第13章  幼なじみ


翌日……9月22日金曜日、午前中。
今朝退院した私は、幸広くん、哲くんと3人でうちに帰ってきた。幸広くんは厩舎作業を手伝うために来てくれたのだが、その理由が「体を動かしてないと気が滅入っちゃいそうだから」だということを、作業中にそっと教えてくれた。
その気持ちは、私も同じだった。
いつ山崎さんから連絡を受け、悲しい真実を知らされるかと思うと……。

作業を終えた私たちは、リビングにいた。
……時間だけが、無感情に過ぎてゆく。
3人とも、何も口にしなかった。
ただ、何を入力しているのか、哲くんがたたいているパソコンのキーの音だけが不規則に響く。

……正午を過ぎれば、幸広くんは札幌競馬場へと向かわなければならない。
彼がこの町にいられるのは今日限り、それもあと数時間。
正直、まだまだ話し足りない。納得するまで彼を引き止めておけるとすれば、きっとあと1週間……いや、それ以上の期間、束縛してしまうだろう。

それなのに……どうしても、言葉が出ないのだ。

……窓の外には、放牧地を駆けまわる馬たちの姿が見える……。

私はぼんやりと思った。
馬は生産牧場で生まれ、いろいろあって、やがては競馬場でジョッキーを乗せて走る。
それに象徴されるように、この町で幼なじみとして長く過ごした私たちもいつしか、競馬界の両端に離れてしまったのかもしれない……。

『幼なじみ同士って無敵なのかな?』
一昨日、めぐみさんにそう言われたことを思い出した。

……幼なじみは無敵。
私もそう思っていた。
そう信じていた。
どんなに離れていても、ほんの少し顔を合わせるだけで、そのブランクを埋められると信じていた。

でも……それは間違っていたらしい。
恋や友情や信頼関係と同じように、幼なじみ同士の関係にも「終わり」があるのだ。
そしてきっと、その「終わり」は、こんな形でやってくるんだろう……。

 

 

……静寂を破ったのは、玄関チャイムの音だった。
数日前に山崎さんが来たときのように、母がスリッパをパタパタさせて玄関へと向かう。
そして……。

「おう、また3人がそろってるな」
来た人まで、同じだった。

……。
どんな顔で彼を見ればいいのだろう。

「心配するな。事件のちょっとした報告だが、君たちを悲しませるような内容じゃない」
しかし彼は、私たちの心を読んだように、穏やかにそう言った。
「ああ……そうですか。何でしょう?」
とりあえずはほっとしながら、私は言葉を出した。

「実はな……ブロードファームの5人を取り調べた結果、やつらの中に、彩子ちゃんと関係がある者はひとりもいなかったんだ」

「そんな!」
私は思わず叫んでいた。幸広くんと哲くんも、山崎さんの顔を見る。
「それじゃ……彼らはなぜ、今回みたいな事件を……?」
と哲くん。
「それなんだがな……」
山崎さんは途端に声を低くした。

「やつらは全員、『ボス』と呼ばれる何者かの命令で事件を起こしていたらしい」

「ボス!?」
私はまたしても、情けない叫び声を上げた。
「ああ。……しかもやっかいなことに、やつらは『ボスの正体がバレるときは、我々が死ぬときだ』とまで言って、決してそれがどこのどいつなのか白状しようとしないんだ」
「おかしいじゃないですか。普通、捕まったら首謀者の名前も言うはずでしょう? 実行犯が単独なら、首謀者をかばおうとしている線も考えられますが、5人もいてその全員が供述を拒むとは……」
考えながら、哲くん。
「そうだ。まったくもって、不思議な話だ」
「その黒幕は、5人に大金を握らせていたんじゃないでしょうか?」
私は、前々から気になっていたその推理を言った。
……しかし、山崎さんの答えは否定的だった。
「いや、金だけではそうはいくまい。金の切れ目が縁の切れ目とよく言うからな。金だけなら、やつらが捕まってボスから金を受け取れなくなった時点で、その関係は破綻するだろう」
「それじゃ、いったいどうして……」
私がつぶやくと、山崎さんはゆっくりと言った。
「……考えられる可能性としては、『カリスマ性』だな」
「カリスマ性ですか」
その可能性も高い、と哲くんの口調からは読み取れる。
「ああ。最近よくあるだろう、宗教団体やオカルト団体絡みの事件が。そういった事件の実行犯たちは、首謀者である教祖や代表に洗脳されて絶対服従を誓っているから、事件と首謀者の関係を決して明かそうとしない。それと同じで、ボスは強烈なカリスマ性を持った人物で、ブロードファームの連中はそいつに精神的に捕らわれている……と考えられるわけだ」

「……」

私たち3人は黙ってしまった。
それだけの力を持った人物が、この事件を指示していたとは……。

……でも、待って……。

私は思いついて、言った。

「……事件の指示者がいたなら、その人こそが、復讐を企てるほど彩子と深いつながりを持っていたということになりますね。今までの捜査で、動機を持っていて、さらにカリスマ性が強そうな人は上がっていないんですか?」
「お、そうだ! よし、早速署に戻って調べてみよう! ありがとう、それじゃ!」
「あ……」
無計画な山崎さんは、家を飛び出していった。帰り方もまた、この前と同じパターンだった。

 

 

「……お嬢様、どうなさいます?」
山崎さんを見送ったあと、哲くんが私を見た。
「どうするって?」
「事件の調査です。実行犯の上の首謀者を……ぼくたちも探しますか?」

「やめようよ、もう……」

……そうぽつりと言ったのは、ずっと黙り続けていた幸広くんだった。

「幸広くん……」
「ぼくたちにできることは、もう何もないと思う。あとは警察の仕事だよ……」

本当にそう思っているわけではないだろう。
彼はきっと、黒幕の正体を知るのがつらいのだ。彩子に近い人物……親しい相手が真犯人だという可能性が充分すぎるほどにあるから。
もしかすると彼は、そのつらさから逃げるために、もう二度とこの町に帰らないかもしれない……。
そう考えたとき、私の胸はこの上なく痛んだ。

「……理絵ちゃん」

昔から消極的だった幸広くんが、あの頃のままに小さく私を呼ぶ。
「何……?」
「ぼく、札幌へ向かう前に、もう一度この町をゆっくり見てまわろうと思ってるんだ。それで……よければ、一緒に来てくれないかな」

「え……私が……?」

……なんて答えなのかしら。これじゃまるで「なんで私なのよ」って言ってるみたいじゃないの。
でも……なぜか私はそう答えていた。「いいわよ」と即答するのではなく。

「うん。やっぱり、最後は君がいいんだ。いろいろ、想い出の場所もまわりたいし」

想い出の場所……。
あの河原は、想い出の場所。

想い出の……?

 

 

「そんな!!」

……私には、真実のすべてが見えた。
見えてしまった……。

 

 

「な……どうしたんだ?」
「お嬢様……?」
……ふたりの声が、遥か向こうに消えていく……。

「……悪いけど、私は行けないわ。ちょっとひとりになりたいの。他の友達を誘って行ってきてちょうだい」

「あ……ああ……わかった……」

穴が空くほどまっすぐに見つめていたのが「無言の圧力」になったのか、彼はすぐに椅子を立ち、そして家を出ていった。

 

 

……哲くんを置いて自分の部屋へと駆け込んだ私は、今朝警察から返ってきたばかりの自分の携帯を手に取った。
そして、そのディスプレイに、よく知っている番号を呼び出す……。

……。

相手が出た。

「……私は、上島理絵です」

初対面のように、丁寧に名乗る。
そして……。

「お話があります。今すぐに、桜川の河原……あの水銀灯の下に行ってください。私もすぐそちらに向かいます」

それだけ言って、切る。

 

 

……相手が河原に着いた5分後に着くように計算して、私は家を出た。

 

 

……想い出の場所、桜川の河原。そこには、誰もいないように見えた。
でも……私は水銀灯の裏に向かって言った。
すべてをなくす覚悟で。

 

 

「……今回の事件の黒幕は、あなただったんですね?」

 

 

そして、私はその名前を口にした……。


《理絵が推理した、この事件の黒幕は誰?》

平賀 幸広 篠原 栄一郎 武内 哲 山崎 照文
摩耶 めぐみ 林 貴子 森下 彩子 読むのをやめる