「『摩耶めぐみ』さん……」

 

 

……私は、ゆっくりと言った。
直後、彼女が、慌てて水銀灯の影から飛び出してきた。

「ちょ……ちょっと理絵ちゃん、何言ってるの!? あたしが黒幕!? 例の事件の!?」
彼女は、さも意外で信じられなそうに言った。
……でも、私は流されなかった。

「そうとしか考えられないの。これから、その根拠を言うわ」
そして、言葉を崩して話を始める……。

 

 

「……私は合計2回、ここで襲われた。火曜の夜と、水曜の夜とね。それぞれの前に、私は何をしていた……? 答え。2回とも『Happiness』にいて、そこからここへと向かった。……そして、2回とも私が出ていった直後に、あなたはお店でひとりになっていたわ。火曜は私を追って幸広くんが飛び出して、栄一郎さんと哲くんもすぐ帰って……水曜はご存じの通り、あなたを除く全員で河原へ行って、ね。火曜と水曜の両方、私が河原へ行ったことを実行犯のブロードファームの人たちに教えることができたのは、あなただけのはずよ」

「言いがかりよ! そうだわ……みんな携帯持ってるじゃない! あなたと一緒にいた中の誰かが、こっそりポケットに手を突っ込んでリダイヤル機能を使って、ブロードファームの人たちに合図したって可能性だってあるわ!」

「まだ話は終わってないのよ。……あなたとブロードファームにつながりがあると私が推理したのは、それぞれの名前からだったの。あなたのお店は、幸広くんの『幸』から取った『Happiness』。そして、ブロードファームの『Broad』には『広い』という意味があるわ。合わせれば『幸広』……しかも、『Happiness』もブロードファームも、できたのはほぼ1年前。偶然にしてはできすぎてる。あなたはこの町で、一番大切な人の名前をふたつに分けて、それぞれの主となったんだわ」

「……理絵ちゃん、あなたは大切なことを忘れてるわよ」
彼女は口を尖らせた。
「仮にあたしが事件の黒幕だったとして、動機は何だっていうの? 当歳馬を次々に盗ませるなんてこと、あたしがやる意味があるの? あなた言ったじゃない、この事件は彩子ちゃんの復讐なんだって」
「……動機は私の推理通りよ。彩子をいじめていた5人への復讐だわ」
私は、ためらいながらそう言った。
「バカバカしい。あたしと彩子ちゃんの間に何の関係があるの?」
「あるわ。ある意味では、誰よりも深い関係がね。だってあなたは、ここが私と幸広くんと彩子の『想い出の場所』だってことを知ってたんだもの。私は誰にも話してないし、幸広くんもまた同じだと推理できるわ」
「知らないわよ。ここがあなたの想い出の場所だなんて、全然」
「そうかしら? ……火曜日、私はひとりでここへ向かった。行き先を『想い出の場所です』としか告げずにね。それなのに私は、ここへ来るやいなや襲われたわ。ということは、あのとき『Happiness』にいて、さらにここが想い出の場所だと知っていた誰かが、電話でブロードファームの人たちに『私がここへ向かった』ことを教えて襲わせたとしか考えられない。それに該当する人は、幸広くんとあなたしかいないのよ」
「だから、どうしてそこにあたしが入るのよ! 幸広くんだとは考えたくないけど……でも、あのときお店にいた誰かが昔、彩子ちゃんから『想い出の場所』の話を聞いてたのかもしれないじゃない!」
彼女はまだ強気に返す。どうしても認めたくないらしい。その気持ちもわからないではないけど……。

「……あなたは、車の免許を持ってなかったわね。だから馬運車のことを調べに来た山崎さんがすぐ帰っていってくれた、って言ってたはずよ」
切り口を変えて、私は話を続けた。
「ええ、持ってないわ。それがどうしたの?」
「どうして持ってないの?」
……その質問は予想外だったらしい。彼女は一瞬目を見開き、そして答えた。
「苦手なのよ、車って。なくたってどうにでもなるものだしね」
「それがおかしいのよ」
私ははっきり言った。
「この町で暮らすあなたならわかってるはずでしょ? 隣の家まで100メートルは当たり前、電車は1〜2時間に1本のこの町じゃ、車がないのはものすごく不便よ。なくたってどうにでもなるってレベルじゃないわ。それなのにあなたは免許を持ってない。どうして? 自分のお店を持ってるくらいだから、お金がないってのは理由にならないわよ」
「……」
「私が考えたところ、理由はひとつだけね。……あなたは、自分の本名を知られたくないんだわ」
……彼女の顔に、明らかな動揺が走った。
「免許証は、戸籍上の本名じゃないと作ってもらえない。それがいやなあなたは免許を取らず、車も持たず、用があるときはブロードファームの誰かに送らせてたんでしょ」

「いいかげんにして! そんなのみんなあなたの想像でしかないじゃない! はっきりした証拠を出しなさいよ!!」

 

 

……ついに、来るべきときが来たようだ。

「今、出すわ」

私は、ポケットに手を入れた。
そして……「それ」をつかみ、手を引き抜いて、一気に彼女の前に突き出す……。

 

 

「いやあーーーーーーーっ!!」

 

 

……思った通りのことが起こった。
彼女は「それ」を目にするやいなや悲鳴を上げ、そして……しまった、という顔をした。
風に吹かれて私の手から落ちた物は……さっき家の前の道で拾った、蝶の羽根。

顔、名前、心……それらが変わっても、決して変えられないものがある。
それは……幼い日の想い出と、それに基づくトラウマ。

 

 

「……彩子ね?」

 

 

想い出を包み込む風の中で、私はそっとささやいた……。


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