第12章 解決……?
……そして翌日、9月21日の木曜日。
私、幸広くん、栄一郎さん、哲くんは、今日だけ入院することになった。病院特有の雰囲気がどうにも苦手な私は、違う理由での2日連続の病院送りにすっかりまいっていたが、ムチャをした代償だから仕方がない。駆けつけた私の両親も、事情を知って、心配を通り越してあきれていた。
幸広くんは、仕事に行けなくなって師匠の調教師さんに怒られることを気にしていたが、警察が札幌競馬場に連絡して事なきを得た。でも、そうしたら今度は『平賀幸広騎手、拉致監禁!』なんて記事にされたらどうしようとしきりに心配している。
有名人って大変なのね……。
私は、かつて彩子が幸広くんに「騎手になんかならないでずっとこの町にいて」と言ったときの気持ちが、今さらながらわかったような気がした。
ここは、病院の庭。
午後3時……私たち4人は、お見舞いに来てくれた山崎さんとめぐみさんを加えた6人で、事件について話していた。
「……ぼくたちを眠らせて監禁したのは、やはりブロードファームの5人だったんですね?」
被害者の中では一番精神的に落ち着いていると思われる哲くんが、山崎さんに聞く。
「ああ。勘に近いものだったとはいえ、君たちの推理は実に正しかった。絶対に解決してやるっていう、民間調査隊の情熱の勝利だな。まったく、最近の警察にはない情熱だ」
最近話題の、一連の警察の不祥事をみんな知っていただけに、失礼ながら刑事の山崎さんを前にして全員笑ってしまった。だが彼は、気分を悪くするどころか、余計に楽しそうに続けた。
「感謝してるよ。まったく、あの連中はとんでもないやつらだった。さすがは元暴力団員たちって感じだな。現行犯逮捕するとき、適用する罪状が多すぎて、俺たちの仲間みんなであきれたよ」
「えーと……まずは催眠ガスで傷害罪。それに加えて誘拐に監禁に……他には何があったんです?」
と哲くん。
「……聞きたいか?」
山崎さんの顔が、ちょっとだけ曇る。
「はい」
哲くんがそう答えたが、他のメンバーは黙っていた。
「じゃあ教えよう。……放火未遂と、殺人未遂だ」
「放火!?」
全員が声を上げて驚いた。
「ああ……。あの倉庫は木造で、バリケード用の角材や箱もみんな木製だっただろ? それは、後に火を放つ計画だったからさ」
……血の気が引いた。おそらくは幸広くんや栄一郎さん、そして冷静で通っている哲くんも同じだっただろう。
「じゃあ、建物内に見張りのひとりもいなかったのは、そのためだったんですね……」
恐ろしそうに、幸広くん。
「そういうことだ。それを考えると、君の取った行動は非常に勇敢で立派なものだったよ。開けっぱなしのドアを見つけたとき、ひとりでそこから逃げ出していたら、他の3人はどうなっていたことやら」
……私は、幸広くんを見た。
視界の中で、栄一郎さんと哲くんも、幸広くんを見ていた……。
「そのとんでもない犯人たちは、逮捕されてどうなったの?」
めぐみさんが聞いた。
「5人とも桜川署に連行されて、犯行の大筋を自供したよ。当歳馬盗難事件の実行犯もやつらだった」
「なんだ、あっさりね。でも、これで安心したわ。久しぶりに、この桜川町に平和が戻ってきそう」
めぐみさんの笑顔に、今度は全員が安堵の表情を浮かべた。
「ところで山崎さん。昨夜は、どうしてあんなにタイミングよく助けに来てくれたんですか?」
幸広くんが質問する。
「君たちからなかなか連絡がないんで、俺がひとりで例の河原まで様子を見に行ったんだ。そうしたら、スコップが落ちてる、河原はまだ掘り返されてない、君たちはいない、とこう来た。……ってことは、あそこに着いた直後、君たちの身に何かが起きたと考えるしかないじゃないか。で、俺は手がかりを求めて周囲を調べた」
「そこに、何かが……あったわけですね」
「ああ。笑っちまうくらいに三流ミステリーお約束の展開が待ってたよ。場長の佐々木のネーム入り作業用手袋が落ちてたんだ」
誰からともなく苦笑がもれる。
「俺は慌てて無線で応援を呼んで、ブロードファームへ向かった。……で、外からライトで照らしてメガホンで叫んだ瞬間に、ちょうど君たち4人が脱出してきたってわけさ」
「そうだったんですか。でも、ぼくたちを助けに来てくださって、本当にありがとうございました」
「俺にだって、一端の正義感はあるからな。その言葉と気持ちだけで充分満足さ。例え俺の身に何があっても」
「何があってもって……山崎さん、まさかあなたの身に何か?」
私は心配になって聞いた。
「君たちを河原にやらせたことが上司にバレて、大目玉を食らったんだ。刑事が一般人をそんな危険な場所へやるとは何事か、ってな。あーあ、これでどれくらい減給になるかな」
自嘲ぎみに笑った山崎さんを、今度はみんなの笑い声が包んだ。
「……でも、何かよくわからない事件だったな。動機もはっきりしないし」
「彩子さんの復讐ではなかったのですか?」
山崎さんが元に戻って低くつぶやくと、哲くんがたずねた。
「おそらくはそうだろうが、それも推測にすぎないということだ。まあ、やつらに口を割らせればすべてわかるだろう」
「あいつらのうちの誰が、彩子ちゃんと関わっていたのかも……」
と栄一郎さん。
「すぐにわかるさ。それからだな、改めてあの河原を掘るのは」
「……やはり、それは避けられませんか」
「そういえば、盗まれた当歳馬たちはどうなってたの?」
めぐみさんがたずねた。その質問にためらいがないのは、彼女が牧場育ちではないからか……。
「ああ。……それが、信じられないくらいに手入れが行き届いてたんだ」
「えっ……!?」
全員が驚いた。それはそうだろう。誰もが、その反対を想像していたに違いないのだから。
「きちんと洗ってブラシかけて放牧して、栄養のあるものを食べさせて……正直、元の牧場にいたときよりいい状態なんじゃないかと思ったくらい、元気だった。元の世話係に返すのが不安になるな」
「皮肉な話ですね……」
やりきれないように、幸広くんがつぶやいた。
「これをきっかけにみんな、どんな馬でも大切に扱うようになってほしいわね」
とめぐみさん。
「ええ。……私も、気をつけます」
私は言った。
牧場で働く私には、この事件はある意味で「警鐘」だったように思えた。
本当のところを言えば、私にも「盗まれたのが将来期待薄のサンクチュアリの仔でよかった」という気持ちが完全になかったわけじゃない。長引く不況や外国産馬の大量輸入などで、うちのような家族経営の生産牧場は軒並み存続の危機に陥っている。うちも、牧場を廃業するしないの話が一度や二度ならず出ていた。
でも……だからといって将来を悲観してやる気がないまま仕事を続けるのは、最もいけないことなのだ。やるならやるとはっきり決めて、責任を持って仕事する。それが大事であり、また働く人の義務でもあるんじゃないだろうか。
生産牧場は競馬界の土台。ここが崩れたら、競馬界まで崩れてしまうわけだから……。
「平賀くん! 上島さん!」
突然、私の後ろから自己主張の強そうな声が飛んできた。私と幸広くん、そして他の人たちもそっちを見る。
「話、聞いたわよ。何だか大変な目に遭ったみたいじゃないの」
林先生がやってきた。手には大きな果物かごを持っている。そういえば、いつしか学校が終わる時間になっていた。
「あ、お見舞いに来てくださったんですか。ありがとうございます」
「つまんないこと言うのねえ。こんなときは『うわっ、トラブルメーカーが来た』とくらい言ったっていいのよ」
その言葉に、ここにいる全員が笑った。トラブルメーカーじゃなくて、ムードメーカーみたい。
「お嬢様、こちらの方は……?」
哲くんが気にする。そういえば彼は、直接先生に会ったことはなかったわね。
「林貴子先生よ。ほら、例の水銀灯の下に人影がいたって教えてくれた、桜川中の数学の先生」
「ああ……。初めまして、武内哲です。理絵お嬢様の家で、住み込みの牧夫のようなことをやっています」
「ふーん……」
林先生は哲くんと幸広くん、さらには栄一郎さんや山崎さんまでを順番に見た。……何か、いやな予感がする。
「上島さん、的はひとりに絞ろうね。同時に何人もの人を追いかけると、ひとりも落とせなかったりするわよ。そんなことわざ、教えなかったっけ?」
……やはり、林先生は林先生だった。
「教わってませんよ。『富士山麓オウム鳴く』なら教わりましたけど」
私がそう返すと、またしても全員が笑った。
「あたしは女だから平気ですよね。……あ、あたしは摩耶めぐみです。『Happiness』ってスナックを経営してますけど、中学生は入店禁止にしてますから、職員会議にかけて店をつぶしに来ないでくださいね」
今度はめぐみさんが同じノリで言う。
「はいはい」
「……やれやれ、楽しそうだな。俺はついていけん。そろそろ捜査に戻らせてもらうとするか」
そう言って、山崎さんが私たちの輪から外れた。
「捜査って……もう事件は解決したんじゃないんですか?」
幸広くんがたずねる。
「まだまだ。今は、実行犯を捕らえただけという段階だ。これから事情聴取も続けなきゃいけないし、現場検証もしつこいほどやらなきゃいけない。さらに言えば、俺はもともと彩子ちゃんの事件の担当だ。彼女の行方がわかるまで、完全に解決とはいかないな」
「彩子の行方……」
……私と幸広くんは、思わず顔を見合わせた。
ふたりの間に、何か冷たい風のようなものが流れていった……。