第13章 いくつもの推理


談話室に集まったみんなを、ぼくは見まわした。
真理、小林夫妻、みどりさん、香山さん、美樹本さん、OL3人組……。
俊夫さんがいない穴は、思っていた以上に大きかった。

……全員が黙っていた。
OL3人組以外の人たちはみんな、俊夫さんのことを彼女たちにどう話そうか考えているのだろうと思った。
しかし、そんなみんなの努力を無駄にするかのように、啓子ちゃんがたずねてきた。
「ねえ……あの髪の長い男の人はどうしたんですか?」
途端に、みんなの顔が引きつる。
黙っていてはいけないと思ったのか、小林さんがそれにゆっくりと答えた。
「実は……俊夫くんはさっき奥の自分の部屋で、何者かに……」
「いやーっ!」
亜希ちゃんが叫んだ。
「やっぱり犯人は、ここにいるみんなを殺すのよ! あたしたちも殺されるんだわ!」
そんなことがあってたまるか……。
しかし、もはや誰もがその可能性を考え始めていることだろう。……もちろんぼくも、心の片隅で。
「お願い! 犯人はこの中の誰かなんでしょ? こんなひどいこと、もうやめて!」
亜希ちゃんが叫び続けている。ぼくも叫びたい気持ちだったが、真理の手前そういうわけにもいかない。震える真理は今、ぼくだけを頼りにしているのだから……。

「……やっぱり、ぼくたちで犯人を探し出す必要があるんじゃないかな。そう、おそらくこの中にいるだろう犯人を……」
美樹本さんが言い、やつれた顔で全員を見まわした。内部犯人説を最後まで否定していた小林さんも、今度は反対を唱えなかった。俊夫さんが殺されたことで、犯人がこの中にいるという可能性がほぼ確実になったからだろう。
「そや、美樹本くんの言う通りや。命守るためにはそれしかあらへんがな」
香山さんもうなずく。
「そうですね。……みんなで、事件について考えましょう」
少しでも頼りがいのあるところを真理に見せようとして、ぼくは一歩前に出るようなはっきりした口調で言った……つもりが、少々声が震えてしまった。
「まずは、俊夫さんが殺された時間のアリバイからです」
ぼくの言葉を聞いてみんなが考え出した。もちろんぼく自身も。

……ジェニーを探すためにまずは俊夫さんが奥に消え、次に今日子さんが、最後に小林さんがそれを追った。
そしてしばらくして小林さんが、続いて今日子さんが戻ってきた。
それから俊夫さんの死体が発見されるまでの間、彼の部屋に近づいた人はいない――。
ぼくはハッとした。
この状況では、小林夫妻のどちらか、あるいは両方が犯人だとしか考えられないではないか!
「……オーナー! まさかオーナーがやったっていうの!?」
ぼくと同じことを考え、同じ結論に達したのだろう、みどりさんが叫びを上げた。
「いや、私は違う……」
「私も違うわ」
小林夫妻は当然のことながら否定したが、みどりさんはさらに顔を歪めてふたりに詰め寄った。
「だって……だってあの時間に奥にいたのは、オーナーとママさんだけじゃないの! どっちかが犯人に決まってるじゃない!」
「しかし……」
小林さんは今日子さんを見た。今日子さんも彼を見ていた。彼らは視線を合わせると、互いに首を横に振った。

小林夫妻にアリバイがないことはわかったが、他の人はどうだろう。ぼくはそれを考え始めた。
ぼくはもちろん犯人ではないから除外して……真理、みどりさん、香山さん、美樹本さんの4人も絶対に犯人ではありえない。中には春子さんと田中さんの事件のアリバイに疑問符がつく人もいるが、少なくとも彼ら4人は俊夫さんは殺せなかったはずだ。何しろ、俊夫さんが自らの足で歩いて奥に消えてから死体となって発見されるまで、誰ひとりとしてこの談話室から動かなかったのだから。
では、OL3人組は?
……彼女たちは、俊夫さんと小林夫妻が奥に消えた後で自分たちの部屋に戻り、俊夫さんの死体が発見されてから下りてきた。
2階の窓からロープか何かを垂らして1階に下り、俊夫さんを殺した後でまたよじ上った……そんな風に考えることもできなくはない。裏手はあまり除雪していなくて、雪がかなりの高さまで積み上げられているから、下りるのは普通より楽かもしれない。
しかし、今夜は警察さえ来られないほどのこの吹雪。その可能性はかなり低い。
彼女たち3人も除外していいだろう。

やはり、俊夫さんを殺したのは小林夫妻なのか?
ぼくは、みどりさんに懸命に無実を訴え続ける彼らを見た。
その態度も信じられなくなりそうで、ぼくはふと、なぜ人間はこんな醜い空間を作り出せるのだろう……などと考えてしまった。

 

 

「……俊夫くんは、どうして殺されたんだろう」
少しして美樹本さんが、春子さんと田中さんの事件を考えたときと同じように、動機を気にした。
「どうしてって……それがわかれば苦労しないわよ!」
みどりさんがヒステリックに叫び、隣の今日子さんがそれを抑えようとする。しかしみどりさんは、彼女を疑っているためか、熱いヤカンにでも触れたかのようにその手をふりほどいた。
「……まず気になるのは、俊夫くんが春子さんや田中さんを殺したのと同じ犯人によってやられたのかどうかだ」
「また……顔を切り裂かれたりしてたの?」
重々しく話す美樹本さんに、可奈子ちゃんが不安げにたずねた。
「いや、それはなかった。首を絞められてたんだ」
「それって……女の力じゃ無理よね?」
自分たちが疑われないようにする予防線のために聞いたのだろうとは思うが、確かにそれは重要な問題だ。
「俊夫くんはあの通り大柄な人だから、女性が手で絞め殺すことは無理だろうね。彼の抵抗力の方が強いはずだ。しかし、紐か何かを使って背後から不意打ちしたんなら、例え女性でも不可能なことはないと思う。……わからない、としか言えないよ」
美樹本さんの言うことは筋が通っていたし、彼の思いもわかる気がした。
もしここで「女性が俊夫さんを殺すのは絶対に無理だ」と断言したら、みんなの疑いが全面的に小林さんのところに行ってしまう。それを防ごうとする意識が、美樹本さんにはあったのだろう。

春子さんと田中さんを殺した犯人と、俊夫さんを殺した犯人は、同一人物なのだろうか?
ぼくもそれを考えてみることにした。
……春子さんと田中さんの事件においては、ぼくと真理、小林夫妻、可奈子ちゃんと亜希ちゃん、美樹本さん、そして今は被害者となってしまった俊夫さん――これらの人物は、犯行時刻に現場である2階に行かなかったので絶対に犯人ではない。いくら「ドラマの内容を覚えている」「ふたりもの人を殺す時間はなかった」と主張していても、やはり2階に行った啓子ちゃん、みどりさん、香山さんのうちの誰かが、何らかのトリックを使ってアリバイを作り、春子さんと田中さんを殺したと考えるしかなかった。
俊夫さんの事件においては、さっき考えた通り、アリバイがなく極めて怪しいのが小林夫妻。談話室にいたぼくと真理、みどりさん、香山さん、美樹本さんだけでなく、OL3人組もずっと2階にいて下りてこなかったので犯人ではない。俊夫さんを殺したのは小林夫妻のどちらか、あるいは両方ということになってしまう。

……こうして考えると、春子さんと田中さんの事件、そして俊夫さんの事件の犯人は別だとしか思えない。
実は俊夫さんを恨んでいた小林夫妻が、たまたま殺人事件があったのに便乗して彼を殺した――そういうことなのだろうか?
しかし、それならなぜ顔を切り裂いて殺さなかったのだろう。そうすれば2階の殺人と同じ犯人の犯行だと思わせられるのに――。
彼らならキッチンから包丁を持ってくることも容易だったろうし、俊夫さんと顔見知りなのだから油断させることもできただけに、それが不思議でしょうがなかった。

 

 

「そうだ!」
いつのまにか訪れていた沈黙を破ったのは、またもや美樹本さんだった。
「俊夫くんはあのジェニーっていう黒猫を探しに奥の部屋に行って、それで殺されたんでしたよね?」
「え、ええ……」
小林さんが、顔に焦りを浮かべつつ答えた。自分が疑われる立場にあるからだろう。
「ひょっとしてジェニーは、この事件に一役買ってるんじゃないでしょうか?」
「……どういうこと?」
涙を通り越していつしか決意のようなものを瞳に浮かべていたみどりさんが、美樹本さんに質問する。
「詳しいことはわからないけど、春子さんと田中さんの事件に関する何かに利用されていたんじゃないかな。……つまり、ぼくの推理はこういうことだ」
美樹本さんは、腕組みをしつつ話し出した。
「俊夫くんが自分の部屋に行ったら、そこにジェニーがいて、彼はそれを見て何かを思いついた。彼には春子さんと田中さんを殺した犯人がわかった。そして、彼がジェニーを連れてその犯人のところに行ったか犯人が彼の部屋に来たかはわからないけど、やがて彼と犯人が向かい合った。彼は犯人を問い詰めた。犯人は口封じのために彼を殺し、さらに証拠隠滅のためにジェニーを連れ去った……」

「待ってくださいよ、美樹本さん」
彼の話がそこで一段落したので、ぼくは口をはさんだ。
「あなたの言うことが真実だとしたら、春子さんと田中さんを殺した犯人と、俊夫さんを殺した犯人は同じっていうことになってしまいますよ」
「ああ。ぼくはそう思うけど?」
「アリバイから考えて、それは絶対にありえませんよ」
ぼくがさっきのアリバイの話をすると、美樹本さんはそこまでは考えていなかったのか、少し頭をひねり、やがて苦しそうに言った。
「理屈で考えれば、君の言う通りさ。……でも、ぼくにはどうしても信じられないんだ。この限られた空間にいるたった10人の中に、殺人を犯しても平気な人がふたりも3人もいるなんて」
確かにそうだ。ふたりや3人どころか、ひとりだって信じられない。みんな性格がよさそうな、虫だって殺せないようなタイプの人ばかりなのだから。
……しかし、確かに犯人はぼくたちの中にいる。この中に何人か――美樹本さんの言うようにひとりなのかもしれないが――仮面をかぶった人がいるはずなのだ。
ぼくは、自然と全員を見まわしていた。
が――誰を見ても、仮面とは思えない。

……だめだ。
頭で考えるには限界だ。何か新しいことがわからない限り、推理も進まない。
しかし、新しいことなどどうやって見つけたらいいのだろう……。

そのときぼくは、その手段についてひとつ思いついた――いや、思い出した。
さっき思いついて、実行しないまま立ち消えになっていた、かなりの効果が見込める手段。
「……やはり、田中さんの部屋を調べてみるべきじゃないでしょうか? 彼が今日何のためにここに来たのか、その手がかりだけでも探してみた方がいいと思うんですよ。それがわかれば、この中の誰と関係があったのかも見えてくるでしょうし」
「しかし、あの部屋は警察が来るまであのままにしておかないと……」
小林さんがためらう。
が、ぼくはどうしても田中さんの部屋を調べたかった。例えこの場にいる全員に反対されたとしても。
「でも、そうでもして犯人を見つけないと、ぼくたちの身だって危ないじゃないですか。もう3人も殺されてるんですよ? 殺人は癖になるって言いますから、正直なところ、犯人は自分が安全に逃げるためなら、ここにいる全員を殺すことだって平気なんじゃないですか?」
「やめて!」
亜希ちゃんが叫ぶと、真理の怒声が飛んできた。
「透! 縁起の悪いこと言わないでよ!」
「……ごめん。言いすぎた」
普段はあいさつする以外にはほとんど他人に頭を下げないぼくだけど、今のは完全に自分が悪かった。素直に謝るしかない。

「……しかし、確かにそうだな。透くんの言うことは正しい。みんなの安全という点を考慮すると、あの部屋で手がかりを探して犯人を挙げる必要がありそうだ」
ぼくの考えが伝わったのか、小林さんは首を振りつつ納得してくれた。
「小林さん……ありがとうございます」
不吉なことを言ってしまった負い目があるせいか、ぼくは自然と彼に深々と頭を下げていた。
が、少しの時間も無駄にしない方がいい。頭を元に戻すと、ぼくは続けた。
「でも、こんな状況ではぼくひとりが田中さんの部屋に行くわけにはいかないでしょう」
ひとりで行ったりしたら、当然不審な目で見られる。
しかし、ぼくはそこで「誰かぼくについてきてくれる人はいませんか?」と言おうとして口をつぐんだ。
そんなことを言ったら、犯人が名乗り出てついてきて、証拠を隠滅してしまう可能性がある。
さらに、犯人と一緒に行くのは、自分が危険にさらされるということでもある。証拠隠滅どころか、最悪の場合、そこでぼくが殺されてしまわないとも限らない。
考えていると、小林さんは言った。
「君を疑っているわけではないが、確かにひとりというのはまずいな。誰かしらが一緒についていくべきだろう」
「あたしそんなところについてくのいやよ!」
神経過敏になっている亜希ちゃんが真っ先に拒む。
両側の可奈子ちゃんと啓子ちゃんは、そんな彼女をたしなめながらも、やはり自分たちは行きたくないと主張した。
ぼくは、真理と一緒なら安心だと思っていたが、そういうわけにもいかないとすぐ気付いた。
ぼくと彼女が連れだということはみんな知っているので、ふたりだけで行ったりしたら、ぼくたちの共犯なのではと疑われてしまう。
ぼく自身ももちろんだが、真理が疑われるのはそれ以上にいやだった。

どうやって同行者を選ぼうか考えていると、香山さんが口を開いた。
「くじ引きで決めるっちゅうのはどや?」
「くじ引き?」
小林さんが聞き返すと、香山さんは答えた。
「そや。透くんは決まりとして、残りのみんなでくじ引いて、あと2、3人ばかり選べばええんや。公正な方法やで」
「なるほどね」
美樹本さんが納得する。他のみんなからも文句は出なかった。

小林さんが、フロントからメモ用紙の束と鉛筆を持ってきた。そして、それをぼくに差し出す。
「くじを作る役は透くんにまかせよう。形式はアミダでも何でもいい」
ぼくはうなずいて、彼からメモと鉛筆を受け取った。
「ちょっと待って! あたしはそんなの参加しないからね!」
叫んだのは、またもや亜希ちゃん。
「わかりました。じゃあ、あなたたち3人は除きましょう。……みなさんにお聞きしますけど、彼女たちのように、どうしても行きたくないという人は他にいますか?」
言ってしまってから、これでは「誰かついてきてくれる人はいませんか?」とたずねるのと似たようなものだと気付いた。
大抵の人は、あんな恐ろしい部屋には入りたくないと拒むだろう。そして残った人と同行すれば、結局そういうことになるのだ。
しかし――意外にもそこで名乗りを上げる人はひとりもいなかった。
協力しようと思ってくれているのだろうか。それとも何か別の意図が……?
……変なことを考えるのはやめにしよう。

「よろしいですね。じゃあ、くじを作りますよ」
ぼくは言うと、束からメモ用紙を6枚ちぎった。
そして、それらのうちの3枚に透けない程度に鉛筆で薄く丸を描くと、ひとつひとつ細く折りたたんでねじった。
アミダは開放的で何となく公正でないような気がしたので、この形式にしたのだ。
6本のくじをよく混ぜ、両手の平に乗せてぼくは言った。
「ひとり1本、引いてください。丸が描いてあるのを引いた3人の方に、ついてきていただきます」

無言のまま、最初に真理が取った。
続いて香山さんが、美樹本さんが、小林さんが、今日子さんが、最後にみどりさんが取る。
そして6人は、一斉にそれを開いた。

……「当たり」を引いたのは、美樹本さん、小林さん、今日子さんの3人だった。
小林夫妻は俊夫さんの事件のときのアリバイがなく、少し不安になったが、美樹本さんと一緒なら大丈夫だろう。

「では、ついてきてください」
ぼくはソファーを立ち上がると、率先して階段に足をかけた。小林夫妻と美樹本さんがついてくる。
「気をつけてね……」
「ああ」
真理の声に送られて、ぼくたち4人は2階へと上がっていった。


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