「センサーがあるなら、そのスイッチも必ず建物の中にあるはずだ。位置を探ってくれないか？」
俺は真奈にそう頼んだ。
『わかったわ。まかせておいて』
真奈は頼もしく答えてくれた。
「頼む。わかったら、またその電話から俺の携帯を鳴らしてくれ」
『ええ。じゃあ、急いだ方がいいから、失礼するわね』
「くれぐれも気をつけろよ。危ないことはするな。それとなく探れよ」
『ありがとう』
真奈が電話を切ったので、俺も切った。
「上手くいきそうだね」
泰明が言った。
「ああ。真奈がセンサーを切ってくれれば一歩前進だし、例え何か理由があって切れなかったとしても、場所がわかるってのは大きい」
そんな話をしているところへ、ついに警官隊が到着した。施行団体のお偉いさんと思われる人も一緒だ。
「センサーのこと、教えておいた方がいいんじゃないかな」
「おお、そうだ。……おーい、待ってくれ！」
俺と泰明は警官隊の責任者らしき男に、センサーがあってうかつに踏み込めない話をした。
アラームが鳴ったら最後、人質の命はないと……。
「何、そんなものが！ まいったな……」
弾丸を弾く物騒な盾を持ったその男は、首をひねった。
「今、中で人質になってる俺の仲間の女に、センサーのスイッチの場所を探らせてます。わかったら連絡してくれることになっていますし、上手くいけばスイッチを切ってくれるかもしれません」
「君はそんな危ないことをさせたのか！」
一瞬にして鬼のような形相になった男に、俺は返した。
「大丈夫です！ あいつは冷静で機転の利く、信頼できる女です。危険なことは絶対にしません」
「本当だろうな……」
疑り深いな。まあ、これくらいじゃなきゃ警察なんて務まらないんだろうな。
「本当です。どうかあいつを信じてください」
俺は心から頼んだ。
男は今ひとつ信じきれないようだったが、とりあえずうなずいた。
お偉いさんとサングラスが、破壊された玄関ガラスドアをはさんで３メートルくらいの距離で交渉を始めた。
だが、どうも俺はそんな簡単にはまとまりそうにない予感がしていた。
連中の望みは「競馬の売上金10億円と逃走用ヘリ」。ヘリはともかく、10億なんてホイホイと出せる金額じゃない。おまけにここの施行団体は、昔からプライドばっかり高くて融通が利かないことで定評がある。あっさり折れて「弱者」のレッテルを貼られるなんて、団体にとっちゃ最悪の結末だろう。もちろん「人の言葉に従う強さ」だって存在するが、やつらがそんな概念を受け入れられるかどうかは怪しい。極端な話、中の全員を見殺しにしても自分たちの立場を守ろうとするんじゃないだろうか……。
考えていたら、だんだん不安になってきた。
「泰明……」
俺は泰明を連れてそれとなく警官隊から離れ、その話をした。
「そうだよ！ やっぱりぼくたちが何かしなきゃ！」
「何かって、今は真奈の連絡待ち……お！」
ちょうどそのとき、グッドタイミングで俺の携帯が鳴り出した。
すぐに出る。
「はい！」
『私よ』
「真奈！ それで、どうだったんだ!?」
『慌てないで、ちゃんと聞いてちょうだい』
気ばっかり焦っていた俺を、真奈はやんわりとたしなめた。
そして、話が始まる。
『結論から言うと、センサーのスイッチは裏口の横よ。そこでは、あのマシンガンを持った女が見張りをしていたの』
「ああ……あいつが肩から下げていたでかい荷物は、その装置だったのか」
『みたいね。それで……話には続きがあるの。どうも連中は日本人じゃないみたいで、特にその女は日本語があまり上手じゃないのよ。それでレイラが英語で話しかけてみたら、女とは友好的に話ができたの。そうしたら、あの一味４人、全員が兄弟だっていうじゃない』
「兄弟なのか!?」
それは意外だった。
『ええ。サングラスの男が長兄で、次がスキンヘッドの男、その次がリーゼントの男、あの女は一番末の妹みたい。どうも兄たちにむりやりメンバーに加えられたらしくて、あんなことはやめてほしいって泣き出したのよ』
「おいおい……」
何だか、妙な展開になってきた。例によって携帯に耳をくっつけて聞いている泰明も、横目で見ると不思議そうにしている。
『女は言ったわ。どうせ自分のことは信じられないでしょうから、縛り上げてもいいって』
「それで……？」
『そうさせてもらったわ。今は裏口近くの倉庫に閉じ込めてあるの』
「容赦ないな」
『仕方ないでしょう。……続きを話すわね。それで今は、レイラがその女の服を借りて着て、裏口の見張りに化けてるの。どうも連中……兄たちも、女の協力態度には疑問を持っているらしくて、時々リーゼントが様子を見に来るのよ。その対策にね』
「なるほど。ところで、センサーのスイッチはもう切ったのか？」
俺は一番の問題を聞いた。
『まだよ。何かのはずみでセンサーが切れたことを気付かれたらまずいから、必要なとき以外はスイッチを入れておこうと思って』
「でも、裏口の見張りがいなくなったんなら、スイッチ切って全員で一斉に裏口から逃げちまえばいいんじゃないのか？」
『だめなのよ』
そんなことはとっくに考えたわ、とでも言いたげに、真奈はぼやいた。
『今の連中の位置を教えておくと、サングラスは玄関ホールにいて、スキンヘッドとリーゼントはそれぞれ２ヶ所の階段の１階部分に座ってるの。スキンヘッドはホールに通じる階段に、リーゼントは裏口近くの階段にね。つまり、裏口へ行くには絶対にリーゼントの前を通らなきゃいけないのよ』
「だけどさ……」
俺は頭の中で考えを組み立て、話した。
「お前の話によると、レイラが見張りの女に化けたんだったな。ってことは、リーゼントの目から見れば、レイラは裏口の方へ行ったっきり戻ってきてないことになる。それに気付かないってことは、そいつもそんなにお前らの行動を一生懸命チェックしてるわけじゃないんじゃないか？」
『それでも、全員そろって裏口の方へ行ったりしたらさすがに気付かれるわよ。何か企んでるんじゃないかって』
「そうか……」
確かにやばい。
『でも、連中はこの手の乗っ取りに関しては素人ね。それは間違いないわ。メンバーが集まらないから、反対する妹まで加えて数を増やす必要があったのよ。だから、そこにつけ込もうっていう考えはあるの』
「考え？」
『花梨ちゃんは、あのリーゼントを油断させて銃を奪い取る自信があるらしいのよ。しかも、素手同士のケンカになったら絶対に負けないって』
「大丈夫なのか？」
確かに、リーゼントが花梨を女だと思って手を抜けば勝ち目はあるだろう。が、相手は仮にも銃を持っているのだ。不安はどうしても拭えない。
『実は、私もちょっと不安なの。……客観的に見てどう？ 僚は賛成できる？』
真奈は俺に聞いてきた。こいつが人に意見を求めるなんて滅多にないことだ。それだけこれは重大な問題であり、今は非常事態なのだ。
おそらく、俺の判断が採用されることになるだろう……。
俺は慎重に考え、そして言った。