第7章 犯人はペンションの中に?
ペンションにいる全員が――そう、春子さんと田中さんを除く11人が、談話室に集まった。
しかし、集まったからといってぼくたちに何ができるわけでもない。ただみんなで固まって震えるだけだった。
血まみれの死体を一気にふたつも見てしまったぼく。いくら他のものに意識を集中しようとしても、それらが頭から消えてくれない。
……春子さんと、あのサングラス男が死んだ……しかも、殺人であることが明確だ。さらに、手口がまったく同じであることから、同一人物の犯行であることは間違いない。
しかし、それではその犯人は誰なのだろう?
外に逃げたのか、それともまだこのペンションの中に……?
真理はぼくの左肘を両手でつかんだまま動かない。
小林さんは腕組みをしてうつむいている。
今日子さんはさっきのショックが抜けきれていないようで、美樹本さんにソファーを空けてもらって、真理の隣で顔を伏せている。
その美樹本さんは小林さんの隣に立ち、2階をずっと見上げたままだ。
俊夫さんとみどりさんは並んで階段に腰かけ、ふたりしてどこともつかない場所を眺めている。
香山さんは拳を握りしめ、怒りがまだおさまらない様子だ。
OL3人組はソファーの隅でくっついている。
……すすり泣く声が聞こえてきたので見てみると、それは亜希ちゃんだった。
どれくらい経っただろうと考えて、ぼくは鳩時計を見てみた。
が、まだ9時15分。さっきの平和なコーヒータイムとは対照的に、ひどく時間の流れが遅い。
……そんな永遠とも思える時の中、小林さんが口を開いた。
「……ひょっとしたら、犯人はまだこの建物の中に潜んでいるかもしれない。ここは、みんなで中を探索した方がいいだろう」
「そうですね」
俊夫さんが答える。
自分たちの安全のためにそうした方がいいのはわかっていたが、正直なところぼくは、小林さんも俊夫さんも、内部の人間が犯人だと思いたくないからそんなことを言っているのだろう、と解釈していた。
ここにいる誰かが犯人だ……残念ながら、その可能性は皆無じゃないのだ。
「よっしゃ! わしも探すで! 探し出して、ひっ捕まえたる!」
香山さんが勢いよく立ち上がったおかげで、内部の探索は現実のものとなりそうだった。
「じゃあ、ぼくも行きましょう」
続いて美樹本さんも名乗りを上げる。
「あたしたちはそんな怖いのいやよ!」
亜希ちゃんが泣きながら悲痛に叫ぶ。他のふたりも、泣いてこそいないがしきりに震えていた。探索に行きたくないのは、3人共通の思いのようだった。
「……じゃあ、女性の方々はここに残っていてください。男だけで見まわることにしましょう」
そんな彼女たちを見て、小林さんがそう提案した。
必然的に行くことに決まってしまったぼくは、つかまっている真理の手を右手でそっとなでてから腰を上げた。
――が、真理はぼくの精一杯の優しさが届かなかったかのように大声を上げた。
「ちょっと、叔父さん! 女だけでここで待ってろっていうの? もしその間に犯人が襲ってきたらどうするのよ! 刃物とか持ち出されたら、あたしたちだけじゃ立ち向かえないじゃない!」
確かにそれはそうだったので、小林さんは考え込む。
「そうか。その心配もあるな……」
……ぼくは考えを決めた。真理のそばにいてあげよう。
「ぼくがここに残ります」
「透さんが……?」
冷ややかな目をこっちに向けたのは、可奈子ちゃんだった。その視線は「あなたでは頼りない」と思いっきり物語っていて、ついまた意地になってしまいそうになる。しかし、そんなことをしていても時間の無駄だ。ぼくは続けた。
「ええ。ぼくはこう見えても多少武術の心得があるんです」
一応、嘘ではない。が、実際は大学で弓道部に在籍しているだけで、犯人を前にしたら何の力も持っていない。しかし、なるべく早く問題を片づけて探索をしてもらった方がいいと思ったのだ。
それに……武術の心得があって強いと思い込ませておけば、もしこの中に犯人がいた場合、そいつがぼくに力で挑んでくる確率は下がるだろう。
ぼくが襲われなければいい、というレベルの問題ではないが……。
ぼくは全員を見まわした。ぼくの「武術の心得」の正体を知っている真理だけは不安そうなままだったが、他の人たちはみんなぼくを信じたようだった。
「そうか。じゃあ、ここは透くんにまかせよう。香山さん、美樹本さん、それと俊夫くん、一緒に……」
そして、ぼくを除く男4人は、まず1階の奥へと向かっていった。
6人の女性たちに囲まれ、ぼくは談話室で待機していた。男は自分ひとり……こんな非常事態でなければ、などとつい考えてしまうのも、恐怖を打ち消そうとする本能のせいだろうか。
ぼくはそんな気弱さを打ち消すために、事件について自分なりに考えてみようとした。
……が、緊迫した空気に押されて上手くいかない。
結局、女性たちの様子を眺めているだけにとどまった。
OL3人組は、相変わらず彼女たちだけでぴったりくっついて震えている。
楽しい旅行だったはずがこんなことになってしまい、本当に気の毒だとぼくは思った。
気の毒なのはぼくも真理も他の人たちも同じなのだが、彼女たち3人に対しては、なぜかとりわけその気持ちが強く感じられた。
今日子さんとみどりさんは、離れたところから顔を見合わせ、互いに心配そうな表情を浮かべていた。
口を開かず視線で会話しているのでよくわからないが、おそらくふたりともペンションの今後のことを考えて困っているのだろう、とぼくは解釈した。
そして真理は、不安そうな顔でぼくを見ていた。
彼女を安心させるために、手を握るか肩を抱くかしようと思ったが、こんなときにそんなことをしたら周囲から非難が飛びそうなのでやめた。
そんなことをしているうちに、奥から4人が戻ってきた。
そして、この談話室から見える範囲……食堂やキッチンのドアを開けて中を調べていたが、異常はないようだった。
彼らはものも言わず談話室を通り過ぎ、玄関に下りた。脇の乾燥室を調べに入っていったようだ。
3分ほどで彼らは再び談話室に上がってきた。その表情は4人とも固く、不安に満ちていた。誰も隠れてなどいなかったからこその不安だろう。
「どうだったの?」
みどりさんがたずねると、俊夫さんが首を傾けて答えた。
「1階には異常はなかった」
「それじゃ、次は2階ね」
「ああ」
「待ってください、みなさん」
香山さんが率先して2階へ上がろうとしたとき、小林さんが談話室の全員に言った。
「犯人が隠れているかもしれませんので、みなさんのお部屋もマスターキーで開けて調べさせていただきますが、よろしいですね?」
「犯人を捕まえるためなら何でもしてください! もういや!」
亜希ちゃんがヒステリックに叫ぶ。
犯人を捕まえるためなら、というのは納得のいく理由だったので、ぼくもうなずいた。もちろん反対者など誰もいない。
「それでは……」
4人は、そろって2階へと上がっていった。
鳩時計が9時半を鳴らす頃、4人は下りてきた。
彼らの表情を見れば、何も聞かなくても、犯人など隠れていなかったことはすぐわかった。