「よし、花梨を信じよう」
ためらっているばかりじゃ進歩はない。このへんで思いきったことをやらないと、いつまで経っても事態は好転しないだろう。
『わかったわ。それじゃ、人質たちを1ヶ所に集めてから作戦開始よ。上手いことリーゼントを倒せたら、みんなで裏口から出るわ。いいわね?』
「ああ。成功を祈る……」
本当に、祈っていた。
俺の人生最大の祈りの中で、真奈からの電話は切れた。
「行くぞ」
「うん」
俺と泰明は、ゆっくりと裏口の方へまわった……。
――裏口の前で待つこと10分ほど。
突然ドアが開き、そこからマシンガンを持った軍服姿のレイラが飛び出してきた。
「レイラ!」
泰明の叫びと同時に、中からは女たちが次々と駆け出してきた。
作戦は成功だ!
レイラをひとりめとして、人数を数える。確か全部で9人だったはずだ。
ふたり、3人、4人……8人めに出てきたのは花梨だ。
「花梨! お前、大丈夫だったのか!」
「ええ。あのリーゼント、弱いわ。銃を持った方の腕を後ろからねじ上げてやったら、それだけで降参してるの。もちろん、念には念を入れて、パンチと蹴りを入れてから縛り上げておきましたけどね。ふふっ」
花梨は頼もしく笑った。「中身が男」ということを意識しなければ、別に違和感も何もない言葉と笑顔だ。
ところが――。
「真奈ちゃんは?」
泰明が聞いた。
そうだ。最後のひとりになるはずの真奈がまだ出てこない。何をしてるんだ。
「真奈さんですか? 念のためにって、リーゼントがいた階段のところで見張りしてましたけど……おかしいわね。全員逃げたら自分も出るって言ってたのに」
花梨が首を傾げる。
「それにしても、ちょっと遅すぎない?」
――レイラの言葉に、俺の胸の中は暗雲で満たされた。
そうだ。女を監禁し、リーゼントを倒しても、中にはまだサングラスとスキンヘッドがいる。この作戦がバレて、ひとりだけやつらに捕まっちまった可能性だって、なきにしもあらずなのだ。
「まさか! ちょっと様子を見てくる!」
「あっ、泰明!」
俺や他の連中が止める暇もなく、泰明は裏口から寮に飛び込んでいった。
「泰明!」
「待て!」
マシンガンを持ったまま続こうとしたレイラを、俺は手をひっぱって止めた。
「そんな物騒なもの持って乗り込んでったって、やつらを刺激するだけだ!」
「だって!」
どうレイラをなだめようかと思っているところへ、泰明が戻ってきた。レイラはすぐに暴れるのをやめる。
「泰明! なんてムチャなこと……」
「そんなことより、やっぱり真奈ちゃんはあいつらに捕まったみたいなんだ! 廊下に彼女のスリッパが片方だけ落ちてた!」
「真奈……!」
――俺は、胸がつぶれそうになった。
なんてこった。俺があんな作戦に安易に賛成しなければ……!
「助けに行くぜ!!」
そう決意するのに、時間はかからなかった。
「僚! あんた、さっきと言ってること違うじゃないの!」
今度は逆に、裏口から飛び込もうとした俺の腕をレイラがひっぱって止める。
だが、引き下がれない!
「止めてくれるな! これは、俺がやらなきゃいけないことなんだ!」
俺が腕を振りほどこうともがくと、レイラは叫んだ。
「止めないよ! でも、あたしの話も聞いて!」
「え……」
瞬時に冷静になって、レイラの顔を見る俺。
「止めないって言ってんの。あたしだって泰明が飛び込んだとき慌てたから、あんたがどんな気持ちだかわかるつもり。だけどね、やっぱり連中に挑むには、それなりの準備ってやつが必要だと思うんだ。……あんた、これ撃つ自信ある?」
レイラは腕を放すと、傍らに置いていたマシンガンを持ち上げた。
「……自信ないな」
俺は正直に言った。ぶっ放したところで、外れるか真奈に当たっちまうのがオチだ……そう考えると、俺に使いこなせるとは到底思えない。
「でしょ? あんただって、あいつらを刺激するだけだって言ったしね。だからさ……これ」
言って、レイラは首にかけていたチェーンを外して俺に差し出した。服はあの女と取り替えていてもこいつは自前なんだろう。
俺はチェーンを受け取って、見た。キーホルダーみたいに使ってるのか、いろんな物がぶら下がっている。鍵がいくつかと、マスコットや指輪など。
「こいつは……?」
「あたしの部屋の鍵がこれ。こっちの鍵で、部屋の左側の戸棚が開く。中にあんたの役に立つものが入ってるから、好きに使って」
レイラは、鍵を指で差しながら説明をする。
「俺の役に立つもの……?」
「そう。……でも約束だよ。そこで何を見ても、見なかったことにしてよね。警察とかにそこのアイテムの出どころを聞かれても、絶対あたしの部屋だって言わないでね。真奈を助けたら、忘れるんだよ。いいね」
「わかった。サンキュー」
俺は納得し、恥ずかしそうに顔を背けるレイラに言った。何が入っているのか大いに気になるが、今は役に立つなら何でもいい。
「じゃ、行ってくる!」
俺は、裏口から中へ入っていった。
……殺されに行くようなものかもしれない。
だが、恐怖はなかった。
真奈が今感じている恐怖に比べれば、これくらいどうってことない。
あいつだけを恐怖にさらすなんて、できない。
こんなときなのに、唐突に気付いた。
――俺は、真奈を愛している。
裏口に近い方の階段を上り、4階のレイラの部屋まで来た。チェーンについた鍵を使って、ドアを開ける。
ごく普通の女の部屋だ。左の方に、やつが言っていた戸棚がある。
中には何が……。
俺は、指定された鍵でその戸棚を開けた。
――真っ先に俺を出迎えたのは、エアガンだった。
戸棚の中の壁には、同じようなモデルガンがいくつか飾られている。
下の方には丁寧にたたまれた迷彩服、軍用のロープとナイフ、手錠、催涙スプレーの缶、よくわからないがスコープのようなもの、さらには手榴弾や火炎放射器や防毒マスク(全部レプリカだろうが)まで入っていた。
レイラはミリタリーマニアだったのか。
アメリカは相変わらず治安が悪いから、子供の頃から実物が身近にあって、それで興味が湧いたってところだろうな。
でも、その興味を戸棚の中に閉じ込めて鍵をかけ、周囲から必死に隠して生きてきたあたり、あいつもやっぱり女なのだ。
俺はちょっとだけ微笑むと、すぐに表情を真剣なものに戻して、戸棚の中身と向き合った。
……あれこれと吟味した結果、持っていく物を決めた。
まずは手榴弾。説明書きによると、こいつは煙だけのギミックで殺傷力はないらしいが、煙を出すってのは何かに使えそうだ。
そして手錠。こっちが優位に立ったとき、相手の反撃を封じるのに使える。
あとは催涙スプレーと、純粋な武器としてナイフ。これだけあれば充分だろう。
俺は戸棚の中にあった軍用リュックにそれらを突っ込むと、扉を閉めて鍵をかけた。
そして外に出て部屋のドアにも鍵をかけると、4階の廊下を歩いていった。
……真奈、待ってろ……。
端の階段まで来た。
こいつを1階まで下りれば、ホールに出る。
そこにはサングラスとスキンヘッド、そして真奈がいるのだ――。
俺は、足音を立てないように、そっと階段を下りていった。
3階……。
2階……。
そして、その下の踊り場。
――いた。
スキンヘッドが階段に腰かけ、真奈はその膝の上に座らされている。
やつは左手で真奈の口を押さえ、右手に銃を持って、そいつで周囲を牽制している。
上からではよくわからないが、真奈は抵抗する気をなくしているように見える。あいつのことだ、そう見せかけて実際は四方八方に注意をめぐらせているのかもしれないが……。
サングラスは相変わらず、玄関で交渉中らしい。声を聞く限り、どうも話し合いは平行線のようだ。
俺はリュックを床に置いて開け、いつでも使えるように中身を並べた。
そして、大まかな作戦を立てた。
まずは、ホールに向かってナイフを投げる。どこから飛んできたかスキンヘッドがきょろきょろしている間に、今度は手榴弾を投げる。その煙に紛れて階段を駆け下り、銃を持つ手の自由を奪って催涙スプレー攻撃。そして手錠をかける。
――俺が撃たれるかもしれない。が、真奈を撃たせるわけにはいかないのだ。
やるぜ!
俺は覚悟を決め、ナイフを手に取った。
そして、思いっきり投げる!
……!
鋭い音を立てて、ナイフはホールの床に落ちる。レプリカだったのか刺さることはなかったが、その役目は充分に果たしたようだ。
「な……なんだ!?」
計算通り、スキンヘッドは驚いて慌てている。
――するとそのとき、真奈が動いた。
真奈はスキンヘッドの腕に飛びつき、階段の中ほどまで銃を弾き飛ばした!
チャンスだ!
俺は作戦その2を省き、スプレーと手錠だけを持って階段を駆け下りた。
「……僚!!」
「貴様は……!」
真奈とスキンヘッドが振り返る。
「食らえ!!」
真奈が離れたのを確認するやいなや、俺はスキンヘッドの顔面にスプレーをお見舞いした!
「ぐあああああ……っ!!」
スキンヘッドは顔を押さえながら絶叫し、のたうちまわる。
俺はやつを組み敷き、両手を背中にまわして手錠をかけてやった。
そして、階段の途中に落ちていた銃を拾い、ポケットに突っ込む。
よし! これで、残ったサングラスは警官隊が何とかしてくれるぞ!
――と、思うのはまだ早かったようだ。
「きゃあっ!」
その叫びに顔を上げると――。
「……真奈!」
なんと、スキンヘッドの手から逃れた真奈が、今度はサングラスに捕らえられている!!
しかも、どこから出したのか、サングラスの手には大型のサバイバルナイフが……。
「……まったく、お前もこの小娘も無謀なものだ。我々に抵抗しなければ無事でいられたものを」
サングラスは、ナイフを真奈の喉元に突きつける……。
「僚……」
さすがの真奈も脅えきっている。こんなことでもなければ、墓に入るまで自分の弱みなんか見せなかっただろうに――。
俺は怒りに燃えた。
「畜生! 真奈を放せ!」
「さあ、どうしたものかな」
「そっちがその気なら、こっちにはこいつがある!」
俺は、ポケットに入れてあった銃を取り出した。年代物の、回転式の銃だ。
そして――いつか見たマンガのように、サングラスに向けて両手で構える。
しかし、腕が震えて狙いが定まらない……。
当然だろう。俺は本物の銃なんか、触るどころか見るのも初めてなのだ。
「……おやおや、震えてるじゃねえか。よせ、お前には無理だ。撃ったところで、この小娘を天国にご招待、ってなことになるのがオチさ」
卑怯にも真奈を盾にしたサングラスが、俺の心を読んで不敵に笑う。
「そんなことより、取引をしないか。お前がその物騒なものを俺に渡せば、この女を返してやるよ」
「何……」
「だめよ! そんなことをしたら危ないわ! 僚、早くこの男を撃って!」
俺が答えを出す前に、真奈が叫んだ。
――俺は、サングラスと真奈から3メートルほどの距離で銃を構えたまま、考えた。
まず、撃つ場合。
これだけ近ければ、いくら俺が超のつく素人でも、まず外れることはないんじゃないだろうか。
さらに、俺にとって幸いなことがある。それは、真奈はジョッキーの中でも小柄で、逆にサングラスは大柄な野郎だったことだ。いくらやつが真奈を盾にしても、かばいきれてない部分が多い。それだけ、俺の一撃が命中する確率も高いのだ。
だが――それでも「真奈を撃っちまう」という最悪のシナリオに行き着く可能性が怖い……。
逆に、銃を渡す場合。
サングラスが本当に、この銃と引き換えに真奈を返すつもりだったら、これほど安全な手段はない。真奈はナイフを突きつけられずにすむし、間違ってあいつを撃っちまう心配もないし、俺も情けなく手を震わせないですむ。
が――そんな話、信用しろって方が無理だ。銃を渡すのは、やつに主導権を握らせることでもある。渡したら最後、俺も真奈もこの場で殺されちまわないとも限らない……。
「さあ、早く渡すんだ」
サングラスは、穏やかに言った。
「渡しちゃだめ! 早く撃って!」
「黙れ!」
かと思えば、途端に口調を変えて真奈に一喝する……。
――どうする。
どうする、僚!
ここで決断しないと、真奈が危ない!