしまったに違いない。
それなのに、幸広くんは……。
彼の勇気と正義感は、恐怖に打ち勝ったのだ。
そして、ここまで来てくれた……。

「……ありがとう。さあ、行きましょう! 栄一郎さんと哲くんを探しに!」
「ああ」
そして私たちは、この狭い部屋を出た……。

 

 

……人の気配はなかった。それでもどこに何があるかわからない。私と幸広くんは、明かりのない周囲を充分に気にしながら進んでいった。
ざっと見てまわったところ、私と幸広くんが閉じ込められていたのは、どうやらひとつの建物のようだった。彼が見つけた外へのドアは、ふたつの部屋の中間点にある。そして、私がいた部屋の前からは、別の建物へと廊下が伸びている。
この手の建造物は、大抵左右対称にできている。ということは、この先に同じような建物があり、そこに栄一郎さんと哲くんが閉じ込められている可能性は高い。
私たちはそう考え、廊下へと足を踏み入れた……。

……廊下を通り抜け、反対側の建物に入った瞬間、私たちは顔を見合わせた。
左右対称に考えて私がいた部屋の反対側に当たるドア。その前に、角材や木箱が積み上げられている!
「この中に誰かいる!」
私たちは、すぐさまそのバリケードを取り払ってドアを開け、室内に飛び込んだ。

「……栄一郎さん!」
そこには、栄一郎さんが倒れていた。生きてはいるが、まだ意識は回復していない。
「どうしよう……放っておくわけにもいかないし、哲くんも探さないと……」
「哲くんがいる場所は見当がついてるわ! 幸広くん、ここにいて栄一郎さんを見てて! 私、彼を助けてくるから!」
「あ……」
彼は「ぼくが行く」とでも言いたかったのだろう。でも、役割分担なんかでもめてる場合じゃない。
私は部屋を飛び出すと、建物の奥へと走った。

私の予想は当たった。建物の突き当たり……幸広くんがいた部屋の反対側に当たるそのドアの前にも、バリケードが造られていた。私はそれをどけ、室内に入った。
「……お嬢様! 助けに来てくださったんですか……」
そこに、哲くんはいた。無事のようだ。
彼は、もうだいぶ前に目を覚まし、この部屋からの脱出策を練っていたらしい。私は彼に、今までのことを簡潔に話して聞かせた。
「そうですか……。では、早速幸広さんと栄一郎さんのところへ行きましょう」
私たちは部屋を出た。

栄一郎さんの部屋へ戻る途中で、私はふと足を止めた。
「どうなさいました?」
哲くんがたずねる中、私はそこのドアを調べていた。あっちの建物では全開になっていたドアと同じ位置にある。
しかし、こっちのドアはとても開きそうになかった。外にバリケードが造ってあるか、あるいは釘付けでもしてあるのかもしれない。
「このドアよ。あっちの建物のこの位置にあったドアは、鍵がかかってなかったどころかドアそのものが開いてたの。それなのにこっちは、やけにしっかりと開かなくしてあるわね……」
「妙ですね……。お嬢様のお話だと、幸広さんの部屋もバリケードがなくて開いていたということですし……」
……一瞬、頭に何かが浮かびかけたが、それは時間に押されて消えてしまった。
「それは後で考えましょ。とにかく、栄一郎さんのところへ……」
「ええ、戻りましょう」

私と哲くんがその部屋に戻ると、すでに栄一郎さんは目を覚ましていた。
「あ、理絵ちゃん……哲くんも、無事だったか」
自分の心配をすればいいのに、彼は私たちを見るなりそう言った。
「一番無事じゃない人が何言ってるんだよ」
と幸広くん。
確かにあまり無事でもなかったが、とりあえずは4人ともケガひとつなくここにそろった。それだけでもよかったと思わなければいけないだろう。
「そうだな。……詳しいことは幸広くんから聞いておいたよ。あっちに出口があるそうじゃないか。こんなところに長居は無用だ。さっさと逃げよう」
当然、その意見に反対者はいなかった。私たち4人は、一固まりになって部屋を出て移動した。

全開になったドアの前まで来た、そのときだった。

「……うわっ!」

突然、私たちを強い光が射たのだ。
そして、大声が響く……。

「警察だ! お前たちは完全に包囲されている! 無駄な抵抗はやめておとなしくしろ!」

……山崎さんの声だわ!
助かった……。
私たちはようやくそれを実感し、みんなで顔を見合わせた。
そして、誰からともなく笑い合った……。


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